■ CROSS ROAD ディール急襲 第3部2章24
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意識の逸れたその手から、風砂よけの外套が滑り落ちる。
「──これは」
彼女が連れた者を見て、二人は言葉を失った。
「同格の、遊鳥が二体……」
うねり狂う波動の中、ほのかな気配をたぐり寄せ、ようやくここまで辿りつけば──。
石造りの商店ひしめく街道の都市ノアニール。
人影まばらな昼の通りを、彼女と連れが歩いている。その連れが問題だった。
件の彼女を間に挟み、快活そうな茶髪の青年、怜悧な顔だちの小柄な若者。素知らぬふうを装いつつも、互いをさりげなく牽制している。どちらも周囲を圧するほどに、己が生気をみなぎらせて。
「──迂闊だった」
愕然とコスタンティーノは凝視したまま、喉元をひくつかせる。頬は更に白さを失い、青みを帯びた双眸は、その失態を物語る。「少し、目を離した隙に……」
「よもや、あのようなものが集ろうとは」
絶句で立ち消えたその趣意を、パスカルが的確に引き取った。
「やはり、無理にでも回収すべきだった」
目深にかぶったフードの奥に、額でわけた青い髪が覗いていた。
彫刻のような端整な顔立ち。長身痩躯の長い外套。あの彼女が二人を見れば、その理由は知らずとも "翅鳥"と認識しただろう。
ひと気ない昼の町角で、二人は成す術もなく立ち尽くした。
かの町バルドールでは、ポイニクスを使役する未知なる者の出現により、やむなく同行を見合わせたが、思い直して迎えに戻れば、事態が一変、悪化している。あの時は、彼女の主治医を名乗った者を「禁忌の者」かと警戒したが──。
疑義を差しはさむ余地などなかった。
いぶかる暇も与えなかった。現に、こうして目の当たりにすれば、一目でそれと理解した。あれこそ、狭間に生まれし者と。
今にして思えば「未知なる者」など、かの者に遠く及ばない。明らかに全く違うのだ。
視界を埋める町壁の向こう、遠く垣間見える西の尾根に、コスタンティーノは顔をしかめる。「──荒竜が遣わしたか」
あの玉を得んがため。
「いや──」とパスカルは背をかがめ、是が非でも西へ行くと言う彼女のために用意した、風砂よけの長い外套を、足元から拾いあげる。「荒竜とて、意のままにはなるまい。遊鳥は三界とは別ものだ」
「では、己が欲望の赴くままか、あの"鍵"に集るのは。──よもや、ヒトを喰らうのではあるまいな」
「あれらは理の外にある」
砂を払って腕にかけ、パスカルは苦々しく嘆息した。
「組成も思惑も計りかねる。姿形こそ、かの者たちと同じだが、あれとは又異なるやも知れぬ」
「しかし、これでは、近づくことさえままならぬ」
途方にくれて嘆息し、コスタンティーノは腕を組む。「ならば、我らはどうしたら」
「手遅れだ。相手は遊鳥。もはや、我らでは太刀打ちできぬ」
「それでは、みすみす見殺しにすると?」
パスカルは白皙の柳眉を思案げにひそめる。
ひとつ、小さく嘆息した。
「──気は進まぬが、」
青みを帯びたその瞳で、北の空を仰ぎやった。
「あの者の手を借りるか」
「……ね、ねえ? もしかして、ケンカとか、していたり?」
連れ立って歩く左右の顔を、エレーンはたじろぎ笑いで交互に見た。
むぎゅっ、と両手を、それぞれ連れに握られて。その様はあたかも、両親の間に挟まった、幸せな休日の幼児のごとし。
事の発端は、こうだった。
宿から通りに出た途端、制服の袋をユージンが取りあげ、にっこり手を握ってきたのだ。「外は何かと物騒だからね」
どさくさに紛れたこの確保を、むろんセビーは見逃さなかった。すぐさま、別の手を負けじと取る。
「──ちょっと」とユージンが見咎めて、うんざりしたように顔をしかめた。「なんのつもり?」
「物騒なんだろ?」
「必要ないだろ、あんたまで」 「同感だな。お前が放せ」 「あんたが放せよ。僕が先だろ」 「後も先も関係ない」 「あるだろ」
「いいや、ないっ!」
まなじり吊りあげ、セビーが一喝。ぐい、と左手を引っぱり寄せた。
