■ CROSS ROAD ディール急襲 第3部2章60
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がくん、と体が大きく揺れた。
手が知らぬ間につかんでいた。路地に張り出した街路樹の枝を。
「おや。そうきましたか」
ザイが窓辺で腕を組んだ。
つくづくというように小首を傾げる。「往生際が悪いスねー。ま、あんたのことだから、つかむんじゃねえかなーとは思ってましたが」
「"つかむんじゃねえかなー"じゃないでしょがっ!? あんた一体どういうつもりよっ!」
懸垂もどきで、ぐぬぬとふんばり、歯を食いしばって夜空を仰ぐ。「おっ、落ちる落ちる落ちるぅうぅーっ!」
「落ちてください」
「なっ、なっ、なにのんびり構えてんのよっ! この超絶性悪いじわるギツネっ! 女の子にこんなことしてただで済むと思っ──!」
ずるっ、とつかんだ右手がすべった。
一気に片手に体重がかかる。
「──っわっ!?」と詰まった叫びと共に、大の字でのけぞり、落下した。
深夜の町に、人影はなかった。
がらんと静かな石畳が、月明かりに光っている。
「……殴っていいって言ったよね、さっき」
「十の内って言ったでしょ」
「もーまじで信じらんない!」
街路灯の道を連れだって歩き、エレーンは口を尖らせる。
「あんなひっどいこと普通するぅ?」
「窓から出ましょって誘ったところで、あんた、どうせ、ぐずるでしょ」
「──あったりまえでしょ!? てか、なんで出口が二階の 窓 よっ!?」
人が出入りするようには作られていない。てか、正面から出ようよ堂々と。
あの後、ザイは、こっちの荷物を窓から放ると、街路樹の枝を軽々伝って、事もなげにおりてきた。
「なんで、わざわざ、あんな真似させるかなあ。夜逃げみたいにコソコソと……」
はたとエレーンは口をつぐんだ。
連れの顔を盗み見る。
「……あの、もしかして、お金ないとか?」
さらりと長い前髪のザイは、腕を組んだ横顔で応える。「一人で五人前も食われちゃねえ?」
「え、やだ。ちょっとマジ?……やっ、ごめん。そんなに貧乏とは知らなくて! でも、そんなにいっぱい食べた覚えは──」
「前払いスけどね、部屋代は」
「ああ、そうなの。まえ……?」
ぬう、とエレーンは口をつぐんだ。なら、関係ないじゃん貧乏は。
ぼすん、と背中が着地したのは、がっしり太い腕の中──というより、あの太鼓腹の上だった。つまり、窓からの落下物を拾うべく、街路樹の下で待ち受けていた、ということらしい。
その太鼓腹のおじさんロジェは、セビーにせがんで買ってもらった赤のリュックを片手にぶら下げ、少し後ろをついてくる。過ぎゆく路地の暗がりに、さりげなく視線を走らせながら。
寝入ったところを叩き起こされたのみならず二階の窓からポイ捨てされたエレーンは、足をぶん投げ、ぷりぷり歩く。「もおぉー。なんで、こんな真夜中にぃ。出発、普通に朝でよくない?」
「馬の用意ができたんで」
町の出口まで行き着くと、深夜のひと気ない街道に、幌馬車とレオンが待っていた。つぶらな瞳で抱きついてきた、あの大男のおじさんだ。
馬がどうとか言っていたが、なるほど荷台につないだ馬が、一回り大きくなった気がする。いや、現に大きく頑丈になった。そう、この馬には見覚えがある。世話になっていた傭兵部隊の、馬群にいたのと同じ種類だ。
「──でも、なんで、わざわざ馬を」
「あんたを隠して行くとなりゃ、とろい馬車でも仕方がねえが、せめて、ちったァ離さねえと」
バールの街道に現れた追手、ジャイルズの手下のことらしい。
一足先に乗りこんだザイに、引っ張りあげられ、荷台に乗りこむ。
右手の片隅でうずくまり、ザイの背中を見ていると、一足遅れて着いたロジェが、ザイの目配せにうなずいて、荷台に乗らず素通りした。前の御者台へ行くようだ。一人で馬車を駆ってきたレオンの話し相手にするために、気を使ってあげたとか?まさか。
おじさん二人の仲良しコンビが、前の御者台に収まったところで、ギシ、と荷台の床が軋んだ。
青くひらけた月下の道を、幌馬車はなめらかに走り出す。
前より速い。格段に。
しばらく外を見ていたザイが、向かいにやって来て、腰を下ろした。
「それで、この先、どこまで行く気よ」
「ひとまずザルトに向かいますかね。だが、街道沿いでモタモタしてて賊が来てもアレなんで、ちょっと休んでトラムってとこスか」
「……とらむ?」
て、どこ。
「トラビアの南の国境沿いスよ。部隊が駐留してるんで。与太者のちょっかいをかわすなら、逃げこんじまうのが確実でしょ」
「え!? じゃ、じゃあ」
はたと気づいて、エレーンはわたわた身を乗り出す。「だったら、トラビア通るよね? あたし、ちょっと、そっちに用事が──」
なんと、ひょんなことから好機到来!
