■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部5章 interval08 〜神々の庭〜
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「よう。精が出るな」
努めて気さくに声をかけると、大きなフォークで枯葉の束をすくっていた男が、作業の手を止め、振り向いた。
「──こいつはたまげた。珍しい顔だ」
めんくらったように動きを止め、恐る恐る辺りをうかがう。近くに傭兵部隊がいないか、思わず確認したらしい。
「俺と部下だけだよ、部隊はいない」
苦笑いでそう言うと、男は見るからに安堵して、フォークを地面に突き立てた。だが、場違いな客に呼び止められて、あからさまにまごついた様子だ。戸惑いがちに帽子を取り去り、作業着の胸でおずおずかかえる。上目使いでうかがった。「……それであの、軍師の旦那がどんなご用で?」
今度は何が始まるんだと言わんばかりの戸惑い顔。まあ、それも無理はない。家畜が草を食むだけのとりとめもない草原に、計略をめぐらす傭兵部隊の参謀が、突如現れたというのだから。
ギイは愛想笑いで頭を掻いた。「いやなに、近くを通りかかったから寄っただけだ。あんたらがこの辺りにいるのを思い出してさ。俺もカレリアに来ることは滅多にないし、まあ、これもいい機会だから、実物を拝んでいこうかと思ってさ」
「……ああ、そういう」
及び腰で見ていた男は、ようやく合点顔でうなずいた。「そういうことかね」
「で、賢者さまは、今、どこに?」
「ああ、確か」
男は額の汗を拭き、緑の草原に点在する三つの丸いゲルの内、左端のそれを指さした。「あのゲルの裏にいたっけな。青鳥の小さいのと遊んでる」
「青鳥?」
ギイは面食らって見返した。「──よく、そんなものを捕まえたな」
事もなげに男は笑い、薄くなり始めた頭を掻いた。「まあ、連中のすることだから」
「──そういうもんかね」
ギイはなにか釈然としない思いで、昼ののどかな草原を眺めた。野生の青鳥は強暴だ。獣を扱うバードでさえ、懐かせるのに苦労する。まして子供の手に負えるような代物ではない。もっとも、今日出向いた用件は、野鳥の強暴さに関してではない。
まあ、いいか、と振り返り、ぶらりと男に視線を戻した。「で、全員そこにいるのかな」
「……それが、その」
男はぎくしゃく目をそらした。「今は、ちょっと、足りなくて」
「足りないってのは?」
それが……と男は気まずそうに口ごもる。
「しばらく戻ってないのが一人いて──まあ、大方、森で遊んでいるんだろうが、まったく、どこまで行っちまったんだか」
「ほうっておいて大丈夫なのか? まだ五つかそこらの子供だろう」
いささか呆れて訊き返すと、男は視線を泳がせた。「ま、まあ、いつものことだしな、ケインが一人でいなくなるのは。その、腹が減れば、戻るだろうし……」
「ああ、そうかい。なら "ケイン"と会うのは無理ってことだな」
ギイは頭を掻いて嘆息した。確かに本業は放牧で、子供の世話は片手間だろうが、ずい分ずさんな監督の仕方だ。
「だったら、他の三人と会うよ。今、いいかい?」
男はためらうような素振りを見せた。「い、いや、それがその〜……」と言い訳がましく視線をめぐらせ、上目使いで盗み見る。「実は、奴さんたち、ちょっと様子がおかしくてな」
「おかしい、というと?」
「──あれは、なんて言ったらいいのかねえ」