「いいか、ユージン。一緒に来るなら、覚えておけ。この子の保護者は こ の 俺 だ! その俺の目の前で、勝手な真似は許さんからな!」
「あんたに従う義理はないよ」
そっけなくユージンはやり過ごし、ぐい、と右手を引っぱり戻す。
そして現状、なんか微妙なこの有り様。
思わず事態を見守ってしまったエレーンも、あわてて外そうと試みはした。だが、なんでか張り合うこの二人に、ぎゅうぎゅう逆に引っぱられ、本件いまだ解放に至らず。
そして、三者三様の小競り合いの末、硬直状態に陥って、連行されている次第。
微妙な感じに張りつめた緊迫状態を引きずって、三人横ならびで通りを歩く。黙々と。ただ黙々と。夏の日中、人通りがないから、いいようなものの。
さすがに埒があかないと思ったか、セビーがたまりかねたように嘆息し、目線で街角へ促した。「──おい、ユージン。ちょっと来い」
「いいとも」
ユージンは笑って不敵に見返す。受けて立つ、といわんばかりに。
くるり、とこちらを振り向いた。
「ちょっと待っててくれるかい? 僕に話があるようだから」
一転、実にさわやかな笑み。握った手をゆっくり外し、制服が入った紙袋を返す。
「う、うん。ここで待ってる……」
セビーの方からも手を引き抜き、エレーンは引きつり笑いでうなずいた。
街角へ向かう二人の背は、何やらギンギン殺気立っている。それを歩道でひとり見送り、たじろぎ笑いで己をさす。「……いや、"保護者"って」
どこの幼児だ。
あのおじさん──セヴィランさんに後のことを任されて、それで張り切っているのだろうが、責任感ありすぎないか? ちょっと手を握ったくらい、別に大したことでもないのに。
「それにしても、セビーって意外と──」
街角で話を始めた、セビーの横顔をまじまじと見る。見た目はチャラ──いや、軽そうな感じだが、怒ると、結構な迫力だ。本当に風圧を感じたくらい。柄の悪い人たちならば、これまでも大勢見てきたが、それとは又違った感じだ。
先の剣幕に、思わずひるんだ。
朝食の席に割りこんで、ずかずか階段からやって来るなり、むんずとユージンの首根っこつかんで、問答無用で引きずっていった。
とはいえ、ユージンも負けてない。むしろ、その都度、するり、とかわして、あしらっているような節さえある。
爪先立ちで街角をうかがい、エレーンはやきもき、歩道をうろうろ。
「だ、大丈夫かな〜、あの二人……」
むしろ何故に、一緒に旅立とうなどと思ったのだ? あんなに仲が悪そうなのに。もしも、あのまま取っ組み合いにでも突入したら──
「……。どっちが勝つかな」
ふむ、と思わず考えた。
「ユージンくんは、機敏っぽいけど小柄だし、セビーの方は、上背あるけど、なんかどっか挙動不審だし」
セビーはたまに、おじさんに成りすまそうとすることがある。もしや、彼をリスペクトして、日々精進してるのか?
まあ、そういう(わりとどうでもいい個人の)決意はともかくとしても、まだ旅の出だしというのに、連れがなんだか険悪なのだが、この先ずぅっと、あの調子なのか……?
むう、とエレーンは腕を組む。こういうのは結構困る。三人組にありがちな苦悩だ。ちなみに、かつてそんなことを、言って寄越したタヌキがいたが 「どっちか選べ」とか言い出したらば、どちらの肩を持つべきだろうか。
指おり数えて、首をかしげる。
「ユージンくんは如才がなくて、顔いいし温和だし顔いいし、だけどセビーは "宿"と"ご飯"と"甥っ子"だしぃ……」
いや、セビーも顔は悪くない。セヴィランさんに激似だし。たまに挙動不審になるが。
てか、ケンカ三昧やめてほしい。暑苦しいし、くたびれる。ここにいるのが甥っ子じゃなくて、あのおじさんの方ならば、こんな苦労はなかったのに。
エレーンはこっそり嘆息する。「……あーあ。おじさんの方が良かったな」
「俺もだよ……」
ぎょっと飛びあがって振り向くと、セビーがげんなり嘆息していた。
「わっ。わっ。今のは別に悪口とかじゃないからねっ!?」
一息で言い切り、わたわた手を振る。なんで、セビーが共感するのだ? てか、
── いつ、戻ったー!?
