CROSS ROAD ディール急襲 第2部5章 11話10
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 むくり、と長椅子から起きあがり、ほけっと放心、へたりこむ。
「……はー。どーしよう、あたし」
 エレーンはぐりぐり背もたれに顔をすりつける。
 一緒にくるか、と誘われていた。ケネルが一生守ってくれると。だが、それには一つ条件がある。そう、ダドリーを見捨てることだ。
「もー。ケネルってば、ほんと意地悪なんだからあ」
 長椅子の上に突っ伏して、エレーンは長く嘆息した。なぜ、ケネルはああも急くのか。ほんの数日待ってくれれば、トラビアの彼に会えさえすれば、それでけりがつく話なのに。なのに、なぜ試すような真似をするのか。──いや、違う。ケネルは意地悪で言っているのではない。彼は本当に急いでいた。
 あの後ケネルは、階段をあがってきた男に呼ばれて、どこかへあわただしく立ち去った。それでエレーンは、もう一人の別の男に──わりと上等な身形をした、商都民らしい知らない男に連れられて、斡旋屋の奥にあるこの部屋まで戻ってきたのだ。
 にわかに周辺があわただしくなった。
 ケネルは部隊を一刻も早く、国の外に出そうとしている。まるで逃げ出そう、、、、、とでもするように。そういえば、部隊の彼らも姿を消した。あれほどいつもそばにいたファレスも全く顔を見せないし、アドもザイもセレスタンも来ない。今ここで付き添っているのは、廊下で暇そうにたむろしているのは、ラディックス商会の者だと名乗る、顔も知らない男たちだ。
 見たといえば、なぜかボリスがいたくらいだが、それさえバリーに言われて渋々やってきたというふうで、ケネルに追い立てられるようにして戻っていった。たぶんボリスが街にいるのは、仲間のバリーが街の詰め所に留置されているからだろう。
 何かが、ケネルたちに起きたのだ。人目を憚らなければならない、、、、、、、、、、、、、ような切迫した一大事が。だから、彼らは、ことごとく街角から姿を消した──。
 壁の時計は、既に四時をまわっている。
 答えを出さねばならなかった。得るのものと失うもの、この二つを秤にかけて、身の振り方を決めねばならない。夜が更け、明日の朝になれば、ケネルが応えを訊きに、
 ──やってくる。
 エレーンは焦れて爪を噛んだ。
 答えは、出ない。
 戻って以来、ひとり悶々としていたが、どれほど検討してみても、堂々めぐりで結論が出ない。
 両手を広げたケネルの胸に、手放しで飛びこむわけにはいかなかった。それをするには、払う犠牲があまりに大きい。今は、平時ではない。通常というなら話はまだしも、トラビアではダドリーが、今も戦々恐々寄る辺ない日々を送っているのだ。
 ケネルの言葉はむろん嬉しい。彼らと共に数日起居し、居場所はここだと知らされた。彼らと共に国境を越え、知らない国で暮らすとしても、ケネルはきっと守ってくれる。ファレスもウォードもセレスタンもいる。父のような蓬髪の首長も、面倒見の良い短髪の首長も。そうした気のおけない面々に囲まれ、これまでと変わらぬ暮らしを営む、それは、恐らく幸せなことだろう。
 だが、一筋の光明でもそこにあるなら、ダドリーに投げた辛辣な言葉を取り消したい、あわよくば彼を助け出したい、それが密かに渇望してきた望みだった。今それができなければ、この先一生後悔する。それは分かりきっている。父を失って味わった沼に沈み込むような絶望を、ざらりとした後悔を、もう二度とくり返したくない。
 だが、ケネルは彼を見捨てろという。それがケネルの出した条件なのだ。
「……どーしよ、あたし」
 眉をしかめて首を振り、もう何度目ともしれない溜息をつく。うまく決心がつかなかった。そもそも、どちらか一方選べるような問題ではない。ケネルとの歓楽をとれば、枯渇した空洞をかかえ続けることになる。ダドリーに会いに行くのなら、鬱々とした喪失感と生涯過ごすことになる。どちらをとっても満たされない。何かが決定的に欠けている。
