【ディール急襲】 第3部2章

CROSS ROAD ディール急襲 第3部2章40
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「知り合いなの?」
 ユージンが怪訝そうに振りかえる。
「あっ、う、うん!」
 向かいでながめるレノの顔を、ちらとエレーンは盗み見た。「その、なんていうか、レノさまはあたしのご主人さまで」
「そういえば君は、ラトキエの領邸にいたんだっけね」
「──。そんなことまで話したっけ?」
 思案を巡らせていたユージンが、はっとしたように笑みを作った。「──あ、いや。ちょっとセヴィに聞いたから」
「せびー?」
 エレーンはぶちぶち、後ろの道を振りかえる。
(もー。なによ、セビーのお喋りぃ)
 だが、そんな立ち入ったことまで、話したような覚えはないが。
 用事で先に出たおじさんが、セビーに後を任せるにあたって、素性を話しておいたのだろうか。それにしても二人とも、いつの間に、そんな情報交換を? 普段はあんなに険悪なくせに──いや! そんなことより大事件だ! そう、今、とんでもないことを聞かなかったか?
 エレーンはたじろぎ、盗み見る。
(……今、ふつうに返事したよね?)
 ユージンは何事か悔やむように、軽く顔をしかめている。
 賢そうな横顔に、ごくり、と唾を飲みこんだ。だったら、彼は、
 ──本物の伯爵!?
 貴族の称号は上位から、公、侯、伯、子、男、の五爵の序列となっている。
 その内、公、侯爵については、ラトキエ、ディール、クレストの領家直系血族が、代々爵位を世襲する。こうしたいわゆる別格を除けば、この伯爵が最上位だ。
 その称号で呼ばわった向かいに、あわあわ顔を振りあげた。
「レレレレノさまっ!? もしかして、伯爵って言──!」
俺の話が先
 問答無用で、レノは一蹴。
 失礼、とそつなくユージンに会釈し、ぶらりと肩で振り向いた。
「帰れって、俺、言わなかった?」
 うっ、とエレーンは返事に詰まった。
 上目づかいで、指をいじくる。「は、はあ。それはそう、なんですけども」
「盾つく気?」
「──ち、違います、レノさま! これには理由わけが!」
 蛇に睨まれた蛙のごとく、エレーンはしどもど訴えた。どれほど苦労して、ここまで来たか。ここに至る道中で、どんな災難に見舞われたか──。
 レノはそれを捉えたままで、わずかにも視線をそらさない。相槌を打つでもないその顔は、その程度の釈明では不十分だと言っている。
 エレーンはじりじり後ずさり、上目遣いで引きつり笑う。「そ、そういえば、ここんとこ不思議なことが。急に、アディーの夢を見るようになっ──」
「話をそらすな」
「あ、でもでも夢だけじゃなくって! こないだなんか本当に、アディー本人に会っちゃって!」
 ふと、レノが聞きとがめた。「……会った・・・?」
「じ、実はあたし、あの後、領邸の別棟に──」
「そろそろいいかい? ラトキエ卿・・・・・
 あてつけがましく呼びかけて、ユージンが焦れたように口を挟んだ。
「悪いが、先を急ぐんだ。積もる話もあるんだろうが、次の機会にしてくれないか。さ、行くよ、エレーン」
 ユージンがすばやく手首をつかんだ。
 ぐい、と強引に引っ張り出され、エレーンはわたわた、たたらを踏む。「だ、だから、セビーがまだ馬車にっ!?」
 ぴん──と逆側の腕が突っ張った。
 肩越しに見やったユージンが、苛立ちまじりに舌打ちする。「レノ。なにを──」
「今の話、聞いてなかった?」
 つかんだ手首を引っ張り戻し、レノが顎の先でさす。
俺のなんだけど、これ」
 ぐい、と手首をユージンが、レノを無視して引っ張った。
 ぐぐい、とレノが引っ張り戻す。
 パチ──と無言の火花が散った。
 二人の間にはさまって、エレーンはぐいぐい、左右に腕を引っ張られる。
「ちょ!? ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待ってっ!?」
 わたわた交互に二人を見た。
 互いの顔を見据えたままで、双方その手を放そうとしない。
 ぐい、と腕を引っ張り戻して、ひょい、とレノが顔を覗いた。
「俺とユージン、どっちを選ぶ」
「えっ?」
もちろん、俺を選ぶよな?
