CROSS ROAD ディール急襲 第2部5章 9話13
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「──あのガキ、のこのこ出てきやがって!」
 押し殺したつぶやきが、後ろから聞こえた。獲物を狙う、冷え冷えとした視線──。
 はっ、と振り向いた鼻先で、なめらかな髪がひるがえる。
「ファレス!──待ってファレス!」
 足を踏み出したその腕に、エレーンはあわてて取りついた。
 彼の端整な横顔が、道の喧騒をねめつけていた。鋭い視線が捉えているのは、路上でうずくまったずぶ濡れの子供。その腕を引っぱり、エレーンは懸命に言い募る。
「違うファレス! 何もしない! ケインはお母さんを捜しているだけなの!」
 そちらを見据えるファレスの頬が、ぴくり、とわずかに強ばった。ここを先途と畳みかける。
「子供がお母さんを捜すのは、何も特別なことじゃないでしょ! ケインは会いたいだけなのよ! 会いたくて会いたくてたまらなくて、だから捜しに来ちゃうだけなのよ! そういうことって、小さい子なら、あるでしょう!」
 ファレスが眉をひそめて一瞥した。
 エレーンはひるみ、息を呑む。つかまれた腕をにべもなく払い、ファレスは肩を押しのける。
「きいたふうな口きいてんじゃねえ」
 苦々しげに吐き捨てて、歩道の先へと歩いていく。
「……ファ、レス」
 気圧され、エレーンは立ちすくんだ。
 思わぬ険のある表情だった。突き放したような、冷淡なまなざし。全てを拒絶するような──。その顔を反芻し、ぞくりと背筋が凍りついた。だが、ファレスがケインに襲いかかるのを、突っ立って見ているわけにはいかない。
「……と、とめないと!」
 一刻も早く。
 動かない足をぎこちなく踏み出す。手を強く握りしめ、ファレスの後を追いかける。
 青い晴れやかな空の下、下腹の突き出た恰幅のよい店主が、うずくまったケインを睨みつけていた。腹には真新しい白の前かけ。見れば、赤や白が散りばめられた豪華で大きな花かごが、歩道の店先を飾っている。開店したばかりの飲食店、そこの主であるらしい。
 ファレスはつかつか近づいて、足を止めるなり怒鳴りつけた。
「おい、てめえ!」
 道の端にへたりこんだケインが、びくり、とすくみあがって顔をあげた。おびえた顔で見上げる横で、店主がいぶかしげにすがめ見る。「……なんだ、お前は」
 怒気をみなぎらせた形相で、ファレスが腕を突き伸ばした。
「てめえ! 何してくれてんだ!」
 ぽかん、と店主が間の抜けた顔で見返した。
 肩をファレスがつかんでいる。
「……お、俺か?」
 困惑した面持ちで、店主が自分を指さした。わけがわからないといった顔。
 穏やかならぬ怒声を聞きつけ、道行く者が振り向いた。
 一体なんの騒ぎかと、路地から野次馬が集まってくる。遠巻きにしてざわめきながら、成り行きを見守る怪訝そうな顔、顔、顔──。
「この落とし前、どうつけてくれるんだ。あァ!」
 構わずファレスは、店主の胸倉をつかみあげる。
「……な、なにをするんだ!」
 不意をつかれた恰幅のよい店主が、我に返って、ようやくもがいた。
 荒っぽい手を振り払い、なんとか突き飛ばした反動で、足をもつれさせ、たたらを踏む。怯んだ様子は隠しようがないが、つかまれた服の首元をさすって、せめてファレスを睨みつけた。
「さては、このガキの仲間だな? お前の身形、遊民だろうっ!」
「だったら、なんだってんだよ豚野郎!」
「気味が悪いんだよ、お前らは! 見ろ、この小汚ねえガキを。しかも、足が片っぽ、ねえじゃねえかよ。カタワ者が!」
 店主は息巻き、唾を吐く。
 うずくまったケインが居心地悪げに身じろいで、ぶかぶかのズボンの裾で、欠けた左足を何気なく隠した。それを淡々と見下ろして、ファレスは店主に目を向ける。
「なんなら、てめえも、こいつと同じにしてやるぜ?」
 冷ややかな口調で言い捨てて、革ジャンの裾に隠れた、腰の得物をギラリと引き抜く。
「良くないなあ。そういう差別的な発言は」
 ほがらかな声が、どこかでした。
 路地の人垣が振りかえり、声を見つけて左右に割れる。
 開いた道の向こうから、若い男が現れた。金茶の長髪をなびかせた、すらりと長身の優男だ。落ち着き払った足取りで、悠然と歩道にやってくる。鼻筋の通った端整な顔立ち、長いまつげの下で見渡す、思慮深げな琥珀の双眸。
 そこだけ光があふれるような、美麗で華やかな顔立ちだった。黒くなめらかなスラックスに、きらびやかなフリルのついた、見るからに上等な絹のブラウス。その肩で、軽く巻きの入った頭髪がゆれる。人目を引く身形だが、派手さが様になっている。
「きゃああっ! ロックウェル様ァ!」
 黄色い歓声が、街角であがった。
 祭の仮装なのだろう、ドレス姿の娘が二人、驚愕の笑みで手を握り、互いにわめき合っている。
(……ロ、ロックウェルぅ?)
