CROSS ROAD ディール急襲 第2部5章 10話8
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 ゆっくりと指を組み、また、ゆっくり指を解く。
 テントの壁に寄せられた荷物が、白々と夏陽を浴びていた。
 枕元にこぼれた翠石に、雛は羽毛の胸をのせ、小さな頭をうとうとゆらして薄い瞼を閉じている。枕元にそっと置かれた、ふんわり黄色いミモザの花が、光を集めて鮮やかだ。
 畳んだままの防水シートに腰をおろし、ケネルは彼女に付き添っていた。昏睡している蒼白な彼女は、素肌の肩を陽にさらし、いくえにも重ねた寝袋の上に、包帯の上体をうつ伏せている。今にも途切れそうな小さな呼気が、見守る者に知らせていた。命が辛うじて繋ぎとめられていることを。
 このままでは、夜は越せない──それについては知っていた。多くの事例を間近に見てきた傭兵の目には、それは考えるまでもなく明らかだった。
 時を無為に食いつぶす、やるせなさに目を閉じて、ケネルはわずか眉根をよせる。天を仰ぎ、こうべを垂れて、そして、力なく首を振る。既に、できることは何もない。
 テントの布張りの天井が、午後のうららかな夏日を浴びて、白くまばゆく輝いていた。果てなく白い高みから、時が音もなく降りつもる。
 これまで起きた出来事がすべて夢であったかのような、これまでの全てを無に帰すような白々と突き抜けた静けさだった。それが永久に続きそうな錯覚を覚える。あるいは、どこにも続きはないような、ただぽっかりと漂っている──。
 そこは、ひっそりと穏やかだった。何かが弾けた後のように。無力というのは脅威だった。膝に置いた手の平を、ケネルは強く握りこむ。
 凪いだような静寂に、異音が不意に割りこんだ。
 木立をつらぬき、響き渡る音。随所に散った配下からの指笛だ。それを意識の端で認識し、ふとケネルは目をあけた。
 つめていた息を軽く吐き、予断を許さぬ彼女を見る。彼女の顔に名残惜しげに手を伸ばし、だが、頬に触れる寸でのところで、その手を握って、引っこめた。
「──すまない。ちょっと待っててくれ」
 普段のしかめ面とはほど遠い、柔和な笑みで声をかけ、あぐらを崩して腰をあげる。
 戸口に歩き、覆布を払って外に出た。
 
 木立に注ぐ夏の日ざしも、いつの間にか和らいでいた。傭兵たちが出払った、夏日に照らされた拠点には、ザイとアドルファス、両名の姿があるのみだ。木立の奥に目をすがめ、うかがうように見ていたザイが、ケネルの姿をそこに見つけて、ただちに大股で歩み寄る。
「隊長。正門で動きがありました」
 詰め所がにわかにあわただしくなり、祭の警備とは明らかに異なる、緊迫した物々しさを確認したとのことだった。
 その切迫した官憲の動きは、森を奔走している傭兵たちが、いよいよ苦境に立たされたことを示唆していた。つまり、抗争に加わっていた賊徒たちが、仲間の死に震えあがり、森の南側から正門に逃げこみ、通報した、ということだ。
 ケネルは二人に足を向けつつ、報告の先をザイに促す。「進捗は?」
「八割がた捜索終了。後は南東方面を残すのみです」
 この南東方面というのはつまり、第一間道・出口付近の領域だ。
「バリーとウォードの足どりは?」
「見つからねえ」
 太い嘆息で、腕組みのアドルファスが首を振る。
「そうか」
 静かな森を、ケネルは苦々しくながめやり、難局を乗り切るべく即断した。
「総員撤収。第二間道より各自脱出。ただちに宿営を引き払い、南西方面へ離脱しろ」
「──だよな。そいつがまともな判断ってもんだ」
 アドルファスは目をすがめ、無精ひげの顎をしごいた。
「了解した」
 野太い声でそう告げて、ひどい痛みをこらえるように顔をゆがめて森を見る。「……まあ、こうとなっては致し方ねえだろうな」
「見捨てるのかよ!」
 怒声が横から割りこんだ。
 森林左手の茂みからだ。いぶかしげに三人が振り向けば、肩で息をあえがせて、いがぐり頭が立っていた。バリー配下、仲間のボリス。目を怒らせた後ろには、総髪のブルーノ、痩せぎすの黒眼帯ジェスキーの顔もある。
