CROSS ROAD ディール急襲 第2部5章 11話16
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 首をすくめ、とっさに硬く目をつぶる。
 だが、いつまでたっても衝撃がこない。不思議に思い、エレーンはぎこちなく目をあけた。
「ボリス!?」
 鋭く息を飲みこんだ。
 目の前でボリスが屈みこみ、顔をしかめて頭を振っている。あわてて床に膝をつき、ボリスの顔を覗きこむ。
「だ、大丈夫?」
 左の頬が赤かった。唇が切れたか、血がしたたっている。
 エレーンはブルーノを肩越しに見据え、憤然として立ちあがった。
「ちょっと! いきなり、なにすんのよっ!」
「──どいてろ」
 床からボリスの声がして、肩をぞんざいに押しのけられた。
 切れた口元を腕でぬぐい、ボリスは前へ出、ブルーノを見る。「──よせよ、ブルーノ」
「なぜ、かばう! 全部こいつのせいじゃねえかよ!」
 尻もちをついた床の上から、エレーンは二人をおろおろ仰いだ。
 目の前に、ボリスの背中が立ちはだかっていた。その向こうでブルーノが、憤懣やる方ない顔でわめき散らしている。
 黒眼帯のジェスキーはブルーノを追いかけてきたはずだったが、何かをためらうように突っ立っているばかりで、二人が言い合いをはじめても、ブルーノを連れ出そうとするでもない。
 ぎこちなく膝を引き寄せ、エレーンはぎゅっと両手でつかむ。胸がどきどき鳴っている。一体何が起きているのか、まるで訳がわからない。
 ブルーノは覚束ない千鳥足で、ゆらりと肩をふらつかせる。
「……不公平だよな」
 酔った口端を皮肉にゆがめ、ぽつり、と苦笑いでつぶやいた。
「世の中ってやつは、まったく不公平にできている。何不自由なく街で暮らして、玉の輿にのって公爵夫人になって! なのに、あんないい亭主やつほったらかして、平気で蔑ろにする女がいるってんだもんなあ! 俺らなんか、どんなにもがいても這いあがれやしねえってのによお! どんなにコツコツやったって、あんな下賎の人殺しにまで敵わねえっていうのによお! 馬鹿馬鹿しくてやってらんねえよっ!」
 唾をとばして気色ばみ、憎々しげに目を据える。
「おい! いいご身分だよなあ! 人のいい亭主を焚きつけておいて! 他人を死地に追いやっておいて! なのにお前は何してんだよ。隊長に取り入って、親父や副長にまで媚び売って、商都でのうのうと買い物かよ!」
「……あ、あたし、そんなつもりは」
「バリーはなあっ!」
 ブルーノがもどかしげに遮った。
「てめえなんかを逃がそうとしなけりゃ、あんな目にあわずに済んだんだ!」
「よせっ! ブルーノ!」
 拳を固めて聞いていたボリスが、たまりかねたように怒鳴りつけた。
 ブルーノは口角泡を飛ばしてまくし立てる。「こういう能天気な馬鹿女には言ってやらなきゃわかんねえんだよっ!」
「──ブルーノ!」
「うるせえ!」
 たしなめるボリスを一喝でしりぞけ、ブルーノは怒気をみなぎらせて振りかえった。
「てめえのせいなんだよ。みんな、てめえのせいなんだよっ!」
 エレーンはおろおろ後ずさり、助けを求めてボリスを見た。だが、目の前にかばい立ったボリスは、避けるように肩をそむけ、やはり目を合わせようとはしない。
 何か様子が変だった。ブルーノの急な見幕もそうだが、ボリスとジェスキーの態度も変だ。それに、酔っ払いの難癖と片付けるには、ブルーノの突き上げは切実すぎる。
