【ディール急襲】 第3部2章

CROSS ROAD ディール急襲 第3部2章10
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 夏日に広がる田畑に、きょろきょろ視線を走らせた。
「こ、こんな所まで、来るなんて……」
 まずいことに、山へと伸びた街道には、見渡すかぎり誰もいない。
 値踏みするように目をすがめ、小太りの男が鼻をこすった。「いい根性してるぜ、このアマ。借金踏み倒そうたァな」
「──借金? あたしが、いつ」
「治療を受けたろうが、診療所で」
 ぱちくりエレーンはまたたいた。確かに先日、世話にはなったが──。
 彼らが自分に向けている憎々しげな視線の意味に、ようやく今にして思い当たった。そういや会計を済ませていない。つまり、彼らは
 ──借金取り
「やっ、やだなーもー。そういうことなら早く言ってよ〜」
 ほっと胸をなでおろし、ごそごそ財布を引っ張り出す。「もー。そんな怖い顔するから、あたし一体何事かと──あ、払います払います。そういうことなら払いますってえ。あっと、おいくら?」
「三千トラスト」
「今なんて?」
 だから、と小太りが顔をしかめて耳をほじった。「三千トラストだよ」
 はああ!?──とエレーンは信じがたい顔で目をみはる。
「かっ、カレントじゃなくてトラスト・・・・って言った?」
「耳をそろえて、きっちり払ってもらおうじゃねえか」
「冗談! たかが一泊しただけで、なんでそんなバカ高いのよっ! てか、そんなの、あたしに払えるわけないでしょー! そんだけあったら、いったい何杯、昼定食たべられると──!」
「……なんで、昼定食換算なんだよ」
 向かいの呆れ顔は丸ごと無視して、眉根を寄せてぶつぶつ算段。一千カレント也の昼定食が十人前で一万カレント。一万カレントすなわち一トラストだから、三千トラストなら……ええっと……ええっと……
「三万人前!?」
 ひぃっ、と思わず顔が引きつる。それだけあったら商都で店が出せるではないか!?
 むぎゅうっと両手でゲンコを握り、ぶんぶん首を横に振った。
「なんで、そんなに吹っかけられなきゃなんないわけ? たった一泊しただけで!? そんなの誰が、払うって言っ──」
「連れだよ、あんたの」
「──連れ?」
 小太りがたるそうに身じろいだ。「だから、いたろ、あんたを連れ込んだ兄ちゃんが。やたら落ち着き払った面構えの」
「ケネル!?」
 げっ、と引きつり、固まった。
 左のアールがメガネのブリッジを押しあげる。「確か、そんな名前だったな」
「ケネルが言ったの? 払うって!?」
 あんぐり驚愕の形相で、エレーンはわなわな立ちつくす。
 ──んもおおおおーっ!? 勝手に何してくれてんのよあのタヌキぃぃぃーっ!?
 じとりと目を向けている、向かいの二人を交互に見た。
「あっ……えへ?……えっと、そのぉ〜……」
 上目使いでたじろぎ笑い、指をいじくり、そわそわ後退。「そのぉ〜、払いたいのは山々だけど、今、ちょおっと持ち合わせが……」
「そうだろうな」
 むんず、とメガネが、にこりともせずに腕をつかんだ。「一緒に来てもらおうか」
「ど、どこにっ?」
「決まっているだろう。商都へ戻る」
「──やっ──だ、だけどあたし、今は都合が──」
「大抵の奴には都合がある」
「でもっ! わりと急いでて! しなくちゃなんないこととかあって!」
「奇遇だな。俺たちもだ」
「甘くみんなよ? ねえちゃんよー」
 ぎろり、と小太りが顔を寄せた。
「それで一々見逃してたら、こちとら商売あがったりだぜ。金を払うまで一歩も出さねえ、そういう決まりになってんだよ」
 行こう、とメガネに目配せする。右手に広がる雑木林に、馬をつないでいるのだろう、メガネの視線が束の間それる。
 力一杯、振り払った。
 虚をつかれて突き伸ばした手を、身をかがめて掻いくぐり、飛びこむようにして走り出す。
 その肩越しに、彼らに叫んだ。「わ、悪いんだけど、もうちょっと待ってっ!」
「そうはいくか!」
 直ちに二人が追ってきた。
 小太りは憤怒の腕まくり、まなじり吊りあげ、すさまじい形相。わずかに遅れて、メガネも続く。
「だからっ! 払いますってば戻ったら(誰かが)!──もー。こんな所まで、まじでしつこいっ!」
