■ CROSS ROAD ディール急襲 第3部2章32
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噴きあがった水しぶきが、真夏の陽射しにキラキラまぶしい。
通りの右手に、憩いの噴水。周囲の木陰にベンチが四つ。ひっそり人けない町角には、青旗を掲げた件の商館──。
ぶらぶら横を歩きつつ「で」とボリスが、睥睨するように見まわした。
「どこにいるんだ、そいつらは」
エレーンも口をとがらせ、連れを見る。「ちょっとー。ケンカはやめてよねー」
「向こう次第だ」
「絶対やめてよケンカとかあ!?」
ギッと睨んで、釘をさす。そもそもセビーとユージンくんも、大人げないほど仲が悪いが、更にその上三バカが、縄張り争いに加われば──
(……。ああ、頭いたい)
額をつかんで、うなだれた。ケンケンガクガクけなし合う様が、手に取るように分かるのは何故だ。まだ会ってもいないのに。
げんなりしつつも気を取り直し、エレーンは視線をめぐらせる。「ねー、それよりもあんたたち、ちゃんとレノさま捜してるー?」
「──だからよー」
往生したように顔をしかめ、ボリスが頭を掻いて見まわした。「どんな奴だよ、レノさまってのは」
「もー。だから言ってんでしょ? ラトキエ直系血族の貴族でー、一見、紳士って感じじゃないけど、でもでも めえぇっちゃ格好いい ってえっ!」
「──。わかんねえよ、それじゃ」
「見れば、絶対わかるってぇー。だってほら、なんていうの?──あっ、オーラ?」
「わっかんねえよっ!?」
ちょっとあんた、やる気あんのー? とがなるボリスをぶちぶち見、エレーンは口を尖らせる。「だからー。レノさまはレノさまなんだってばー」
「特徴を言えよ、そいつの見た目の。つか、普通そっちだろ」
「見た目ねえ……。あ、シャツの前がはだけててー、あとー、髪の毛赤く染めていてー」
「ちょい待て」
ボリスが顔をゆがめて振り向いた。「なんで赤なんだよ、貴族の頭髪が」
「そんなの知らないわよ、レノさまじゃないもん」
「見たことねえぞ、そんな貴族。いいのかよ、そんなチャランポランで」
「似合うんだからよくない? それで」
「……。だから、似合うとか似合わねえとかの問題じゃ──」
「ちょっとおー。それより、気合入れて捜してよー? 今日のレノさま、すーぐ、いなくなっちゃうんだからぁー」
なんか、すんごくすばしっこいし……と愚痴もどきを続けかけ、ふと、エレーンは振り向いた。
後ろの連れを、そわそわ覗く。「ねえ、ガンタ──あっ、ううんジェスキー! さっきの、本当に大丈夫?」
話のかたわら視界の隅で、ジェスキーが眼帯の顔をしかめて、鬱陶しげに首を振っていたのだ。
ふい、とジェスキーが横を向いた。「──まあな」
「ね、マジでほんとに大丈──」
「ほら、言ったそばから、もうこれだ!」
ボリスが舌打ちで振りかえり、首根っこつかんで引き戻した。
「前見ろ前! お前はガキか! ちゃんと前見て、まっすぐ歩けよ。だから人にぶつかるんだろうが」
「はああ? あたしはまっすぐ歩いてるでしょー?」
むう、とエレーンはぶんむくれる。「もー。あんた、一々うっさい」
「あァっ!? なんだとコラ! 生意気だぞ、妹分のくせに!」
「自分の方が年下のくせにぃ?」
「だ、か、ら、俺、は、前見て歩けって言ってんだよっ! たく、おんなじことを何度言ったら──あっ?」
どん、と頬がぶつかって、エレーンはまたたき、振り向いた。
何かが日ざしを遮っている?
「よう」
向かいの頭上から、柄の悪い一声。
振り向き、ボリスがギクリとすくむ。
「す──」
硬直した三バカの顔から、ざっと音を立てて血の気が引いた。
「「「すみませんすみませんすみませんっ!」」」
平身低頭。膝につくまでペコペコ謝る。
派手な柄シャツの一団が、道をふさいで立っていた。
四人ほどの与太者風。知らない顔だが、なぜかニヤニヤ笑っている。
「ご、ごめんなさい……」
エレーンはあわてて後ずさる。いや、体が動かない。なんでか腕が
──つかまれている?
