interval 〜 神々の庭 1 〜

 
 
 青く晴れた夏空の下、ひと気なくひなびた街道沿いに、幌馬車が一台停まっていた。
 遊牧民から引き取った子供を三人連れているため、急きょ商都で手配したのだ。
 その上、先を急ぐというのに、飲食の度に町で休み、宿泊の際には最寄りの宿へと、まるで物見遊山の行程だ。
 移動にそうまで慎重を期すには、むろん、それなりの理由わけがある。預かった子供らが折悪しく「受難の年」に差しかかっているからだ。
 両親ともに遊民である奇形児は「三」に倍する年齢になると、なぜか、ことごとく死亡する。三歳みっつ六歳むっつ九歳ここのつ──どうしたわけか成人するまで生きられない。
 もっとも、とギイは苦笑する。
 そんなものは、ただの迷信。奇形児を虐げてきた者たちが、密かに始末してきた、というのが実態だろう。成長後の報復を怖れて。そうした奇形の子供には、奇妙な能力が具わっている場合が多い。
 だが、それではいかにも外聞が悪い。それで、まことしやかなホラをでっち上げ、周囲の者を言い包めてきた。虚弱で夭逝する子供らの傾向に便乗して。もっとも、人災も「災い」の内ではあるが。
 ともあれ相手は、扱いに不慣れな幼い子供。用心するに越したことはない。突拍子もない行動に出られて、目算が狂ったこともしばしばだ。
「──ギイっ!」
 戻った途端に力一杯呼ばわれて、ギイは苦笑いして歩み寄った。耳をつんざく女児の声。
「お目覚めかい? お姫さん」
 幌馬車の荷台から転げ出て、手探りしながら歩いてくる。肩で切りそろえた素直な髪、まつ毛の長い華奢な少女。
 膝にしがみついた盲目の少女を、ギイは肩へと抱きあげた。「ほうら、プリシラ。こっち来な」
 しがみつかれた首元に、しっとり柔らかな、あどけない頬。
「どこ行ってたの? ギイ」
「──んー? いい所。お前さんにゃ、まだ早いよ」
「すいません、かしら。お楽しみのところを」
 店まで呼びに来たガスパルが、面目なさげに頭を掻いた。「どうにか、あやそうとしたんすが、どうしてもかしらがいい、って愚図られちまって」
 無精で伸ばしたボサボサの頭髪。すがめ見るような鋭い目つき。三十歳絡みの部隊の一員。だが、身形は傭兵のそれではない。ギイと同様、いわゆる市民の日常着、綿のシャツを身につけている。
 今、ディールの治領、トラビアの街の門前には、カレリアの全軍が結集している。伴い、商都より西の街道には、国軍の兵がうろついている。
 今は先を急ぐ身だ。訳ありの子供も連れている。目立つ野戦服でうろついて、わざわざ引っ立てられることもない。街で聞きこみをする際も、平服なら容易く紛れこめる。
「お前の仏頂面が怖かったんだろ。──なあ、プリシラ?」
「は。また、そんなこと言って。見えるわけない・・・・・・・でしょ、このチビに」
「──そういう無神経なことを言うんじゃねえよ」
 少女の髪をなでながら、ギイは舌打ちして顔をしかめた。「だから嫌われるんだろうが、腕白どもに」
 ガスパルは白けた顔で肩をすくめる。「何を今さら。本当のことでしょ」
「たく。言ってるそばから、これなんだからな。少しは気をつけて、ものを言え。部隊の連中じゃねえんだからよ」
「は。そういうもんすかねえ?」
 持て余した顔で頭を掻き、ガスパルは面倒そうに少女を見る。
 気配を敏感に察したか、じっとしていたプリシラが、あわてて首にしがみついた。
「──ほら、見ろ。言わんこっちゃねえ」
 ぎゅっと首を締められて、ギイは顔をしかめて、少女の細い髪をなでる。「ああ、大丈夫だって。取って食いやしねえから。──ほら、行った行った。怯えるだろ」
「ひでえな、チビすけ。誰が世話してやってると──」
 女児の顔を覗きこみ、だが、ギイに手を振って追い払われ、ガスパルは舌打ちまじりで肩を返した。「へいへい。──たく、すっかりかしらなついちまいやがってよ」
 ここ数日、つききりで話を検証していたためか、プリシラはギイにべったりだ。片時もそばを離れようとしない。
 クレスト領主の愛妾サビーネの依頼を受け、北カレリアから南下したギイは、中継地点の商都を経、街道を西へ進んでいた。西の地トラビアで囚われた、クレスト領主ダドリーを奪還するために。
