CROSS ROAD ディール急襲 第3部 1章1話18
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 ふわりとした金茶の巻き毛が、日ざしに淡く透けていた。不敵に微笑う左の耳には、ピアスが黒く光っている。
 その隣にいる連れは、外套を羽織った肩の下、黒くつややかな頭髪を、腰に届くまで伸ばしている。こちらも端正な顔立ちだが、にこりともしないその顔は表情に乏しい。
 二人の肩越しに国境を見、ダドリーは愕然と目を戻した。
「……どうやって、通った」
 国境は閉鎖した。まして、こうまで珍しい風貌では、入国するのは容易くない。必ず検問で引っかかる。
 金茶の巻き毛が身をかがめ、ズボンの隠しを片手で探った。
 ぴら、と二指で紙片を振る。「これ」
 ダドリーは近づき、それを取った。四つ折りにした薄茶の紙片だ。開いて、紙面を一読する。
 あ゛? と絶句し、眉根を寄せた。
 異性受けしそうな甘い顔で、金茶の巻き毛はにっこり笑う。「トラザールの酒場で、丁度そいつを見つけてね。店の壁に男の子が、鼻歌でぺたぺた貼ってたから、落書きかなって思ったんだけど」
 ダドリーはしげしげ手元を見る。
 
『  きたれ、若人!
  大地のきらめき! とびちる汗! 君の青春を輝く白刃にぶつけてみないか!
  三食昼寝つき。喫煙可。住居、制服、応相談。
       ディール領邸人事部  担当 カルル キルケハルト   』
 
