CROSS ROAD ディール急襲 第3部 1章1話26
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「──さて。このあと俺は、どうするかな」
 背をもたせた手すりに腕を置き、ヒースがくわえ煙草で天井を仰いだ。
 カーシュも顔をしかめて紫煙を吐く。「どうするって何が」
「再就職」
 ちら、とヒースは銀縁の向こうで一瞥をくれる。
 どうしたものか、というように、眉をしかめて嘆息した。「軍には、もう戻れんしな。俺一人なら、どうとでもなるが、ガキども二人養うとなると」
「あるじゃねえかよ、転職先なら」
 赤い蓬髪を風になびかせ、カーシュは昼の街並みをながめる。「勧誘されたろ、癖っ毛に」
 亡き領主の寝室で、軍兵に取り囲まれたあの時に。
『 だったら俺が、あんたを雇う! それで問題ないだろうが! 』
 カーシュは苦笑わらって鼻をこすった。「本気だぜ、あれ。あんた、あいつに狙われてる」
 頭痛がする、という顔で、ヒースは溜息まじりに額をつかむ。「薄々、そんな気がしてたよ俺も」
「わんぱくだから大変だぜ?」
 日ざしで温まった窓の手すりに、カーシュは左右の腕を置く。「好き勝手に走りまわるわ、言うことなんざ聞きやしねえわ。下手すりゃ牢から脱獄して迎えに行かにゃなんねえわ」
「……ああ。わかる、なんとなく」
 げんなり、ヒースはうなだれた。
「けどよ」とカーシュは、窓の外に紫煙を吹く。
神輿みこしの上に担ぐには、そう悪くはねえ相手だぜ? 頭もきれる。話もわかる。だから、馬鹿みてえな無理難題は押しつけねえ」
「だが」とヒースが、揶揄するように片眉をあげた。
「唯一の弱点が嫁さん、か?」
 苦笑いして、じゃあな、と手をあげ、広間の階段へ歩き出す。そろそろ持ち場に戻るらしい。
 おう、とカーシュも手をあげて、窓の手すりにもたれかかった。昼下がりの古城の広間は、低いざわめきに満ちている。食器を手にした人々が、どの円柱にもたむろしている。見通しの立たない閉塞感に包まれ、どの顔もやつれ気味だ。その間を、子供らが笑って駆けまわる。
 踊り場の外光に吸い込まれたヒースの背中を見送って、カーシュは苦々しく紫煙を吐いた。
「──潮時、だな」
 赤い蓬髪を背に倒し、ほの暗い天井に目をすがめる。
「癖っ毛、お前は、この先選択を迫られる。嫁の待つ自領くにに引きあげ、素知らぬ顔で領主に戻るか、それともトラビアこっちに付き合って、落ちるところまで落ちちまうか──だが、そうとなれば、俺の出方は一つだな」
 悪く思うなよ、と顔をしかめて煙草を踏み消し、肩越しに空へと視線を投げた。
「──まったく。嫌な役回りだぜ」
 
 
 国境トラビアの街並みが、立ち昇る陽炎かげろうに歪んでいた。
 熱気をはらんだ暑気の中、そぞろ歩く者はない。
 軒先の日陰を歩きつつ、カーシュは額の汗をぬぐって、店の佇まいを振りかえる。
「無駄足だったな」
「──ああ」
 焼けつくような日ざしを仰いで、ダドリーも顔をしかめて汗をぬぐう。歩く肩越しに見やった先で、今出てきた宿亭の屋根が、じりじり夏日を浴びている。
 ちらつかせた謝礼が奏功したか、秘書官を目撃したとの情報が、ちらほら集まり出していた。町宿、酒場、飲食店──だが、これという当たりは、今のところ、ない。
 押っ取り刀で駆けつけてみれば、同じ年配というだけで、似ても似つかぬ風貌ばかり、いや、当人がまだ店にいればまだしも、既に引き払った後と言われて、忸怩たる思いを味わったことも、一度や二度のことではない。
 ここへきて、つくづく思い知らされていた。圧倒的に人手が足りない。
