■ CROSS ROAD ディール急襲 第3部2章48
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がらんとした町並みが、夏の陽射しに凪いでいた。
ゆるく湾曲した石畳。静かな車道と陽の当たる町角。昼下がりの町に、人けはない。
「お、重いんですけどぉ……っ!」
ぐぬぬ、とエレーンは片頬ゆがめ、足をふんばって街路を歩く。「重いですってば、レノさまぁ……」
「ほら、重いってさ、腕をどけろよ、レノ」
横でユージンが苛々と、苦虫かみつぶして顔をしかめる。「なに。もう、足腰イカれた? 少しは自分で立ったらどう?」
「いいだろ、俺の侍女なんだから」
しなだれかかかるようにして肩を抱き、当のレノは知らん顔。腕の下からの苦情など、どこ吹く風であくびしている。
あくまで、どく気はないようだ。
酔ってできあがった友人知人を連れ帰るようにして歩きつつ、エレーンはしきりに首をかしげる。なぜか猛獣にのしかかられるような圧迫感。見てくれはあんなに、細身でしなやかなご主人様なのに……?
あ! さては!
「本当に力いれてないでしょっレノさま!?」
「バレた?」
そして、何も変わらない。
レノの体重を右肩で支えて、エレーンはよたよた木漏れ日を歩く。
左隣ではユージンが、チラチラやきもき覗き見ている。己が立場と権限を駆使して、まんまとがっちり抱え込んだレノに、さしものユージンもなすすべなし。
そして、歩道いっぱいに広がった、密かに険悪な三列縦隊の少し後ろに、赤いリュックをぶらさげたセビー。
セビーはレノが何をしようと、見て見ぬふりで何にも言わない。仮にこれがユージンならば、瞬殺で成敗まちがいなしだが。
ちらと後ろを盗み見て、エレーンは密かに首をかしげる。セビーはやっぱり、ご主人様に
めっちゃ弱い。
セビーがめっきり大人しくなった。
いつも、じぃっと息を潜めて、レノとは目さえ合わせない。二人の唯一の接点は、例の「どくろ亭のおじさん」だが、少しでも話題にのぼろうものなら、そそくさ逃げるようにいなくなる。もしや苦手か? ご主人様が。
もっとも、得意という人も稀ではあろうが。こんなにチャライ見かけの不良に常にまんまとやり込められれば、大抵の人は鼻白む。いや、決して彼が知的とか滅相もないことを言いたいのではない。確かに詐欺師のように口はうまいが。
「──てゆうか、レノさまっ」
顔をしかめて、赤毛を仰ぐ。
「なんで、ないんですか荷物が一個もー。そんな手ぶらで、どうやってここまで──」
「わざわざ持ち歩く必要があるか? 人が生活してるなら、必要な物は現地にあるだろ」
「む、むぅ……そっ、それはともかく、なんです、そのお召し物はっ!」
柄シャツをつまんで、レノは見おろす。「いいだろ別に。涼しいし」
「全然よくありませんんんっ! レノさまは領家の一員なんですよ? 身形はシャンとしてないと! なのに、そんな軽薄な柄のシャツとかぁ〜。旦那様がご覧になったら、なんと言って嘆かれるか」
「ジジイの肩を持つ気かよ」
「レノさま! 領家の方には、それなりの格式というものが──っ!」
「もー。うるさいお前」
むに、と口をつままれた。
レノが口を尖らせて、つまんだその手を、むにむにする。「たく。お前があんまりうるせーから、わざわざ来てやったのによー」
ふんがっ、とエレーンは払いのけ、目をみはって見返した。
「レノさま、気づいてたんですか!? あたしが後を追っかけてたの!?」
「あれだけ喚けば、大抵の奴は気づくって」
そう、ノアニールの街角で、彼を見かけて追いかけた。途中でへこたれて挫折したが。
「だったら、どうして無視して行っ──」
「だって、止まるわけにもいかねーし?」
そう、確かに足を止めれば、たちまち追手に捕まってた。てゆーか、
「あの女、すんごく怒ってたみたいですけどー?」
じとり、とレノの顔を見る。「レノさま、一体何したんですか」
ん? とわずか考えて、レノは答えを放り投げる。
「いいことと、悪いこと」
「……へ?」
頓着のない横顔を、ユージンが白けた横目で見た。「つまり "もてあそんで" "放り出した" ってことだよね」
「なにそれお前、人聞きの悪い」
レノはぶちぶち、嫌そうに顔をゆがめる。
「どーも、お前、悪意あるよな」
「やだなあ。君の気のせいだよ」
顔突き合わせ、険悪な冷笑。
「レ、レノさま!?」
二人の間に頭を突き出し、エレーンはわたわた交互に笑う。「ど、どんなご関係の方なんですかー?」
「ん。彼女」
「え、でも……あ、じゃあ、商都で腕組んで歩いてた女は──」
「俺の彼女」
レノを除く三人三様、むなしい無言で空を仰いだ。どうやら、このご主人様は、世の女性はことごとく 己のもの だと認識している節がある。