「……」
 ひくり、とエレーンはたじろぎ笑った。この展開、覚えがある。そう、商都でファレスといた時にも。てか、
 ──またも底なしの独占欲かー!?
 右。左。右。左。──とゆるやかだった引っ張り合いが、次第次第に高速化。
 それに伴い、手荒さも激化。
「痛たっ!?」と、思わず空に叫ぶ。
 ぱっ、と片方の手が離れた。
 たたらを踏んで逆側に突っ込み、ぶつかった腕で顔をあげれば、肩を抱いて、ほくそ笑む顔。
 え? とエレーンは向かいを見た。ならば、とっさに手を放したのは──
(……うそ)
 目端の利くあの彼が、戸惑った風情で突っ立っていた。
 自分の手のひらを、呆然と見やって。
 いつでも余裕綽々で、あんがい強引なユージンが。
「ところで、オカッパ」
 争奪戦に勝利して得意満面みやったレノが、親指で軽く向かいをさした。「なんで一緒?」
「あ、その、ユージンくんは──」
「ユージンくん・・?」
 即座に、呼び名を聞き咎められる。
 意外なことに、ご主人さまは、とりわけ呼称に厳格だ。
 非難の目から、そろりと逃れて、エレーンはしどもど指をいじくる。「その、まだ友達になったばっかで、あんまりよくは知らなくて、だから、その〜……」
「構わないよ、僕の方は」
 そつなくユージンが助け舟を出した。
「むしろ、問題は、君なんだけどな、レノ」
 真っ向から顔を見て、忌々しげに腕を組む。
「相変わらず、勘がいいじゃない」
 すっと、いぶかるように目をすがめる。
「邪魔をしないでくれるかな」
「それは、お前の心がけ次第」
 レノも笑って、その顔を見返す。
 バチ、と見えない火花が散った。
「……あ、えっと?……あのっ?」
 わからない会話を始めた二人を、エレーンはわたわた交互に見やった。
 双方一歩も譲ることなく、不敵な笑みで対峙している。なんか、すんごく分かりにくいが、もしや、これは
 ……喧嘩なのか?
「あんの野郎! あんな所に!?」
 背後の怒声に、振り向いた。
 長く続く白壁の角から、憤怒の形相が駆けてくる。
 年季の入ったザックをかけた、髪の短い若い男。
「てめえ! ユージン!? なにしてる!?」
 一直線に走りこみ、ユージンの胸倉をつかみあげた。
 食ってかかったセビーの顔に、ユージンはわずらわしげに、やれやれと苦笑わらう。「なに。もう気づいたの? 疲れてるんだろ? ゆっくり寝てろよ」
「のんきに寝てなんかいられるか! 隙あらば、さらおうとしやがって!」
「それは聞き捨てならないな」
 今のセビーの突進で押しのけられる直前に、ひょいと片足で飛びのいたレノが、すかさずそれを聞き咎めた。
「どこの誰だか知らないが、」
 ぎりぎり胸倉しめあげたまま、セビーは苛立ちまぎれに振りかえる。「引っ込んでてくれない(か──)!」
 わたわた躍りあがって、背を向けた。
(……へ?)
 ぱちくりエレーンは、セビーを見た。毎度のことながら不審な動き──いや、レノの派手な柄シャツを見て、チンピラだとでも思ったのだろうか。まあ、それなら、うなずけるが。
 こそこそ隠れるように背を向けたセビーは、動揺したように目をみはり、己が口を押さえている。何かまずいことにでも遭遇したような顔つきで。
 ひょんなことで解放されたユージンは、迷惑そうに顔をしかめて、乱れた衣服を払っている。三人三様それぞれの顔を、レノが薄笑いで見渡した。
「へえ、妙なのが・・・・集まってんな」
 その横顔で、一瞥をくれる。
「バスラまでだ」
 急に言葉をかけられて、え? とエレーンは面食らった。「バスラ」というのは、どこかの地名──そう、トラビア手前の町の名が、確か──
 言葉の意味をにわかに悟り、目をみはって振り向いた。「──レノさまっ!?」
 但し、とレノは釘をさす。
「軍隊には近づくな。どの階級に属していようが、兵士には、お前を判別できない。アルベールと話したいなら、人を介して連絡をとれ」
「い、いいんですか!? トラビアに行っても! ありがとうございます、レノさ──!」
「ところで、オカッパ」
 くるり、とレノが、歓呼なかばで振り向いた。
「宿はどこ?」
「……え゛っ?」
 とっさにまごついたその向かいで、ユージンがいぶかしげに眉をひそめる。「どういう意味?」