「バリーを見捨てるのかよ! 親父!」
 三人はたまりかねたように藪をまろび出、憤怒の形相で詰め寄った。肩で荒く息をつき、しきりにつばを飲み込んでいるところをみると「正門に動きあり」の指笛を聞きつけ、あわてて舞い戻ってきたらしい。
 それを隣で見ていたザイが、白けた顔で頭を掻いた。「とうに、どっかでくたばってんだろ」
「あァ!?」
 小声の皮肉を聞き咎め、三人が猛り狂って振り向いた。今にもつかみかかりそうな険しい視線──だが、当のザイは意に介さず、嘆息一つで目を向けた。
「敵は確認しただけで二十を超える。もっとも全部、死体だがな。つまり、最小規模で見積もっても、一対二十の劣勢で、敵とやりあったことになる。二十倍だぜ。それで生きていると思うかよ」
 口が達者な先頭のボリスが、色をなして食ってかかった。「ウォードもいんだろ! 一対二十じゃねえ! 二対二十だ!」
「一対二十だ」
 ぴしゃりと、ザイははねのけた。
「ウォードも恐らく俺らと同じで、奴の指笛を聞いた口だ。それで客を確保して、こっちの出口に連れてきた。そもそもウォードは、森でバリーとやりあっている。今にもぶっ殺しそうな見幕でな」
「非常時だぞ! 仲間の命がかかってんだぞ! みみっちい揉めごとなんかにうつつを抜かしてる場合かよ! いくらなんでも連携するだろ!」
「非常時だろうがなんだろうが、奴に傍の都合は通じねえよ。まして、相手はあの、、ウォードだ。連携の意味さえ、知っているかどうか怪しいもんだ」
 ウォードがバパ隊に所属してから、まだ半月と経っていない。まだ本格的な参戦はなく、それまで出向いた戦地では、常に単独で投入された。どの班にも混じることなく単身闘う異色の存在、それがウォードだ。
 その風変わりな横顔を思い出したか、三人は興奮さめやらぬままに口をつぐんだ。「──親父!」と首長を振りかえる。
 不安を掻きたてられた三方から、すがるように凝視され、アドルファスは苦い顔で首を振った。諦めろ、ということだ。
 愕然と三人は目をみはり、言葉もなく硬直した。
「──承服できねえ!」
 ボリスが弾かれたように肩を返した。
 ブルーノ、ジェスキーも気色ばんで続く。呆れたようにそれを見やって、ザイはその背に声をかけた。「どこへ行く」
「決まってんだろ! バリーを捜しに行くんだよっ!」
 闊歩する肩越しで、ボリスは息巻き、睨めつける。「俺は断じて諦めねえからな! 絶対見捨てやしねえからな! てめえらみたいな薄情野郎とは違うんだ!」
「おい、三バカ」
 ぴくり、と三人が足を止めた。
 即座に殺気立って振りかえる。「──なんだとコラ!」
「ヘマして衛兵にとっ捕まったら、生まれ故郷の訛りで話せ。それと、奴の死体を見つけたら、奴から防護服を剥ぎ取ってこい」
「──てめえ、鎌風っ!」
 ぎりぎり三人が拳を握った。
「この期に及んで、なんてことを言いやがる!」
「血も涙もねえ野郎だな!」
「奴より装備が大事かよ!」
 それぞれ顔面蒼白で、口々に怒声を張りあげる。
「金がかかった装備だから、それだけは回収しろってか!」
 突っ込みかけたボリスの肩を、はっとしたようにジェスキーがつかんだ。
 何事か気づいた顔で、黒眼帯の片目ですがめ見ている。
 当惑気味のその顔を、戸惑いが刹那かすめたが、ジェスキーは何を言うでもなく、ふいとザイから目をそらした。きまり悪げに舌打ちし、どことなくそわついた様子で、今来た道へと顎をしゃくる。「──さっさと行こうぜ。もう、時間がねえんだからよ」
 肩を押されて促され、収まりのつかない様子のボリスも、唾を吐き捨て、肩を返した。
 身をひるがえした三人の背が、木立の中を駆けていく。向かっているのは未捜索の南東の領域、第一間道出口付近。
 ザイはそれを見送ると、ケネルとアドルファスを振り向いた。
「撤退します」
 指示を各所に伝達するザイの明瞭な指笛が、木々の高みに反響し、冷気に鋭く鳴り響く。
 指笛は、森の中央で中継され、端々に散った仲間へと、ただちに申し送られるはずだ。これで、拠点に戻るよう別途指示した特務の数名を除く全員が、南西出口から脱出する。
