■ CROSS ROAD ディール急襲 第3部2章5
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生成りの簡素なカーテンが、夏の風にゆらめいた。
西日で褪せた木板の壁。
あの古びた階段を昇って、廊下の先にある突き当りの部屋。しん、と窓辺の寝台に、彼女の長い髪が横たわっている。きのう雨の中を出歩いて、高い熱を出したのだ。
彼は付き添いの椅子で足を組み、膝の頁をながめている。
椅子の背にだらしなくもたれ、面白くもなさそうな顔つきで。
寝台の苦しげな呼吸にも、まるで関心を示さない。彼女の荒い息づかいにも。眉をしかめた苦しげな顔にも。
労わりもせず、励ましもしない。
ただただ椅子で足を組み、膝に広げた本の頁をながめている。
ほんの時おり手を伸ばし、タライからタオルをとりあげる。
彼女の額の汗を拭き、はだけた寝具を掛けなおす。
草木をさらった涼しい風が、あけ放した窓から入ってくる。
長く逗留しているというのに、部屋には雑然とした印象がない。
タライに張った水は澄み、食後の器も片付けられて、ひっそり静かに整っている。
部屋を掃除する女将さえ、この部屋には立ち入れないが、板張りの床には塵ひとつ、綿ぼこりさえ落ちていない。
そして、灰皿ひとつ見当たらない。
発熱にのぼせた小さな咳と、弱々しい息づかいは続いている。
彼は椅子にもたれて足を組み、膝の頁をながめている。日がな一日、面白くもなさそうな顔つきで。
避暑地の風が吹きこんで、ふわり、とカーテンがひるがえる。
膝でひらいた本の頁は、ずいぶん前から、めくられていない。
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