「したいこと」と「すべきこと」──体が二つあればいいと、今ほど願ったことはなかった。それが無理でも、せめて翼があったなら、トラビアに飛んでとって返し、ケネルの後を追えるのに。「ケネルと行く」──そう彼に告げられたなら、晴れてケネルと二人きりで、
「二人っきり、で?」
 むっくり、エレーンは頭をあげた。
 もそもそ膝をすり寄せて、長椅子ではあるが、きっちり正座。グーの形に両手を握って、ぼっと赤面、うつむいた。
「……やっちゃった、ケネルと」
 接吻を。
 己の言葉に動揺し、あわあわ椅子から立ちあがり、部屋の中をぐるぐる歩く。
「ど、ど、ど、どーしたらいい? どーしたらいい? どーしたらいい?」
 無意識に封印していた情景が、うろたえた脳裏によみがえった。
 夏の風。
 屋上の日ざし。
 爪先立った覚束ない足元。しっかりと支えるケネルの腕──。
 どきどき動悸、顔がのぼせる。やたら気分がふわふわして、地に足がつかない感じ。酸素を求めて口をぱくぱく。ああ、興奮しすぎて息苦しい。もう、何も考えられない。
 ガチャン、とけたたましい音がした。
 はた、と肩越しに振り向けば、カップが床に転がって、黒いしみを作っている。
「──わわっ! ぞうきん! ぞうきん!」
 エレーンはばたばた廊下に出た。
 流しの隅にかけてあったぞうきんとバケツを引ったくり、わたわた部屋に駆け戻る。這いつくばって床をゴシゴシ。バケツにしぼって、流しと往復。
 ちゃぷん、と水が、バケツではねた。
 突きあたりの窓から、鈍い夏日がさしていた。板床の廊下はほの暗い。付き添いの男たちがいたはずだが、お茶でも飲みに行ったのか、彼らの姿はどこにもなかった。店と裏庭とをつなぐ向こうの廊下もひっそりとして、話し声ひとつ聞こえてこない。
 バケツに水を汲んでとって返し、部屋の床に這いつくばる。外から聞こえる蝉の音に混じって、あの声が不意に耳を掠めた。
 ──俺とくるか。
 ぽとり、とぞうきんを取り落とす。
 手を付いた板床に、彼の顔がよみがえる。
「──いっ、いやんいやんいやんっ♪」
 真っ赤にのぼせて床をぐりぐり、煙が出るほど指で掘る。
「……お、お嫁さん、ってことよね、あれは」
 そそくさぞうきんをすすぎつつ、かあっと耳まで赤くなる。
「やぁあん! あたし困っちゃうぅぅ〜!」
 がしがしゴシゴシ、すりきれるほど、ぞうきんを洗う。おかげで辺りは水浸し。
「やー、でも、あたしにはダドがいるしぃっ」
 一人で照れてくふくふ笑い、バケツを振り振り、てくてく歩く。部屋を出、バケツの水をざばざばこぼして、
「や、まてよ?」
 ぴた、とエレーンは手を止めた。
 そういや以前ケネルの奴は、「お嫁は要らない」とか、ふんぞり返ってやしなかったか? いや、ケネルたちの所には、結婚する旨届け出るにも受理する役所がそもそもないから、お嫁という名称自体、不適当といえば不適当か。とすると、こうした場合はいかようになるのか。そう、立場的にはやっぱり
「恋人?」
 己を指さし、眉根を寄せる。なんか、そこはかとなく釈然としない。こちらが払う犠牲に比べ、恋人どまりというのでは、どうも扱いが軽いというか──いやいや違う。そうじゃない。そんなことより、もっと由々しき大問題があったはずだ。
「……クリス」
 彼女の名前を声にのせ、むに、と口を尖らせた。そう、ケネルには既にいるではないか、若くてかわいいお相手が。おまけに腹には赤ん坊まで。あの時ケネルは完全否認していたが、本当だかどうだかわかったもんじゃない。そもそも男などというものは、しらばっくれる生き物なのだ。ならば保身に違いない。そうとも、そうに違いない! とすると、こっちの立場はいかなるものに……
「二号?」
 うーむ、と唸る。しまった。動転しすぎて肝心な詳細を聞きそびれた。
 そう、どうなっているのだ、その辺は。ケネルにはクリスがいる。なのに奴は、こっちにもほいほい約束したのか? いや、この調子では、クリスの他にも隠れた女がどれだけいるか知れたもんじゃない。ケネルの言葉を真に受けてのこのこ付いていったらば、自国では妻子がわらわら出てきて、「あんた、十三号ね」とか言われたり?