 ブルーノのそれには理があるように思えた。これほど非難を突きつける理由が、ブルーノには何かあるのだ。他の二人にもそれが重々わかっているから、制止する手が鈍ってしまう。
 壁掛けランプの薄暗がりで乏しい灯りがゆらめく中、ボリスのそらした横顔は、苦虫噛み潰すように奥歯を噛みしめている。何かをこらえている。いや、一体何を隠している? 昼に街をぶらついた時にも、どことなく様子がおかしかった。そもそも、これまで疎遠にしてきたボリスが、急に訪れたこと、それ自体が奇妙だ。
 ふと、思わぬ考えが脳裏をよぎった。
 本当は、見舞いとは別に、何か目的があったのではないか。ボリスはそれ、、を伝えるために、この部屋に足を運んだのではないのか──これまでの出来事をかき集め、急いでその理由を探る。闇雲な追求は、だが、ブルーノの怒声で断ち切られた。
「まったくとんだ疫病神だぜ。てめえが余計なことさえしなければ、誰もなんともなかったのによ! くるくる頭の領主だって、戦場なんぞに行かずに済んだ! 羊飼いのガキだってそうだ! お前なんかと張り合っていなけりゃ、、、、、、、、、、、無駄死にせずに済んだんだ!」
「……ひ、羊飼い?」
 話が脈略なく飛躍して、エレーンは密かに困惑した。なぜ、突然 "羊飼い"が出てくるのだ。
 家畜が草食む草原が、放牧キャンプの住人の姿が目に浮かぶ。
 何かの輪郭が不意によぎった。
 雷鳴に打たれたようにやにわに何かに思い当たり、平静を失い、胸がざわめく。薄もやの先に遠くかすんだ、うっすらおぼろげな輪郭に、息をつめて意識を凝らす。
 結びかけたその像を、だが、声が憎々しげに一蹴した。
「森で俺らが見つけた時、バリーはまだ、、生きていた。半殺しにされて、爪はがれてんのによ。手足へし折られて虫の息なのによ!」
 鋭くエレーンは息を飲み、愕然と目をみはる。
(……"まだ"って、なに?)
 ブルーノはぽろぽろ涙を流し、何かを抱えこむようにして両腕を広げた。
「なのに、あいつは言ったんだ! お前は俺らの妹だって。だから大事にしてやれってよ! それで、あいつは事切れた! 俺の、この、腕の中でっ!」
 呼吸が浅く、意識が淀んだ。頭がうまく働かない。エレーンはのろのろボリスを見た。「そんな……だって、そんな……」
 ボリスはしかめっ面の横顔で、何かをこらえるように目をそむけている。それは、少しでも口をひらいたら、噴き出しかねない慟哭の塊。
 ──あの人が、死んだ?
 闇に沈む部屋の中、ランプの灯がゆらめいた。
 沈黙が重苦しく立ちこめる。
 立ち尽くしたボリスの顔と、うなだれ、むせび泣くブルーノを、ジェスキーはたまりかねたように見ていたが、やがて、軽く息を吐き、苦々しげに頭を掻いた。
「──お前のせいじゃ、ねえよ」
 真っ白に麻痺した意識をかかえて、エレーンは呆然と首を振った。「……だって、そんな……あたし、そんなつもりは……」
「あれは、お前のせいじゃねえ」
 語気強く言葉を区切り、きっぱりジェスキーはくり返す。
 苦いものを呑みこんだような精一杯の労わりは、だが、今は救いにはならなかった。賊から隠れたあの森で身の上話をしてくれたバリーの横顔がよみがえり、エレーンは唇をわななかせる。
 これで、すっかり腑に落ちた。
 ボリスが急に現れた理由。様子が何か変だった理由。夕刻の部屋に、ひどく疲れて戻った理由。床の一点を凝視したまま、震え始めた手の平を握る。それは全部、
 ──あたしの、せい?