(……。なんだこれ)
 そういえば、とダドリーは、あのやりとりを思い出す。カーシュが先日、帰国したラルッカ一行と会ったという。ラルッカたちは隣国に、傭兵を募りに行ったはず。
「て、剥がしてきたらダメじゃんか!?」
 だから、誰もこないんじゃないのか!?
 二人の異邦人が持っていたのは、つまるところ「傭兵募集」の張り紙だった。
 金茶の巻き毛は肩をすくめる。「なんだよ。一枚くらい構わないだろ」
「構うっ!」
「まだあったよ、あと九枚
 へ? とダドリーは固まった。
「おんなじ募集が十枚も?」
「そ。壁一面にベタベタと」
「……へー」
 酒場の主がよくも許したもんである。
 だが、そうしたふれんどりーな発想は、あのお固いラルッカにはない。でたらめな貼り方など、彼はしない。一枚の紙を折り目正しく美しく、ピシリと角を整えて──。そもそも文面が大いに微妙だ。しかし、ラルでなければ誰だというのか。
 とはいえ、このよれた書類には、正規の印・・・・も確かにある。そう、「ディール領家が発行した」という体裁・・が、すべて正しく整っている。だからこそ、これを提示された守備隊も、彼らをすんなり通したのだ。
「そもそも、トラザールに傭兵なんて、もういないと思うけどな」
 なんで? とダドリーは振りかえる。「停戦中だろ、隣国となりはまだ。失業中の傭兵は盛り場に集まるって聞いたけど」
普段なら・・・・ね」
 金茶の巻き毛が、ちらと見た。「きな臭いんだよ、このところ。だからまともな傭兵は、モンデスワールに向かってる」
「モンデスワール?」
「──大陸の中央、都市同盟の最前線だ」
 カーシュが話を引き取った。
 旅装の二人を、怪しむようにジロリと見る。「おう、優男。人形みてえにきれいな面だな」
「そう? ありがとう。よく言われるよ」
 臆面もなく、巻き毛は微笑む。
「お前ら、本当に傭兵か? そんな細っこい兄ちゃんなんか、向こうの現場で見たことねえぞ」
 荒っぽい稼業の傭兵というより、むしろ、吟遊詩人といった風情だ。
 金茶の巻き毛が、うんざりしたように顔をしかめた。「そんなこと、ひとことも言ってない。人を捜しにきたんだよ。まあ、色んな土地をまわっているから、それなりに腕も立つとは思うけど」
「南方の──同盟の方の顔つきじゃねえよな。だったら、帝国出身か?」
「いや。俺らの国は、もっと西」
「……じゃあ」
 カーシュが絶句し、息を呑んだ。
「ザメール人、か」
 その場にいた誰しもが、あぜんと二人を振り向いた。隣国人でも珍しいというのに、彼が仄めかしたザメール国は、隣国を横断した更に先だ。
 金茶の巻き毛はどうでもよさげに肩をすくめた。「生まれはね。ザメール人かといわれれば、厳密には違うけど」
 ダドリーは怪訝に目を向ける。「なら、さっきのアレも、故郷の言葉?」
「ああ、あれな。面白かったろ」
 空を仰いで、巻き毛が笑った。
「あれは自国の言葉じゃないよ。知り合いに教えてもらった挨拶さ。近所にあってね、風変わりな集落が。で、そこの奴らってのが傑作でさ──」
「どうやって、こっち側・・・・に入った!」
 カーシュが痺れを切らして割って入る。
 楽しげに笑った金茶の巻き毛は、カーシュの方へ目だけを向ける。「山越えしただけ。普通にね」
 あぜんとカーシュが口をつぐんだ。金茶の巻き毛は頭を掻いて、遠く街中を眺めやる。「そんなことより、ものは相談なんだけど、あの城の中、見せてくんない?」
 視線の先には、街の北西にたたずむ古城──件のディール領邸だ。巻き毛が言うには、今しがた赴いたが、兵に追い返されたのだという。
「だろうな。領邸は今、封鎖中だ。けど」
 ダドリーは怪訝に巻き毛を見る。
「なんで言うわけ? 初対面の俺に」
「だって、あんた、偉いんでしょ?」
 事もなげに巻き毛は返し、門衛たちを指さした。命令してた、と言いたいらしい。
「なあ、頼むよ。すぐに済む」
 魅惑的な微笑みで、金茶の巻き毛がじっと見る。異性であれば、誰でも落とせそうな媚び笑い。
 ダドリーは顔をしかめて癖っ毛を掻いた。
「まあ、手ぇ貸してもらったことだし、見学くらいは構わないけど──でも、行っても中に入れるかどうか。あそこにいた兵隊は、こっちの指揮下にないからな〜」
 むしろ、たった今、逃げてきたくらいだ。
「どけていいなら、どけるけど?」
 至極あっさり、巻き毛は言い、にっこり人懐こい笑みを向けた。
「あ。俺はアスラン、こっちはギルね。よろしく」
 
 自己紹介を簡単に済ませて、ダドリーは彼らと領邸へ向かった。
 かたわらには、蓬髪の傭兵カーシュの姿。めがねの副官アーノルド=ヒースは、国境守備隊の隊員らと、閉ざした楼門に居残っている。
「善戦していたみたいじゃない?」
 空にそびえる回廊を、含み笑いでアスランがさした。門前払いを食わされて、街へと戻る道すがら、あの奮闘を目にしたらしい。
 金茶の巻き毛アスランは、素早く片目をつぶってみせる。「驚いたよ。翅鳥を足止めするなんて。君ら、本当にただの人間?」
「──又かよ」
 ぶらぶら横を歩きつつ、カーシュが舌打ち、顔をしかめた。
 又? とまたたいたアスランに、ダドリーは軽く肩をすくめる。「さっき苛められた連中にも、おんなじこと言われたから」
 不思議な色をたたえた瞳で、アスランはじっと顔を見つめた。
 だが、すぐに興味をなくしたように、気のない素振りで空をながめる。「──だろうね」
「"だろうね"?」
 ダドリーは復唱、顔をみる。黒髪のギルが振り向いた。
「あれは"陰の者"だ」
 珍しく──いや、ここへきて初めて口をきいたギルの顔を、アスランを除く一同が、ぽかんとして見返した。当のギルは構うことなく、人けない往来を眺めたままだ。
「"あわいの者"と呼ぶには卑小で "翅鳥"と呼ぶには不完全──いわば、あれは半端者だ。翅鳥が繁殖を行う際 "こちら"では複製に欠けが生じる。だが、出来損ないでも翅鳥ではあるから、能力の方はそれなりにある。並みの人間では手に負えない」
 ゆっくりとダドリーは、絶句でひらいた口を閉じた。
 そそくさ隣のカーシュを見る。
「なんて言ったか、カーシュわかった?」
「──知るかよ、俺が」
 カーシュは苦虫かみつぶした。
 
