CROSS ROAD ディール急襲 第2部5章 10話3
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 長の内の比較的若い二人が、馬の高い背に飛び乗った。
 野草を蹴散らす防護服の背が、みるみる彼方へ遠ざかる。一方の伝令が向かう先は、部隊のある駐屯地。もう一方の伝令は、幹部が寄留する異民街本部。
 第三間道の入口付近、テントを据えた急ごしらえの拠点は、思わぬ事態に騒然としていた。
 今しがた届いた指笛は、森に散った全てのロムを震撼させた。
 ──男の斬殺体を発見。間道南、湖沼付近。
 駐屯地から駆けつけた各班の長は、当初、道なりに捜索したが、異状は特に見出せなかった。とはいえ、先の指笛が指示した場所は、第三間道で間違いない。そこで再度捜索に赴いた一人が道を外れて分け入ったところ、丈高い野草の中に、物言わぬ骸が埋もれているのを発見したのだ。
 報告された風体から、それは賊のようだった。だが、敵襲の気配はおろか人の気配さえ森にはない。敵襲というからには相手は複数、単身仕掛けたとは考えにくい。というのに、森の中はいたってのどかだ。この不気味な静けさが意味するものは──
 ばさり、と地図を倒木に広げる。
 ザイを始めとする各班の長は、道端の倒木に集合し、難しい顔で額を寄せた。森をくまなく捜索するなら、応援部隊の到着までに、各班の受け持ち区域を決めねばならない。
 何かが、森で起きている。
 しかも、既に死者が出ている。
 そう、死者が出た──この一事こそが問題だった。ここカレリアは斬殺が日常的な国ではない。この件が明るみに出れば、すぐさま大変な騒ぎになる。それが凶悪な賊だとしても。
 敵襲を知らせてきたのは、ロムのみが扱える指笛、つまり、この諍いの当事者は、彼らロムに他ならない。
 やがて、馬群の蹄音が聞こえ、第一陣が到着した。
 駐屯地からの応援部隊──二十名からの傭兵たちだ。馬は付近の林にでも置いてきたらしく、どやどや拠点に踏み込んでくる。足の速い第一陣に続き、すぐに二陣、三陣も着くはずだ。
 静かな森の間道の広場は、またたく間にごった返した。待機する傭兵は皆、襲撃に備えて防護服を着用し、手には刀剣をつかんでいる。
 長たちの打ち合わせは、道の端で続いている。この場を仕切る立場のザイも、地図を睨んで難しい顔だ。
 傭兵たちが指示を待ち、険しい顔で行き来していた。装備の具合を確かめる者、仲間と気忙しくたむろす者、間道の先をすがめ見る者──。
 緊張をはらんだざわめきを縫い、その男は歩いていた。
 男もまた、防護服を着こんだ一人だ。ここではよくある風体で、伸びすぎた蓬髪をバンダナでくくり、前髪が目元を覆っている。頭髪と顎ひげとの境がないので、むさ苦しい印象だ。誰に声をかけるでもなく、両手を隠しにつっこんで、ぶらぶら人込みを横切っていく。暇を持て余したようなその足は、賓客が休むテントの方へと、さりげなく、着実に近づいている。だが、浮き足立った傭兵たちに、注意を払う者はない。
 誰に制止されるでもなく、テントの陰に滑りこみ、入口の覆布をばさりと払った。
 明るいテントの中央に、頭の高い位置で茶髪をくくった若い男が、畳んだままの防水シートに座っていた。その肩の向こうには 地面に直敷きされた寝袋の上に、肩まで流れる黒髪が白く細い肩をさらして、うつ伏せの体勢で寝かされている。部隊の賓客エレーン=クレスト。
 付き添いは茶髪の彼だけだ。細い顎、涼しい目元、吟遊詩人のようなうりざね顔──衛生班の新入りミックだ。まだ指笛を使いこなすことができないために、招集された班員に代わって留守を任されたものらしい。
 ミックはあぐらの肩越しに振りかえり、胡散くさそうに入口を見あげた。
「……誰すか? 見ない顔だけど」
 テントの入口にたたずむ男は「たく。なんだよいきなり。無礼だな」と足を踏みかえながら小さくごち、かったるそうに嘆息した。「ちょっと腹たの薬とりに来ただけだろ。──ああ、お前が例の新入りかい。なら、俺の顔知らなくても無理ねえか。大体ヤサが違うしな」
「あ、そうなんすか、すいませんした」
 ぺこり、とミックは頭をさげた。相手は見るからに古参だが、特別あわてたふうもない。もっとも、転属してきたばかりのミックは、部隊では一番下っ端なので、自分より下を捜す方が難しい。
 匂いをかぐように眉をひそめて、ミックは視線をめぐらせた。「あの、なんかあったんすか? いやに騒がしいようすけど」
「なんでも、奥で死体が出たとか」
「……はあ? ここで、すか?」
 素っ頓狂に訊きかえし、そわそわテントの入口を見る。「──ここで刃傷沙汰はまずくないすか? すぐ東が商都すよ」
「なんなら、様子見てくりゃいい」
 男は外を親指でさした。「どうせ、こっちも、しばらく休んでくつもりでいたし。ついでにこの客見ていてやるぜ? そういや、そっちの班長も、なんか呼んでたようだしよ」
「班長が? 俺を?」
 ぽかん、とミックは瞠目し、あぐらを崩して膝を立てた。
「たく! やっと、こっちに戻ってきたか。あの人一体、どこで油を売ってたんだか!」
 腰を浮かしながら一礼し、あたふた枕元から立ちあがる。「あっ、なら、ここ、しばらく頼めますかね──行くぞ、ルー」
 ミックは振りむき、声をかける。
 客の枕元がもぞもぞ動いた。よく見れば、青鳥の雛がいる。
 移動を促すミックの顔を、雛は見あげはしたものの、翼を広げる様子はない。
「なら、お前はそこにいな」
 言い捨て、ミックは肩を返した。あわてた様子で出口に向かう。
「なんかあったら "上"が外にいますんで!」
「──了解」
 隠しに手を突っこんだまま、男は首をまわしている。すれ違うミックの横顔を、肩の先で一瞥し、ぶらぶらテントに踏みこんだ。
 ばさり、とその背で覆いが降りる。
「……そんなこた、お前より心得てるよ」
 男はそのまま中央まで進み、足元の黒髪を見おろした。
 むき出しのままの細い肩。寝袋を軽く握りしめた指。奥歯をきつく噛みしめて、眉が苦しげにしかめられている。
 肩までの黒髪をうち広げ、彼女が寝袋の上に寝かされていた。うつ伏せた額には玉のような汗が浮き、細い肩から腰を覆って白い包帯が巻かれている。だが、真新しいはずの包帯は、既に血潮がしたたるようだ。
 彼女はわずか口をあけ、辛うじて呼吸をくり返している。細くつむぎ出すその息は、今にも途切れて消え入りそうだ。男は、隠しから手を抜き出す。
 何かが鈍く光を放った。
 それは銀のリングだった。小指をおおうアーマーリング、、、、、、、
 顔をしかめた黒髪を、男は無言で眺めやった。節くれだった長い指が、腰の鞘をおもむろに探る。
 すらり、とその手が刃を抜いた。
 
 
 

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