 照れくさそうに鼻をこすって、アドルファスがザイを振り向いた。「ありがとな。配慮してくれてよ」
「──はて。なんのことで」
 ザイは森の奥を見やったまま、首長の方を見向きもしない。アドルファスは足を踏みかえ、ザイと同様三人が去った道の先を眺めた。
「この国の役人がバリーの死体を見つければ、奴を手厚く弔ってくれる。盗賊どもに襲われた不運な他国の商人、、、、、としてな」
 戦時下にある隣国人の入国は、国に利益をもたらす商人を除き、大幅に制限されている。つまり、この国の者の認識では、街で見かける外国人は「商用で入国した者」なのだ。
「この国の連中からすれば、バリーは根無し草の異邦人じゃない。血筋になんの濁りもない正真正銘のシャンバール人だ。なにせ、どう見ても他国の奴の顔立ちだからな」
 ザイが落ち着かなげに目をそらした。「──いえ、俺は、別に、何も」
「生まれ故郷の訛りで話せば、他国の商人と見なされる、つまりは、そういうことなんだろ?」
 ザイの誤魔化しをそつなく封じ、アドルファスは苦笑いを含んだ目で一瞥をくれた。
「そうすりゃ、すぐにも解放される。向こうにすれば連中は "自国の賊に襲われた、償うべき被害者"だ。向こうさんには負い目があるから、奴らを丁重に労わりこそすれ、手荒に扱う道理はねえ」
 すっかり意図を見透かされ、ザイはばつ悪そうに頭を掻いた。「──申し訳ありません、出すぎた真似を。連中の必死な顔見てたら、つい──」
「いやいや、俺は嬉しいぜ。まさかお前が、連中を気にかけてくれるたァな。それにしても珍しいこともあるもんだな。回転の速いジェスキーの野郎も、目を白黒させてたぜ」
 アドルファスはたくましい腕を組み、ザイの顔をしげしげと見た。「普段なら、高みの見物の鎌風が、どういう風の吹き回しだ?」
「いえなに。ちょっと前に、うちでもハゲが──」
 問われるままに返しかけ、ふと、ザイは口をつぐんだ。
 気まずそうに目をそらし、ゆるりと首を横に振る。「──いえ、なんでもないっスよ」
 腕組みでやりとりを聞いていた、かたわらのケネルに向き直った。
「隊長、時間がありません。そういうことならテントを畳んで、とっとと客を運んじまいましょう」
 話を切りあげ、そそくさテントに肩を返す。ケネルがおもむろに口をひらいた。
「俺が運ぶ」
 ザイが面食らった顔で振り向いた。「隊長自ら、スか?」
「馬での移動は、もう無理だ。俺たちは、別の道を行く」
「……つまりは徒歩でって話スか」
 太い眉をわずかにひそめて、アドルファスも怪訝そうな面持ちだ。釈然としない様子の二人に、ケネルは視線をめぐらせた。
「この件で、部隊の入国が発覚し、官憲の捜査が入った場合、部隊に客がいるのはまずい」
 彼女は、彼ら傭兵隊とは、あまりに場違いな存在だ。しかも、ただの市民ではない。クレスト領家の公爵夫人だ。まして、それが瀕死というなら、一大問題が勃発する。
 賓客の脱出口となる第三間道の木漏れ日を見やって、ザイは途方に暮れたように頭を掻いた。「別行動をとるってんなら、部隊が移動する方向とは逆、北東の方角になりますか──この森を基点とすると、行き先はさしずめ、カノ山の坑道あたりで?」
「その辺りを考えている。まさか瀕死の人間を、町に持ちこむわけにはいかないからな」
 皮肉まじりに、ケネルは笑う。それが周囲に発覚すれば、たちまち通報されてしまう。
「そんな手間をかけずとも、だったら、いっそ、今ここで──」
 ザイは軽い嘆息で件のテントをながめやり、その目を返して二人を見た。
「とどめ、さしましょうか? 俺が」
 アドルファスが鋭く息を呑んだ。
 じっとザイを見据えたままで、ケネルは何も応えない。それを無言の却下と見てとって、ザイは腕組みで嘆息した。
「今、客が味わっている痛みは、大体察しがつくでしょう。とんでもねえ苦痛ですよ。あの様子じゃ、日は越せない。なら、長びかせる方がよっぽど酷だ」
 ケネルがおもむろに見返した。
「手を下すなら、俺がやる。だが、それは今じゃない」
 答えを予期していたかのように、ザイは軽く嘆息した。「──そうですか」
 重苦しいやりとりから一転し、さばさば視線をめぐらせる。