「何を騒いでいる」
 戸口の方から、声がかかった。
「……なんだ、てめえは」
 うなだれていたブルーノが、肩越しに戸口をすがめ見る。
「今、大事な話をしてんだよっ! 関係ない奴が入ってくんなっ!」
 ブルーノの体が横ざまに吹っ飛び、壁に激突、転がった。
 ボリスとジェスキーが目をみはった。男が部屋に踏みこむやいなや、ものも言わずに殴り飛ばしたのだ。
 ブルーノは床に這いつくばり、口元を腕でぬぐっている。男は眼鏡を指で押しあげ、その背中を見おろした。
「病室で騒ぎはご法度だ」
 肩越しに顎をしゃくる。
 戸口の先の暗がりに、男が数人現れた。どやどや踏みこみ、一人がブルーノの腕をねじあげる。ボリスとジェスキーも腕をつかまれ、出口の方へと引っ立てられる。
 あっという間に取り囲まれて、エレーンはおろおろ駆け寄った。だが、男たちの壁に阻まれて、三人に近づくことさえ叶わない。
「あんたの国じゃどうだか知らんが、この国にはこの国のルールがある。わかったか? シャンバール人、、、、、、、
「……え?」
 誰かが放った一言が、意識の端に引っかかった。男たちは一目見て、ボリスらをシャンバール人だと言い当てた。だが、内戦に明け暮れる隣国からの入国は、厳しく制限されている。つまり、この国に住む大半は、他国人の風貌に馴染みがない。
 五人ほどいる男たちは、三人を廊下に引きずり出し、着実な足どりで事務所へと進み、卓上ランプの灯だけがともる、闇に沈む斡旋所を抜けた。
 扉を押し開け、夜の通りへ放り出す。
 三人を外に叩き出してしまうと、男たちは各々、応接の長椅子に引きあげた。
 足を組み、新聞を広げる者。卓に伏せたカードをとる者。吸い殻の詰まった灰皿の横には、無造作に積まれた硬貨の山、カードで賭けをしていたらしい。彼らの何事もない顔つきは、腕の蚊を叩き潰した、といったくらいの風情しかない。
 態度に余裕がある。それだけのことで、腕前がよほど上なのだと知れた。だが、ボリスらは曲がりなりにも傭兵だ。それが抵抗らしい抵抗もできぬまま、文句の一つも言えずに追い出された。
 初めに現れた眼鏡の男が、扉に手をかけ、通りの様子をながめていた。三人の背が遠ざかったのを確認したのか、店の扉をおもむろに閉める。
 扉の蝶つがいが軋む音──はっと、エレーンは我に返った。閉じかけた扉にあわてて取りつく。
「おっと。あんたはここまでだ」
 男がすばやく、扉を背にして滑りこんだ。
 危うくそれにぶつかりそうになり、とっさにエレーンは踏み止まる。爪先立って、やきもき肩の向こうを仰いだ。「でも! まだ、話の途中で──」
「面会時間はおしまいだ」
「人がひとり死んでいるのよ!」
「そうらしいな」
 エレーンは面食らって口をつぐんだ。平然とした口振りだった。わずかにも心動かされた様子もない。
「おい、アール。出口の鎧戸、閉めちまえよ。どうせ、今日は店じまいだろ」
 アールと呼ばれた眼鏡の男が、卓からの声に肩をすくめた。
 扉の外に手を伸ばし、がたがた鎧戸を閉めている。エレーンは密かに当惑し、おどおど視線をめぐらせた。「……あ、あの、先生は」
「今しがた出て行ったぜ。飯食ってくるって、リンダとよ。今日はもう戻らないんじゃねえか?」
 長椅子でこちらに背を向けた男が、くつくつ野卑な笑い声を立てる。隣の男がカードを切った。「ま、飯くらい奢ってやらにゃ、愛想つかされかねねえからな。あの子がいるから先生も、日がな庭いじりなんかしていられるんだからよ」
「あんなに任せきりで、よくやっていけるもんだぜ」
 エレーンは戸惑い、たじろいだ。誰だろう、この男たちは。
 店舗の事務所にともされた灯りは、応接に置かれた卓上ランプ一つきり。初めに部屋に入ってきた、アールという名の眼鏡の男は、三十半ばという感じだが、他の男たちの風貌は、暗がりに沈んで見分けにくい。
 長椅子の背に、外套サージェがかけられているのが、辛うじて見てとれた。頑丈そうな靴先には、乾いた泥がこびり付いている。強盗よけの洒落た鉄格子がはまった窓の下には、使い込んだ背嚢が置かれている。