額をつかんで、どんよりうなだれ、気のない仕草で、セビーは手を振る。「──いいんだ別に」
「そうだろうね」
ん? と声の出所を見れば、少し後ろの日差しの歩道に、白けたようなユージンの顔。
妙にわかった口振りだが 「そうだろうね」 ってのは如何なる意味だ? ちなみに、殴り合いとかはナシだった模様。
夏日に干上がった石畳に、二人はどこか白けた風情で立っている。なぜか渋い顔つきだが。
「あっ──ね、ねえ? セビー?」
よどんだ空気を払拭すべく、エレーンはひとまず保護者に笑う。両手はさりげなく後ろに隠して。
「リュック欲しいな? かわいいヤツ!」
「──リュック?」
なぜか、どんよりたそがれていたセビーが、ふと、石畳から目をあげた。
「あっ、だって見て見て? ほら、これえ!」
じとりと向けた視線にひるんで、紙袋をばさばさ見せる。
「もう穴とか開きそうだし、でも、着替えとかも買い足さなくちゃなんないし、荷物せおって手があけば、なにかとあたしが楽ちんでしょ! ねっ?」
「……。ああ、いいよ」
一瞬つまるも、セビーは承諾。やはり色々腑に落ちなそうだが。
けれども確かに、袋はズタボロ。ここ連日の過酷な道中、市中引き回しの刑により。
茶色い頭髪を軽く掻き、セビーはぶらぶら歩き出す。「なら、店に寄らないとな」
青空に広がる街並みを見、街道の方角を眺めやった。
「それはそうと、この先はどうやって進むかな。頼みのデジデリオは逃げちまったし」
なぜか、あてつけがましくユージンを見る。ユージンの方は、案の定、無視だが。
「ね? ね? かわいいヤツね! ね? セビー?」
「持ち物が入りゃ、なんだっていいだろ」 「よくないっ!」 「だって、そういうのは値が張(るし──)」
「どーせ買うならかわいいヤツよっ!」
畳みかけて力業で押し切り、そそくさ逃げるように早足になった、セビーをるんるん追いかける。「ね? ね? セビー? ね? セビー?」
ふと、道を振り向いた。
「──ユージンくん。どうかした?」
何かに意識を凝らすように、歩道で立ち止まっている。
宙に浮いた視線を戻して、ユージンがおもむろに見返した。
「先に行っててくれるかい? ちょっと用を思い出した」
すぐに行くよ、と笑いかけ、返事も待たずに引き返す。
ぽかん、とエレーンは見送った。
「急にどしたのかな、ユージンくん」
足を止め、セビーも胡散臭げに眺めている。
「……あの野郎」
舌打ちして顔をしかめ、だが、肩を返して歩き出す。「さあね」
「あっ、でも、なんか様子が変じゃない? もしも、おなかが痛いとかだったら」
「そんなに可愛いタマじゃない」
「で、でもぉ〜……」
二人の半ばで取り残されて、エレーンはおろおろ交互に見る。「せびぃ〜……」
「ほっとけ。どうせ、すぐに来る」
ぶっきらぼうな口振りは、どことなく面白くなさげ。
セビーの背に駆け寄って、そぉっとエレーンはうかがった。
「もしかして、なんか怒ってる?」
眉をひそめ、苦虫かみつぶした横顔で、セビーは軽く息をついた。
「──別に」
ユージンはぶらぶら引き返すと、二つ目の街角を曲がり、路地に視線をめぐらせた。
「出てこいよ」
ひっそりとひと気ない、日陰の路地に呼びかける。
これまでとはうって変わった、底冷えするような胡乱な声で。
「ばれてない、とでも思ってた?」
じろり、と見やった路地の先に、果たして人影が現れた。
へらへらユージンを品定めしながら、肩を揺すって近づいてくる。
「──へえ、こいつァ驚いた。一体どこのキチガイだァ?」
五人ほどの男たち、ならず者風の一団だ。
「兄ちゃん、いい度胸だなァ」 「はあ? 一人で俺らとやろうってのか?」
「汚い手で、俺に触るな」
ざわり、とユージンの髪先が揺らいだ。
パシン──と鋭く空気が鳴り、白い閃光が壁を走る。
「……あ?」
一団が足を止め、薄気味悪そうに見まわした。「……な、なんだ、今のは」
「よくよく間の悪い連中だな」
静かな風情で佇みながら、ユージンは苛立ちをたぎらせる。
「よりにもよって、今の今、のこのこ俺の前に現れるんだから」
ぎろり、と一団を睨めつけた。
「たく。邪魔なんだよ、あのオヤジ!」
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