なるべく詳しく思い出そうとでもいうように、男は腕組みで首をひねった。
「ここんとこ、あいつらの声を聞いてないっていうか、なんだか妙に静かっていうか──ほんのついこの間まで、あんなに毎日転げまわっていたのに、急にふっつり大人しくなって。ちんまり頭をくっ付けて、物陰で、じぃっとしているんだよ。何かを喋ってるふうでもないのに、いや、ヨハンは元々口きかねえけど」
男は気もそぞろで肩を揺すった。視線を泳がせ、そわそわしている。居心地悪げなこの様は、あまり関わり合いたくないらしい。
遠くで作業をしていた豆粒のような数人が、フォークの柄に腕をもたせて、不安そうにながめていた。人里離れた草原では、そもそも余所者は珍しいが、まして、いかつい防護服だ。何をされるか気が気ではないのだろう。腕づくで戦場に引っ立てられるか、無理難題を押しつけられるか、彼らが秘めた心配事は、大方そんなところだろう。もっとも、かつて袂を分かった同胞ならば、元より歓迎されるはずもない。
「邪魔したな。行ってみるよ」
男の肩を笑って叩き、ギイは教えられたゲルへと足を向けた。
青い草面を吹きわたる心地良い涼風に頬をなでられ、野草の海をぶらぶら歩く。
この羊飼いのキャンプには、子供が四人いると聞いている。少女が一人に、少年が三人──盲目の少女「プリシラ」、口と耳が不自由な「ヨハン」、左の手首から先のない「ダイ」、左の足首から先のない「ケイン」 そのいずれもが遊民である両親から生まれ、奇形という厄運を背負った。そして、その類いの子供には、異質な者が稀に出る。
用があるのは、未来の結末を言い当てる、いわゆる「先予見」の才を持つ子供。無論、あやふやで不可解なそんな力を、あてにしようというのではない。言ってみれば好奇心──そんな者がいるというなら、一目じかに見てみたい、精々、今後の吉凶を占ってやろう、というくらいの冷やかし混じりだ。南下中の街道で、群れが近くにいるのを思い出し、せっかくだから立ち寄ってみた、その程度の話だった。
件のゲルに到着し、丸い壁の裏手にまわった。なるほど幼い子供が三人、ゲルの壁にしゃがみこみ、小さな頭を寄せている。
手前が少女、長いまつ毛を伏せている。肩で切り揃えた素直な髪、この子が盲目だという「プリシラ」だろう。
その向こうに、皆より一回り体の小さな、大人しそうな少年がいる。こちらは少し癖っ毛だ。
そして、二人の向かいには、前髪をまっすぐ切り揃えた、きかなそうな少年。彼は地面に足を投げ、両手で黒い鳥をかかえている。「ケイン」はいないとのことだから、この二人の内のどちらかが「ダイ」で、どちらかが「ヨハン」だ。昼の日ざしに照らされた、細く柔らかな子供らの頭髪──。
「よう。元気かい」
笑顔を作って声をかけると、びくり、と華奢な肩が強ばった。
「……おいおい。そんなに驚かなくてもいいだろう?」
子供の低い視線を合わせて、ギイはゆっくり膝を折った。そつなく彼らの輪に加わる。
子供らは怯えたように盗み見て、うつむき気味で目配せしている。少年の腹に押しつけられた、まだ幼い青鳥が、子供の手から逃れようと黒い羽をばたつかせた。
派手な羽音にふと見れば、鳥を押さえたその手には、手首から先の掌がない。ならば、この前髪を切り揃えた腕白坊主が「ダイ」、少女の隣に座っている大人しそうな癖っ毛が「ヨハン」
ふと、奇妙なことに気がついた。そういえば、青鳥はなぜ逃げないのだろう。確かに小振りな鳥ではあるが、鳥の自由を奪っておくには、押さえつける力が足りない。掌のないダイの手では。