「……もー。あんた一体、なんなのよ〜」
 はあ〜、と流しにうなだれて、エレーンはすごすご部屋へと戻る。ケネルの心がわからない。ケネルが何を考えているのか。ケネルがどこまで本気なのか。
 そう、だいたいが、あの言葉──今にして思えば、実にものすごく曖昧な台詞だ。どうにでもとれて、どうとでも化ける。紛らわしいことこの上ない。実のところ、どの程度の意味合いなのだ。
 ──俺とくるか。
 お嫁として? 
 恋人として? 
 そうでなければ、はたまた愛人? 
 よもや 部隊の戦闘員 とかいう、ふざけた勧誘オチではあるまいな!?
 寝台に身を投げ、じたばた泳ぎ、ばりばり頭をかきむしる。
 両手両足投げ出して、ぱたりとエレーンは突っ伏した。
「……ケネルの、ばか」
 あんなこと、するから。
 のそのそ起きて、両手で枕を抱きかかえ、ぺたん、と寝台に座りこむ。あの、、光景が思い浮かんで、ついつい上空をながめてしまう。
 強い風が吹いていた。
 夏の日ざしが照りつける、時計塔の無人の屋上──。
「……ケネル、慣れてたな」
 口からこぼれたつぶやきに、はた、と唐突に我にかえった。
「わわっ!? ちちち違う! 違う! なにゆってんの! そーじゃなくってっ! そーゆーことじゃなくってねっ! ああああたしってば、なにそんなこと言ってんのっ!」
 かあっ、と耳までのぼせあがって、ぶんぶん首を横に振る。そうだ。なにを不謹慎な。トラビアではダドリーが孤軍奮闘しているというのに!
「……でも」
 はあ、と熱い溜息を落として、そっと指先で唇に触れる。
 かかとが浮きあがるほど抱きすくめられて、身動きすることさえ叶わなかった。どれぐらい長い時、ケネルとそうしていただろう。森でウォードにも口づけされたが、あんな子供騙しとはわけが違う。どこの誰と、どんな女と、ケネルは時を重ねてきたのだろう。つたなさなど微塵もない。引きよせる腕。絡まる舌。息苦しいほどの強い抱擁。
 そろりと手の甲を唇の上に滑らせた。
 あの感触を脳裏で知らず追いかける。いや、こんなもったりした感じじゃなくて、もっとこう──
「なにやってんだ?」
 びっくう!?──とあらぬ体勢で硬直し、わたわた枕をぶん投げた。
 エレーンはぶんぶん首を振り、引きつり顔で後ずさる。「ななななんでもないっ! なんでもないっ! 別になんにもしていないわよっ!」
「……。なぜ、俺を威嚇する?」
 へ? と拍子抜けしてまたたいた。
 ぽかん、と戸口で立っていたのは、どこかで見たような男だった。いや、どこかで見たどころの騒ぎではない。こんなもの一目見たら、忘れようにも忘れられない。
 大きな羽根付きのつば広帽子、光沢紫のふりふりブラウス、キラキラ石を毛先に付けた肩下に垂れた細い三つ編み、そして、鷲鼻の下に妙なチョビ髭──要回避の危険人物、今日も風変わりな調達屋は、たじろいだような顔をして、戸口の向こうを顎でさす。「おう、吐くか? 流しからタライもってくるか?」
 何を勘違いしたものか、違う方向で困った様子。
「いらないわよっ! てか、ノックくらいしたら、どうなのよっ!」
 調達屋は親指で扉をさした。「ドアなら、端からあいてたぞ?」
「……う゛っ。あっ、そお」
 そう、こんな真夏の日中ならば、たいてい部屋の戸はあいている。なぜなら締め切ってしまったら、蒸し風呂になってしまうから。
「で、あたしになんの用?」
 ぶん投げた枕をもそもそ拾い、両手でぎゅううと抱きしめて、エレーンはとげとげ応酬した。めったにない快挙というのに、せっかくの夢心地がぶち壊しだ。てか、舞いあがっていたところをばっちり見られて、死ぬほど気まずく気恥ずかしい。てか、これほど見られたくない相手も稀だ。もっとも、極めつけに鈍いのが救いだが。
 あァ? と調達屋は顔をしかめ、ブラウスの腕をやれやれと組んだ。
