CROSS ROAD ディール急襲 第3部2章45
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 黒い毛玉が、丸まっていた。
 隣の寝台の、敷布の上に。
 それを怪訝に思いつつ、寝起きの余韻に、ぼんやり、まどろむ。
(──ああ、あれか)と思い出した。
 猫だ。ゆうべ、路地からついてきて、結局、部屋の床に放した──。
「朝、か」
 ふあ、とケネルはあくびした。
 ひっそり静かな夜明けの床。落ちているのは、きのう着ていた街着のシャツ。
 そのシャツから少し離れて、革の紐靴、脱ぎ散らかして丸まった靴下──ふと、目を止め、片肘ついて肩を起こした。
 またたき、視線を胸におろす。
「……まずい」
 最後に見咎めた床の片隅、肌着代わりの丸首シャツ。つまり、何も着ていない。いや、まさか、下は穿いてるだろうが。
 だが、とケネルは首をひねる。
「……いつ脱いだ?」
 まるで全く記憶にない。若い女と同室だから、暑くても、そこは気をつけていたのに。
 片腕を枕に、気だるく背中を寝床に戻す。
 天井を捉えた仰向けの視線を、明るくなり始めた窓の外に向けた。
 通りを隔てた建物の壁が、白々と陽を浴びている。夜が明けかかっている。
「……どこ行ったんだか」
 つぶやき、隣の寝台を見た。
 あのクリスの姿がない。黒い仔猫が丸くなっているだけだ。彼女の荷物は床にあるから、用足しにでも行ったのだろうか。
 掛け布を引っかぶって背を向けられた、ゆうべの気まずさを思い出し、なんとはなしに嘆息する。気分が一気にどんより曇り、目覚める早々、溜息まじりに寝返りを打つ。
 ふと、それに目をとめて、……ん? とケネルは動きを止めた。掛け布の下から、にょっきり、
「……あし?」
 顔をゆがめて、じぃっ、と凝視。寝起きで頭が働かないが、
(……ゆうべ、酔っぱらって剃ったかな?)
 すね毛がない。一本も。
 それにしても、としげしげ見る。自分の足など、よくよく見たことはなかったが、あんなにすべすべだったとは。
 ──いや、とケネルは首を振る。
 そんなばかな。ありえない。指も、爪も、くるぶしも、全ての作りが一まわり小さい。どう見ても、この足、
 ……細すぎるだろ。
 はた、と飛びあがって振り向いた。
 顔をゆがめて硬直し、掛け布をつまんで、そろり、とめくる。
 胸の下あたりのすぐ前に、案の定のなま温かい気配。猫とかそういう代物ではない。そもそも猫は隣にいたし。
「──いっ!?」
 ぎょっと端まで飛びのいた。
 絶句で後ずさった寝台から、転げ落ちそうになりながら、思考停止で片頬ひきつる。
 んん……と黒い頭髪のつむじが、掛け布の中で身じろいだ。
 さらりと動いた黒髪の隙間に、なめらかで細い女の肩。黒髪が目をこすって顔をあげた。
「……なあに? もう朝?」
 わずかばかり残っていた、寝起きの余韻など吹っ飛んだ。
 声もなく目をみはり、ケネルは辛うじて口を開く。「……なぜ、あんたが、ここにいる」
 クリスが眠たそうにあくびした。
「あら、なぜって」
 掛け布を素肌にまきつけて、気だるい仕草で片肘をつく。
 顔をしかめて、うかがった。
「いやあね、隊長さん。覚えてないの?」
 一切記憶にございません! と返答したいのは山々だが、そんな気配でも漂わせれば、空気が凍てつくのは目に見えている。現に、抜き差しならないこの状況。
 そう、問題大ありの、この・・状況だ。
 一体あの後、何が起きた……とゆうべの記憶を大至急あさる。
 そうだ。あの後、部屋に戻り、床に座りこんで二本あけた。膝の猫をなでながら、客にそれ・・を告げた場合に、陥るであろう苦い修羅場に、気鬱な気分で思いを馳せて──
 そう、それで、一気に酔いが回った気がする……。
 その後のことは、うろ覚えだ。寝台の脇に空き瓶を置き、シャツを脱いで、靴を脱いだ。蒸れた靴下を脱ぎ捨てて、自分の寝台に転がった。だが、後はどうにも記憶にない。ましてイイ思いをした覚えなど──いや! 現にクリスが横にいるなら、しかもおそらく一糸纏わぬ姿であるなら、巷でよくある現象が発生したことに他ならず──
 確かに、ゆうべは久々の飲酒で、多少は気も緩んだろう。その中に「自制心」の項目が入っていなかったとは言い切れない。いやいや、ゆうべあけたのは、小ぶりの酒瓶たった二本だ。けれど、事こうしたことは……
 自分で自分が信用できず、思わず、連れに答えを委ねた。「……何をした?」
「あら、わたしが? それとも」
 ふふっ、と思わせぶりに、クリスは笑う。
 大きな瞳を振り向けた。
あなたが・・・・?」
 
 
 

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