鳥の頭をなでていたダイが、見向きもせずに口をひらいた。
「ケインが死んだよ?」
子供に向けた笑顔が強ばる。
「……そうか」
突如訃報を突きつけられて、ギイは内心面食らった。これは子供にありがちな妄想だろうか。いや、その手の類いでないことは、しめやかによどんだ全員の様子から察せられる。まだ羊飼いでさえも知らない事実を、先取りしても、おかしくはない。ここに、先予見がいるのなら。
子供の一人は死亡した──この言葉を信じれば、未来を垣間見る可能性を一人分失ったことになる。森に遊びに行ったらしいが、どこかで事故にでもあったのか──そうか、だから、と合点した。近ごろ、子供が大人しい、と羊飼いが言っていたのは、仲間の死を悼んでのことか。
もっとも、今、目の前にいる三人は、それを悲しんでいる、というふうではなかった。うつむき気味の小さな肩は、どちらかといえば、途方に暮れているとか、困惑しているとか、そういった風情だ。
「だから、ぼくたち、とうとう三人になっちゃったんだ」
薄い眉をきゅっとひそめて、子供らは深刻そうな顔をした。さも、取り返しのつかない一大事変が起こってしまった、というように。
ふうん、とギイは話を合わせ、小振りの青鳥に目をやった。「なんて名なんだ? お前の鳥は」
手首から先のない左手で、ダイは鳥を抱きしめる。「……ポイニクス」
「すげえ宝物だな。どうやって手に入れた? おじさんにも教えてくれよ。怪我して落ちてたのを拾ったのか?」
「……捕まえたんだ、ぼくが "ハザマ" で」
「お前が、素手でか?」
ダイは投げ出した膝を睨んだままで、揃った前髪をゆらして、うなずく。
「なら、そのハザマってのは? ああ、東の森にある谷のことか」
「違うよ」
きっぱり、ダイは首を振った。
うつむいた目の端で、ちらりと客の様子をうかがう。「……ねえ、知ってる? 青鳥が、どうして、お利口なのか」
「どうしてなんだ?」
「他の鳥とは違うからさ。青鳥は、仲間を産み出すでっかい奴が"ハザマ"にいて、みんなそこから飛んでくる。だから、そこで捕まえたんだ」
「へえ? なら、青鳥の親は、たった一匹だけしかいないのか?」
荒唐無稽な子供の話に、ギイは辛抱強くつきあった。話を存分に引き出すには、まずは警戒を解かねばならない。多少なりとも、彼らと打ち解けておく必要がある。
ダイは膝を凝視したまま、唇の先を尖らせた。「だから、そうじゃなくってさ──そうじゃなくって、みんな、そいつの一部なんだ。だから、青鳥はどれも、おんなじなんだ」
ギイは密かに苦笑いをこらえ、困った顔で小首をかしげた。「お前の話は難解だな」
「そんなことない」
ダイが心外そうに吐き捨てた。
「それは人間も同じでしょ? みんな違う貌を持っているけど、根っこは全部、同じ場所につながっている。だから本当は、みんな同じモノなんだ。ぼくも、ヨハンも、プリシラも、それから、あのケインもね」
気難しい真顔で、おごそかに言う。あたかも真理を伝えるように。
「──やっぱり難しいよ、お前さんの話は」
ギイはついに降参し、両手をあげて苦笑いした。もう、これ以上はついていけない。
言っても無駄と悟ったか、ダイは小さく嘆息し、凛として視線を振りあげた。
「ギイ、なんの用なの?」
射抜くような強いまなざし。
とっさに、ギイは目をそらした。自分の口元を平手でつかみ、動揺を隠して眉をひそめる。
(── 一度でも、こいつに名乗ったか?)
