■ CROSS ROAD ディール急襲 第3部2章18
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「悪いわね。すっかりお世話になっちゃって」
異国の風貌の小柄な女が、隣を歩く連れを仰いだ。
「父を見つけたら、すぐに食事代は返すから」
「──そんなに気にしなくていい」
ケネルは微笑って首を振る。「それにしても驚いたな。二度も暴漢に襲われるなんて」
囲まれていた女を助けてみれば、又もこの彼女だったのだ。
「私の方こそ、びっくりよ。いきなり名前を呼ばれるんですもの」
ふと、眉を曇らせて、ケネルは苦々しく目を背ける。「──すまない」
「え?──やだ。わたし、そんなつもりで言ったんじゃ」
旅装の女は、あわてて手を振る。「いいのよ。誰にでもあるわよ、人違いは。それに、よくある名前だもの、クリスティナなんて。それにしても」
異国の女クリスティナ──クリスは、ちら、とはにかんだように連れをうかがう。
「まさか異国で会えるなんてね。世に聞こえた"戦神ケネル"と」
足を止め、ケネルは面食らって振り向いた。「──知っていたのか」
「モンデスワールの市民の中に、あなたを知らない人がいるかしら」
隣の国シャンバールで、帝国と戦う都市同盟の、最前線の都市名をあげる。
「あなたは私たちの英雄だもの。傭兵部隊がいなければ、街はとうに蹂躙されて、私たち、奴隷にされてるわ」
何を今さら、とクリスは笑い、浮かれた様子で振りかえる。
「父の店がモンデスワールにあるの。私たち家族の家もね。ロズモンド商会よ」
「──ロズモンドの令嬢か」
虚をつかれ、ケネルは連れを見返した。その名は無論知っていた。モンデスワールのロズモンド商会といえば、都市同盟では裕福な商家だ。家長の身辺警護を任されたこともある。あいにく家族の顔までは覚えていないが、彼女も屋敷にいたのかも知れない。
「しかし、あんたも災難だな。商談先で連れとはぐれて、その上、強盗にまで遭うってんだから」
「さっき、二度って言ったけど──本当は、もっとたくさんなの。何度も何度もああいう暴漢に追いかけられて。カレリアは治安がいいって聞いていたのに」
「今回のトラビアの紛争は、カレリアの者にしてみれば、めったにない大事件だからな」
暮れゆく通りを歩きつつ、ケネルは町角に視線をめぐらす。「無駄に気分が浮ついて、馬鹿騒ぎを始める輩はどこにでもいる。まして、その風貌だから、尚のこと標的になり易いんだろう」
長い裾の腰あたりで後ろ手にし、ちら、とクリスは連れを見る。
「でも、おかげで強盗だけで済んだわ。一文無しにはなったけど」
自嘲気味に嘆息し、賑わう夕刻の雑踏をながめた。「もう、本当にどうしよう。お父さんは見つからないし、日も暮れてきちゃったし」
いくつか詰め所にも問い合わせたが、何も情報は得られなかった。クリスの父は不慣れな異国で、やみくもに探しているらしい。
「俺でいいなら、面倒をみるが。親父さんが見つかるまで」
クリスが瞳を輝かせて振りかえる。「いいの?」
見越したような反応に、ケネルは思わず苦笑いした。「あんたの親父さんとは、知らない仲でもないからな」
「ふふっ。そう言ってくれると思ってた」
「こんな異国で無一文じゃ、あんた、どうにもならないだろう。俺は人を捜しているから、連れ歩くことになるだろうが」
「隊長さん」
呼びかけ、ちら、とクリスは仰ぐ。「もてるでしょう」
「どうかな」
ケネルは又、苦笑する。
「だって、女性に親切だもの」
「ロズモンドの令嬢を見捨てたとあっては、部隊の評判に差し障るからな」
「あら、そ」
軽く睨んで、クリスは揶揄を含んだ笑顔。「ね。捜している人って、隊長さんの恋人?」
「──どうかな」
「え、どういう意味?」
不思議そうに見返され、ケネルはさばさば空を仰いだ。
「とうに振られたのに、未練たらしく追いかけている。まったく情けない男だな、俺は」
「そ、そんなことないわ!」
クリスは語気荒く異を唱える。
「あなたは素敵よ! 情けなくなんかないわ!」
ケネルは困った苦笑いを浮かべる。
「──隊長さん、元気出して」
ためらいがちにクリスは言い、その肩に気遣わしげに手を置いた。
「彼女、早く見つかるといいわね」
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