■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部5章 9話10
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祭の明るい喧騒が、日陰の路地にまで届いていた。
向かいの街路樹はさわさわそよぎ、ゴザに積まれた布地の上には、夏日が半分さしている。
「まったく、あんたは鬱陶しいねえ。いつまで女々しくへこんでいるつもりさ。ちょっと冷たくされたくらいで」
わずらわしげに顔をしかめて、売り子の老婆は馴染みを見る。頭からかぶった日よけの下で、男はいじけて膝をかかえた。
「……なぜ、心は伝わらないんだろう。俺はこんなに愛しているのに」
もう何度目になるともしれぬ溜息をついて、膝に顔をこすりつける。整った顔立ちの若い男だ。手入れの良いしなやかな髪が、ブラウスの肩で波打っている。
ゴザに座った小柄な老婆は、つくろい物の手も止めず、なおざりな調子で声をかけた。
「で、例の倅に嫌われたって?」
「俺を避けて逃げまわってる。確かに無口な奴だけど、ああまで嫌っていたとは思わなかった。そりゃ、今まで色々あったけど、でも、あんなに冷たくしなくてもさー……」
「ああ、もう、鬱陶しいねえ。いつまでそうして拗ねてる気だい。長い間ほっといた自分が一番悪いんだろう? 当然の報いってもんじゃないか」
「だって、仕方がないじゃないか」
憮然と男が振り向いた。
「俺の周りは物騒なんだからさ。愛しい妻子をそんな所に置いとけるもんかよ。なのに」
力尽きたように、膝に突っ伏す。
「……それが裏目に出るとはなあ」
詐欺だろ、あれは、とゆるゆる力なく首を振り、爪先の布地を引き寄せた。伏せたまつ毛に憂いをのせて、長い指先で布をいじくる。
「……なあ、リーザ。心って、どこにあるのかな」
売り物を散らかす馴染みの顔を一瞥し、老婆はげんなり嘆息した。「そんなこと知って、どうするのさ」
「場所がわからなければ、捕まえられない」
「──捕まえる気かい。心まで」
ほとほと呆れた顔をして、老婆は売り物を取りあげる。
「まったく強引な男だね。そんなこと言っているから、倅にまで逃げられるのさ。消えた母親の身代わりにされちゃ、倅だって、たまったもんじゃなかろうに」
「迷惑だっていうのか? この俺の愛情が?」
男は心外そうに顔をあげ、ブラウスの胸に手をおいた。
「……やれやれ。あんたはこれだから」
皺だらけの手を膝先に伸ばして、老婆は飲み物の瓶をとりあげる。
「まったく、あんたには呆れちまうよ。男ってのは、なんでそんなに鈍感なのかね。別の女への恋着を未練たらたら語るってんだから」
しわを刻んだ、かつての恋人の横顔を、男は面くらって見返した。
「こんなババアが、おかしいかい?」
老婆は含み笑いで一瞥する。「女は灰になるまで女なのさ」
唖然と絶句していた男は、頬をゆるめて苦笑いした。
「……そうだな。悪かった」
老婆はゴザの上に瓶を置き、かがめた背中をさばさば起こす。「まあ、別にいいけどね。いい子じゃないか、あんたの倅は」
男が驚いた顔で向き直った。
「知っているのか? あいつのことを」
膝の売り物を畳みなおして、にい、と老婆は不敵に笑った。
「あたしはね、あの子と一緒に、この店をやるのさ」
唖然と男は口をあけた。のろのろ片手をもちあげて、ほりほり、人さし指で頬を掻く。
「……へえ。ケネルの奴、いつの間に」
「ああ、こんな鈍感男は見限ったさ。あの子の方が、よっぽどいい男さね」
思わぬ三行半を突きつけられて、男はあんぐり絶句した。
「……あ、あいつに負けた? この俺が?」
衝撃に打ちのめされて、片頬引きつらせて茫然自失。
現実が受け入れがたいらしい。だが、それでも動揺を誤魔化して、強ばった笑みをそわそわ向ける。
「あ、ありがとう、リーザ。お陰で気が軽くなったよ」
ばさり、と老婆が布地を乱暴に振り広げた。
「あたしの名前は、マーサだよ」
開け放った窓の横木で、夏日が白くたゆたっていた。
窓辺の風に、カーテンがそよぐ。ケネルが案内してきた見舞いの客を、ファレスは眉をひそめてすがめ見た。
「──まさか、あんただったとはな」