もしや、先の羊飼いとの話を、どこかに隠れて聞いていたのか? いや、放牧キャンプの者たちは、ロムを名前で呼んだりしない。呼ぶなら相手の役職名、ギイならば、さしずめ「軍師」だ。
「殺しにきた? ぼくらのこと」
続けざまの詰問に、ギイは唖然と絶句した。虚飾を取り払った核心が、思わぬ方向から飛んでくる。有無を言わさぬ鋭さで。
平静をつくろい、ぎこちなく頬をゆるめた。「……なんで、そんなふうに思ったんだ?」
ふっと、ダイが口をつぐんだ。
そっけなく目をそらし、再び自分の膝を睨む。
噛み合わないやりとりを、口のきけない小柄なヨハンが、どこかもどかしげに見つめている。だが、ふと見やって目が合うと、あわててプリシラの陰に隠れてしまった。
何かが意識にトゲのように引っかかり、ギイは怪訝に眉をひそめる。今の一連の光景が、何か、どうもしっくりこない。だが、口のきけないヨハンより、ダイの誤解を解く方が先だ。
些細な違和感は脇にのけ、だんまりを決めこむダイの横顔に目を戻す。ギイは努めて笑顔を作った。
「どうして俺が、お前らを殺すと思うんだ? ひどい悪さでもしたのかな?」
ダイは膝をにらんだままだ。やはり、かんばしい反応はない。ふと、彼らのかかえる暗い側面に気がついた。
「──そうか。お前ら、六歳になったか」
三歳、六歳、九歳、この三の倍数は、彼らにとっては呪わしい年だ。
遊民の奇形児は長生きしない。この節目を迎えると、どうしたわけだか死亡する。事故や病気が大半だが、中には密かに、異能の被害の拡大を恐れた理不尽な処分もあったろう。現にウォードが部隊にいるのは、処分に出向いた隊長が、才を見込んで連れ帰ったからだ。
腰の護身刀を意識で捉え、ギイは密かに舌打ちする。
じっと身を硬くしている、ダイのうつむいた頭をつかんだ。
「安心しろ。誰も無闇に殺したりしない。悪さはしてないんだろ?」
手荒くなでると、ダイは平手で押さえつけられたまま、上目使いで目をあげた。
「ギイは嘘つきだね」
内心たじろぎ、ギイは困った笑いを作った。
「……まあ、よく言われるけどな。だが、お前さんに言われるとは思わなかったよ」
小さくダイが嘆息した。「で、なに? なんの用?」
どうも、子供に押され気味だ。ギイは苦笑して頭を掻く。「あ、ああ。お前さん達なら、知ってんじゃねえかと思ってさ」
「何を?」
「この戦を引き起こした、悪い奴の名前とか」
ダイの華奢な肩を抱き、幼い顔を覗きこむ。
「お前たちは、変わった力を持っているだろう? それを俺に貸して欲しいんだ」
これまでずっと沈黙を守り、やりとりを見ていたプリシラが、顔を曇らせ、つぶやいた。
「……悪い人は、いるけれど」
困惑したように口をつぐみ、焦点の合わないきれいな瞳を泳がせている。「だけど、あの人は、絶対的な悪だから、そんなことしたら……」
「無理だね」
要領を得ない話の続きを、ダイがそっけなく引き取った。
「行かないほうがいい。あいつが相手じゃ敵うわけないよ」
既に、共通の認識があるようだった。いや、ダイは今、話の筋道を正しく汲みとり、その先にある結論を告げた。彼女が用意した回答の先を、横から先取りしたように。会話に参加できないながらも、ヨハンもじっと聞いている。
すっ、と背筋が凍りついた。
──彼らは意思を共有しているのではないか?