 卓に陣取った男たちは、出先から戻ったばかりに見えた。長椅子の肘掛けの陰には、棍棒や長剣がひっそり立てかけられている。座面に無造作に置かれた革は、胸当てか何かのように見える。
「ああ、あれが例の生き残りかい」
 男たちの低い笑いとざわめきの中、その言葉が注意を引いた。
 背を向けた右の男が、カードに興じる肩越しに、鋭くこちらを一瞥する。「街じゃ、連中の噂で持ちきりだぜ」
 エレーンは怪訝に男を見る。その戸惑いを見てとったか、新聞を広げた男が引き取った。
「きのう、トラビア街道沿いの山中で、シャンパールからの商人が強盗に襲われて、その内の一人が死んだんだよ。そこの墓地に埋葬されたって話だ」
「……商都の、墓地に?」
 エレーンは面食らった。商都の墓地は、誰でも入れるような場所ではない。この墓地は商都に隣接した一等地であるだけに、敷地の広さは限られる。あの墓地に入れるのはラトキエ領家ゆかりの者、もしくは生前、功績のあった者。
 こちらに背を向けた左の男も、カードをさばく傍らで続ける。
「その死んだ商人ってのが、ラディックス商会の息がかりでよ、ラトキエの役人が真っ青になって、手厚く葬ったって話だぜ」
「鋳物はあそこが一手に仕切っているからな。機嫌を損ねて取引が停止した日にゃ、商都で売り買いしている鍋、釜、刀剣が一切市場に出回らなくなる。ラディックス商会っていや、シャンバールに鉱山まで持っている、その筋の最大手だからな」
 ラディックス商会の商号に、ハジの丸眼鏡が脳裏をよぎった。仕向けたのは、もしや、あの彼だろうか。
「にしても、ゴロツキの死体が現場から出たってんだから、なんとも奇妙な話だぜ。それも、二十を超えるってんだから驚きだ」
 エレーンは密かに息を飲んだ。経緯の見当は薄々ついた。あの後、抗争があったのだ。
 先ほど彼らが、ボリスらをシャンバール人だと言い当てたわけも、これでようやく腑に落ちた。既に、森での騒ぎが知れ渡っているのだ。そこにシャンバール人がいたことも。けれど、どこか釈然としない。彼らはなぜ、ラトキエの役人があわてて対応したことまで知っているのか──
「なあ、あんた、ひょっとして」
 カードに興じる一団から、男の一人が声をかけた。どうでもよさげな調子に紛らし、男の太い指がカードを切る。
「関係者かい?」
 肩越しに、鋭い一瞥をくれる。
「──あ、あの、──あたしは、その──」
 エレーンはとっさに目をそらし、どぎまぎしながら言いよどんだ。考えを読まれた気がして、ひやりとする。
 皆、目こそ向けはしないが、一同の注意が集まっているのが分かる。背後のアールが肩を叩いた。「詮索はしないがな。ここの患者は曰くつきだ」
「──あ、あのっ?」
 はっ、とエレーンは顔をあげた。後ろから肩を、促すように押しやられたのだ。
 戸惑い、あわてて振り仰ぐ間にも、アールは腕をつかんで事務所を抜ける。おろおろ卓に目をやるが、そこに陣取った一同は、一人として見向きもしない。
 アールは暗い廊下を歩き、元いた部屋の戸を開けた。
「入っていろ」
 突き飛ばされ、バタン、と扉が背後で閉じる。すぐに、ガチャリ、と施錠音。
 たたらを踏んだエレーンは、振り向きざまに目をみはった。あわてて取って返して、扉に取りつく。
「ちょっと! なんで鍵なんか!」
 力任せにドアノブをまわす。だが、ノブは固定されて動かない。この部屋は、外から鍵がかかるような作りらしい。
「あけてっ! ここをあけて! こんなことして、ただで済むと思っているの! あんたたち、詰め所に訴えるわよ!」
 両手を振りあげ、拳で叩いた。
 扉の向こうからの返事はない。ドアは押しても引いても、びくともしない。はっと気づいて、窓へと走る。ここは一階、窓から外に出られるはずだ。
 四角く薄闇が切りとられた、夜空の下の裏庭を、ゆれ動く視界の中央に捉える。逆光になった人影がよぎった。寝台を左にまわり込む間に、バタン、と目前で窓が閉じる。
 ガチャンと更に鉄格子が閉じられ、次いで、軽い金属音。
 ──外から掛け金をかける音?