 ちなみに、今回の首実検では、新たに加わった二人の護衛アスランとギルも同行したが、ギルはいつの間にやら姿を消し、もう一人の護衛アスランも、店から飛び出してきた娘らに黄色い喚声で取り囲まれて、速やかに道端に置き去りにした。そしてちなみに、この険悪な雰囲気は、断じて悔しいからではない。この馬鹿みたいに暑い陽気のせいだ。そして、又も空振り。この不首尾──。
 徒労に苦虫かみつぶし、「で」とカーシュは振りかえる。「あったかよ、例の・・ブツは」
「──あ、うん──あ、いや、見つかんない」
 考え事でもしていたか、ダドリーが一拍遅れて首を振った。例の使用人名簿の件だ。
「おい、どうした。ぼけっとして」
「ん──いや、別に。暑っつくってさ」
 顔をしかめて手であおぎ、ダドリーは額の汗をぬぐう。「たく。どこもかしこも、ざらざらだな」
「仕方がねえさ、サージェの後だ」
 窓の手すりが、建ちならぶ店舗の軒先が、うっすらと砂をかぶっていた。トラビアの街全体が、どこもかしこも、ざらついている。この季節、トラビアは、サージェと呼ばれる、ひどい砂嵐に見舞われる。
「にしても、おっかしいよな、名簿の類いが一つもないとか」
 ダドリーは人けない通りをぶらぶら歩き、街路樹の木漏れ日に顔をしかめる。「そんなに不精で、領邸の執事が務まるもんかな。いや、絶対不便だろ、そんなんじゃ。どうも、なんか変なんだよな。だって日誌もないとかアリかよ普通。いや、名簿とまでは言わないまでも、せめて日記があったらな〜」
「日記?」
「手がかりには、なりそうだろ?」
 ちら、とダドリーは歩く肩越しに一瞥する。
「毎日顔を会わせる連中のことなら、何かしら書いたりするだろ。愚痴とか名前とか住んでいる場所とか。けど、ダメ。全然。どこ探しても、なんにもない」
「──お前、それ、別の意味でダメだろ」
 カーシュはげんなり顔をしかめた。
「日記ってのは個人的なもんだろ。それをお前、勝手に見るとか、どうなんだよ、人として」
「だって、執事の日記だぜ? 使用人たちを束ねてる」
「あのな、癖っ毛。日記ってのは、お前の言う愚痴の他に、そいつ個人の悩みやら夢やら隠し事やら、みっちり書いてあるんだぜ? それを──て、おい!」
 ふっ、とかき消えた連れの腕を、あわててつかんで引っぱりあげた。
「おい。どうした」
 怪訝に覗きこんだその前で、のろのろダドリーが顔をあげた。「──ん──ああ。ごめん。ちょっと、つんのめって」
「たく。何やってんだ。大丈夫かよ」
 ダドリーはぎこちなく笑って片手を振る。「あー……のぼせたかな、この暑さで」
「帰って寝た方がいいんじゃねえのか」
「いや。平気。大丈夫」
 戻しかけた視線の端で、癖っ毛頭が弾かれたように顔を伏せた。
 膝を折り、うずくまる。
 驚いて、カーシュはかがみこんだ。大分伸びた前髪の下で、手が額をつかんでいる。
 顔をしかめてどけた手が、うっすら赤く染まっている。視線をめぐらせ、それ・・を捉えた。歩道に転がった一つの──
「石?」
 あぜんと街角を振り向くと、市民の一団が向かってきていた。
 石を投げたのは、あの連中か?──いや、そこにいたというだけでは、ただちに犯人とは特定できない。
 並び立った一団は、十人近くいるだろうか、ダドリーを見据えるどの顔も、まなじり吊りあげ、強ばっている。
「あんた、門を閉じた奴だろう!」
 中央にいた白髪の男が、開口一番食ってかかった。
「今すぐ俺たちを外に出せ! 知ってるぞ、軍人を出したってことは!」
「そうだ! 俺たちも外に出せ!」
「なんで、いつまでも、俺らだけは閉じ込めておくんだ!」