「あー。そいつは無理っスね」
「な、なんでよ!? すぐに済むって! ちょっと話すだけだから!」
「ザルトを出たら南下するんで」
「──え?」
「だから、トラビアは通らねえんで」
「……。なんで、そういう意地悪するかなあ」
じとりと顔をしかめると、ザイが腕組みで嘆息した。「ドンパチやってる前線を、横切るバカはいねえでしょ。敵は武装してんスよ?」
軍に睨まれるくらいなら、与太者の方がましでしょが、と呆れた顔で駄目を押す。
「うっ、でっ、でもぉ〜」
やきもきエレーンは食い下がり、必死で脳みそ振り絞る。たっての希望トラビアの、目と鼻の先まで行くというのに、トラビア手前で曲がってどうする!? ここでなんとか食いとめないと。どうにかして踏ん張らないと! 部隊の中に押し込められたら、そう簡単には出られない。
「だ、だったら、セビーたちにも知らせないとっ! 急にいなくなったら心配し──」
「お連れさんには、こっちで話、通しますよ」
ぱちくりエレーンは見返した。
小首をかしげ、でも、と覗く。「知ってたっけ? セビーたちのこと」
「……。ええ、まあ」
ぱっとザイが目をそらした。
「でも、話通すって、どうやってー? もう居場所もわかんないのに」
「そっちは追々何とかしますよ。途中で知り合いにも会ったんで」
ザイと荷台で揺られる内に、いつの間にか眠っていた。
あの悪逆非道の行いを追及してやろうと思っていたのに。元々、まだ寝足りない。変な時間に起こされれば、眠くなるのも道理というもの。──あ、だから出発、真夜中にしたのか!?
翌朝、立ち寄った小さな町では、知らない顔が出迎えた。
どこにでもいる普段着の、町の普通のおじさんたちだ。ちょっと目つきが鋭いが。
どうもザイたちの知り合いのようで、到着するなり馬車を預かり、食堂に案内してくれた。馬車の移動から馬の世話、食事の店から泊まる場所まで至れり尽くせりの親切ぶり。お陰でこっちは、い草の敷物が一面に敷かれた、二階の部屋で仮眠をとって、数時間後には出発できた。そして、それは、その町だけに留まらなかった。
行く先々で、どうしたわけか、似たようなことが起きていた。到着するなり出迎えがあり、馬車を託して食堂に直行、休める部屋も確保してあり──まったくなんの不自由もない。意外なことだがこのザイは、ずい分顔が広いらしい。ちなみに違うところがあるとすれば、幌馬車を引く馬の色が、たまに変わっていたくらいのものだ。
到着前には、すべての準備が整っている、そんな感じだった。セビーたちといた頃は、隣の町へ進むだけで、あんなに苦労したというのに。
肩をゆすられて目覚めれば、布天井の暗がりの中、誰かが顔を覗いていた。
どうやら腕の中にいるらしい。とっさにエレーンは身じろいで、抱き起こした顔に目を凝らす。
「──大丈夫スか」
戸惑ったような確認の声。
誰だかすぐに分かったが、焦った様子は珍しい。エレーンは怪訝に身を起こす。「……え、なにが?」
片膝ついて支えていたザイが、慎重に腕を外しつつ、まじまじと顔を見た。
「いや、いくら呼んでも反応がねえし。ひょっとすると、死んでんじゃねえかと」
「死っ!?……ちょっと、なにそれ縁起でもない」
あたしは元気よっ、と抗議する。
──まあ、そういうことなら、いいんスが、とザイはまだ釈然としない顔。「あんたはつくづく不思議スね」
「む? なにそれどういう意味?」
「着きましたよ」
しゃがんだ腰を、ザイがあげた。
床の手荷物を無造作にまとめ、荷台の端から飛び降りる。
その背が振り向き、小首を傾げた。「なにやってんです。行きますよ」