「わかりました。そういうことなら、テントを即刻撤去して、この森、早く出ちまいましょう。客と部隊が同じ森にいるのはまずい」
 招集をかけた特務の面子が到着する頃合だった。テントの撤去を一足早く始めるべく、ザイはそちらに足を向ける。
「なら、せめて、隊長にお供しますよ。いくら客が軽くても、抱えていくのは赤子じゃない。人ひとりの体重背負って交代なしじゃ、かなりのホネだ」
 はっとそれに気づいたように、アドルファスが顔を振りあげた。今にも名乗りをあげんばかりに。そう、ここで彼女と離れたら、これが今生の別れとなるかもしれない。
「人手は不要だ」
 ザイへの返答に紛らわせ、ケネルはそれを牽制した。
「お前には、部隊を仕切る役目がある。数十名からの総隊の移動を、アドルファス一人で仕切るのは無理だ」
 副長ファレスも、首長バパも、負傷し、本部で療養中だ。
「なら、誰かつけますよ、レオンかロジェあたりの腕っ節の強いを。運ぶにしたって、カノ山は遠い。街道まで出て町を抜け、海沿いの荒地を延々歩いて、着く頃には日が暮れる」
「付き添いは不要だ」
 ケネルはやはり首を振る。
「だが、連絡要員は必要でしょう。道の途中で事が、、起きたら、何かと人手が要るでしょうし」
「移動の途中で死んだ時には──」
 ぎくり、とアドルファスが顔をあげた。狼狽隠せぬその顔を見据えて、ケネルはきっぱり宣言した。
「その時には、俺がすべて、、、引き受ける」
 二人が呆気にとられて絶句した。
 アドルファスが無精ひげをなでながら、困惑しきりで目をそらす。「──死ぬ気かよ」
 彼女に道中で死なれれば、ケネルはひとり、死体をかかえて途方に暮れることになる。その姿が目撃されれば、即座に通報、投獄される。公爵夫人を殺害した凶悪な遊民として。
 ふと気づいたように瞬きし、ケネルは苦々しげに付け足した。「──ファレスには、まだ伏せておけ」
「おう。どうだ、按配は」
 一同が声を振り向くと、片隅のテントに人影があった。
 つばの広い羽根つき帽子と紫のマントが目を引いた。その肩には、石飾りで先を留めた細い三つ編みがじゃらじゃらしている。
 そこにいたのは、チョビひげをたくわえた中年の男──ケネルが先に手配した調達屋ジャック、その人だった。なにやら物色するように背をかがめ、じろじろテントをすがめ見ている。
 そのかたわらには、丸眼鏡の姿もあった。ウエ―ブがかかった肩までの髪を額で分け、ひょろりとした背は、見るからに高級そうなシャツブラウスで覆われている。商都を牛耳る三大商会の一、ラディックス商会代表ハジ。調達屋と同行しているところをみると、二人一緒のところに件の連絡がいったらしいが、こちらは北門通りの先の騒ぎで、様子を見にきたものらしい。
 戸口の覆布を指先でめくって、調達屋はわずか顔をしかめた。「──たく。運の悪りぃ女だな」
 だが、胸に去来したのだろう何らかの感情に浸ることなく、ぶらりと肩をゆらして踵を返し、ハジを従え、やってくる。ハジは隠しに手を突っ込んだまま、顎の先でテントをさした。
「なんならいっそ、彼女とはここで別れちゃどうです?」
 ザイが苦々しげに舌打ちする。「ここに、一人で置き去りにしろと?」
「おやおや、嫌だな。とぼけちゃって。とうに考えていたことでしょうに」
 寄り集まった一同に、ハジは視線をめぐらせた。
「杞憂に終わればいいんですが、彼女は恐らく日暮れまでもたない。だが、この森から連れ出す前なら──今なら楽に偽装ができる。"公爵夫人は誘拐され、この森で賊に斬られた" そういうことにすればいい。どうせ彼女は長くない。そうすれば、そちらさんも──」
「公爵夫人の亡骸を、部隊も抱えこまずに済む、か」
 相手の意図を引き取って、ザイが鋭く目を向ける。「確かに、どこも丸く収まるな」
「──おっと」
 ハジが弾かれたように口をつぐんだ。
 とげとげしい反応にひるんだようだ。いや、険悪なのは、ザイだけではない。
 一同が不愉快そうに顔をしかめていた。口を挟みこそしないものの、誰もが怒気をみなぎらせている。
