■ CROSS ROAD ディール急襲 第3部 1章1話13
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一同、虚を突かれて振り向いた。
面食らって、ヒースは尋ねる。「敵襲とは? どういうことだ」
「や、矢が、街門に打ち込まれました!」
ざわり、と場がざわめいた。青軍服の一団が、愕然と互いを見交わしている。
報告によれば、平原に部隊がいるという。カレリア国軍の青の制服。掲げているのは黄金旗。その旗章は《 天駆ける馬 》
「ラトキエ、か」
目をすがめ、カーシュが赤い蓬髪を掻いた。
ヒースは絶句し、愕然とつぶやく。「……なぜ、ラトキエが」
「ほらみろ、言わんこっちゃない」
ダドリーは顔をしかめて嘆息した。
「ああも散々虚仮にされて、ラトキエが黙っているわけがねえじゃねえかよ」
ラトキエ側の要求は、この騒動を企てた領主ニコラスの首だろう。
守備兵はおろおろヒースを見る。「ふ、副官。我々はどうすれば──。今は、攻撃は収まっていますが……」
ヒースはあいまいに口をひらき、だが、眉をひそめて口を閉じた。
「このままでは攻めこまれます! 国軍相手に我々では、国境守備隊の警備兵だけでは──指揮官もまだ、お戻りになりませんし」
「もう、どこにも、いねえだろうぜ」
放り投げるように、カーシュが揶揄した。
腕を組み、皮肉な口調で守備兵をながめる。「お偉いさんはみんな仲良く、ケツをまくって逃げたのさ。な? 副官どの?」
「──ふ、副官っ!?」
ぎょっと守備兵が震えあがった。
「そ、それでは我々は、取り残された、ということに……」
悲鳴まじりで、守備兵は仲間とおろおろ見かわす。
ヒースは宙の一点を睨み、硬く口を引き結んでいる。打つ手を考えあぐねているらしい。
「俺が行くよ。話してくる」
ダドリーはおもむろに割り込んだ。
「どけよ、ヒース。通してくれ」
だが、ヒースは動かない。
強ばった顔でねめつけたまま、顎先の汗を腕でぬぐう。「俺は軍人だ。個人の勝手な判断で、脱獄を見逃すわけには──」
「頑固だな! そんなに気になるなら揉み消してやるよ!」
苛立って一喝し、ダドリーは向かいをねめつけた。
「ラトキエに何をしたか考えてみろ。このままじゃ、あんたら、皆殺しにされるぞ。そうやって意地はって玉砕するのは勝手だが、街には非武装の領民もいるんだぞ!」
はっ、と頬を強ばらせ、ヒースが弾かれたように顔をあげた。
ダドリーは拳を握り、その顔をねめつける。
「街の領民を巻きこんでみろ。許さねえからな」
天井まである大窓から、夏日が白々と射していた。
誰もがみな息さえ潜め、対峙したまま動かない。カーシュは赤い蓬髪をわずかにかしげ、行く末を腕組みで眺めている。
ヒースがゆっくり唇を舐め、浅く息を吐きだした。
「もう一つ、条件がある」
ダドリーは怪訝にヒースを見返す。「──条件?」
「兵卒に累が及ばぬよう、上の説得に尽力する」
にっ、とダドリーは不敵に笑った。
「当たり前だ」
すっ、と切っ先が下げられた。
ふっつり糸が途切れたように、ピンと張りつめた空気がゆるむ。
背後の兵に手を振って、かちり、とヒースは剣を収めた。
振り向き、片眉をあげて笑いかける。「ご協力をどうも。ご領主さま」
「話はついたな。とっとと降りるぞ」
ぶらりと、カーシュが踏み出した。
「門で、ラトキエがお待ちかねだ」
青い軍服の一団が、踊り場に近い後列の者から、ぞろぞろ階段を降りていく。
居室と執務室をつなぐ階段は、主一人が行き来するだけの用途のため、一度に大勢は降りられない。
踊り場で溜まった一団は、踏み込んできた時とは打って変わり、気の抜けた顔つきだ。国境守備隊の三人は、列の後ろで固まって、順番がくるのを待っている。格上の軍服に気後れしているものらしい。
