CROSS ROAD ディール急襲 第3部2章38
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 ザイは目を閉じ、詰めた息を軽く吐く。「誰でしたっけねえ。動けねえって駄々こねたのは」
 げんなり背後を振り向いた。「何してんスか、こんな所で」
「だって面白そうだろ、こっちの方が」
 顎の先で西をさし、傷跡の残る顔が笑った。茶色の短髪、赤いピアス。シャツから覗くその腕には、白い包帯が巻かれている。
 面白そうに眉をあげ、首長パパは視線をめぐらす。「どうせ部隊に戻ったところで、むさ苦しい野郎どもと、ツラ突き合わせてるだけだしな」
「──あんたねえ」
 ザイは脱力、呆れて首長の顔を見た。「今ごろロジェあたりが真っ青になって、捜しまわってんじゃねえんスか」
 構わず首長は、へえ、と水路の先を見る。
かしらの自覚はねえんスか」
「元気そうじゃねえかよ、姫さんは」
 言われてそちらに目をやれば、水路に突き飛ばした小柄な男が、あの客と話していた。
 まるで関心がないらしく、背を向けたまま見向きもしないが、やはり、単に行く先が同じで、荷物をぶつけただけなのか。いや、それより問題は、もう一人の背の高い方だ。
 得体の知れないあの男が、話の輪に加わっていた。
 客の親しげな笑顔から、こちらも客の知り合いらしいが──ながめていると、男と視線がかち合った。
 いぶかしげなその顔には、不審そうな色がある。客に対する追跡を、一度も見咎めはしなかったはずだが、やはり、そうとう勘がいい。
 同じくそれをながめた首長が、釈然としない顔で首をかしげた。「しかし、なんだって、あんな所に」
 怪訝にザイは振り向いた。「誰スか、ありゃ」
「いや、誰ってお前──」
 ぽかんと首長は振りかえる。
 覚えてないのかよ、と呆れ顔でごち「──ああ」と合点したようにうなずいた。「いなかったっけな、お前はあの時」
 身じろぎ、簡単に経緯を告げる。
「へえ。あれが──」
 思わぬ素性に面食らい、ザイは改めて男を見る。「なら、あの牽制は、引っ込んでろ、ってことスかね」
 首長が迷惑そうに顔をしかめた。「なんで、俺にすごむんだよ……」
「凄んでませんて」
「凄んでんだろ」
「あんたの指示を待ってんでしょうが」
 ホラ。どーするんスか指示はホラホラ、とザイはせっつき、顎を出す。
「決まってんだろ、当方うちの出方は」
 ぶっきらぼうに言い返し、そっぽを向いて首長は宣言。
「そのまま継続」
 あぜんとザイは絶句した。
 すくい上げるように首長を見る。「いいんスか? 偉いさんの意向に逆らって」
「但し、接近はご法度だからな」
 若干早口で釘をさし、いいな、と首長は言い聞かせる。「くれぐれも向こうにバレねえように。あくまでさりげなく、遠巻きで」
「いっそ撤退と言やァいいでしょ」
「だって嫌なんだろ? そう顔に書いてあるぜ」
「なんで俺の顔色うかがうんスか。そんなこと誰も言ってねえでしょ」
 白けた横目で、首長が見やった。(言ってんじゃねえかよ、そのツラで)と口の中で小さくごち、溜息まじりにさばさばと身じろぐ。「ま、そういう部下の自主性は、尊重する男だぜ俺は」
「手ぇ抜きたいだけでしょ自分が」
「いいだろ。やるこた、やってんだからよ。現に部隊は、つつがなく機能している」
「仕切ってんの、確か じゃなかったスかね?」
 きっちり内訳を訂正し、ザイは呆れ顔で腕を組む。
あんたが何にもしねえから、コルザのじいさんもいい迷惑スよ。部下の面倒、あの人が一手にしょい込んでなけりゃ、今ごろ部隊は散り散りでしょうが」
「不満はねえだろ? 本人も。コルザは部隊の古株だし、面倒見だって元々いいし」
「だったら 俺の方は、一体どうしてくれるんスかね」