 町の入り口であることを示して、門代わりの大木が二本、青い梢を揺らしている。黒い翼が枝で羽ばたく。大きな鳥、カラスだろうか。
 ゆれ動く視界の先に、町の入り口が見えていた。追っ手の気配がぐんぐん迫る。このままなんとか逃げ切れば──!
 入り口を見据えて走りつつ、エレーンは歯を食いしばる。町にさえ入れば、なんとかなる。
 ──詰め所にさえ飛びこめば!
 ぐっ、と肩が引き戻された。
 振り回されて、向き直る。すぐ目の前に、無表情なメガネ。入り口脇に生えている、大木の幹に叩きつけられた。
 エレーンはうめき、顔をしかめる。「──痛っ!」
 腕をつかんで締めあげる、万力のように強い力──
 横から、何かが飛びこんだ。
 割りこんだ手に押しやられ、エレーンは顔をしかめて息を詰めた。何が起きたか、一瞬わけが分からない。
「何事だ!」
 驚いたような声音を仰げば、旅装の二人組が立っていた。
 どちらもすらりと背が高く、フードを目深に被っている。肩をもぎ取り、左側が体をすべりこませる。
 アールは怪訝そうに二人を見、メガネの山を指の先で押しあげた。「なんだ、あんたらは。首を突っこまないでもらおうか」
「相手は婦女子だ。そのような無体を働くものではない」
 彼らは押し問答を始めたが、エレーンはぽかんと二人を見ていた。
 その風貌に気を取られていたのだ。フードから覗くその顔は、どちらもあまりに端正だった。人の顔というよりむしろ、体温を持たない人形のそれであるかのような──
 二人とも長身痩躯の旅装姿、長い髪を額でわけた同じ髪型という風貌のためか、そら恐ろしいほど、よく似ている。むろん、顔の造作は違うはずだが、一見見分けがつきにくい。喩えていうなら、異国から来た人たちの、見分けが中々つかないような。
 頭上での口論は徐々に剣呑さを増していたが、エレーンは二人に見入っていた。目をそらすことが、できないのだ。
 かすかな違和感が胸をかすめ、気分がそわつき、落ち着かない。なにか妙な既視感がある。再び出会ってしまった・・・・・・・・、というようなざわめき。あの美を集めた彫刻のような顔立ち。なにより、あの青みがかった・・・・・・──
「──おいおい。なんだ、あんたらは」
 威嚇まじりのだみ声が割りこみ、どたどた小太りが追いついた。
 旅装の二人組を迷惑げに見、汗をぬぐって顔をしかめる。「あんたらには、関係ないだろ。邪魔しないでくんねえか」
 借金取りの二人を無視して、旅装の右が連れを見た。「では、これが?」
「ああ、この者だ」
 旅装の二人にまじまじと見られて、エレーンは戸惑い、肩を引く。言わずもがな、というような確認。てか、なにその「捜していた」みたいな口振りは。てか、仮に捜していたにせよ、
 ──なんで知ってる? ここにいるって!?
 旅装の右が、拍子抜けしたように嘆息した。「コスタンティーノ。これが月読だと、お前は言うのか」
「いや、パスカル、そうではない。この者は鳳凰の眼を──"契約の石"を身に付けている」
「──なるほど。所持者ということか」
 得体の知れぬものでも見るような、冷めた視線をパスカルが向けた。
「ならば、これが鍵になる」
「──か、鍵?」
 エレーンはたじろぎ、交互に旅装の二人を見た。「な、なんかあたし、前にもおんなじこと言われたような……?」
 愛想笑いで首をかしげて、はっとして動きを止めた。
 記憶の焦点が、不意に合う。
「……あ、あの、その節はどうも」
 目深にかぶったフードの向こうで、目だけを動かし、左が見た。
 そう、このコスタンティーノと呼ばれた背の高い方だ。あの日・・・、森で会ったのは。ザイから逃げた濃霧の森で「夢の石」を渡せと迫った──。目深にかぶったフードの中に、慎重に押し隠してきたらしい、髪が一筋覗いている。
 会釈をしても、薄い唇は動かない。二人とも黙って顔を見ている。堀の深い端正な顔だち。青みがかった珍しい瞳。何よりフードの縁から覗く、世にも珍しい青い髪・・・
 樹海で別れたあの後に、思い当たったはずだった。濃霧の森の麗人が、一体「誰」であるのかを。
 そう、こうも特徴的な風貌が、又とあろうはずもない。かつて全滅したと伝わる、
 彼らあれこそ青い髪の民族。
 

( ※ 第2部3章10話「あわい」 )


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