やがて、一団は捌けていき、ダドリーも続いて階段に踏み出す。
階下では、先に降りた一団が、扉の方へと流れていく。
「おう、どうした、浮かねえ顔だな」
カーシュが怪訝そうに声をかけた。「ラトキエと渡り合うとかデカいことほざいていたが、今になってビビったか?」
「そんなんじゃない」
ダドリーは苦々しく舌打ちする。「ただ──」
「ただ?」
「──んー。別に。なんでもない」
肩をすくめて、打ち切った。執務室の床に降り立ち、後尾について出口に向かう。
何かしっくり、こなかった。本当に正しいのだろうか。軍と秘書官との関係は。推論した今の経緯は。
まだ、何かが足りない気がした。そう、結託するには、保障が足りない。あの秘書官の言葉だけでは。
そもそも、署名のない文書などで、軍を動かせるものだろうか。目の前で、どんな褒美をチラつかされようとも、軍が腰をあげるのは、領主の署名あってのことだ。それなら、計画が不首尾に終わっても、指示通りに動いただけだと、領主に責任を転嫁できる。だが、その領主は、もう、いない。主ニコラスの字体を真似て、秘書官が自分で署名をしたのか? だが、計算高いあの男が、泥を被るような真似をするだろうか。領主の不在は、いずれ知れる。伴い、付随する諸々も、白日の元にさらされる──。
ふと、ダドリーは目を戻した。
目端の窓辺で、何かが動いた。
夏日を浴びた執務机。今は亡きニコラスの──
逆光の中に、何かがいた。
頭でっかちの、華奢な肩。バランスを欠く小さな人影──目を凝らし、それを見極め、苦々しく嘆息した。
「──こら。そんな所で遊ぶな、コリン」
監獄に遊びにきていた少年だった。
いかめしい執務机に腰をかけ、半ズボンの足を揺らしている。父親代わりのヒースを見かけ、後をついてきたのだろう。
ぽかんと、コリンは見返した。
「なんでー? ここ、ぼくの部屋だよ?」
顔をしかめて、ダドリーは手を振る。「── いいから。ほら、帰るぞ、コリン。ここはお前の遊び場じゃない」
「ぼくの部屋だよ」
コリンは不服そうに言い返し、細い足をぶらぶら揺する。
「あ、そうだ。ぼくの宝もの見せてあげるね?」
思いついたように体をよじり、半ズボンのポケットに手を入れて、拳を突き出し、手をひらく。
鋭く、ダドリーは息を飲んだ。
「──お前、それ、どこで見つけた」
「見つけたんじゃないよ。もらったんだ、ずっと前に。なくさないよう大事にしなさいって、ネグレスコさんが」
広げて突き出した手のひらで、それは鈍く光をはじいていた。
子供の指には大きすぎる、年季の入った太い指輪。ダドリーは真顔でコリンを見つめる。
「コリン。これをもらった時、秘書官に──ネグレスコに何か言われたか?」
もらった時ぃ? とコリンは小首をかしげて考える。
「うん。言ってた、なんか呪文みたいなの。ネグレスコさんが、ぼくの前にすわって、ぼくのとなりに、おひげの軍人さんが立っていて……それで、えーとね……あっそうだ!」
男児の小さな口が動いた。紡がれた言葉は、
「みよとーらい?」
ダドリーはきつく瞼をつぶる。もう、これで間違いない。
眉をひそめて考えていたヒースが、弾かれたように顔をあげた。
子供のたどたどしい言葉を辿り、その意味に思い至ったのだろう。彼も儀仗として参列したことがあるのかもしれない。
男児が紡いだ言葉の先を、ダドリーはよく知っていた。予行を入念に行ったので、今では口上をそらんじることさえできる。
「──御代、到来」
溜息とともに、つぶやいた。
"貴公の治世に、栄えあれ"
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