「お前は適任。鎌風に歯向かおうなんて命知らずは、まず部隊うちにはいねえからな」
「おだてても何も出ませんよ?」
「一睨みでまとまるってんなら、適材適所で結構じゃねえかよ。資質に応じた正しい配置だと俺は思うね」
「それで 逃げ切れた、とは思わないで下さいね?」
 しれっとした首長をじろりと睨んで、「とにかく」とザイは仕切り直した。
「大人しく帰って、商都で養生してください。そんな大怪我だってのに、なに普通に出歩いてんスか」
 首長はほりほり頬を掻き、あさっての方角へ目をそらす。「まだ、やることがあるんだよなあ」
「そんなんだから、治るもんも治らねえんスよ。そんな無茶を続けていたら、その内マジでおっ死にますよ」
「ま。どうせ、いつかは死ぬなら」
 夏日を全身に浴びるように、首長は笑って天を仰ぐ。「りてえよなあ、戦神と」
「死にますよ、瞬殺で
「……」
 まったく、お前は身も蓋もねえな、と顔をしかめて首長はごち、短髪の頭をやれやれと掻いた。
「俺はわかるぜ。"黒獅子"たちの気持ちもよ」
 その名に、ザイは口をつぐんだ。かつて隊長に粛清された、今は亡き頭目の呼び名だ。
 首長は腰に手を当てて、夏の陽射しに目を細める。
「こうして男と生まれたからには、一度は"最強"に挑みたい。それが男の浪漫ってもんだろ」
「──人それぞれでしょうが、そんなものは。俺なんかは、むしろ味方で良かったと、何度思ったか知れやしねえし」
「つれないねえ、鎌風は」
 興醒めしたように首長は苦笑わらい、顔を突き出し、不敵に見やった。
「それとも、そんなに心配か?」
 とっさにザイは返事に詰まった。
 してやったり、と首長は笑う。「図星だろ」
 ザイは苦々しく顔をしかめる。「驚きすぎて、うっかり返事、し忘れましたよ。一体なんの冗談で?」
「でも、泣くだろ? お前。俺が死んだら」
 じっと首長は顔を見つめる。確信に満ちたまなざしで。 
 殊更に顔を覗きこみ、にやにや笑って付け足した。
「万一負けても、あだ討ちしなくていいからな」
 肩を抱こうと伸ばした腕を、ひょい、とザイは掻い潜る。
「次のかしらについてきます」
 お構いなく、と首長を見た。
 空を切った腕を引っ込め、つくねん、と首長は立ち尽くす。「……。あっ、そう」
「あっ!? あんな所に!」
 すっとんきょうな非難があがった。
 首長の肩の向こう側だ。歩道の向かいの街角から、若い男が駆けてくる。
かしら、勘弁してくださいよ。どれほど捜したと思ってんすか」
 やばい──と一瞬顔をしかめて、そろり、と首長は目をそらす。「──ん。今、戻ろうと思ってたところだ」
 憮然と食ってかかったのは、きかなそうな顔つきの若い男。小柄な体格、きつい瞳、色の抜けた長めの頭髪。
「たく。そんな体で出歩いて!」
 発破師ジョエルは口を尖らせ、逃がさない、とばかりに苦情をねじ込む。
「班長に知れたら、俺ら何言われるか。つか、軽くぶっ殺されますよ。──て、あれ」
 顔に降りかかる頭髪が、ふと気づいたように振り払われた。
「は、班長!?」
 目をみはって飛びすさり、呆気にとられて凝視する。「な、なんで一緒にいるんすか?」
「さあてな。俺にもわからねえ。知りたきゃ、かしらに聞いてみな」
 くい、と顎で首長をさす。ふと、ジョエルが振り向いた。
「あーまたっ!? どこ行くんすかかしら!?」
 こそこそ逃げ出そうとしていた首長の背が、首をすくめて停止した。
「……わかった、わかった、わかったよ」
 うるさそうに渋々振り向き、両手をあげて首長は降参。ちらと恨みがましく目を向けた。「なんで奪うかね、俺の自由を」
「労わってやってんだから、素直に聞いちゃどうっスか」
 ザイはやれやれと腕を組む。「あんたも いい年 なんだから」