「決まってるだろ、同行するに」
 面倒そうにレノは言い捨て、あてつけがましくユージンを見る。「だって、人さらいのいる所に、身内を置いて行けねーだろ」
「身内?」
「これ、うちの使用人だから」
 そして、後付けで振りかえる。
「な?」
「な? じゃありませんよレノさま」
 エレーンは口を尖らせる。「なに言ってんですか、あたしはもう──」
「もう?」
 含みありげに聞き返され、はたと気づいて口をつぐんだ。
 えへら、と笑って、顔をあげる。
「そっ、そうなのぉー。レノさまはあたしのご主人さまで〜……」
 わたわた、しどもど話を合わせる。確かに、ラトキエ邸はもう辞めた。だが、そう言ってしまったら、今の仰々しい立場にまで、話が及ばぬとも限らない。
 ちなみに、使用人云々を持ち出したのは方便だとはわかっているが、なにかどうも釈然としない。
 目配せした当のレノは、笑みさえ浮かべて平然としたもの。──いや、あっけにとられたセビーの顔を、首をひねって、しげしげ見ている。
「なあ。前に、どこかで会った?」
 ぱっ、とセビーが目をそらした。
 ぎこちない笑いで頭を掻く。「ま、まさか。他人の空似じゃない?」
「そう? どーも、どっかで会った気が……」
 ますます深く首をひねって、レノは下から覗きこむ。
 セビーは殊更に目を背け、逆側のつま先で、そわそわふくらはぎを掻いている。
 エレーンも改めてセビーを見た。「やっぱ似てるよね、おじさんに」
 おじさん? とレノが説明を促す。
「あ、レノさま覚えてません? ノースカレリアの、どくろ亭のおじさん──ほらあ、レノさまが長くいた宿ですよ! 毎日、ご飯がおいしくって! 一昨年おととし、夏休みに、みんなで行っ──」
みんなで行った覚えはねーけどな」
 すかさずレノはきっちり訂正、うんざりした顔で舌打ちした。「避暑に行ったら、勝手についてきたんじゃねーか(よ──)」
「せっ、セビーはおじさんの甥っ子でぇー。ユージンくんはお友だちでぇー。あたし、おじさんと偶然会って、だから──!」
「だから、顔が似てるってわけ」
 そつなくレノは軌道を修正、ふーん、とセビーの顔を見る。
「本当はおじさんと行くはずで、けど、なんでも用ができたとかで。それでセビーがおじさんの代わりに──」
「へえ」と先を遮って、うさんくさそうに目をすがめた。「偶然、都合よく、甥っ子がね」
 必死で目をそらすセビーをながめ、レノはユージンに目を向ける。
「どーなってんの? 鉱山王」
 ユージンはきまり悪げに顔をしかめる。「──嫌味な奴だな。名前で呼べよ、レノ」
「こーざんおう!?」
 エレーンは目をみはって復唱した。
 興奮の口パクで、ユージンを凝視。
「ゆゆゆゆーじんくんっ!? 鉱山王って!?──あっ、もしかしてトラビアの、ご領主さま、だったり?」
「いや」
 ユージンが投げやりに嘆息した。
「うちの領土はずっと南。国境の山のふもとの辺り」
 呼吸困難寸前で、エレーンは目を白黒する。どうりで品がいいと思った! どうりで賢そうな顔だと思った! どうりで気前がいいと思ったっ! つまり、彼は、カレリア有数の
 ──大金持ち!?
 泡ふいて卒倒しそうだ。
 そわそわ落ち着かなげなセビーの方へ、ちら、とレノが目を向けた。
「セヴィラン」
 ぎくり、とセビーが、すくみ上って硬直。
 ひょい、と片手をもちあげて、北の方角をレノは指す。「って言ったっけ? あそこの親父」
「……あ、ああ……うん……」
 なはは、と頬を引きつらせ、セビーはぎこちなく不自然な笑い。見るからにぎくしゃく後ろ頭を掻く。「そっ、そうだな、うん……そんなような名前だった……」
「セビー」
 にっこり改めてレノは呼びかけ、ぶらりと肩で振り向いた。
「今夜の宿に案内して」
 
 
 

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  ※ 爵位の序列を、作者が勘違いしていたため、
「子爵」→「伯爵」に訂正いたしました。すみません(^0^; 
13:58 2016/09/27


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