 一団は口々に言い募り、言い返す間もなく詰め寄られた。
 目をみはって彼らを見たまま、ダドリーはなすすべもなく立ち尽くしている。口をあけ、口を閉じ、だが、とっさにどう説明していいのか分からない様子だ。
 カーシュはさりげなく体をずらし、肩の後ろにダドリーをかばった。この昂ぶった様では、袋叩きにしかねない。
 どうやってこの場を逃れたものかと、すばやく街角に視線をめぐらせ──
「──おっ、いたいた。あいつだぜ」
 潜めた声が漏れ聞こえた。
 通りの先に、地元民と思しき若者が四人。
 通りに響きわたった一団の声に、人々が窓から顔を出し、何事かとながめていた。遠巻きにしている野次馬は、次第次第に増えている。舌鋒鋭く、一団は迫る。
「どうなってんだか知らないが、巻き添えくわされちゃ、たまんねえんだよ!」
「勝手に門なんか閉めやがって!」
「そうだ! 俺らも解放しろ!」
「軍人どもは出したんだろうが!」
「軍人どもなら、戻った途端にしょっ引かれたぜ?」
 横から、声が割りこんだ。
 興奮しきりの怒鳴り声とは異なる、若い男の冷めた声。吊るし上げていた一団が、それぞれ、いぶかしげに振りかえる。
 異国の風貌の青年が、通りの北から歩いてきていた。金茶の髪の輪郭が、照りつける日ざしに透けている。
「連中、すぐに引きずられて行ったよ。あろうことか仲間にね」
 人だかりの外で足を止め、アスランは東を目で示す。
「あそこで見てた」
 街の高い外壁が、視界を阻んでそびえていた。のこぎり型の回廊の縁が、照りつける夏日を遮っている。
 アスランが肩で振り向いた。
「外に出せって? あんたら、本気で言ってんの?」
 呆れた顔で手を広げる。
「今さらのこのこ出て行って、無事で済むと本当に思う? 解放された同胞さえ、牢にぶち込む輩だぜ?」
 まして、親しくもないあんたらが?──と、さりげなく言外に匂わせる。
 詰め寄った面々がたじろいだ。
「な、なんで俺らが!」
「俺たちが何をしたと」
トラビアの・・・・・住人だろ?」
 アスランは溜息まじりに頭を掻く。
「それだけで理由は十分だろ。あんたらには自覚がないのか? ここにいるあんたらは、まさに標的まとだよラトキエの。しかも、腹いせにぶち殺すには、恰好の雑魚ざこって奴だ」
 一団が目を怒らせた。
「俺ら市民は関係ない! 戦を始めたのは領家だろう!」
「こっちはそれに巻き込まれて、どれだけ迷惑していると──」
「だったら、なんで逃げなかったの?」
 血相変えた人々が、虚をつかれたように言葉を呑んだ。
「荷物をまとめる時間はあったはずだぜ? 十分に」
 揶揄を含んだ冷ややかな声音で、アスランは視線をめぐらせる。
「戦は水物。出だしは良くても、どう転ぶか分からない。敵に押されりゃどうなるか、見当はついたはずだけど?」
 人々は口をつぐみ、ばつ悪そうに目をそらした。遠巻きにしている者たちも、それぞれ苦々しげな顔つきで、のろのろ視線をそらしていく。
 取り囲んだ一人が舌打ちし、肩をそびやかして踵を返した。
「よそ者が!」と憎々しげに吐き捨てて、南の街角へ歩いていく。他の者たちも包囲を解いて、口々に悪態をつきながら、そそくさ逃げるように、その後に続く。
 やりとりを見ていた野次馬が、のろのろ解散し始めた。
 どの顔も不満げで、だが、街を守る東の壁を不安そうに仰ぎやり、それを振りかえり、振りかえり──。
「ひどい言われようだな」
 散会する人々を見送り、アスランがその背を親指でさした。
「恩知らずだと思わない? 一体誰のために踏ん張ってやってると思ってんだか。つか、あんた、その頭、大丈夫?」