なぜか、それがすんなりと分かった。空が青い、と自然に認識するように。──いや、そうではない。そう思うには何か根拠があったはずだ。
その正体を追いかけて、ギイは密かに眉をひそめた。ダイと話をしている間中、ずっと片隅に引っかかっていた、ほんのかすかな、トゲのような違和感──。
はっと気づいて、少女に隠れた小柄な少年に目をやった。そう、どうして気づかなかった。無音の世界に住まうヨハンが、会話を逐一理解していることに。誰の身振り手振りも介さずに。
「でも、二番目に悪い奴なら、手に負えると思うよ」
ダイの声が、思考に飛びこむ。
我に返って、ギイはあわてて目を戻した。「……二番目? 二番目がいるのか?」
「そりゃあ、いるよ。一番目がいれば、二番目がいる」
「……へえ」
いやに正確な特定だ。自信たっぷりのこの言い草。ギイは子供の顔を見据える。
「なら、俺に教えてくんねえかな。この国で何が起きたのか。これから何が起きるのか」
子供らは顔を見合わせた。
ダイに素早く目配せされて、プリシラがおずおず顔を見る。「──別に、それはいいけれど」
「なら、まずは確認だ。ここ半月、北カレリアでは何があった?」
自身が関わり、間もない事例だ。それならば、たやすく検証できる。
「──北カレリアで、ここ半月」
気負うことなく復唱し、プリシラは静かに目を閉じた。何かを読み取ろうとするように。まつ毛の長い、ふっくらとした子供の頬──。
そう長くはない時間、何かを探るように瞑目し、彼女はゆっくり瞼をあける。
鋭く、ギイは息を呑んだ。
焦点の合わない大きな瞳が、鮮やかな緑に輝いた、そんな気がしたのだ。
いや、そんなはずはない。今のは西日の加減か何かだ──ギイの内なる葛藤をよそに、プリシラは無頓着に目を向ける。
「あのね、ギイ。一番初めは──」
すらすら実相が口からこぼれた。
あたかも脳裏に年表を広げ、そこで繰り広げられた絵巻物を、忠実に読みあげているように。
雲が往き、風が流れた。
靴先の草むらで、緑のバッタが不意に跳ねる。草原の遠くから羊の声──。
「……参ったね」
時おり質問を挟みつつ、話を一通り聞き終えて、ギイは苦笑いして頭を掻いた。
脱力して首をうなだれ、力なくゆるゆる振る。「……辻褄が、合っていやがる」
北カレリアでの詳細を、プリシラは正確に言い当てた。留守を預かるチェスター候のこと、バードをまとめるローイのこと、領主不在の隙をついたあの国軍の侵攻のこと、その糸を引くラトキエの意図まで。無論、彼らとは一面識もないはずだ。彼女があの場にいたはずもない。
「なら、トラビアは? これから、どうなる」
我知らず声をひそめて、ギイは彼女に乗り出した。
肩までの髪を軽く振り、プリシラは目を閉じ、かぶりを振る。
「もう無理。疲れちゃったし」
溜息をついて、小さな膝をかかえてしまう。これ以上の労役を拒むように。
「……そうか。わかった。ありがとな」
やむなくギイは引き下がった。
プリシラはどことなく眠たそうな様子だ。そうした力を揮うには、尋常でない体力を消耗するものなのかもしれない。
たやすく壊れそうな小さな肩を、ギイは感嘆とともに凝視した。
彼女の話を聞き終える頃には、隠し持っていた勘ぐりは、確信へと様変わった。
彼女が語った事柄は、子供にありがちな夢想ではない。記憶と慎重につき合わせても、事実であり、過去だった。そして、盲目であるというそれ以前に、知り得たはずもない事柄だった。えてして子供というものは、真実を鋭く言い当てる。迷いも曇りもなく、全てを見抜く。いや、何も混入していない、澄んだ世界を占めるのは、むしろ真実のみだろう。それでも少女の語る話は、質、量共に、その比ではなかった。
そう、常に具体的で、断定的だ。当然のように史実を取り出し、目の前に並べてみせるその手腕は、神のそれを見るようだった。過去と現在、そして恐らくは未来さえ、少女はつまびらかにするだろう。
目の見えないこの少女は、"常人には見えないもの"を見る。自らが不在の無関係な光景。密室で交わされた会話や企み。そして、まだ、到来せぬ未来──いやに引き合う。見えない瞳と、見通す力──。
はっ、とギイは気がついた。両者は補完の関係にある。ならば、異能の発達は、身体の欠損が原因か?