 ハジは不興を買ったらしいと気づいたらしく、だが、彼らの不快をものともせずに、軽く受け流して肩をすくめた。
「生還の見込みのない奴は、野ざらしにして置いていく、いつも戦地で仲間にしていることでしょう。それがこと彼女となると、なんでピリピリするんですかねえ。命を預ける大事な仲間は、平気であっさり見捨てるくせに。あんたらにとって、彼女は何」
 大商会の代表ハジは、各地の情報を部隊に流す鳥師の取りまとめ役でもあるのだが、町中で暮らす鳥師を律する感覚は、物事を損得で図る商売人のそれに近く、領分の境を越えて共有するロムの感覚とは隔たりがある。
 ハジの少し先で足を止め、肩越しでやりとりを聞いていた調達屋が、ぶらりとケネルに振り向いた。
「で?」
 呼びつけられた用件を、端的に問う。ケネルがおもむろに目を向けた。
「あんたに調達して欲しいものがある」
「なんだ。麻薬くすりか? 包帯か?」
 調達屋は顔をしかめて、靴にまとわり付いたアブを払う。「だがよ、お前らにだって、わかってんだろ? ハジの言い草じゃねえけどよ、あれじゃ、いくらももたねえよ。今さら、そんなもん、やったところで、貴重な物資の無駄使い──」
「闇医師を一名。日没までに」
 あん? と調達屋が言いかけた口をゆっくりと閉じた。
 寄り集まった一同は、呆気にとられてケネルを見ている。動きを止めたその中で、ザイがようやく身じろいで、困惑したように顎をなでた。「──闇医師ってのは例の奴で? だが、隊長、そいつはちょっと」
 アドルファスが大きく嘆息した。片手でぼりぼり蓬髪を掻き、顔をしかめて首を振る。なだめる言葉に窮したらしい。
「無茶だ」
 ためらう素振りを見せるでもなく、ハジはきっぱりと断言した。嘆かわしげに首を振り、溜息まじりに腕を組む。
「そんなこと、できるわけがないでしょう。我々が総出で捜索し、行方がつかめなかった闇医師ですよ? それを事もあろうに調達しろ? しかも、今日の日没までに?──隊長さん、だったら、あなたは、我々が手を抜いてきたとでも?」
「どうした。依頼の品がこの世にあるなら、なんでも調達してみせるんだろう?」
 腕を組んで不敵に笑い、ケネルは調達屋の顔を見据える。
 調達屋は舌打ちで目をそらした。
 ふんっ、と大きく息をつき、思案するように腕を組む。大きな帽子のつばの下、彼のその目は閉じられている。
 ザイがたまりかねた顔でケネルを見た。「しかし、隊長。いくらなんでも無理ですよ。土地鑑のある鳥師が総出で、一月かけて駄目だったものを、たった数時間で見つけるなんざ──」
「日没までで、いいのかよ」
 ケネルを除く一同が、目をみはって調達屋を見た。
 調達屋は腹で腕を組み、ケネルの顔を見返している。
「俺を誰だと思っていやがる。依頼の品がこの世にあるなら、なんであろうが調達する。その言葉に偽りはねえ」
 ケネルが目をすがめて調達屋を見た。「大きく出たな、調達屋。不首尾の時は、どうするつもりだ。まさか、なかったことにして、知らん顔を決めこむ肚じゃないだろうな」
「依頼を落としたその時は、きっちり落とし前つけさせてもらうぜ」
「ほう」
 挑発的に促され、調達屋も負けじと不敵に笑った。
「この首、掻っ切って構わねえぜ」
 鋭く一同が息を呑んだ。
 ただひとりケネルだけが、真偽を見極めるように目をすがめている。とりなしに窮した一同を見まわし、調達屋は顔をしかめて指を振った。
「なんて顔してんだお前ら。いいか? 俺は泣く子も黙る調達屋だぜ。常々俺は言っているはずだ。依頼の品がこの世にあるなら──」
 ぎろり、と一同を睥睨した。
「調達できねえ物はねえ!」
 一同は、黙して立ち尽くしたままだ。奇妙な気迫に気圧された顔には、困惑と危惧、懐疑の念が浮かんでいる。
「あんたの腕は、信用している」
 ケネルは淡々とそう返し、真顔で調達屋に目を向けた。
「闇医師を一名。日没までに頼む」
「おうよ、依頼は確かに請け負った」
 目をすがめて顎をなで、調達屋は視線をめぐらせた。
「で、どうする。届け先は」
 
 
 

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