「用があれば、扉を叩け。ただし、本当に用があるならな」
 愕然と立ち尽くした背中で、声が抑揚なく言い捨てた。部屋の閉ざされた扉の向こう、アールの声だ。
 我知らず凝らした耳に、複数の靴音が遠ざかる。男たちが引きあげていく。
 ──閉じ込められた?
 全身の力が抜け落ちて、震えがきて座りこんだ。
 なぜ、急にこんな目にあうのか、まったく訳が分からない。こんな扱いをされる謂れはないはずだ。──いや、本当にそうだろうか。人は伊達や酔狂で他人を部屋に閉じ込めたりしない。そんなことをするからには、何か理由があるはずだ。
 今しがた見た光景が、混乱した脳裏によみがえった。ランプの乏しい灯りにゆらめく事務所の隅の暗がりには、大きな背嚢が置かれていた。使いこんだ長い外套。乾いた土で薄汚れた靴──。
 彼らは一体何者なのか。
 事務所にあった大荷物から、出先から戻ったばかりのようだった。斡旋所に寄ったのは、次の仕事を得るためだろう。だが、街の日雇いの人足にしては、彼らはいやに剣呑な感じだ。奥の部屋にまで踏み込んでボリス達を追い出してみたり、外に出るのを妨害し、部屋の中に閉じ込めてみたり、いや、そればかりか、問答無用でブルーノを殴った。そうした粗暴な振る舞いが、これまで度々襲われた賊と通じるものがあるような気がする──。
 はっ、と、その可能性に気がついた。これまで執拗に付け狙ってきた賊が、もしや、ここまで
 ──追ってきた?
 ぞくり、と背筋が凍りついた。
 ケネルは、いない。明日の朝まで、ここには来ない。ファレスやザイも顔を見せない。部隊も既に商都を引き払ったと言っていた。頼みの綱のボリスたちは、いとも容易く追い出された。あの様子では、何度出直しても同じだろう。彼らの方が、腕前が上だ。
「……どうしよう」
 味方が、いない。
 床の一点を凝視して、わななく唇を軽く噛む。
 思い起こせば、彼らの手際はいやに良かった。傭兵のボリスたちでも敵わぬほどに。荒事に明らかに慣れている。ラトキエの役人の動揺ぶりや、ラディックス商会の動向まで知っているような口ぶりだったが、ただの野次馬の噂話にしては内部事情に詳しすぎる。そう、事務所の長椅子の暗がりに、棍棒や長剣が立てかけてあったではないか。街の人足というのなら、あんな武器など必要ない。
 医師はどこかへ外出し、彼らは事務所に居残った。医師の外出が嘘でなければ、彼らが居座る理由は何? 医師から次の仕事、、、、を得たからだ。もしくは医師と手を組んだ。ならば、医師の目的は──
 震え始めた指先で、エレーンは服の上から、それ、、を押さえた。
「……この、お守り?」
 無理強いはしない、と医師は言った。
 だが、あの後気が変わり、彼らを雇い入れたのだとしたら? こちらの付き添いを追い払うために。譲ると言うまで、ここに閉じ込めておくために、、、、、、、、、、
 ラトキエの別棟に囚われた、悪夢が鮮烈にぶり返す。
 肩を震わせ、エレーンは我が身を掻き抱く。
「──に、逃げないと」
 医師が戻ってくる前に。
 しん、と閉ざされた窓ガラスの向こうで、蔦の意匠をあしらった細い金色の鉄格子が、鈍く月光を浴びていた。
 冷然と阻む瀟洒な檻を、エレーンは震えながら振り仰いだ。
 
 

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