彼らの特異な能力が欠損を補うべく働くとするなら、口がきけない少年は、どんな力を秘めている? 左手のない少年ならば、一体何をなし得るだろう。手首から先が、すとんと欠けた彼の手は──
「そんなに珍しい?」
ダイが嫌そうな顔で身じろいだ。
「──え? あ、いや」
虚をつかれ、ギイはしどもど目をそらす。不躾に見つめていたらしい。
鳥の頭をなでながら、ダイが口を尖らせた。
「ぼくの手、そんなにかわいそう? けど、この手は、なんでも、つかめるよ。ケインの足が、どこへだって行けたようにね」
ぎくり、とギイの頬が強ばった。
だが、それは、隠し持った憐みを子供に見抜かれた為ではない。
身動きかなわぬその額を、冷たい汗が伝い落ちた。全身を硬直させ、宙の一点を凝視したまま、ギイはわずか顔をしかめる。
──心臓を、なでられている?
子供の小さく冷たい手で。
唐突に、答えを知った。彼らと顔を合わせた当初の、あの腑に落ちなさの正体を。そう、あれは何故なのか。ダイがかかえた青鳥が、羽ばたくことができないのは。鳥を押さえているものは、先の丸まった腕ひとつであるにもかかわらず──。
すっ、と気配が遠のいた。
知らぬ間につめていた息を吐き、ギイは強ばった肩から力を抜いた。
こんな子供に、まさか度肝を抜かれるとは──半ば呆然と顔をぬぐい、じわり、とにじんだ言い習わしを、震える吐息に紛らした。
「……七つまでは神の内、か」
彼らはまだ、身体が半分透明にすけた、神の部類であるのかも知れない。だが、ここにいる三人が──先祖がえりの子供らが、いわゆる普通の子供と違うのは、こちらの俗世に渡ることは、まず、できない、ということだ。
ダイは事もなげにながめている。あれほどの事をしておきながら、なんら自覚はないらしい。
ギイは苦笑いで嘆息し、不敵に笑って乗り出した。
「一緒に来てくんねえかな」
三人の子供は、怪訝そうな顔。その一人一人に笑いかけ、ゆっくり視線をめぐらせる。
「これから先に起こることが、お前らにはわかるだろう? そいつを俺に教えて欲しい」
何を考えているものか、子供らは無言で、互いの顔を見合わせている。
「どうだい。厚遇するぜ? そうしたら、お前らも、晴れてロムの仲間入りだ」
強いロムは子供の憧れ──かつて自らも子供だったギイは、それをよく知っている。
「──でも」
膝にうつ伏せ、横向きで見ていたプリシラが、ためらい顔で目を伏せる。
「ああ、女の子だって、紅一点ってのは、もてるんだぜ?」
じっと青鳥にうつむいていたダイが、軽い溜息で口をひらいた。「ロムには、なりたいよ。でも」
「でも、なんだ?」
「利用するだけ利用して、殺すんでしょ? ぼくらのこと」
返す言葉を失って、ギイはとっさにたじろいだ。「──そんなことは、しないって言ったろ?」
ダイが顔をあげ、軽く睨んだ。
「やっぱり、ギイは嘘つきだ」
鳥をかかえて、ぷいと横を向いてしまう。機嫌を損ねてしまったらしい。
ギイはあわてた。
「お、おい、待てよ、嘘じゃない。だからな、俺はお前らを始末しに来たわけじゃ──ああ、もう、どう言ったら信じてくれるかな」
「いいよ」
ギイの取り成しを端から無視して、ダイが溜息まじりに返答した。
鳥があわてて羽ばたいて、ぱたぱた青空へ戻っていく。見えない手を放したらしい。まっすぐ揃った前髪をゆらして、ダイが毅然と目を向けた。
「ギイと一緒に行ってあげる。もう、どうせ終わりだし。それに、ギイはその為に、きたんでしょう?」
なめらかな頬と、表情のない瞳を向けて、小さな神々は立ちあがった。
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