■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部5章 9話17
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「さーさー! ご飯にしましょうねえ!」
エレーンは食料袋をごそごそあさって、屋台で買った昼食を広げた。
「たくさんあるから、じゃんじゃん食べてねっ!」
「──偉そうに。元は俺の金じゃねえかよ」
てめえの手柄みてえに言ってんじゃねえ……と、ファレスはぶつくさ串をとる。
買ってきたのはあたしでしょー? とエレーンもふくれっつらで言い返し、膝の袋をがさがさ漁り、はい、とケインに牛乳の瓶をさし出した。
「ケインはやっぱ、牛乳がいいよね〜?」
育ち盛りだもんね〜、とにっこりケインに持たせてやる。右からファレスが腕を伸ばして、無造作に瓶を取りあげた。手にしているのは林檎のジュース。
ちら、とそれを目で追って、ぷい、とケインは横を向いた。勝手に袋に手を伸ばし、中から別の瓶をとる。
「ぼく、みかんジュースがいい!」
「……あ、そー」
さし出していた牛乳の瓶を、エレーンはおずおず引っこめた。ケインは遊牧暮らしで牛乳には慣れ親しんでいるし、子供だから好むだろうと思いこみで即決し、その勘定で買ってきたのだが──
(だったら、珈琲とかにしとけばよかった〜)
己にまわった牛乳瓶に、エレーンはしょんぼり嘆息する。はっ、と右手のファレスを見た。
「ちょっとっ! 食べるの? 今、落ちたわよっ?」
鬱陶しげな舌打ちで、ファレスが開けていた口を閉じた。
「落ちただけだろ。ちっと拭いときゃ、まだ食える」
つまんでいるのは、膝の横にころりんと落ちた、付け合せのプチトマト。
「おなか壊すってば! 意地汚いわね!」
腰かけているのは、風雨にさらされたオブジェなのだ。どんなバイキンがくっついているか知れたものではないではないか。遊びまわった靴裏の泥とか、猫のノミとか、鳥の糞とか。
「なら、捨てろってのかよ。食い物を粗末にすんじゃねえ」
「──て、ケインんっ!?」
ぎょっ、とエレーンは視線を落とし、あたふた、それを引ったくる。
「あんたはだめっ! 絶対だめっ! あんたがやったら、絶対お腹こわすからっ!」
粗相かわざとか、ケインまでトマトを、ころりんと膝横に転がしたのだ。
「ほらあ! 子供が真似するじゃないよー!」
「──いーじゃねえかよ。うっせーな」
手からトマトを面倒臭げに奪い返して、ファレスはケインの手に戻す。
「大丈夫だ。まだ食える。な?」
同意を求め、ケインを覗く。二人のまん中に座ったケインは、左右の大人を交互に見た。そして、
「なっ!」
右隣のファレスを仰いで、気合いを入れて大きくうなずく。
むう、とエレーンはぶんむくれた。良かれと思って言ってあげているのに!
大小連なった男どもは、いつの間にやら徒党を組んで、女子供は相手にしないという態度。子供のくせに。
(……もー。なんで、仲間はずれにするかなー)
あたしが買ってきてあげたのにさー、とエレーンはぶちぶちやさぐれた。ケネルとファレスが組の時にも、あっという間に徒党を組んだが、男二人が寄り集まれば、たちまち仲間はずれというのは何故なのだ。
「おう、坊主。これ食えや」
「おうっ!」
ファレスの言葉に、ケインが勇んで顔をあげる。ファレス同様、片膝をあげて座りこみ、なんとはなしにやさぐれた顔つき。すっかり柄が悪くなってしまった。
一体何が面白くないのか、ファレスは苦虫噛み潰した仏頂面で、焼き串を忌々しげに食いちぎっている。その眉をひそめた横顔を、ケインはしきりに盗み見ている。ファレスがパンを取れば、ケインもパンを。焼き串を取れば、焼き串を。もそもそ、わたわた、せわしないことこの上ない。そうして、ちらちら盗み見つつも、ケインの顔は生き生きとしている。ずいぶんファレスになついたものだ。いや、なついたというよりは、ファレスのすることなすこと、ことごとく懸命に真似ている?
そうか、とようやく気がついた。ケインはたぶん、
ファレスに認めて欲しいんだ。
(……おいおい、お前さん)
嘆息して肩を落とし、エレーンはげんなり額をつかんだ。リスペクトする相手を間違えてるぞ? こんな幼稚なのを真似てると、おムコに行けなくなっちゃうぞ? そういえば、ケネルを囲んだちびっ子たちも、こぞって心酔していたような? 大人の男というのなら、羊飼いのおじさんたちだって、近くにいるのに。
「……しまった。てあてだ」
うぐっ、とファレスが奇妙な顔で突っ伏した。
(どーした。喉に瓶でもつまったか?)
蚊帳の外のエレーンは、白けて、ちら、と目の端で見る。無視して牛乳を飲もうとしたら、はっし、と手首がつかまれた。真ん中のケインを横断し、ファレスの腕が伸びている。
「……てあてだ。早くしろ」
いびつに顔を引きつらせ、冷や汗たらたらでファレスがすごんだ。一体急になんなのか、せっぱ詰まっている様子──はた、と理由に思い当たった。もしかして、又あれか? ならば、今までのしかめっ面は、自分を慕う子供の手前、
痛いの我慢してたのか──!?
「ケ、ケイン? おばちゃんのお膝に座ろうか。直じゃ、お尻が痛いでしょう?」
あたふたケインを抱きあげて、空いた場所に素早く詰めた。ファレスの真横にさりげなく移動。
(……もー。いーじゃないよ。子供相手に見栄はんなくても)
ケインを溜息で膝に下ろす。
するり、とケインが逆側におりた。
「いい! ぼく、ひとりで、すわれる!」
ぷい、とたちまち横を向く。己の不機嫌さを存分にアピール。
(あ。でも、よっかかりはするんだ……)
エレーンは内緒でたじろぎ笑った。左側の脇から腰に、子供の丸い頭と柔らかな体重。不貞腐っているくせに、どこかに触ってはいたいらしい。
「早くしろ……っ!」
ん? と怒声に振り向けば、ファレスが肩に爪を立て、息も絶え絶えに這い寄っている。腹をかかえて前かがみになり、鬼気迫る形相で、ぜえぜえ怒気をみなぎらせている。
(はい。痛いの痛いの飛んでけー)
いつもの呪文を内緒で唱えて、せっせと腹をなでてやる。ぎゅっと服端を握ったファレスは、機嫌を損ねた左端のケインがそっぽを向いているのをいいことに、うつむいて平静を装っている。うぐぐ、と奥歯を食いしばりながら。
(もー。やれやれ。男どもはまったく)
なんでそんなに体面なんかにこだわるのだ。はー……とうつろに嘆息し、エレーンはげんなり天を仰ぐ。
神さま。このしょーもない意地っぱりどもを、どうぞ、どーにかしてください。
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