CROSS ROAD ディール急襲 第3部2章11
( 前頁 / TOP / 次頁 )


 
 

 コスタンティーノが片手を出した。
「やはり危険だ。こちらで預かる」
「──今言う!? それ!?」
 がるがる向かいで睨んでる、あの借金取りが目に入らぬか!?
 愛想笑いで向かいを盗み見、エレーンはそわそわ後ずさる。「ちょ、ちょっと待ってよ、こんなせっぱ詰まった時にぃ〜──てか、むし返すとか、しつこくない?」
それ・・は我々の管轄だ」
 当然の口振りで言い捨てて、パスカルが怜悧な目を向けた。「引き渡せ。回収に来たのだ」
「んもおぉー。だから言ったでしょ、あげませんって! 欲しがるのはわかんないでもないけど、こういうものは早い者勝ちなの!」
「それが何だか、わかっているのか」
「そりゃそうよ。あたしのだもんっ」
 服の上から石を抱いて、エレーンはじりじり後ずさる。そう、これは、世にも希少な夢の石(の贋物)。ちなみに、妾子発覚の腹いせに、ダドリーの書斎からガメましたけど何か?
「お前が持っても、役には立たない」
「大きなお世話よっ!」
 そんなことは、どうでもいいのだ。「持っている」事実が肝要なのだ。
 他愛ないイタズラなんである。こっそり持ち出してきたんである。きっちり定位置に戻さにゃなんない、そこはセットだ譲れない。だって、万一持ち帰らねば、窃盗 になってしまうではないか!? まして、誰かにあげるとか滅相もねえ。
「──強情な」
 パスカルが往生したように息をついた。柳眉をひそめ、西の山並みをながめやる。
「荒竜が動き出している」
「……コウリュウ?」
 このままでは、と続けて振り向き、おもむろに青い目をすえた。
「お前が世界を開いて・・・しまう」
「ひ、開くってなに。そしたら、どうにかなるってこと?」
「この地が消し飛ぶ」
 絶句で、エレーンは眉根を寄せる。「……はい?」
「竜がぎょくを取りこめば──」
「──りゅう!?」
 予期せぬ言葉に、ぎょっと引く。
 つかのま口をつぐんだだけで、パスカルは感慨もなく話を続ける。
「荒竜は復活し、たちどころに世界を呑みこむ。この地平は上塗りされ、あわいの闇に、民草も消し飛ぶ」
「……あ、あの〜?」
 エレーンは引きつり笑いで頬を掻く。「さっぱりチンプンカンプンなんですけど〜」
 はた、とパスカルを振り向いた。
「あ、わかった! もしかして、あたしのこと、からかってるとか?」
「現に、お前は届けようと・・・・・している。あの荒竜に・・・・・その玉を・・・・
「──と、届けるだなんて、あたしは別に! トラビアに行くのは、個人的な用事があるからで」
「いかなる事情があるにせよ」
 きっぱりパスカルが斥けた。
荒竜が・・・お前をたぐり寄せている・・・・・・・・、その事実に変わりはない。だからこそお前は、今、西へ向かっている。ぎょくを我が身に取りこめば、竜はたちどころに復活する。この地平のみならず、三界の均衡に関わることだ。お前が未来を握っている」
「あっ、それで……」
 だから"鍵"だというわけか。
 ようやく、ぼんやり合点して、エレーンは引きつり笑いで後ずさる。「で、でもっ、そんな壮大なこと、あたしなんかに言われても……」
「しかし、解せない」
 柳眉をひそめて、パスカルは思案げに顎をなでた。
「なぜ、急に覚醒したのだ。そもそも、なぜ知ったのだ? この世に封じられし眠れる竜が、巷に紛れたぎょくの在りかを」
 突拍子もない話というのに、コスタンティーノは黙って聞いている。口を挟むでも茶化すでもなく。
 反応に困って、エレーンは視線をさまよわせる。どうにも奇妙な感じだった。話の内容ももちろんだが、二人ともほとんど表情を変えない。仮面をかぶってでもいるように。
 苦悩のにじむ横顔で、パスカルは淡々とごちている。
「まだ、民草ならば良い。幸い、波動を感知せぬ。"ゆかりの者"なら、まともに巻かれてしまうだろうが、己で跳ね除ける力もある。だが、お前はどちらでもない。まったく厄介極まりない」
「……す、すみませんね、厄介で」
 せめてエレーンはたじろぎ笑う。竜に、世界に、復活に──おとぎの国の住人か。
「あー! わかった!」
 じとりと睨めつけ、石を抱いて後ずさった。「うまいこと言って、あたしからこの石、とりあげる気でしょー!?」
「──そうではない」
 たまりかねたように眉をしかめて、パスカルは額に指を当てる。「どう諭せば、理解する。ぎょくの所持は危険なのだ。お前は純然たる民草ではないようだから──」
 言いかけ、ふと、口をつぐんだ。
 街道の先、西の山並みを振りかえる。「そうか。もしや、お前には──」
「おい。いい加減にしてくんねえか」
 小太りが辟易と顔をしかめた。
「こっち無視して、いつまでゴチャゴチャやってんだ」
 ついに痺れを切らした様子で、苛立ち紛れに肩を押しやる。
 パスカルはよろめいて半歩下がり、わずらわしげに眉をしかめる。「邪魔をするな。今、大事な話をしている」
 小太りに向き直ったパスカルを制して、コスタンティーノが踏み出した。
「立ち去れ。速やかに」
「──ふざけんなっ!?」
 憎々しげな形相で睨めつけ、借金取り二人がいきり立つ。断固として譲らない。