 思わず見入ってしまったエレーンは「は?」の顔で眉根を寄せた。余裕しゃくしゃくで現れた男、あれは、どう見ても、遊民を取り仕切る"統領代理"だ。
 そう、統領代理デジデリオ。見間違えるわけはない。何度か間近で話もしている。
 近くの路地の街角で、着飾った若い娘らが、一人、二人と足を止めた。途端、驚愕も露わにつつき合い、あわてて角を曲がってくる。その気配を嗅ぎつけたのか、街角という街角から、娘らが顔を覗かせる。
 目抜き通りの街角で、悲鳴に近い歓声があがった。
 電光石火で噂を聞きつけ、大集団がわらわらと、鼻息荒く駆けてくる。
 先を争って到着した色とりどりの集団は、あっという間にデジデリオを取り巻き、歩道はまたたく間にごった返した。
 娘らのやんやの歓声に、ロックウェルと呼ばれた統領代理デジデリオは「ああ、押さないで」などとなだめつつ、手をあげ、にっこりと応えている。
「こうして僕が来合わせた以上、無体な振る舞いは見逃せないな」
 とたん、黄色い歓声が湧き起こる。
 顔を赤らめ、きゃあきゃあ騒ぐ集団を見やって、店主は苦々しげに舌打ちした。「──役者風情が。引っこんでろよ」
「そうはいかない」
 ちょっと待っていてくれるかい? とデジデリオは娘らを見渡した。のぼせきった面々は、素直にこっくりうなずいて、(ちょっとあんた詰めなさいよっ!)などと水面下で抗争を繰り広げつつも、歩道の脇まで素直に下がる。
 場所をあけ、すっかり舞台を整えてしまうと、さて、とデジデリオは向き直った。
 石畳をコツコツ鳴らし、諍いの当事者に近づいていく。ファレスの横を通りすぎ様、素早くファレスに耳打ちした。
(──早くしまえ)
 その囁きが耳元で響いて、(え?)とエレーンは見返した。抜きかけていた短刀の刃を、ファレスは舌打ちで、カチリと戻す。
 何ら表情を変えることなく、デジデリオはファレスを素通りした。道ばたにうずくまったケインと店主の間で立ち止まり、悲嘆をたたえて表情を崩す。
「かわいそうに。びしょ濡れじゃないか。こんな小さな子に水をかけるなんて──これでは、彼が怒るのも無理はないよ」
 長いまつげに憂いをのせて、顔をゆがめて首を振る。
「──い、いや。だってよ」
 とつじょ注目のただ中に立たされて、店主は戸惑い、口ごもる。
「だって、あんた、商売にならねえよ、こんな浮浪児に店先に居座られちゃ──」
「浮浪児! 皆さん、今の言葉を聞きましたか! 彼は今、浮浪児と言いましたよ。不自由な体で懸命に生きている、ひたむきでいたいけな子供に向かって!」
 大仰な仕草と娘らのきらびやかな人だかりに、行き合わせた通行人が、なんだなんだ、と足をとめる。毅然と表情を引き締めて、デジデリオは声も高らかに呼びかける。
「治安の悪い田舎なら、そうした野蛮なやり方が罷り通るのかも知れないが、ここは卑しくも国の中枢、商都だよ。か弱い子供の頭から水を浴びせかけるなんて蛮行は、容認されうる行為じゃない。いや、常識云々を問う前に、良識ある商都の市民が、児童虐待など許さない! ねえ、皆さん。そうでしょう?」
 遠巻きにしていた通行人が、店主に非難の目を向けた。祭気分に水をさされて、いずれの面持ちも迷惑そうだ。
 先のぞんざいさはどこへやら、店主は気圧され、泡を食ってきょろきょろ見まわす。「……い、いや、別に、俺は。児童虐待だなんて大袈裟な」
「ほう、開店祝いですか。おめでとう」
 店先の花かごに目をとめて、デジデリオはにっこり振り向いた。
「ならば、ご祝儀代わりに教えてあげよう。商都で商売を始めるなら、是非とも知っておくべき流儀がある。ここ商都では、道往く人は、すべて大切なお客様だ。子供であろうが年寄りであろうが、何ら変わるところはない。むろん、君が足蹴にして良い相手など、ここには一人も存在しない。店を営む方々は、商都を訪れる皆様に、いかに楽しみ、快適に過ごしてもらえるか、もう一度足を運んでもらえるか、日々努力の限りを尽くしておられる。快適に過ごせる安全な街、それが商都のモットーだ。というのに、君のように声を荒げ、風紀を乱すなど迷惑千万。そうは思いませんか、ご老体」