 旅人のブーツの靴音が、高い天井にせわしなく響いた。
 二人の異邦人は率先して歩き、早足でどこかへ向かっている。目ざす場所があるらしかった。入邸したのは初めてだろうに。
 ディール領邸、件の古城に一行はいた。二人の異邦人は公言通り、警備兵をさっさと片付け、国境守備隊に引き渡したのだ。
 白い円柱の建ちならぶ、がらんと静かな大広間を抜けた。
 薄い階段を足早にのぼり、窓の砕けた赤い絨毯の廊下を抜け──あわてて、ダドリーは顔をあげる。
「あ! いや、この部屋は、今ちょっと──」
 彼らが足を止めたのは、例の・・部屋の、扉の前だ。だが、二人の異邦人は聞く耳を持たない。構うことなくアスランが、部屋の扉を押しあけた。
 むっと鼻をつく、強烈な異臭。
 客の思わぬ振る舞いに、ダドリーは困惑してカーシュを見やる。
 旅人たち、アスランとギルは、軽く顔をしかめただけで、外套の裾をひるがえし、躊躇なく部屋に踏みこんでいく。
 窓からの日ざしを遮って、天井に届こうかというほどの巨石が、黒く静かにそびえていた。その前で足を止め、金茶の巻き毛は振り仰ぐ。
「……こいつ、かよ」
 拍子抜けしたように脱力した。肩を落としたアスランに、黒髪が冷たく一瞥をくれる。「外れたな」
 アスランは溜息まじりに頭を掻いた。
「仕方がないだろ。てっきり、ここだと思うじゃないかよ。なにせ、このすさまじい"気"だ。──て、なんで、ここにポイニクス?」
 しげしげアスランが目をやったのは、床に散った鳥の死骸だ。
 カーシュが怪訝そうに顎でさす。「なんだ。青鳥のことか? こいつのことを、ザメールでは、そう呼ぶのか」
 ガラスの砕けた窓辺へと、おもむろに歩いた黒髪ギルが、無表情に目を向けた。
「ポイニクスというのは、この鳥の"真名"だ」
 ぽかん、とダドリーは目を向けた。「……マナって?」
「その個体の本来の名、いわば正体のようなもの」
「なんで、そんなこと知ってんの」
 カーシュが目をすがめてギルを見た。「そういやさっきも、妙なことを言っていたな。あの刺客のことを、シチョウがどうとか──。で、結局、奴らは何なんだ」
「翅鳥は翅鳥だ」
「おちょくってんのか?」
「──あのな。あんた、わかってる? どれほどの難問をぶつけたか」
 アスランが持て余したように嘆息した。「それなら訊くけど、だったらヒトって、つまるところ何よ?」
 あァ? と眉をひそめたカーシュと、ダドリーは顔を見合わせる。「いや、何と言われても」
 ヒトはヒトだろ、と答えかけ、あれ? と詰まって口をつぐむ。
 ちら、とアスランがいたずらっぽく目を向けた。「な? 説明するのは容易じゃない。だろ?」
「なら、つまり、シチョウはヒトじゃない、ってこと?」
「いや、ヒトはヒトだよ。でも、種類が違う」
「種類? 氏素性ってことか?」
「いや、そもそもの成り立ちが違うってこと」
 アスランがやれやれと息を吐いた。
「三つの地平の極は一点。三つの時空は、常に極の一点にて交わる──意味するところが、君らにわかる?」
 ダドリーは肩をすくめる。
 一考するように額を揉んで、アスランは「──そうだな」と息をつく。「翅鳥については色んな言い方ができると思うが、ここはわかり易く、これまでの経緯から始めようか。そう、こっちの界主にしてみれば、招かざる客ってとこかな。龍が荒国くにを食らった地動の弾みで、時層がひずみ、狭間に落ちた。それで、元いた天翔国くにに帰れなくなった」
「……。聞けば聞くほど、余計に分からなくなるんだけど」
「だろうね」
 アスランが嘆息、匙を投げた。「悪い。君らが理解するのは、たぶん無理だ」
 ギルが痺れを切らしたように振りかえる。
「そんなことより、そこで男が死んでいるが」
 ああ、とダドリーは振りかえり、部屋の奥へと目を向けた。「それね。なんか、彫刻家らしいんだけど」
「……は……彫刻って」
 アスランが絶句し、呆然と呟く。あっけにとられた顔つきで、黒い巨石を振り向いた。
「まさか、ほじくるつもりだったとか?」
「それで襲われたらしいぜ? 鳥どもに」
 カーシュが顎で死骸をさす。「くちばしでめった刺しだ。一体何がどうなってんだか」
「あったり前だろ!」
 アスランがもどかしげに怒鳴りつけた。
「一体なにを考えてんだ。そりゃ怒るって、ポイニクスも」
 顔をしかめて、せかせか歩く。「早く戻した方がいい。それがあった元の場所に。いや、現にここにあるんなら、もう何人か死んでるんじゃないの?」
 鋭くアスランが振り向いた。
「触ったりしなかったろうな」
 ダドリーは気圧され、たじろぎ笑った。「あ、いや。なんか、禍々しい感じがしてさ」
「正解だ。素手でこいつに触れてみろ。たちまち生気を吸いとられる」
 ぽかん、と黒い巨石を見あげる。「──まさか」
「見本が床で転がってんだろ」
 軽く指した顎の先には、炭化した鳥の死骸。
「なら、まさかニックたちも……」
 ニック? とアスランが聞き咎めた。ダドリーは大きくうなずく。
「こんなふうに死んでいたんだ。両手が黒く炭化して。この鳥たちと同じように」
 