「それはこっちの台詞だよ。つか、なんで、お前らが商都にいるんだ?」
ひらいた戸口に手をかけて、客は呆れ顔で言い返した。先に入ったケネルの背中をながめやり、ファレスが休む室内に、おもむろに足を踏み入れる。
四十絡みの中年男だ。こざっぱりとした短髪で、その服装はよくある街着、だが、右の眉に古傷がある。この特徴的な風貌を、ケネルとファレスは知っていた。統領代理の友人にして、北の草原の指令棟にかの奥方と乗りこんできた、北カレリアの宿屋の主だ。彼女が呼んでいた名前はセヴィラン。
「お前、よく助かったなあ」
寝台の背もたれにもたれたファレスを、セヴィランは感心したようにまじまじと見た。
「あの晩、道ばたで見つけた時には、もう駄目かと思ったが」
血まみれになったあの時の服を、引き取りにきたとのことだった。旅先で服など失くそうものなら、うちのに雷を落とされる、と手さげの紙袋を持ちあげる。あの日着ていた洗った服が、中に入っているらしい。出向いたついでに、友の顔でも見ていこうかと思ったが、あいにく今は留守らしく──
「それにしても」
枕元を埋める見舞いの山を、セヴィランはしげしげとながめやり、中央のファレスに目を戻した。
「すごい量だな。女からの貢ぎ物か?──よっ! この色男! にくいねえ!」
客の冷やしには応えずに、ファレスはにこりともせずに顔を見ている。それに代わって、壁際のケネルがぶっきらぼうに訂正した。「持ってきたのは男だがな」
「……男?」
やんやと冷やかしていたセヴィランが、拍子抜けして固まった。
「──ああ、そういう、な」
決まり悪げに目をそらし、短髪の頭をぼりぼり掻く。「戦地に出張る輩の中には、そういう嗜好の奴がいるらしいが、まさか、お前にそっちの気があるとは思わなかったよ」
「あんたら一体、何者なんだ」
客の勘ぐりを一切無視して、ファレスは射るようにねめつけた。セヴィランは肩をすくめて振りかえる。「なんだよ、その何者ってのは」
「とぼけるな。あんたとあの死神のことだよ」
舌打ちで言い捨て、ファレスはもどかしげにすがめ見る。
「あの時、あんた、呼んだよな、あの死神をクロイツと」
ふと、セヴィランが足を止めた。
ほんのわずか眉をひそめ、だが、すぐに、何事もなかったように歩き出す。
気負いなく首をまわして、ぶらぶら寝台に近づく客に、ファレスは見極めるように目をすえた。
「あんたの声で、死神は逃げた。単なる気まぐれや偶然じゃない。明らかに、あんたの声に反応した」
ファレスはそれで九死に一生を得たのだった。死神は抜刀していたにもかかわらず、セヴィランに名を呼ばれた途端、即座に現場を立ち去った。
「おかしなことは、それだけじゃない。前にこっちの兵隊が、あんたと連れを囲んだ時、連中の反応も妙だった」
クレスト領家がディールの襲撃を受けた際、この客は件の奥方を伴って、指令棟にやってきた。そして、話がついた帰り際、異様な一幕があったのだ。彼を拘束しようとしたロムたちが、たちまち弾かれたように飛びのいて、以後、誰も近寄ろうとはしなかった。
「連中は場数を踏んでいる。ちょっとやそっと睨まれたくらいで、びびって逃げ出すような腰抜けじゃねえ。あんた、あいつらに何をした」
「……訊きたいのは、俺が何者か、ということか」
誤魔化しを許さぬファレスの顔を、セヴィランはじっと見おろして、やれやれと身をかがめた。
「言わなきゃ納得しないんだろうな。お前は殺されかけたんだから。──そうだな。お前には知る権利があるか」
付き添いの椅子を無造作に引き、寝台のかたわらに腰をかけた。半袖の腕を膝におき、足元の床に視線を落とす。
指を開き、また閉じて、何かに思いを凝らしている。何かをためらい、瞑目している。
しばらくそうしてセヴィランは指をもてあそび、観念したように嘆息した。
「クロイツは俺の親友だ。一番の親友で、俺の大事な幼馴染みだ」
「なぜ逃げる。あんたの一番のダチなんだろう」
間髪容れずに、ファレスは質す。セヴィランは力なく頬をゆがめた。
「……俺は、あいつに嫌われているんだ」
情けなく笑うその顔を、ファレスは胡散くさげにながめやる。
「あの死神はどう見ても、三十前の若造だったぜ。それが、あんたみたいな中年親父と幼馴染みだってのか」