 野次馬の人垣の一角に、デジデリオは嘆かわしげに目を向ける。
 ぎろり、と娘らも一斉にそちらを振り向いた。
 突如名指しされた老店主は、ぎくりと顔を引きつらせ、こほん、とひとつ咳払い。
「……い、いかにも。安全と快適を提供するのは、商人たる者の大事な務め。これでは営業妨害もいいところですな」
 睨みすえていた娘らから、パチパチパチ、と拍手喝采わきあがる。額の汗を腕でぬぐって、ほっと胸をなで下ろす老店主。
 苦虫かみつぶした面持ちで、ファレスが舌打ちして踵を返した。「──こんな茶番につきあってられるか」
 ケインの腕を「──来い」と引っ立て、人垣を掻きわけ、外に出ていく。
 やりとりに見入っていたエレーンも、はた、とようやく我に返った。
 大股で歩道を引きあげる、ファレスの後ろ姿をあたふた追う。通行人をよけて急ぎつつ、抜け出した人だかりを振り向いた。騒動の発端はケインのはずだが、誰も注目していない。とくとくと語るデジデリオの姿に、群衆はみな見入っている。人垣の向こうで、デジデリオの高らかな声がした。主演はとうに退散したのに、まだ演説する気らしい。
 ケインを担ぎあげてファレスは歩き、二区画先の道ばたに、小さな体をどさりと下ろした。
 街路樹の下に転がされ、ケインはファレスの顔を仰いで、怯えたように後ずさっている。必死で見あげる小さな唇がわなないた。
「ご、ごめんなさい。ぼく、きもちわるくなっちゃって……どうしても、うまくうごけなくて、だから……」
 その前に立ったまま、ファレスは無言で見下ろしている。じゃり、とその足を踏み出した。
「ケ、ケイン!」
 はたと我に返って突っ走り、エレーンはわたわた飛びこんだ。
 ファレスを押しのけて滑りこみ、もぎ取るようにして、ケインの首を抱きしめる。
「ケイン! ケイン! 大丈夫?──もおっ! こんなびしょ濡れにしちゃって信じらんないあの親父!」
 ぎろり、と人だかりを振り向いて、「──てか」と抗議の口をつぐんだ。
「なんか、あっち、盛りあがってるわよねえ……」
 統領代理の後ろ姿が、人垣の先に垣間見えた。ブラウスの胸に手を置いて「おお」とか「ああ」とか、苦悩を交えていい調子。あたかも千両役者のようだ。
「──たく。目立ちたがり屋が」
 そちらの方には目もくれず、ファレスは苦々しげに吐き捨てる。
「なんか、すっごいわね、あの人って。あっという間に、やり込めちゃってさ」
 むしろ、彼の独壇場。
「元々あっちが本職だからな。ぼさっとした観客なんぞ、丸めこむのはわけねえだろ」
 どうでもよさげに言い捨てて、ファレスは歩道にしゃがみこんだ。地面に下ろした袋の中に、無造作な手つきで手を突っこむ。着替えが入った袋の方だ。詰めこんであった白いタオルを、そのまま無造作に引っこ抜く。
 ぽろり、と何かか飛び出した。
 ぴら、と舞った"それ"を見て、エレーンはあたふた引ったくる。
「ちょ、ちょっと! なにしてんのっ!」
 あわてふためき、パンツを回収。
「勝手に荷物、あさんないでよっ!」
「タオルとっただけだろうがよっ!」
 ファレスがたちまち食ってかかる。あの芝居がかった独演会に、ずっと苛ついていたらしい。頭ごなしに怒鳴りつけられ、むう、とエレーンは口の先をとがらせる。
「……でも、こんな道ばたで、パンツ出すとか、普通するぅ?」
「てめえのパンツなんぞ俺が知るか! 丸めて突っ込むてめえが悪い──」
 はっ、とファレスが動きを止めた。
 振り向きざま、素早く何かを引っつかむ。