 連れているのは二人の部下。部隊で渉外を担当しているクレーメンスと、地理に詳しいガスパルだ。
 足元の草に首を突っ込み、馬が草を食んでいた。街道の南に広がるは、旺盛にしげった野草の海。
「なあ、プリシラ。もう一度、教えてくんねえかな」
 座った膝に少女を抱きあげ、ギイはあどけないその顔を覗く。
「ダドリー・クレストは、どこにいる?」
 きれいな瞳で見あげた少女は、心を静めるように瞼を閉じる。
 何度か探るように小首をかしげ、顔をしかめてつぶやいた。「……かべの上」
「上?──上じゃなくて手前だろう?」
「ううん、上。だって、お空がみえるもの」
「壁の上は天井だろう?」
「ううん、道」
「……道?」
「そう。石の道よ。川にかかった橋みたいな」
 要領の得ないやりとりを、そうして繰り返すことしばし、ようやくギイは合点した。どうやら「回廊」のことらしい。
 要塞都市トラビアには、分厚く堅固な外壁がある。街を囲む「石壁」だ。
 とはいえ、領主は捕虜のはず。それが、なぜ、回廊などに? 捕虜というなら、投獄されるなり、幽閉されるなり、身柄を拘束されていそうなものだが。
「なあ、そいつは本当に、俺の言うダドリーかい?」
 別の者と取り違えたかと、かの領主が囚われた経緯と、伝え聞いた特徴を、辛抱強くもう一度伝える。
 だが、少女はやはり「間違いない」とはっきりうなずく。
 聴取は遅々として進まなかった。むしろ、なぜか目まぐるしく答えが変わる。
「壁の上」と言ったかと思えば、次には「お部屋の中」と言い、さもなくば「走っている」と言う。更には「地面の下にも、いた」などと。だが「地面の下」とは一体どんな状況なのだ。まさか、生き埋めになった、とでもいうのか。
「そうかい。なら、こっちの方の話はどうかな」
 そろそろ飽きてきたらしい女児の様子を見てとって、ギイはさりげなく話を変えた。適当な比喩を度々交え、子供の頭でも分かるように噛み砕いて説明する。
 ディール陣営の動向は? あのトラビアの要塞の、堅固な街壁の向こうの様子は。今回の戦の裏にあるもの、戦の首謀者と思惑は。今後、戦況はどう動き、いつ、どんな形で終結するのか。そう、未だ不可解な点がある。首都を急襲されたラトキエが、なぜ、反撃に転じることができた──?
 薄い眉を懸命にしかめて、プリシラは意識を凝らしている。過去に起きた出来事については、見事に言い当てた女児だったが、こと先のことに話が及ぶと、とたんに返事が鈍くなる。確定している過去ならまだしも、未到来の様相を見出すのは、さすがに骨が折れるということか。
 いや、むしろ、障害は、別のところにありそうだ。
 そうした事柄を説明するには、まだ幼すぎるのだ。そう、決定的に語彙が足りない。どれほどつぶさに女児には見えても、そうした事象の一つ一つを、妥当な言葉に置き換えることが、まだ幼い女児にはできない。
 過去の事象の検証ならば、追認だけで事足りる。
 語られた言葉が曖昧でも、手持ちの記憶と合致すれば、出来事をたぐり寄せることもできる。「なるほど、確かにその通り」と妥当な言葉を当てはめられる。
 だが、予備知識のない未体験の出来事というのでは、懸命に訴える内容が、何をさすのか見当もつかない。
「……ギイ」
 きれいすぎる澄んだ瞳で、じっとプリシラが顔を見つめた。「ギイのこと好きよ」
「俺もさ、お姫さん」
「ほんとうよ? ほんとうにギイのこと、大好きなんだから」
 思わぬ真摯な瞳にたじろぎ、ギイは面食らいつつも笑みをつくる。「──そいつは嬉しいな」
「ギイのためなら、なんでもする」
 そこに相手がいることを殊更に確認するように、小さな手が頬をさわる。
「殺されたっていいんだから……」
 かくり、と細い首が垂れた。
 眠り込んだ軽い体を、ギイは慎重に抱きあげて、様子をうかがい、近づいてきた、ガスパルの手へと受け渡す。
 幌馬車の荷台へ連れて行く、その背を溜息で見送って、胸の隠しに煙草を探った。「たく。五歳いつつのガキの言うことかよ」
 出会ってまだ数日というのに、なんだか急に大人びた。──いや、困惑したのは、そのことばかりという訳でもなかった。