銀の鎖を腰に垂らした、中央にいる若い男だ。口の端をニタリとゆがめた。
「捜したぜえ? 姉ちゃんよ。こんな所にいたのかよ」
「……え? あたし?」
ボリスが顔をこわばらせ、乱暴に腕をもぎ取った。
すかさずブルーノが体当たり。鎖の男に押しやられ、後続の三人がたたらを踏む。
「走れ!」
ボリスの声に弾かれて、逆方向へ逃げ出した。
与太者風の一団も、顔をしかめて追ってくる。
「──まったく言わんこっちゃねえ!」
あわあわボリスは逃げなから、ギロリ、と猫顔で振りかえる。「だから言ったろ、ちゃんと前見て歩けって!」
「はあ? 今のはあんたのせいでしょー!? あんたが一々うっさいからー」
「二度目だろうがよ! お前はこれで! ちったあ懲りたらどうなんだ!」
「あっ、でも、また昨日みたいに振り切れば〜」
「簡単に言うな!?」
「だってー、昨日はうまくいっ──」
「昨日は昨日、今日は今日! 見てみろ、あの人数を!」
「こっちと同じ四人じゃん」
「なに自分もちゃっかり勘定に入れてんだ!? 四対四じゃねえ! 三対四だ! 俺らより一人多いだろうがっ!」
「……じゃあなに」
腕を振って、わしわし駆けつつ、えー……とエレーンは顔をゆがめる。
「相手がちょっとでも多かったら、しっぽ巻いて逃げるわけ? でも、昨日は確かあんたたち、二人がかりでメガネの奴を──」
「そういうもんなのっ!」
「……えー、なんか卑怯〜」
「喧嘩は勝たなきゃ意味ねえんだよ! 次、曲がるぞ!」
速度を落とさず、町角を曲がる。
ぶちぶち往く手に目を戻し、う゛っ、とエレーンは引きつった。
石壁が前をふさいでいる。つまり、この道は袋小路。路地の先は
──行き止まり。
ばたばた足音が背後に迫った。
あわててエレーンは振りかえる。
狭い路地の道をふさいで、与太者たちが立っていた。
駆け込んだ先で後ずさり、突き当たりの壁にあわあわ張りつく。
「ど、ど、どうすんのよ。曲がれ、なんて、あんたが言うから……」
向かいの四人を睨みつけ、ボリスは歯を食いしばる。
ブルーノとジェスキーも視線を走らせ、突破口を探している。
石壁のひさしの向こうから、夏日がまぶしく注いでいた。
往く手と左右は石の壁。二階建ての建物だ。建物間のわずかな隙間に、人が通れる幅はない。レンガの壁は垂直で、足場になりそうなものはない。下卑た笑いで与太者が、ぶらぶら間合いを詰めてくる。
「──そこどけお前らっ!」
ブルーノが右端に体当たりした。
不意打ちをくらって、右端が壁に吹っ飛ばされる。だが、顔をあげたブルーノの頬を、隣がすかさず殴り飛ばす。
起きあがってきた右端と二人がかりで殴られて、どさり、と壁に投げ返された。
「ブルーノ!?」
ボリスとジェスキーが目をみはり、険しい形相で振り向いた。
「──野郎っ!」
すばやくジェスキーが振りかぶった。
肩の後ろにかばい立ち、その場を動くのをためらっていたボリスも、一拍遅れて、それに続く。
腕の長いジェスキーの拳は、だが、むなしく空を切った。
相手は楽々とジェスキーを避け、捨て鉢に繰り出したボリスの拳も、あっさり平手で止められる。腹を蹴られ、せめて胴にしがみつくが、うずくまったジェスキー共々、あっという間に取り囲まれる。
蹴られ、殴られ、無下に地べたに投げ捨てられた。
切れた口元を腕でぬぐって、ボリスはよろけて立ちあがる。おろおろエレーンは顔を覗く。「だ、大丈夫……?」
「下がってろ!」
ぐい、と腕で後ろへ押しやり、向かいを睨んで立ちはだかる。
手ひどく殴られたブルーノが、手をつき、ようやく立ちあがった。ジェスキーもしきりに首を振り、向かいに目を凝らしている。
三人はひどい有様だった。
皆、前かがみで腹を押さえ、辛うじてその場に立っている。殴られた顔が腫れ始め、肩で息をついている。
薄笑いした鎖の男が、立てた人さし指で、くいくい招いた。「さて、一緒に来てもらおうか。ジャイルズさんがお待ちかねだ」
「──ジャ、ジャイルズさん?」
エレーンは顔をゆがめて後ずさる。「じゃあ、やっぱり、あんたたち、昨日の──でも、昨日の人たちとは、ちょっと感じが……?」
昨日とは顔ぶれが違うようだが?
「ああ、バックレた連中のことか」
背後の道を肩越しに一瞥、鎖はたるそうに首をまわす。「一体どこへフケたんだか。ま、あんな連中、どうだっていい」
ばたばた荒い足音が聞こえた。
別の一人が、路地の先に現れる。
やはり一団と似たような身形。一人、そして又一人と、どこからともなく集まってくる。
鎖が面白くもなさそうに肩をすくめた。
「この通り、仲間なら、いくらでもいる。ジャイルズさんが大号令をかけたからな」
召集されたと思しき手下が、続々と集まり始めていた。
新たに現れた面々は、向かいの一団の後につき、それだけで七人を数えるほどになっている。足音は未だ鳴り止まない。急行中の仲間がいる。
舌舐めずりせんばかりの顔つきで、鎖の男がニタリと笑った。「おいおい、弱っちい連中だなあ。これ以上は時間の無駄だぜ? 観念して、こっち来な」
「よせ!」
踏み出しかけたその肩を、ボリスが腕で押しこめた。「行くな!」
「──だ、だけど」
エレーンはおろおろ視線をめぐらす。
賊徒は増える一方だ。助けが来るあてはない。傭兵部隊は商都を離れ、すでに遠方に去ってしまった。甘物屋付近にセビーたちがいるが、窮状を知らせる手立てがない。ボリスが前に言っていたように、彼らは喧嘩には向いていない。
「さあ、どうするんだ、姉ちゃんよ」
焦れた口調で、鎖が迫った。「お前さえついて来りゃ、そいつらのことは見逃してもいい」
「わわわわかった!」
こくこくエレーンはうなずいた。「……わ、わかった。あたし、そっちに行くから。だから……」
「──よせってんだ!」
ボリスが舌打ちで押し込めた。
顔をしかめて声を荒げる。「ばか! なに考えてんだ!」
「だけど!」
だけど又、あいつらに、ジェスキーの目が殴られたら?
今だって、ろくに見えてない。ジェスキーの拳は、賊にかすりもしなかった。
かばい立ったボリスの腕を、エレーンはやんわり押しのける。
「わかったから、乱暴しないで」
通りすぎ様、すばやく耳打ち。顔をこわばらせたボリスを置いて、鎖の男へと踏み出した。
「あんた達と、一緒に行くから」
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