「そんなにひとを年寄り扱いするなよ」
「なんなら トドメ 刺しましょうか、俺が」
 冷ややかな怒気に、空気が凍る。
「──つけつけ言うねえ、お前はまったく。ま、それはそれとしてよ」
 鋭く首長が目配せした。
「相棒はどうした」
 セレスタンが向かった目抜き通りへ、ザイは身じろぎ、視線をやる。
「さっき二手に分かれたんで。伝えますよ、今の話は」
「──あの、班長っ?」
 話が途切れるのを待ちかねたように、ジョエルがあわただしく割りこんだ。
 目がかち合って、先をためらい、思い切ったように顔をあげる。
「なんで班長、頭からずぶ濡れになってんすか?」
 そわそわ見ていたところをみると、ずっと気になっていたらしい。
 先の経緯を思い出し、ザイは顔をしかめて息をつく。「下らねえこと訊いてくんじゃねえ」
「あ、いや、でも──!」
 不機嫌な様子にジョエルはあわて、遠慮がちに、だが、上目づかいでそわそわうかがう。「……あ、でも、怪我なんかは」
「ねえよ」
 拒絶と同義のぶっきらぼうな返事に、ジョエルは気圧され、たちまち怯む。
「いいじゃねえかよ、教えてやれば」
 首長がにやにや割りこんだ。
「部下が 労わって くれてんだからよ」
 あてつけがましく意趣返しし、ジョエルに振り向き、親指を立てる。「それがよ、こいつ、通行人に吹っ飛ばされて、そこの川に、どっぼーん、ってよ。ま、これがほんとの、水もしたたるいいおと(こ──)」
「ジョエル」
 ぴん、とザイは包帯を弾く。
 悲鳴で飛びあがった首長を無視して、ジョエルに軽く顎を振った。
「とっととかしら連行 しろ」
 
 
「──どこ行きやがった、あのハゲは」
 辺りに視線をめぐらせて、ザイは舌打ちで歩き出す。
 街の出口まで戻ってきたが、あの姿は見当たらない。セレスタンのとった分岐の道で客と出会うはずもないから、合流地点の出口には、とうに着いているはずなのだが。
「たく。どこで油を売っていやがる」
 連れが辿った左の道を、今度は逆から辿り直し、建物の影をぶらぶら戻る。
 暑い日中、車道を荷馬車が通るくらいで、目抜き通りの人通りはまばらだ。
 通りの脇道を見てまわり、あの長身の禿頭を捜す。何気なく覗いた路地の角で、ふと、ザイは足を止めた。
 すばやく壁に身を隠す。
「──何してんだ、あいつ」
 壁から慎重に顔を出し、日陰の路地の人影を覗く。
 木箱が積まれた建物の裏手に、あの禿頭の背があった。誰か男と話している。
 腕の向こうに見えるのは、あの見慣れた防護服の肩。部隊の者なら連絡だろうか。
 だが、首長と偶然出くわしたのさえ、つい今しがたの出来事で、居場所は誰も知らないはずだが。
 不審が胸をよぎったその時、禿頭の背が身じろいだ。その背の向こうに立っていた、相手の横顔が露わになる。
 ザイは眉をひそめた。
「カルロ、か?」
 思いがけない顔だった。少し前に姿を消した、衛生班を率いる長。首長から聞いた話では、とある疑惑もかかっている。あの遊牧民の娘の殺害だ。つまりは、隊長が粛清した "黒獅子"派閥の残党の一人。本来ならば、早急に拘束、首長の元へと引っ立てるべき相手だが。
「──あのハゲ」
 その意味をにわかに悟り、ザイは苦々しく舌打ちした。
 つまりは、そういう・・・・ことだった。
 残党を抜けたはずの・・・・・・・・・セレスタンが、人目を憚るように接触している。報復行動に打って出たばかりの"黒獅子"派閥の残党と。
 嫌なざわめきが胸を駆けた。
 建物に囲まれた狭い空を、眉をしかめてザイは仰ぐ。
「──悪い病気が・・・・・出やがった」
 
 
 

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