向かいの街角を曲がってきた、初老の男の二人連れが「……あれ?」の顔で振り向いた。互いを見やって、こそこそ連れと囁きかわす。
(……あー。もー。ほ〜ら、やっぱりぃ〜)
エレーンはそそくさ、あやふやな笑いで目をそらす。珍獣にでもなった気分だ。都市から離れたのどかな町では、やはり、メイド服は珍しいらしい。
「それはそうと、あの、レノさま?」
気分を切り替え、お愛想笑いでうかがった。
「実は私たち、ちょっとレノさまにご相談が」
そう、快適な旅に欠くべからざる 超重要事案 を思い出したのだ。
「あのぉ、これからどこかにお出かけなら──あ、途中までで全然いいんですけどっ! そちらの馬車にご一緒させて頂くわけに(は……?)」
「無理」
笑顔の片頬が引きつった。打診の半ばであっさり一蹴。
「そ、そんなレノさまっ! そんな意地悪しなくてもぉ〜。あ、もしかしてあれですか。さっきの小言が気にさわったとか。なら、あたし謝りますからっ! あたし全然謝りますからっ! だから、馬車に一緒に乗せ──」
「馬だから、俺」
……うま? とまたたき、まじまじ見返す。
「レノ様、馬乗れたんですか」
「失敬だな、お前。乗馬は貴族の必修科目よ?」
へぇー、とつくづく顔を見て、眉根を寄せて押し黙る。いやだがしかしレノさまが、馬にまたがり街道を疾走……?
いや、全然想像できない。
へらへら女子をナンパしながら、のたのた練り歩く姿しか。
「そうか! 君とはお別れか」
ぱっと顔を輝かせ、ユージンが笑顔で振り向いた。
「いや、この娘のことは任せてくれ。いや〜、せっかく会えたのに名残り惜しいよ」
「そ? 惜しんでもらうほどのことでもないけどな。どうせ、この先も一緒だし」
……え゛っと固まる晴れやかな笑顔。
「で、でも君は、今、馬と──」
「もう返した」
で、とレノは、後ろのセビーを振りかえる。
「いつまでこの町にいるつもり?」
「──簡単に言ってくれるなよ」
セビーがしかめっ面で頭を掻いた。昼下がりの静かな町に、うんざり視線をめぐらせる。「そりゃ、俺だって進みたいが、出ようにも交通手段がなくってなあ。辻馬車は止まったままだし、自力で行こうにも宛てはなし、徒歩で行くにも限度があるし」
「馬車があるだろ」
「──あのなあ。そんなもんが簡単に見つかるかよ。ノアニールにいるならまだしも、ここはベルセの片田舎だぞ。こんな鄙びた地方の町じゃ、馬商を見つけるのさえ一苦労──」
「なら、どうやって、こいつと、ここまで来たの?」
「どう、って決まってるだろ。女連れだぞ、そりゃ馬車で──」
ん……? とセビーが動きを止めた。
困惑顔で顎をなでる。「──だが、あれは、運よく一時的に借りられただけで」
「大喜びで売ってくれたぜ?」
「……え゛」
セビーが面食らって口ごもった。「い、いや、だが、あれは、商売に使う店の大事な──」
「三台、新しいのが買えるってよ」
平然と肩をすくめたレノに、一同、頬を引きつらせて絶句した。つまり、きのう返した馬車を、店から買いあげた、ということらしいが──。
「──さすがラトキエ、姑息だな」
どんより淀んだ硬直を、ユージンが呆れ顔で代弁した。
「札束で頬を叩くとはね」
そう、あまりに強引なやり方に、あいた口がふさがらない。
それはそうと、と身じろいで、ユージンはいぶかしげにレノを見る。「こんな地方に、なぜ君が? 君の縄張りは商都だろう」
「用があってな、トラビアに」
「──え? レノさまもトラビアに!?」
よいしょ、とレノの腕をもちあげ、エレーンは瞠目、赤毛を仰ぐ。「奇っ遇!? あっ、もしかして、見物ですか戦争の!」
「──見物って、お前な」
レノが嫌そうに顔をしかめた。「んな危ねえ所に、誰が好きこのんで行くもんかよ」
「えー? でも、トラビアなんて、他にはなんにも──」
「アルの奴に呼ばれてな」
「……アルベールさまに?」
「なんでも話があるんだと。そう言われちゃ、行かねーわけにもいかねーだろ。俺にも一応、立場ってもんがあるからさ」
「そっかー。それで逃げ切れなくなったんですねっ?」
「……。お前はどうして、そういうトゲのある言い方を」
そう、こうは見えてもレノさまは、ラトキエ領家の直系血族。彼が現地へ出向いても、何らおかしな話ではない。むしろ、率先して行くべき立場。
現地からの呼び出しは、むろん何度もあったのだろうが、のらりくらりとその都度かわして、お茶を濁していたのだろうことは、聞かずとも容易に想像できる。
果たしてレノは、面倒そうに顔をしかめて、いかにもげんなり嘆息する。
「お前らみたいに 遊びで 行くんじゃねえっつの」
むう、と見やった二人共々、エレーンも絶句で引きつり笑う。こっちも別に、遊びで行くんじゃないんですけどー。
とはいえ、
──うまく、いってる。
エレーンはほくほく、ほくそ笑む。
(なんか、もー、いいのかなあ〜。こんなにいっぺんに順調でっ!)