「知っているはずだと思ったがな。そうした事例があることは」
虚をつかれ、ファレスはとっさに追撃をゆるめた。成り行きを見守る壁のケネルと目配せする。
シャツの胸ポケットから煙草を取り出し、セヴィランは眉をひそめて一本くわえた。ほのかに明るい天井をながめ、記憶をたどるように目を細める。
「──死神、か。あいつはそんなふうに呼ばれているのか」
やりきれない顔で首を振り、煙草の先に点火する。一服してマッチを振り消し、二人に視線をめぐらせた。
「お前たちもやらないか? 少し長い話になる」
寝台のファレスも、壁際のケネルも、客の誘いに応えない。ファレスは一挙一動を凝視したまま、ケネルは腕を組んだまま。
手をふさぐ気はないらしい、と二人の意図を受けとって、セヴィランは首を振って苦笑いした。「……そうびくびく身構えるなよ。俺は何もしやしないよ」
ファレスは警戒をゆるめることなく、寛ぐ客を睨めつける。
「なぜ、あんたが商都にいる」
詰問口調に苦笑い、セヴィランは降参するように片手をあげる。「ノースカレリアで、あいつを見てな。だから捜しにきたんだよ」
「はるばる商都くんだりまでかよ」
「どうしても会いたかったもんでね。死んだと思っていたからな」
セヴィランはさばさば紫煙を吐いて、なだめるようにファレスを見る。
「俺はお前を拾った晩、北門近くの歓楽街で飲んでいた。一人で飲んで店を出て、北門通りに出たところで、領邸の騒ぎが聞こえてな。腹ごなしに見物に行くと、角を曲がった暗がりに、あいつの銀髪がほの白く見えた。思わぬ場所で行き逢って、もちろん、あわてて後を追ったよ。だが、すぐにつまずいて。見れば、道ばたの暗がりで、お前が腹をかかえて転がっているじゃないか。お陰で俺は、又、あいつを捕まえ損ねちまった」
「それは話がおかしいな」
かたわらから声がした。腕組みで壁にもたれたケネルだ。
「あんたの進入方向が敷地の南西というのなら、死神の逃げ道はあんたが塞いでしまっている。だが、直進して右折すれば、襲撃騒ぎでピリピリしている領邸の北門に出るしかない。長刀なんか引っ下げて、のこのこ顔を出したりすれば、たちまち捕まるのは目に見えている。だが、他の進路をとろうにも、あの道に左折路はなく、裏道は壁で行き止まりだ」
「役には立たんさ、壁なんか」
セヴィランは頬をゆがめて苦笑いした。
「なんの障害にもならないさ。クロイツはそんなもの、軽く乗り越えちまうからな。だが、その理由については説明する必要はないだろう?」
「どういう意味だ」
「お前らにだって、身に覚えがあるんじゃないのか?」
二人はひるみ、戸惑った。事実、領邸にめぐらされた高い壁を、彼らも容易く飛び越えている。
「親父の血を引くお前なら、壁のひとつくらい乗り越えたところで、おかしくないと思ってさ」
いけしゃあしゃあと言ってのける客に、ケネルは苛立ちを含んだ目を向ける。「──思わせぶりな言い方だな。俺たちの何を知っている? あんた、一体何者なんだ」
「お前の親父と同類さ。色男が会ったクロイツも」
その名にケネルは、ぴくりと頬を硬直させる。セヴィランは我が子を見るように目を細めた。
「ケネルだろ? あいつの倅の。懐かしいなあ」
「──あんた、誰だ」
ケネルは面くらって見返した。
「俺の顔を覚えてないのか? ガキの頃、ノースカレリアに来ていたろう? 親父と一緒に、豊穣祭で。お前はまだ、いたずら盛りのやんちゃ坊主で、ぐずったお前を、親父が店に連れてきてさ。──思い出すよなあ。出してやった木苺のケーキ、大あわてでむさぼり食ってさ、誰も取りはしないのに」
あ? とファレスが微妙な顔で固まった。
唖然とケネルを振りかえる。ケネルは決まり悪げに目をそらした。「……昔の話だ」
苦虫噛み潰したようなケネルを見、セヴィランは感慨深げに首を振った。
「俺も年をとるはずだよ。あんな棒きれみたいな細っこいガキが、こんなにでかくなっちまうってんだから。それも、文学青年みたいなすました面で、猛者を率いる隊長だってんだから恐れ入る」
膝で紫煙をくゆらせて、セヴィランはケネルをじっと見た。