 しゃがみこんだ目の前に、黒っぽいズボンの生地があった。それにファレスの指がめりこんでいる。つかんでいるのはケインの足だ。つまり、ケインが宙に浮いている。
 ──誰かが、ケインをさらおうとしている、、、、、、、、、
 はっ、とエレーンは目をあげた。
 ケインの両目を手の平でふさいで、背後に男が立っていた。筋肉質な痩せた男だ。薄い唇、さらりとした薄茶の頭髪、前髪から覗く鋭い眼。
「……ザイ?」
 宙に浮いたケインの体を、ザイが片腕でかかえていた。
 ケインは何が起きたかわからないらしく、不思議そうに首を動かし、ザイの服を手の平でむしって、泳ぐように身をよじっている。
 ザイがかがめた背を起こし、小首を傾げてファレスを見た。
「なんで邪魔立てするんです」
「──必要ねえよ」
「あんた、正気ですか」
 短く舌打ち、ザイはつくづくというように嘆息した。「かの"ウェルギリウス"にも、ほだされることがあるとはねえ……」
 え? とエレーンはファレスを見た。
「"ウェルギリウス"って?」
「──おい、あんぽんたん」
 ザイから視線は離さぬままで、ファレスは空いた右の手で、上着の隠しをぞんざいに探った。
 つかみ出した拳のままで、エレーンの腕に押しつける。
「水と食いもん、買ってこい」
 拳の中のものを受けとれば、数枚あわせて畳んだ紙幣。
「──え、あ、でも」
 エレーンは困惑しきりで向かいを見た。「……でも、ケインが」
「早くしろ!」
 常ならぬ剣幕にすくみあがり、エレーンはのろのろ腰をあげた。
 おびえた様子のケインを見、畳んだ紙幣を握りしめる。エレーンは戸惑い、逡巡した。後ろからケインをかかえたままで、ザイは手を放さない。ケインの足をつかんだままで、ファレスはザイを睨んでいる。だが、ファレスとザイなら、ファレスが上。たぶん任せて大丈夫だ。ケインのことは心配だが、自分が今ここにいては、ファレスにとっては、むしろ邪魔──密かにめまぐるしく計算し、左でにぎわう目抜き通りを盗み見る。
「……じゃあ……ちょっと行って、買ってくるね」
 対峙したまま睨みあう膠着状態を振りむき振りむき、エレーンは街角に足を向けた。
 
 戸惑いながらも歩いていった、彼女が目抜き通りへの街角を曲がる。
「おや。まずかったですかね」
 姿が消えたのを見計らい、ザイは肩をすくめて振り向いた。
「なに動揺してるんです。たかだか通り名を聞かれたくらいのことで」
 目隠しされて分からないながらも不穏な空気を察したか、ケインは歯を食いしばってファレスに乗り出し、無闇に手足をばたつかせている。
 ファレスは鬱陶しげに舌打ちし、力任せに腕を引いた。ファレスの肩に顔をぶつけ、あどけない顔をしかめながらも、ケインは無我夢中でしがみつく。それを左脇にもぎとって、ファレスは向かいをねめつけた。
「滅多な真似をしてんじゃねえぞコラ。堅気が見ている目の前で、なに無邪気に仕掛けてんだ」 
「あんたができねえようだから、持ってってやろうとしたんでしょ? 大体、余裕かます暇なんか、どこにもないと思いますがね」
 がたがた震えてうつ伏せた子供の横顔を見下ろして、ザイはやれやれと腕を組んだ。
「こいつは普通のガキじゃない。野放しにすれば、死人が出ますよ。妙な力で悪さをしたら、どう責任をとるつもりです」
「──てめえだって、ずっとウォードを見逃してんじゃねえかよ」
「あいつは何もしやしませんよ。わかってんでしょ、副長だって」
「こんな所でおっ始める、、、、、気かよ」
「北門を出れば、森ですよ」
 ザイはそっけなく言い返し、歩道の突きあたりの街門を、顎で軽くさし示す。
「そっちに連れて行きゃ問題ないでしょう。トラビア方面は人通りもまばらで、街道に面した森とはいっても、入っちまえば人目につかない。さ、そのガキ、俺に渡してください」
「必要ねえっつってんだろ!」