「……え?……あ、うん!」
わたわたエレーンは立ちあがった。
ザイに駆け寄り、肩につかまる。片方ずつ足を出し、荷台の縁をそろそろまたぐ。
とっさにザイにはああ言ったが、体がきついのは本当だった。体調が悪いというのではないが、何かひどく疲れるのだ。何をするにも体が重くて、常に強風に揉まれているような感じというか。
そういえば、と思い出す。ウォードと商都を出た当初も、何かもやもやと不調だったではないか。体がなんともなくなったのは、あのセビーたちと会ってからだ。すっきり霧が晴れたように、それまでの不調が跡形もなく。でも、また、ぶり返してしまった──。
抱きとられるようにして街道に降りれば、空には夕焼け、肌寒い。今までのどこよりも暑かったのに、晩にはがらりとずい分冷えこむ。この辺りは昼と夜とで、気温の差が激しいらしい。大勢の気配とざわめきに気づいて、怪訝に視線をめぐらせる。
ぞくり、と背筋が凍りついた。
赤く染まった夕焼け空に、石壁が高くそびえていた。
天を衝くような街壁だった。弧を描く門の左右で、巨大なたいまつが燃えている。通過してきたこれまでの町とは、街の規模が明らかに違う。
夕景の威容に、愕然と見入る。「ここって……」
「ザルトすよ」
ざわざわと胸が騒いだ。
ここだ、と思った。
何が「ここ」なのかはわからない。けれど、ここで未来が変わる。ここが
──運命の場所になる。
ザイが荷物を肩に背負い、御者台の方へ歩き出す。追いかけようとして足がすくんだ。
よろめき、腕にしがみつく。ザイが驚いて振り向いた。
「あんた、本当に大丈夫なんスか」
「……あ、ごめん。うん、平気。……ちょっとそこで、つまずいちゃって」
ぎくしゃく笑みで誤魔化して、エレーンは密かに唇をかんだ。なんだろう。胸騒ぎがする。
──なにか、嫌な予感がする。
西へ向かう街道の右手に、白茶けた石壁が続いていた。
陽射しのない夕刻というのに、道は明るくにぎやかだ。門前の市のランタンだった。ちょうど祭りにでも当たったか、門の向かいの街道沿いに、屋台の屋根が連なっている。
御者台にいたおじさん二人は──太鼓腹ロジェと大男レオンは、町の人らしきおじさん二人と穏やかな顔で談笑している。今では馴染みの光景だが、相手の身なりが今日は違った。
それは行きかう人々も同様で、シャツにズボンのいでたちではなく、足首までをすっぽり覆う、丈の長い旅の外套《 サージェ 》を身にまとっている。
そういえば肌寒い、とエレーンは改めて二の腕をさすり、こちらに気づいて歩き出したおじさん連中の後に続いて、分厚く頑丈な街門をくぐる。
そう、ここがディール領「ザルト」 トラビア街道、要衝の都市だ。
門から一歩出たとたん、にぎやかな光景が、目の前に広がる。
夕刻の街は、活気があった。
門の中にも市が立ち、人々がそぞろ歩いている。その大半が《 サージェ 》姿だ。
すっかりたそがれたその街は、猥雑な喧騒に満ちていた。
屋台で揺れるランタンの火が、押し並べた品を照らしている。赤や黄色の鮮やかな果物、壁にぎっしり飴色のかばん。品ぞろえは雑多で豊富。靴やら布やら串焼きやら──
にぎわう夕刻の雑踏を抜け、人影がふたつ駆けてきた。
若い男の二人連れだ。先んじたのは、色の抜けたボサボサ頭。ふっと鼻をつく火薬の匂い。──あっ!? とエレーンは指さした。
「クリームソーダ男!?」
そうだ、忘れもしないこの男!? 連れこまれた商都の茶店で、まんまと代金踏み倒した、小生意気な年下 "二十五歳"ではないか!?