 嫌な感じに、胸が騒ぐ。引っかかるのは最後の言葉か。幼い口からこぼれた途端、ぎくり、と心が強ばった──
 だが、気づかぬ振りで煙草をくわえ、顔をしかめて紫煙を吐いた。
「……あー。たく、はかどらねえ」
 プリシラは聴取を始めると、すぐに疲れて眠りこけてしまう。どうやら、ああした能力の行使は、ひどく消耗するらしいのだ。そして、眠りに落ちる間隔は、日を追うごとに狭くなる。今では一日の大半を、眠って過ごしている勘定だ。
 だが、それでも少なくとも、確かな成果が一つだけあった。どうやら領主は、まだ生きているらしい、ということだ。
 立ちのぼる紫煙をしばらくながめ、ギイはその先に目をすがめた。
「──まさか、あれほどのものとはな」
 北カレリア戦の実際を、女児はすらすらと言い当てた。
 ラトキエの進軍、大量の捕虜、頓狂な紳士と、美しくもひねくれた吟遊詩人。領民たちの反感と融和、中年ばかりの寄せ集めの民兵、つづら折りの静かな山道、木立にひそむ美麗な弓兵、そして、銀の鎧の騎士が三人──そんな細かい枝葉まで。
 記憶の中にある光景と事細かに付き合わせ、結論せざるを得なかった。この子には、本当に見えている・・・・・、と。
 つまるところ、捜していたのは「プリシラ」だった。
 すべてを見通す「目」を持つ少女。実相までをもつまびらかにする「目」 いわば「神の目」  実際に会うまでは半信半疑で、裏通りで店を出す占い師の類いかと、大して期待はしていなかったが。
 他の二人──ダイとヨハンは、いわばオマケ・・・だ。
 左手首から先が欠損した、なまいき盛りのやんちゃなダイ、口のきけない内気なヨハン。だが、少女と同じく身体機能に不都合はあれど、二人は単に、わんぱく盛りの子供にすぎない。  
 なるほどダイは、こちらの名前を、名乗る前に言い当てた。あの場の誰もが知らなかった、あの「ケインの死」についても。だが、冷静に考えれば、なんのことはない。
 知っていたのだ。初めから・・・・。あの時ダイのすぐ横に、情報源・・・が──あの「プリシラ」がいたではないか。こちらの来訪を「知って」いたなら、事前に示し合わすこともできたはず。
 そうだ。馬鹿げた妄想にすぎない。そんなことが、あるわけがないのだ。じか心臓に触る・・・・・など。
 あれは、動揺が誘った"まやかし" 過剰な防衛反応にすぎない。
 プリシラが起こした異能の現実を目の当たりにして怖れを抱いた神経が、むやみに過敏に反応した。解析不能を受け取って危険を察知した脳が、あの場の条件に基づいて、恐怖の原因を具体化した。つまり、ありもしない「体験」として伝えた──大方そんなところだろう。何がしか思うところあれば、壁に映った影でさえ、意味ある何かに見えるもの──。
 あとの二人ダイとヨハンを連れ歩いているのには、離れ離れになることを子供らが嫌った経緯もあるが、むろん、ごねられたからという、ただそれだけの理由ではない。あの二人の男児にも、どうやら役割があるらしいからだ。
 プリシラの説明を要約すれば、当初「四人で」キャンプにいたのには特別な意味があったのだという。それは、あの驚異の能力が「四人では作動しない」ため──つまり、能力ちから封じ込めておく・・・・・・・ためであったらしい。
 ところが「ケイン」の急死で均衡が崩れ、それは思いがけず解き放たれてしまった。子供の数が四人から「三人に」減じたことで、強大な力が顕在化したというのだ。
 裏を返せば、こういうことだ。
 プリシラの持つ異能の力は「三人で」いることで最大化・・・する──。
「あとの二人も使えねえかな……」
 ふと、漏らしたつぶやきに気がついて、ギイは苦笑いして灰を落とす。「──そう都合よくいくかよ」
 そう、欲をかいては仕損ずる。
 トラビアに到着した後は、抜け道から街に潜入、幽閉場所を聞き込みで捜索、適当な救出策を練る──そうした順当な手はずを考えていた。
 だが、プリシラが居場所を特定すれば、一番手間がかかるであろう「街での聞き込み」を省くことができる。そう、まっすぐ、そこ・・を目指せばいい。
 あのプリシラの「目」があれば。
 
 
 

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