■ CROSS ROAD ディール急襲 第3部2章46
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あの頃はみんなして、繭の中にいるようだった。
白くかがやく大きな繭。
繭の中は、ほの明るく、あたたかかった。
そこにいれば、安全だった。
人生のしがらみは、そこにはなかった。
そこでは誰もが何者でもなかった。
肩書など、なんの役に立つだろう。誰も訪ねる者のない、打ち捨てられた田舎の町で。
みな、傷つきやすい少年で、無垢で透明な少女だった。
彼は自分で、自分は彼だった。あるいは、自分は彼女だった。
隣との境界が溶けあって、誰も傷つくことがない。
アディーが急に消えてしまい、繭の殻がほころんだ。
繭の中の息吹が止まり、小さな火が消え入るように、息づいていた気配が消えた。
輪から最初に立ちあがり、出て行ったのが彼だった。
彼が裂いた亀裂から、外の風が入りこみ、繭のほころびは急速に進んだ。
ひどくほころびはしたけれど、それでも繭は、傾きながらも、まだあった。
ぽっかりあいた虚ろを抱いて、よどみ、凪いだ繭の中、何も考えることができなかった。
次に立ちあがったのはダドリーだった。
エルノアが無言で立ちあがり、最後によろめく足で立ちあがったのは、酒におぼれたラルッカだった。
それぞれが、それぞれの、元の居場所へ帰っていった。
領家の冷や飯食いの三男坊へ。
ご機嫌とりばかりが群がってくる大財閥の令嬢へ。
没落貴族の次男坊へ。
みな、硬い頬に戻って。
誰もいなくなった繭の中、一人でしがみついていたけれど、ついには繭が散り散りになって、時の流れに放り出された。
繭とともに沈没し、葬り去られるその間際、おぼれた手をつかみ取り、引っ張りあげてくれたのがダドリーだった。
今なら、わかる。
ああするしか、なかったと。
繭を捨てねば全員が、ほころび、煤けた繭のなか、硬く、冷たくなっていた。
あのまま虚ろを抱いたままで。
立ち去った彼は、正しかった。
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