「ちょっとあんた! 四百カレント払いなさいよねっ!」
「──は? なに」と面倒そうにしかめた顔に、ザイがそつなく呼びかけた。
「おい、ジョエル。頭はどうした」
色の抜けたボサボサ頭が、ちら、と連れと見かわした。
観念したように口を開く。「……逃げられました」
「気合い入れて見張れと言ったろうが」
やれやれとザイが頭を掻いた。「たく。しょうがねえな、あの人も。客が着いたと報告しなけりゃなんねえのに」
内輪の話を始めたらしい、頭一つ高い一同を、エレーンはきょろきょろ見まわした。いや、このジョエルだけではない。皆どっかで見たことがある。いや、どこかどころか頻繁に。
「……ねえ。なんで、ここにいるの?」
そう、部隊で揶揄の視線にさらされ、肩身の狭い思いをしていた時、寄り添ってくれた面々ではないか。
ヴォルガでにぎわう雑踏の中、セレスタンと二人きりで残された所へ、彼らは酔っぱらって現れた。漁師の家で目覚めた時にも、彼らはいち早く現れて、夜には浜で花火もした。シャツの腹が伸びきった太鼓腹のおじさんとは、昼時の商都でも会っている。脱色頭に至っては、茶店の代金踏み倒された! それにしたって、どうしてザイが、みんなにあんな偉そうな態度で──
はたと気づいて、ザイをさす。「……班長」
「はい」
ザイが振り向き、こっくりうなずく。
「なら、もしかして班の人っていうのは……?」
太鼓腹以下、馴染みの顔一同が、ザイと同じく、こっくりうなずく。
「あっ、やだ、そーゆー感じ?」
エレーンはどぎまぎ引きつり笑った。「な、なんだー、みんなザイの班で。だから、いつも一緒にいるっていう──そっかー。そういうことなんだ〜」
目からうろこだ。てっきりファレスの部下だとばかり。いや、むしろ「セレスタンの仲間」か。ちなみに顔こそ知ってはいるが、名前の方はうろ覚え。てか、横着しないで初めに名乗れ。
賊から幌馬車を乗っ取った時に、ザイと一緒に迎えにきた、おじさん二人の名前は聞いた。太鼓腹の金鎖が「ロジェ」、つぶらな瞳の大男が「レオン」──それと、小生意気な脱色頭が年下の「ジョエル」
となると、残る一人は──
ジョエルとともに現れた、未だに一言も発しない短髪の男を盗み見た。
ぎこちなく笑って、上目づかい。「……あ、あのぉ〜?」
短髪がふと振り向いて、切れ長の目がこちらを捉えた。
「その、あなたは、なんていう……」
「ダナン」
なんと察しがいい。自ら名乗った。
落ち着いた感じのこの彼は、周囲の記憶から漏れがちで、個別に訊かれることに慣れているのかもしれない。
無口そうだが、好感が持てる。どこか理知的なその顔に、淡い記憶が呼び覚まされる。
「あっ!?」と気づいて、わたわた彼の肩を叩いた。「ねーねーダナンっ! 前にあたしとトランプして遊ばなかったっ?」
当のダナンとザイを除く一同が、顔をゆがめて突っ立った。
「「「──今更!?」」」
「あ、だけどー」
ふと、ザイを振りかえる。
「そういえばザイって、なんか、いっつも、いなくない? ザイも同じ班なのに──あ、ということは」
すくい上げるようにして顔を覗く。
「……仲間はずれ?」
「傷つきますねえ」
首振り、ザイが腕を組む。
「──おい! てめえ、いい加減にとしけよ?」
割って入ったのは脱色頭? たまりかねたような顔つきで、苛々口を尖らせる。