 散り行く人々のその様を、じっと見ていたダドリーが、ふと瞬き、我に返った。
「……あ、これ?」
 笑みの形に、弱々しく頬をゆがめる。「いや、たいしたことない。かすり傷」
「血、出てるけど?」
「それよりアスラン、助かったよ。いきなり来られて、なんか俺、びっくりしちゃって」
「なんの。主を守るのも従者の務め。もっとも──」
 おどけた様子で手を広げ、ちら、とアスランは一瞥をくれる。
「赤い頭のでくの坊は、突っ立ってただけ、だったけど?」
「──悪かったな」
 カーシュは舌打ちで顔をしかめた。連れを害する輩がいないか、その警戒に集中していて、とっさに言葉まで出なかっただけだ。小生意気なアスランに向き直る。「おう。お前一人かよ。あの仏頂面の連れはどうした。ばかでかい猫の飼い主は」
「ギルなら、今、見回り中──と言いたいところだけど、ノアールを捜索中、が正しいかな」
 今ごろはあの辺りかな〜、とアスランは視線で西をさす。
 カーシュは苦虫かみつぶした。「つまりは野放しって話かよ。人でも咬んだら、どうすんだ」
「ないだろ、たぶん。ギルがいつも言い聞かせてるし」
「……おい、軟弱野郎。 た ぶ ん ってなんだ」
 くるりとアスランが踵を返した。
「捜してくるわ、ギルたちを」
 言うなり、さっさと、そちらの街角へ歩いていく。
「──てめっ! コラ! 軟弱野郎! ちったァ真面目に仕事をしやがれ!」
 カーシュはその背に、せめて苦情を投げつける。
「たく。しょうがねえな、あの野郎は。なあにが"捜してくる"だ。さぼってばっかいやがって」
 舌打ちで連れを振りかえり、眉をひそめて見返した。
「──おい」
 顔をしかめていたダドリーが、一拍遅れて顔をあげた。「……あ、なに」
「本当にどうしたんだ、ぼけっとしてよ。ちょっと日陰で座ってろ。そこらで飲むもん買ってくるから」
 店の軒先に据えられた、順番待ち用と思しき横長の縁台を顎でさす。
「……了解」
 ダドリーは素直に返事をし、気だるげな仕草で歩いていく。
 へえ、珍しいな、とカーシュは見届け、日照りの街路に足を踏み出す。
 照りつける夏日に目をすがめ、腕で額の汗をぬぐって、手近な飲食店に足を向けた。店に入って主を呼びつけ、売り物の飲み物を物色し、代金を払おうと財布を出して──
 叫びが、耳に飛びこんだ。
 怪訝にカーシュは振りかえる。今のは縁台の方角か?
 店主を置いて、店を出る。すぐさま道を駆け戻り──遠目にも分かった。陰になった縁台は無人。
 連れが、いない。
 そこから一つ先の路地から、喧騒が聞こえてきた。何かの瓶が割れる音。激しく何かにぶつかる音。中に悲鳴も入り混じる。だが、連れの声はないようだ。騒いでいるのは酔っ払いか何かだろうか。
 ほっと顎先の汗をぬぐい、駆け寄りかけた歩をゆるめた。あの連れの姿を探して、街路に視線をめぐらせる。
「たく。今度はどこへ行きやがったんだか」
 無人の縁台に目を戻す。
 先の路地から、男が四人、ばらばら街路へ駆け出してきた。
 最後に転げ出た男の背中に、何やら黒いものが張り付いている。両肩にかけた黒い脚。黒光りする大きな毛皮。
 カーシュはげんなり肩を落とした。
「──おいおい。何をしてんだよ、あの猫はよ」
 あの黒髪の飼い猫ではないか。通行人にじゃれているのか? その割には、相手はあからさまに逃げているが。まさか、人を襲っているんじゃ──。
 しっかり前脚で抱え込まれて、男は恐怖に引きつった面持ちだ。仲間がじりじり遠巻きにする中、なんとか黒獣を振り払おうと、躍起になって暴れている。
 だから、言わんこっちゃない、と舌打ちして足を向ける。
「こら! 猫! 何をしている!」