「そうか。それでは止むを得ん」
 コスタンティーノがおもむろに、左の手をもちあげた。  
 怪訝そうに見返した、二人の顔前で五指をひらく。
「……え?」
 あぜんとエレーンは絶句した。
 ほんの一瞬のことだった。がくりと借金取りが膝を折り、前のめりにくず折れたのだ。向かいの二人が、ほぼ同時に。
 這いつくばった背を見やり、パスカルが連れを振り向いた。「強すぎる」
「どうにも加減がつかめない。だが、殺してはいないはず」
 まじまじエレーンは足元を見る。彼は触れもしなかった。なのに、ばたりと急に倒れた。
「な、何したの? この人たちに!?」
 もしや、これは催眠術? いや、かの有名な
 ──黒魔術とかいうやつか!?
 あわあわ二人を交互に見た。「あなたたちって一体──」
 パスカルが目を向け、短く応えた。
「我々は翅鳥だ」
 どくん、と鼓動が跳ねあがる。
「……シ、チョウ?」
 見知らぬその語を舌に乗せ、エレーンはひどく戸惑った。いや、その語が示す"実体"は、するりと頭に入りこんだ。
 ──彼らは"翅鳥" 大空を羽ばたく鳥であると。
「そうまで引き渡しを拒むとあらば、止むを得ない。同行しよう」
 彼らの予期せぬ申し出に、目をみはって振り向いた。
「あたしと一緒に、行ってくれるの?」
「このままでは、お前が危険だ」
 確かに、一緒なら心強い。むしろ、願ってもないことではないか? 
 今は伸びている借金取りも、これで諦めはしないだろう。それが彼らの仕事なら、きっと何度でも待ち伏せする。腕づくで商都に連れ戻す。
 この人たちが一緒なら、安心して先に進める。借金取りから助けてくれたし、この先も、きっと守ってくれる。この人たちなら無条件で。何より、連れがいるのは嬉しい。一人ぼっちでいるよりずっと。けれど──
 じっと、パスカルが見極めるように目をすえた。
「お前は純然たる民草ではない・・・・・・・・・・。ならぱ、もしや、見えているのではないか?」
「み、見えるって何が?」
「西の尾根の、荒竜が」
 ぎくり、とエレーンは身構えた。それは、もしや、尾根にいた幻、赤く巨大な
 ──のこと?
「その話は後でよかろう」
 コスタンティーノが背を折って、地べたに伸びた二人にかがんだ。
 メガネの男──うつ伏せたアールを引き起こし、肩の上へと担ぎあげる。連れのパスカルは小太りの方だ。手慣れた様子で担ぎあげ、近くの木陰へ運んでいく。
 暑い盛りの日中に、このまま道ばたに転がしておくのは、さすがに忍びないと思ったらしい。そう、彼らはいやに・・・親切なのだ。初対面の相手にも。それは、あの日、森でも感じたこと。
 ちなみに彼らは二人とも、造作もない顔つきだ。大の男を担いでいるのに。
 唇をかんでその背を見守り、エレーンはさりげなく後ずさった。
(──ご、ごめんなさいっ!)
 心の中で手を合わせ、踵を返して、町へと駆けこむ。
 町は、まだ閑散としていた。
 軒を連ねる昼の商店、通路に並ぶ円卓と椅子、ブリキのバケツに盛られた花々。大きな傘のついた円卓で、丸メガネの老人が、のんびり新聞をながめている。どこにいるのか警邏がいない。あいにく初めての町のことで、詰め所の場所がわからない。仕方がないので闇雲に走る。
 軒に突き出す店の日よけ。飲食店の黒板の品書き。風を通すためだろう、みやげ物屋や商店は、どこも扉を開け放している。これではすぐに見つかってしまう。
 建物の壁に街路樹の影。見知らぬ街路、石畳。視界を流れ飛ぶ建物の壁。路地を入り、町角を曲がる。
 煉瓦の壁に背中をつけて、荒い息を整えた。
 追っ手の足音に耳を澄ます。
「こ、ここまでくれば、なんとか──」
 額に浮き出た汗をぬぐって、街路の行く手へ目を戻した。まずいことに、通行人ひとはまばらだ。暑い日中、出歩く者など、さすがに少ない。早く人ごみに紛れたいのに。こんなにがらんとしていては、すぐに追っ手に見つかってしまう。昏倒した借金取りも、やがて目覚めて追いかけてくる。早く、どこかの店の奥に逃げこまないと──
 先の翅鳥の申し出は、願ってもない話だった。
 悪い人たちではなさそうだし、何かを企むようでもない。彼らなら、見返りを要求したりもしないだろう。けれど──
 扉を閉ざした、見通しの利かない飲食店を物色しつつ、追っ手の影をそわそわ確認、往く手の通りに目を戻す。
 けれど、いざ、その段になれぱ、あの人たちは味方してくれない・・・・・・・・
 ぎくり、とエレーンは足を止めた。
「──あっ」
 予期せぬ顔に、絶句で突っ立つ。
 内心盛大に舌打ちしつつも気づかれないことを切に願って、ぎこちない動作でまわれ右。逆方向に、そろりと踏み出す。
「どこへ行くんです!」
 たちまち一喝が飛んできた。
 ひぃっ、とすくみあがって振りかえる。
 ひと気のない昼の街路に、小柄な青年が立っていた。たまりかねたようなその顔には、ふつふつ怒りをたぎらせている。
「……やっ、やだっ! もー。誰かと思えば〜!」
 万事休す、と天を仰いで、えへへ、とぎくしゃくお愛想笑い。
 彼が仁王立ちで立っていた。どうにも苦手な主治医、クロウが。
 
 
 

( 前頁 / TOP / 次頁 ) web拍手


オリジナル小説サイト 《 極楽鳥の夢 》