セビーもユージンくんも一緒だし、あろうことかレノさままで。旅費の心配も解決したし、交通手段も確保した。海賊の手下も借金取りも、あれ以来めっきり姿を見ないし。
ああ、とレノが、思い出したように振り向いた。
「そういや、お前に土産があった」
がばっとエレーンは振り仰ぎ、瞳を輝かせて、己を指さす。
「おみやげ!? あたしに!? レノさまが!?」
あんぐり開けた口を閉じ、ちら、と盗み見、くふふ、と笑う。
(いや〜! もて期っ! もて期っ! もってっ期っ!)
るんるん、スキップしたい気分。
そう、どうしたわけか、ここへきて、みんなにちやほやされている。それどころかあの彼に、事もあろうにあの彼に、しっかり肩まで抱かれてる。指をくわえて見てるしかなかった、高嶺の花のご主人様に!
いっや〜ん、あたし困っちゃうぅぅ〜!? と密かにデレデレ照れまくる。だあって、あたしにはケネルがいるのに──
……あれ? と眉根を寄せて固まった。
そこ "ケネル" で合ってるのか?
むむぅ? と検討していると、右の肩から声がした。
「ゆうべ町で拾ったからよ。もう死んでるかもしんねーけど」
「死っ──なんか、生き物なんですか?」
ぎょっとエレーンは顔をゆがめる。土産というから何かと思えば、むしろそれでは嫌がらせ……あっ! きのう、ちゃんと起こさなかったの、まだしつこく根に持って!?
一転しどもど、たじろぎ笑い。「──も、もぉー。なんで、わざわざ死にかけとかをぉ〜」
「お前の話で、持ち直してよ」
「……。そ、そーなんだ?」
どうにも微妙な説明に、腑に落ちない思いで首をかしげる。
ひょい、とレノが指さした。
「あの中」
見れば、なるほど、通りの先の町角に、きのう店に届けたばかりの、あの幌馬車が停まっている──
頬が硬直、血が引いた。
ざわり、と胸が不穏に騒ぐ。
凝視したまま腕から抜け出し、わななく膝で、馬車へと踏み出す。
幌の布壁に、何かある。木の箱や麻袋などの積み荷の類の形ではない。布壁にもたれて、誰かいる。日よけの幌の陰の中、ボロ布をまとってうずくまって。あれは──
息が、止まった。
全身の血が逆流する。
歩道に愕然と立ち尽くし、頭を垂れた横顔を見つめる。
「どうせ、くたばるものなら、せめて──」
ガンガン打ち鳴る拍動の遠くで、あの聞き慣れた声がした。
「辿りつきたかったんじゃねえの? お前のとこまで」
たまらず地を蹴っていた。
ぽっかり空いた荷台の後部、濃い陰になった中の様子が、進むにつれて露わになる。
鼓動がざわめき、心が乱れる。左右も見ずに、通りを突っ切る。どんなに考えても、わからない。どうして、こんな所にいる? どうして一人でこんな所に?
── 一体どうして!
まだ顔は見えないが、まるで外見が違っているが、驚くほど汚れているが、見間違えるはずがない。細身の体格。うなだれた顔にふりかかる髪。肩をおおう薄茶の直毛。だってあれは! 荷台の陰にもたれているのは──!
転げるようにして街路を走った。
あふれた涙で、幌馬車が曇る。がむしゃらに、荷台によじ登る。何もかも──そう、この世の中の何もかも、
一瞬で、どうでも、よくなった。
乱れた長髪に、飛びつき、抱きつく。
うなだれた首を、掻きいだく。
「ばか! そんな体で、どうして一人で! 目をあけてよっ! お願い、」
……ファレス!
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