■ CROSS ROAD ディール急襲 第3部2章12
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ぎくしゃく即席の笑顔を作り、エレーンは揉み手で小首をかしげる。
「や、やーん。もー。元気だったあ〜……?」
つかつかクロウが歩み寄り、だしぬけに腕を引っつかんだ。「あの人は!」
「……あ、あの人?」
エレーンはたじろぎ、顔をゆがめて後ずさる。ふと気づいて、まじまじ見た。「てか、あんた大丈夫? なんか顔が真っ青だけど。あ、なに風邪ひいた? やーん奇遇〜! 実はあたしも散々で〜。おかげで昨日のお昼からずっとご飯食べてなくってだから今すんごくおなかがすい──」
「ちょっと耳鳴りがするだけです」
眉をひそめてクロウは遮り、にこりともせず目を向ける。「そんなことより、あの人は!」
「──だ、だから誰よぉ、あの人って」
クロウはにわかに苛立った様子で、だが、辛抱強く言い直す。
「どこです。隊長さんは」
ぱちくりエレーンはまたたいた。「……ケネル?」
思わずぽかんと見返すが、ぶち切れ寸前の相手に気づいて、ぎくりと片頬引きつらせる。表情の消えたクロウは怖い。ケネルも怒ると結構怖いが、さすが兄弟よく似ている。いや、こっちの方が正直怖い。よっぽど怖い! だんぜん怖いっ! 嘘泣きでケネルはおろつくが、クロウには微塵も通じない。
思いつくかぎりの動作でごまかし、わたわた無為に周囲を見まわす。「さ、さあ。一緒じゃないけど……」
クロウが拍子抜けしたように口をつぐんだ。
「──そう、ですか」
びくびくしながら、そぉっとうかがう。「な、なに? 急用?」
眉をひそめて束の間思案し、ふい、とクロウは空を仰ぐ。
「ジゼル」
がさり、と街路樹の枝が動いた。
大きな黒い翼をひろげて、すい、と鳥が空を旋回、まっすぐクロウへ降下する。
ばさばさ羽ばたき、翼を収めた、黒光りする大きな鳥を、左の腕にとまらせて、クロウはせかせか振りかえる。「じゃ、わたしはこれで」
「──え゛っ?」
会ったばかりで、もう放免?
まなじり吊りあげたあの剣幕では、ここで会ったが百年目──とばかりに、とっ捕まるのを覚悟したのに。──てか、あんた主治医じゃなかったか? 容態とか近況とか訊かなくていいのか?
歩き出した肩越しに、ぎろり、とクロウが釘を刺した。
「そこにいなさい。いいですね」
「……へ?」
なんで。
では、お日様さんさん降りそそぐ、炎天下の路上に立ってろ、と?
一体なんの罰ゲーム……
凪いだ昼の静けさを、複数の足音があわただしく破った。
町角をまわり、駆けてくる。
通りの先に現れた、長身痩躯の二つの人影。
(でたっ!?)
ぎくり、と目を剥き、踏み出したクロウを引っ捕まえた。
すぐさま背中に滑りこむ。日よけのフードをかぶった旅装。もしや、さっきの二人組?
しがみつかれて盾にされ、クロウが怪訝そうに振りかえる。「あの人たちは?」
「あっと、その〜……」
素性はなんとも説明しがたく、しどもどエレーンは愛想笑い。「さっき、あたしのこと助けてくれて──けど、なんていうか、ちょっと様子が 変 っていうか──」
「又ですか」
クロウがげんなり嘆息した。「今度は何を仕出かしたんです」
「や。あたしは別にまだなんにも──」
「嘘おっしゃい」
問答無用で一蹴され、そろりとエレーンは目をそらす。「……じ、実は、借金取り に追われてて、それをあの人たちが助けてくれて、でも、一緒に行くとか言い出して、あたし危うくさらわれるとこ──」
「まったく、あなたは次から次へと!」
苛立ちを押し殺して聞いていたクロウは、投げやりに盛大な溜息をつく。「この急ぐ時に!」
ともあれ、小柄なその肩にそそくさ隠れて、エレーンはそわそわうかがった。目深にかぶったフードの下は、よく似た雰囲気の端正な顔──やっぱり、さっきの翅鳥たちだ。
さっそく姿を見つけたか、ただちに二人が駆けてくる。
クロウがおもむろに目を向けた。
「礼を言います。連れが世話になったようで」
駆け込んだ二人が、面食らったように足を止めた。
呆気にとられた視線の先は、だが、声をかけたクロウではない。腕にとまった黒い鳥。「──ポイニクス?」
「この鳥は青鳥といいます。町では、あまり見ないでしょうが」
二人の目は、腕の鳥に釘付けだ。背の低い方──パスカルが、いぶかしげにクロウを見た。「その鳥が、なぜ、そこに」
「飼っています」
「お前が?」
二人同時にクロウを見た。
絶句で顔を見合わせる。信じがたいという顔つきだ。連れより頭一つ分背の高い、コスタンティーノが目を据えた。「──何者だ」