「ご挨拶だな。まだちゃんと生きてるか、わざわざ見に来てやったんじゃねえかよ。命の恩人になんてえ態度だ」
「いのちのおんじん?」
 舌に馴染まぬ文言を無理に発音するように、看過できないその語を復唱。
 エレーンは疑り深げにじろじろ見た。「またまたまたあ〜。なに変な作り話とかしちゃってんだか」
「──嘘じゃねえよ!」
 まあ、この男の風体では、信用されないのも無理はないが。
「いいか。耳の穴かっぽじいて、よく聞けよ。昨日は散々だったんだからなあ」
 壁にもたれて腕を組み、調達屋は語り始めた。トラビア街道沿いの森林地帯で、昨日、抗争があったこと。渦中で倒れたエレーンを見つけ、特務がテントで保護したこと。だが、そのまま森に置くわけにもいかず、ケネルが担いで、徒歩でカノ山のふもとに運んだこと──
「……けっ、けっ、ケネルがあたしをぉ〜?」
 にへらっ、とエレーンは寝台にへたりこむ。我知らず頬がゆるんで、どこぞの店頭の土産物のように、へらへら頭を振ってしまう。
 その後も、調達屋の語る話は、俺さまが活躍した話と俺さまががんばって活躍した話と俺さまがどーしても活躍した話などが目白押しで続いていたが(むしろ、話の大半を占めるこれらの方が精根こめた力説だったが)、エレーンは聞いちゃいなかった。みみっちくもいじましいそんな話はあってもなくてもどうでもよく、さらりと冒頭にかすった一点──ケネルが手ずから運んでくれたというこの揺るぎない事実のみが、この話のキモなのであった。
「たく。俺さまの到着がほんの少〜しでも遅かったら、お前、今頃、あの墓の下だぜ」
 窓の向こうを、調達屋は顎でさす。そちらの東の方向には、街に隣接したあの墓地がある。
「はあ? なに言ってくれちゃってんの。あたしなんかが商都のお墓に入れるわけないでしょー?」
「いや、だからよ、北の領邸ほっぽり出されて、出戻ったらって、そういう話よ。お前、実家こっちだろ」
「そうだけどー。でも、うちのお墓もあそこにはないしぃ? てか、商都に住んでりゃ誰でも入れるとか、そんな簡単なもんじゃないのよねえ」
 これだから余所もんはー、と持て余した目を向けて、えっへん、とエレーンは指を振る。
「い〜い? あそこはねえ、ラトキエゆかりの人だとか、功績があった人だとか、そういう有名人しか入れないの」
 ぱちくり調達屋はまたたいた。知らなかったらしい。だが、墓の居住資格については別にどうでもいいらしく、肩をすくめて振り向いた。
「にしても、本当にまだ生きているとはな。つか、ぴんぴんしてんじゃねえかよ、どーなってんだ? 奇蹟の腕と聞いてはいたが、あの医者やっぱり、ただ者じゃねえな。にしてもよ」
 腕を組み、まじまじエレーンの顔を見る。
「今日はうぜえくらいに上機嫌じゃねえかよ。頭でも打ったか?」
 む? とエレーンは振り向いた。誰にそれを言われたとしても、こいつにだけは言われたくない。
 くい、と顎を突き出した。「さっき、お見舞いにきたって言ったわよねえ?」
 上目使いで、思わせぶりに一瞥。
「見舞いにきたのに手ブラなのぉ〜?」
「命の恩人に金品要求すんのかよ!?」
 わなわなゲンコで言い返し、ちっ、と調達屋は顔をしかめた。「まあ、いいか。今日は特別な日だからな。ほれ、欲しいもん言ってみろ。餞別代りに聞いてやる」
「なに。せんべつって」
「なんだ、聞いてねえのかよ。ちょっと色々まずくてよ、部隊をカレリアから出すことになったんだよ。で、明日には俺らも引き払う。つまり、これで、おさらばってことだ」
「──え」
 ぎくり、とエレーンは強ばった。
 別れを意味するその言葉に、不意に胸を射抜かれる。
 調達屋がいなくなろうが微塵も未練はないのだが、明日になれば、朝になったら、あのケネルも
 いなくなる……?