「お前は因果な能力を継いでいる、そうだろ、ケネル。現に過酷な戦場で、隊長なんかやっている。こっちの色男の境遇も、大方似たようなものだろう。親父から聞いているからな、お前たちの活躍は」
出し抜けにそれを指摘され、二人は居心地悪げにたじろいだ。ファレスが苦々しげに舌打ちする。「──なんで、ダチに嫌われたんだよ」
「それは俺とクロイツの問題だ。お前らには関係ない。お前たちが知りたいのは、自分の素性の方だろう? いや、まずは、俺の正体の話だったか」
ふっと表情を翳らせて、セヴィランは眉をひそめて紫煙を吐いた。
「"青い髪の民族"というのを、お前たちは知っているか?」
思わぬ名称が飛び出して、二人は顔を見合わせた。ファレスはいぶかしげに客をうかがう。「大陸北端の森に住み、"エルフ"と呼ばれた民族だろ」
結構、とセヴィランが片手をあげた。
「説明が省けて助かるな。あの戦争で滅びてから、かれこれ、もう二十年にもなる」
「滅びてないぜ」
「ん?」
「そいつらは、まだ滅びていない。現に俺は、そいつらの一人に腹を刺された。だから、裏道で転がっていたんだ。あのいかれた蒼頭、いきなり刺してきやがってよ」
苦々しく頬をゆがめて、ファレスは包帯の腹をさする。セヴィランは瞠目して絶句した。
「……生き残りがいたというのか。驚いたな」
「驚いたのはこっちだぜ。なんだ、あの黒い羽はよ」
「──黒い羽?」
「そいつの背中を斬った途端、ぞわぞわ背中から湧いて出た。本当に空でも飛べそうな、ばかでかい翼がよ」
セヴィランはゆっくり顎をなで、怪訝そうに首をひねる。「変だな。翼は確か"白かった"はずだが」
「あんた、ずいぶん詳しいんだな」
ケネルがいぶかしげに声をかけた。セヴィランは事もなげに肩をすくめる。
「なんなら、もっと話してやろうか? 青い髪の民族は、長身痩躯で青く長い髪をもち、白く整った顔立ちをしていた。自給自足の生活で、人前にはめったに現れないが、たまに森から出てきては、街道の換金所で、狩った獲物を生活に必要な品と交換していた。男の方を《
翅鳥─しちょう─》、女の方を《 迦楼羅 ─かるら─ 》と称し、背中に翼を持っていた。いわゆる鳥人というやつだ。今より大分、人々の倫理観がゆるかった頃、例のどさ回りの連中が、女の方を檻に入れ、鳥人と称して見世物にしていた事例もある」
すらすら言って身をかがめ、卓の上から灰皿をとる。
「店の常連だったんだよ、そいつらの一人がさ。街道で行き会っても、挨拶もしないような連中だったが うちに来ていたそいつはどうも、はぐれ者だったみたいでな。買い物帰りに店に寄っては、俺が淹れた珈琲を飲んで、空いた時間をつぶしていた。ほら、どこの集団にも一人や二人はいるだろう、他とは違う風変わりな奴が。昼はうちも暇だからさ、暇にあかして話をしたよ」
不思議なことに、彼らは土地の者を「民」と呼び、民を庇護する保護者として自らの存在を位置づけていた。そして、そうきっぱりと言いきれるほど、彼らの身体能力は高かった。事実、クレストが呼んだ援軍が自らの居住区に攻め入っても、彼らは適当にあしらっただけで、ろくに相手もしなかった。それでも攻めたクレストは、森に踏みこむことさえできなかった。もっとも、クレストが業を煮やしてザメールから呼んだ援軍が、森の中に立てこもった彼らを、森ごと焼き払ってしまったが。
店に来ていた常連は、時おり、こぼしていたのだという。自分たちは何かの間違いで、やむなく"こちら"にいるのだと。この土地は本来、居るべき場所ではないのだと。
自らの介入で、世界の姿が損なわれることを、彼らはとても恐れていた。彼らの技術や能力は、人々の生活に影響を与えうるほど高かったからだ。だから、あるべき姿をゆがませないため、土地の者とは接触しない──。
だが、掟破りが現れた。
土地の者と恋に落ち、子をなす者が現れたのだ。無論、異なる種との交わりについては、犯すべからざる禁忌とされて、硬く戒められていた。異質なものどうしが混血すれば、何が起こるかわからないからだ。だが、そうした周囲の畏れをよそに、人と鳥人の混血児は、この世界に生まれ出てしまった。誰もが想定しなかった、二つの世界の合いの子が。