「ぺらぺら好き放題いいやがって! うちの班長は忙しいんだよっ! ぷらぷらしてるあんたと違って! つか、優しくされてんのをいいことに、ベタベタ班長にまとわりついてんじゃねえぞ!」
「えー?」とエレーンは顔をしかめた。くるりとザイを振りかえる。
「別にそんな優しくないよねー?」
「めっちゃ優しい方っスよ? つか、なんで訊きますかね本人に」
「だって、あたしのこと落っことすとかー」
「散々説明したでしょが。実は根にもってるんスね」
「あのねー、あそこ、二階よ二階!?」
「だからっ!? 気安く班長にくっつくなと、何べん言ったら──!」
「ていうかぁー」
ピリピリうるさい向かいのジョエルを、顔をしかめて振り向いた。
「なんで一々突っかかってくんのよ。今ザイと話してんのに。あ、なに? 焼きもちとか?」
──なっ!? とジョエルが硬直した。
ふるふる体を震わせる。
「なんだとてめえっっっ!?」
「……え゛?」
がるがる唸り出した赤面に、エレーンは引き気味でたじろぎ笑う。適当に言ったが、まさかの図星か?
はっ、と気づいて顔をあげた。
こみ上げた戸惑いに手を握り、雑踏に視線をめぐらせる。
たまらず、ザイを振り向いた。「──あのっ、ちょっと行ってくるね?」
「行くって、どこへ」
ザイが怪訝そうに目を向ける。「もうすぐ大好きな晩飯ですよ?」
「うん、ちょっと急用あってっ! あ、すぐに戻るから!」
それだけ言ってわたわた出発、脱兎のごとく走り出す。
意識を凝らして、それを探った。
ざわめく街の喧騒に、もどかしく視線をめぐらせる。ゆったりと長い外套の人々。ランタンともる宵の雑踏。店の壁が見えないほどに、ぎっしりかかった鮮やかな布地。
革細工のかばんや平靴。金の皿、銀の皿。瀟洒な細工の銀の燭台。ごちゃごちゃ並んだ鍋、釜、グラス。ザルに盛られた幾山もの木の実。木台に無造作に積まれた棒パン。吊られた刺繍のじゅうたんに、埋もれるようにして座りこんだ老婆。店を冷やかしてそぞろ歩き、連れと見かわす顔、顔、顔──。
「……どこ?」
どこにいるの!
腕を振り、路地をうかがい、宵の街路をひた走る。
きっと、そうだ。絶対にそうだ。見えない何かに引っ張られるようなこの感じ──。
街路を一心に駆けつづけ、屋根のある一角に入る。
通路の暗がりの方々で、みかん色の灯りが揺らいでいた。
石の廊下、石の壁、店の奥の暗がりに、まばゆいほどの黄金の灯り。大小さまざまなランタンだった。黒い鉄枠を光らせて、天井から足元まで、ぎっしりそれが詰まっている。
ランタン売りが集まっていた。そこだけひっそり人けない、洞窟のような灯りの通路。不思議で怪しい雰囲気ただよう、その先へと「気」は続いている。
白いひげの老人が、丸椅子で長衣の足を組み、喫煙しながら店番をしている。
買い物客と店主だろうか、暗がりに浮かぶ灯りに包まれ、立ったまま談笑している。どこか幻想的な光景は、見慣れぬ長衣とも相まって、異界に迷い込みでもしたような、奇妙な感覚に襲われる。
ランタンがかもす黄金の光が、魔窟に通じる秘境のように、怪しくゆらめき、輝いていた。ちろちろ揺らめく暗がりの灯りが、黄泉の国へと誘って──
走る視界に、黄金の輝きが流れ去る。
あの「気」をたぐり、追いかける。ああ、どれくらい久しぶり? 会ったら、彼になんて言おう。早く──早く彼に会いたい!
この街のどこかに、ケネルがいる!
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