「で、何が欲しいんだよ」
 気鬱な藍色の大海に浸りかけていたエレーンは、はた、と現実に引き戻された。
 警戒の色をにじませてじっとり見ていた調達屋と目が合い、あわてて、わたわた首をひねる。「そ、そーねー。うーんとねー……」
 そう、どうせ餞別をもらうなら、欲しい物を言わなきゃ損だ。妙に律儀な調達屋のこと、額面通りに言葉を受け取り、是が非でも実物を持ってくる。とはいえ、急にそう言われても、はいそうですかと思いつくようなものでもない。なんだろう。今、一番欲しいものは──
 うーむ、と唸り、調達屋を見る。
「……なんでもいいの?」
「任せろ、じゃじゃ馬。" 依頼の品がこの世にあるなら、なんであろうが調達する " ってのがこの俺さまのモットーだからよっ!」
 調達屋は両手を腰に、そっくり返って、なははっ! と笑う。顔面崩壊。
 ぽん、と手を打ち、ぴん、とエレーンは指を立てた。
「背中の羽?」
 あんぐり、調達屋は絶句した。
 額にわなわな青筋を立て、指輪の拳固をぎりぎり固める。
「" この世にある " もんって言ってんじゃねえかよ! 人の話はよく聞けや! だっからなんだよっ! おつむの軽い女子供はっ!」
「んじゃあねー」
 前のめりの抗議を丸ごと無視して、エレーンは唇に指先を置いた。その手のふぁんたじー属性は専門外であるらしい。欲しいもん言えって言ったくせに。
 くるり、とエレーンは振り向いた。
「じゃあねえ、涼風庵の、彩りみやび膳がいい」
 あァ? と調達屋は顔をしかめた。
「涼風庵ってベルリアのか? つか、その弁当、一個五千カレントもする奴じゃねえかよ。つか、先着十名様の限定品じゃねえかよ! つか、その店五時で閉店じゃねえかよ!?」
 ほお? と瞠目、エレーンはぱちぱち拍手喝采。
「あ、すんごい詳しい! いよっ! さすが調達屋っ! あと十五分ね」
 ちなみにベルリアは隣町である。
「……ぬおう! 小娘! 最後までぇ〜!」
 ぎりぎり拳固を震わせて、調達屋はふるふるわなないている。蔑み笑いでふっと苦笑わらって、ちょいとエレーンは手を振った。
「あ、無理? やっぱ無理ぃ? そーよねえ。ごっめーん。いっくらすんごい調達屋でも、そんなのできっこないわよねえ〜?」
「やらいでかっ!」
 くわっと目を見開いて、調達屋は窓に突進した。
 窓の桟をわしわし乗り越え、裏庭の草木け散らして、あたふた通りへ駆けていく。本当に行く気か?
「……まじ単純」
 べええっ、と内緒で舌を出し、ばいばい、とエレーンは手を振った。しめしめ。これでしばらく戻ってくるまい。ていよく邪魔者を追い払い、外を見やった背を戻す。
「変わった取り巻きがいるんだな」
 え? と声を振り向くと、戸口に男がもたれていた。
 エレーンは息を詰めて、瞠目する。
 一瞬で こころ 奪われる。
 年齢としは恐らく三十半ば。白皙の鋭い双眸、堀の深いりゅうとした面持ち、額で分けた流れるような黒髪──
 なんて綺麗な人だろう。既に性別を超越している。むしろ、この世の者ではないような──ぽう、と顔を赤らめながら、上目使いで、しどもど尋ねた。
「あ、あのぉ〜、どなた様でしたっけ」
 誰だ!? ものすごい、いい男だっ!? なんかツキがこっちきてる!?
「これは失礼。自己紹介が遅れたな」
 戸口にもたせた背を起こし、男は涼やかな目を向けた。
「ここの店主のシュウという。そして当面、あんたの主治医だ」
 
 

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