それは、いわば禁忌の子だった。そして、事実、彼らが恐れたその存在は、親の力を凌駕する強大な力を持っていた──。
膝で紫煙をくゆらせながら、セヴィランは視線を遠く投げ、窓の外の夏空を見る。
「俺は母親が、クロイツは父親が、青い髪の民族だった。そうした親から生まれた子供は、他とは全く違うんだ。一言でいえば、体への負荷が著しく少ない」
「──つまり、どういうことだ?」
「外圧が軽い、とでも言えばいいのかな。走らせれば、桁外れに速いし、とてつもなく高くも跳べる。腕っぷしも強い。そして何より特異な点は、老いがない、ということだ」
眉をひそめたケネルを一瞥、セヴィランは続ける。
「生き物が生存するにあたって、最も有利な条件で、体を保持するようなんだ。治癒力も驚異的に高い。訳あって俺は、そうした力を失ったが、だから尚更よくわかる。そういう奴と普通の奴との絶対的な隔たりが。ああ、つくづく実感したさ。いわゆる普通の連中は、こんなに重たい体を引きずっていたのかって」
壁のケネルに向き直った。
「もう、わかったろ? 自分たちの正体が。なぜ、妙な力を持っているのか。なぜ、他の奴らと違うのか。お前と似たような異質さを、こっちの色男も持っているなら、どこかでその血が混じっている」
「──禁忌の者の末裔、か」
ケネルは苦々しげに顔をしかめる。「いや、青い髪の民族の、と言った方がいいのか」
「禁忌の者の才は強大だ。お前があいつの倅なら、その幾ばくかは継いでいる。無論、あいつの才の、何をどれだけ受け継いでいるかはわからんが、戦功をたてるくらいは容易いだろうさ。お前にとって敵の動きは、馬鹿みたいにとろいんだからな。もっとも、お前ら程度の違いなら、個人差で片付く範疇だ。そこらの奴と大差ない。だが、禁忌の者はそうじゃない。端から種が違うんだ。姿かたちは"人"のそれでも、その中身はまるきり違う。──どう言えば、わかるかな」
セヴィランは困ったように頭を掻いた。
「四本足で尻尾があって、全身が毛皮で覆われていても、犬と狼では違うだろう。姿かたちは似ていても、それぞれの天分はまるで異なる。それに、禁忌の者には、それとわかる目印がある。クロイツが二人といない銀髪の持ち主であるように。俺の両目がかつて緑色をしていたように。そうした目印で際立たせ、世界が警告を発するように」
深く嘆息して、ファレスを見た。
「色男、お前、クロイツに襲われたと言ったな。もしも、あいつとまた会ったら、恥も外聞もかなぐり捨てて、一刻も早くどこかへ逃げろ」
「あんたに言われるまでもねえ」
柳眉をしかめ、ファレスは苦々しげに吐き捨てた。
「──俺は、一歩も動けなかった」
「まあ、それで当然だろうな。俺が思うに禁忌の者は、生態系の最高位だ。不思議と分かるもんなんだよな、ここに敵手はいないってことが。世界にとって俺たちは、想定外の突然変異だ。世界が配した営みの、小さな枠の外にある。人の規模でない振幅を、受け皿が予定していない。──
喩えて言うなら、お前らの力は、こんこんと湧く源泉の、細い支流のひとつでしかない。母胎の源泉を押し流そうとしても、決して成し得ることじゃない」
支流は決して、本流には勝てない。
ケネルが身じろぎ、目を向けた。
「あんたは自分を特別と言うが、俺には、どこにでもいる宿の親父に見えるがな」
現に、彼の双眸は緑色をしていない。
言われてセヴィランは苦笑い、短くなっていた煙草の先を、膝の灰皿ですりつぶす。
「夢の石って知っているか?」
二人は面くらって口をつぐんだ。にやりと、セヴィランは不敵に笑う。
「あるんだよ、本当に」
「──なんでわかる、そんなことが」
「それを使った当人だから」
あぜんとケネルが見返した。「──使ったというのか? 実際に、あんたが?」
「そんなに驚くほど不思議なことか?」
事もなげな返事にしばし絶句し、戸惑い顔で訊き返す。
「──それで、あんたは、どんな願をかけたんだ?」
「聞きたいか?」
とっておきの内緒話をするように、ずいと身を乗り出して、セヴィランは悪戯っぽく片目をつぶった。
「言ったろ? 人間になったのさ」
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