■ CROSS ROAD ディール急襲 第3部2章7
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壁に手をつき、すがるようにして、ファレスは昼の街路を睨んだ。
「──たく──あいつら〜っ!」
気持ちよく昼寝して、目が覚めたら、いなかった。
卓にあった書き置きによれば会計は済んだようなので、つまり置いてけぼりを食わされたのだ。連れてきたキツネとハゲに。
それでやむなく遅まきながら、宿の寝台を抜け出して、こうして町まで出てきたが──。
ほんの一区画進むごとに、前かがみで、ぜーはー休憩。煉瓦の街角で手をつく始末。
顔をゆがめて腹を押さえ、ファレスはうなって行く手を睨む。やっぱりだ。
やっぱり、すこぶる体調が悪い。どういうわけだか、阿呆がいないと。
そうだ。やっぱり必要だ。健全な肉体と精神のためにも、ぜひとも阿呆が必要だ!
キツネとハゲには内緒だが、あの阿呆をとっ捕まえたら、即刻逃げるつもりでいた。
阿呆とはすなわちあの客のこと。領家の奥方エレーン・クレスト。つまり、歴とした亭主持ちだが、領主はどのみち駄目なのだから、ぶん取ったところで問題ない。
とはいえ、障害がないでもない。言わずと知れたキツネとハゲだ。根性のひん曲がったあの連中が、先に阿呆を見つければ、こそこそ隠しやがるに違いない。
そして、最難関は、なんといっても、あのタヌキだ。
あのケネルは澄ました顔して、阿呆を引き渡そうとしやがった。こっちにはなんの断りもなく。──いや、確かに予定はその通りなのだが、やっぱり、どうにも納得がいかない。
どう考えても、阿呆の所有権はこっちにある。
あのトウモロコシ頭のレーヌの漁師が、阿呆をこんがり丸焼きにしようと──いや、荼毘に付そうとしやがったところを、この手で断固阻止したからだ。あんな旨そうな飯も食わずに。
あの時阻止していなければ、骨になっていたこと確実だ。つまり、今頃は土の下。いわば、どこにもいないも同然だ。だったら、そっちはいさぎよく諦め、こっちがもらっても別にいい。
そうだ、やっぱり、どう考えても、阿呆の所有権は、
俺にある。
ふと、手首に垂れさがる、鮮やかな紐が目についた。
「……あ? なんだ、こいつは」
そわそわファレスは行く手を睨み、首をかしげて紐を引っぱる。まったく、とんと見覚えがない。いつから、こんなものが巻かれていたのか、なぜ手首に結んであるのか──行く手の街路を苛々睨み、もどかしい指で紐をほどく。「たく! なんだってんだ、鬱陶しい!」
そういや起きたら足首に、なんでか鈴コロがくっついてたが、あっちはザイの仕業だろう。なんでかわかるキツネの仕業だ。あのキツネはたまにヒトを小馬鹿にする。だが、この紐は違うだろう。むろん、あのハゲでもない。ハゲはなんでか撫でくりまわすが、別になんの利点もない、こんな紐切れの仕掛けはしない。
ともあれ、当面の敵は、キツネとハゲだ。
なんでか絡みつく手首の紐を、取って捨てるのもじれったく、前のめりで足を踏み出す。
「俺より先へは行かせねえ!」
ずくん、と腹が脈打って、意識がどこかへぶっ飛んだ。
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