 大声で怒鳴りつけ、黒い獣の注意を引く。
 シャツに食いつき、首を振っていたノアールが、動きを止めて、男を放した。
 ほうほうの態で逃げていく憐れな四人の獲物をしり目に、ノアールは瞳を爛々と光らせ、わななく口端を引きあげる。訴えるように声なく鳴いた。
「おい、猫。駄目だろうが。お前は遊びのつもりだろうが、向こうはそうじゃねえんだよ。ちったあ、てめえの図体考えろや。お前のあの飼い主みてえな、能天気な野郎ばっかじゃねえんだからよ」
 あわてて逃げて行く男たちの中には、ノアールに咬まれたか、片足を引いている者もいる。苦々しい舌打ちでノアールに駆け寄り、毛皮の首根っこつかみかけ、ふと、カーシュは動きを止めた。
 はっ、と鋭く息を呑み、先の路地へあわてて駆けこむ。
「癖っ毛!」
 路地の壁で足を投げ出し、あの連れがうずくまっていた。
 肩を引っつかみ、強く揺する。
「おい! どうした! 何があった!」
 うつむいた頭が、ゆるゆる首を振っている。路地に引きこまれ、殴られたのか。今逃げていった男たちは、先にダドリーを吊るし上げた、あの群れの一員か。
 ダドリーは顔をしかめ、大儀そうに身じろいで、あえぐように上を向いた。「……どこへやった、って」
 あ? とカーシュは面食らう。
「ジェイ=セルーロ──そいつを、どこへやった、って、あいつらが」
「誰だって? いや、どっかで聞いたな、その名前」
 最近どこかで──とつかのま思案し、ふと合点して目を戻した。
「あの帝国兵か」
 捕らえて収監したものの、その情報を引き出す前に、獄中で服毒死した。
 ああ、そっか。どうりでな──とダドリーは小さく口内でつぶやき、のろのろと身じろいで、ゆるいあぐらで座りこんだ。
 カーシュは眉をひそめて身を起こし、男らが駆け去った街路を眺める。
「仲間ってことか、あの連中も」
 潜入していた帝国兵は、一人ではなかったということだ。そして、まだ捜している。あの秘書官ネグレスコの行方を。だが、そうまで執拗に追いかける、彼らの理由とはなんなのか──。
 するり、と何かが、街角を曲がって入ってきた。
 黒光りするしなやかな肢体。毛皮の肩を上下させ、しなやかな足どりで近づいてくる。
 どかり、とノアールが、当然のように寄り添った。
「お前が敵を追い払ったってわけだ」
 ちら、とカーシュは黒獣に目をやる。
「あのぼんくらどもより使えるな」
 じっと、ノアールは金の瞳で見つめている。返事とも威嚇ともとれる動きで、長い尻尾の先を振り。ゆっくりと、不規則に。己の縄張りを主張するように。
「──いきなり、そこの屋根から、降ってきてさ」
 ダドリーがうめいて身を起こし、黒獣の頭に手を伸ばした。
「ありがとな。お前のおかげで助かった」
 なおざりに一度なで、膝に手をおき、立ち上がる。
「おい、平気なのかよ、ツラの方は──」
「大したことない」
 即座にうるさげに斥けて、ダドリーは ふう、と息をついた。手で日ざしをさえぎって、まぶしそうに顔をしかめる。「……次、行かないと」
「お前、その汗、尋常じゃねえぞ」
 首筋まで汗だくだ。カーシュは眉をひそめて、その顔を覗く。「お前、本当に大丈夫か? そんな真っ青な面してよ」
「へーきへーき。心配性だなあ、カーシュは」
 ダドリーはにんまり笑い、ぶらりと肩で振りかえる。
「次どこだっけ。早く行こうぜ。こんな暑さ、どうってこと──」
 言葉の先が、ふっと途切れた。
 がくり、と膝が抜け落ちて、癖っ毛の頭髪がくずおれた。
 
 
 

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