「不躾ですね」
クロウがたまりかねたように眉をひそめた。
「他人にものを訊ねるならば、先に名乗るのが礼儀でしょう。私はこの人の主治医ですが、そうしたことですか、お尋ねになったのは」
それには応えず、コスタンティーノは目配せする。「──どの程度だ」
「──わからない」
パスカルは西方に一瞥をくれ、顔をしかめて首を振る。「こうも波動が強くては」
奇妙な会話を聞き咎め、クロウが何事か言いかける。──ふと、その目を空にあげた。
すっと陽射しが遮られた。
晴れた夏空に黒い一点──鳥だ。青くひろがる空の高みを、黒い鳥が旋回している。
進路を変更、降りてきた。まっすぐ何かを目指している。
すぐに、ばさばさ羽ばたきが聞こえ、すい、とクロウに舞い降りた。
とっさに右腕をさし出したクロウが、困惑顔で鳥を見る。
「……お前は?」
カラスのような漆黒の体だ。翼の色も大きさも、左の腕にとまっている「ジゼル」のそれと瓜二つ──左右の鳥をまじまじ見比べ、クロウは左の鳥を見た。「──ジゼル。お前の恋人か?」
「そうではない、分かれたのだ」
「──なんですって?」
「同じものだと言っている」
コスタンティーノはわずらわしげに言い捨て、連れと難しげな顔をつき合わせている。「……では、調伏したというのか、ポイニクスを」 「馬鹿な。できるわけがなかろう、民草に」 「いや、しかし、現にあれは──」 「あれより更に上位となれば、遊鳥くらいのものであろうが、しかし、そうなると迂闊には──」
そして、まじまじとクロウを見つめる。得体の知れぬものでも見るような、警戒の色を浮かべたまなざし──。
ためらいがちにパスカルが訊いた。「もしや、お前は禁忌の者か?」
「キンキノモノ? どういう意味です」
怪訝に問いを突っ返されて、二人が目配せ、首をかしげる。眉をひそめて釈然としない顔。だが、込み入った話はためらわれる、とでもいうような。
「──とにかく」
コスタンティーノが首を振り、仕切り直すように振り向いた。「お前はこちらへ」
急に目の間に伸びてきた手に、エレーンはあわてて後ずさる。
「では、お暇いたします」
すかさずクロウが立ちふさがった。
腕をつかみ損ねたコスタンティーノが、焦れたように顔をあげる。「いや、この者は我々と──」
「では、これで」
断固たる口調でクロウははねのけ、旅装の二人を冷ややかに見据えた。
「私の患者は渡しません」
立ちはだかった背から顔を出し、あんぐりエレーンは見送った。
「……すっご〜い。追い返しちゃった」
あの問答無用の翅鳥たちを。
不承不承踏み出した、フードをかぶった二つの旅装が、街路の町角を曲がっていく。あの借金取りを斥けた時には、頭上の蝿でも追い払うように、いとも簡単にあしらったのに。
どうにも不可解な現象だった。
彼らはクロウと対した途端、ただただ警戒して遠巻きにしていた。だが、商都で三バカを叩き出した借金取りの二人の方が、よほど強そうに見えないか? 線の細いクロウより。
(……なんで?)
疑問は未だ解けぬままだが、ひとまず殊勲者に笑みを向ける。
「あ、ありがとクロウ、助けてくれて。あの人たちに見つかった時には、あたし、まじで、もう駄目かと〜」
てか、どういう風の吹き回し? 何気に冷たいこのクロウのことだから、あのフードの二人組に、これ幸いと押し付けるかと思いきや。
「万一、あなたに何かあれば」
まぶしく夏日を反射する石畳をながめたままで、クロウはぶっきらぼうに横顔で言う。
「あの人に合わせる顔がない」
え? とエレーンは見返した。
絡んだ糸が、ふっとほどけて、くすり、と思わず頬がゆるむ。
(……そんなに大事?)
患者のためでも部隊のためでもなく、仕事だからというでもなく──。ケネルと一緒にいる時は、あんなにツンケンしてるのに。
「じゃあ、これで」
はた、とエレーンは顔をあげた。
しみじみ感慨にひたるも束の間、クロウはさっさと歩き出している。
「あ、ちょっとなによっ。おいてく気ぃ!?」
あたふたクロウに追いすがった。まだ大事な用があるのだ。
「ね、ねえ! せっかくこうして会ったことだし、つもる話もあるじゃない? だからどっかの食堂で、一緒にご飯でも食べようよ〜!」
そして、おごって。
クロウは見もせず、歩く背中で返事をほうる。「すぐに来ますよ、代わりなら」
……代わり?
「ひ〜めさん」
怪訝にエレーンは振り向いた。
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