 左の腕でケインをかかえ、ファレスは射るようにねめつける。「こいつの身柄は、俺が預かる。てめえの仕事にとっとと戻れ」
「承服できませんね」
「んだとコラ! てめえ、逆らうつもりかよ!」
「俺は指示通りに動くだけスよ」
「必要ないよ」
 落ち着いた声が割って入った。
 声がした右手の先を、ザイは怪訝に振りかえる。唖然とした顔で、腕組みを解いた。
「──統領代理」
 歩道を悠然と歩いてきたのは、統領代理その人だった。
 やってくるのは彼一人きりだ。なんと言いくるめてきたものか、あれほど騒いだ娘らも、誰一人として追ってはこない。先の一角に目を転じれば、道端に寄った彼女らは、じぃっと大人しく二列縦隊で待機している。
 そして、笑みをたたえて歩み寄るデジデリオの肩の向こうでは、新たな人だかりが発生していた。それは先とは違って、何やら、いやにあわただしい。怒号と共に行き交う足、人垣を飛びかう忙しげな声──。それらの足の隙間の向こうに、大の字になって転がった、店主のものらしき靴が見える。
 どうやら卒倒したらしい。いぶかしげに眺めやり、ザイはデジデリオを見返した。「──一体なにしてきたんです?」
「なに。ウインクしてやっただけさ。ほんのサービスでね」
 その騒動には見向きもせずに、デジデリオは悠然と立ち止まる。ファレスにしがみつく子供を見、おもむろにザイに目を向けた。「拘束の必要も、まあ、ないね」
「ですが代理、処分するよう隊長から」
「私からの指示は、それより劣ると?」
「──いえ。そういうわけでは」
 さすがに、ザイも口ごもる。
「ねえ、処刑隊とくむの班長さん」
 穏やかな笑みをザイに向け、デジデリオは軽く手を広げた。
「いたいけな子供を追い回すより、捕えるべき者がいるだろう? そう、こんな小物より早急にね」
「──しかし代理、こいつはただの子供ってわけじゃ」
「怪物の処分が急務だよ」
 ぴしゃりと指摘をはねのけて、憂い顔で柳眉をひそめる。「野放しにするには、あまりに危険だ。放置すれば、大勢が死ぬ、、、、、
 目を硬く閉じて震えている、ケインの頭に指先で触れた。
「ごらん、この子を。そんな力は残っていないよ。ほうっておいて構わないさ。私には見えている、、、、、
 残り時間も、さほどない、と目を細めて呟いて、ふと、デジデリオは目をそらした。
 視線を投げたその先には、歩道にたむろした人だかり。卒倒した当主の方を、何事かという顔でながめている。
 ファレスとザイが怪訝にそちらに目を向けると同時に、人だかりから突き出た頭髪が、あわてたように引っこんだ。凝視していたデジデリオの足が、吸い寄せられるように前に出る。
「──ケネル?」
 つぶやき、歩道をつかつか直進、通りをぶらつく通行人の肩を掻き分ける。
「どこへ行くんだ? おい、ケネル?」
 通りから伸びた石畳の路地を、どこかで見たような黒髪の背が、そそくさ足早に移動していた。あからさまに距離を置こうとする彼の背を、デジデリオの長髪が追って行く。
 置き去りにされたファレスとザイは、呆気にとられて見送った。
「……仲がいいスね、相変わらず」
「代理の方が一方的にな」
 放り投げるように、ファレスも言う。やれやれと身じろいで、ザイはおもむろに腕を組んだ。
「にしても、いやに、お優しくなったじゃねえスか。標的まとがどこの誰であれ、始末してきた副長でしょうに」
 すっかり気が削がれた様子で大儀そうに首を振り、おどおど見あげた幼い顔を、しげしげと眺めおろす。
「俺だって別に、好きで狩ってるわけでもねえし。ま、代理の命令ってんじゃねえ」
 無駄足を悟って肩をすくめ、「じゃ、俺はこれで」と別の路地へと歩き出した。
 
 
 
 
 

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