 連れ立ち、部屋から移動した。
 執務室から階段をあがり、主一家の寝室へ入る。
「──触ったな」
 遺体の炭化した手をアスランは見、苦々しく顔をしかめた。「──石に、魅せられたか」
「石ではない。だ」
 そっけなく、ギルが訂正する。
 アスランが舌打ち、目配せした。余計なことを言うなといわんばかりに。ギルの方は、にこりともしない。
「──あー。つまり、あのでかい石は有害だってことか」 
 カーシュがおもむろに腕を組み、隣室に視線をめぐらせた。「俺らはてっきり、伝染病かと──」
「伝染など、しない」
 ぶっきらぼうに、ギルは言う。「するなら、とうに全滅している。あれは荒龍の爪・・・・だ」
 ダドリーはしげしげ二人を見た。
「あんたら一体、何者なんだ」
 アスランが身じろぎ、昼下がりの天井を仰いだ。「何者というなら "防人"かな。いや、防人の・・・めい旅をしている、と言った方が正しいか」
「サキモリ?」
 はっとアスランを見返した。「逃げた刺客がそんなことを──なら、さっきの矢を撃ったのは」
「そ。危ういところを助けてやったろ?」
 アスランは目線で連れをさし「ギルがね」と片目をつぶる。「まあ、カレリアに入った目的は、人助けじゃなくて人捜しだけど」
クロイツを・・・・・捜している」
 ギルが無表情に振り向いた。
「シルビナが死んだ、と伝えるために」
 
 
 

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