■ CROSS ROAD ディール急襲 第3部2章63
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空を、見ていた。
白々あけゆく薄青い空を。
壁一面の腰窓から、ぬるい風が吹いている。
へたりこんだ手の中に、丸首のシャツを握っていた。
深い緑の柔らかな生地はくしゃくしゃで、首のあたりが湿っぽい。
ひろい部屋には、い草の敷物。
ほの明るい片隅に、セビーに買ってもらった赤いリュックと、使いこんだ彼らのザック。膝の先のふとんの端が、あわく陽ざしを浴びている。
時は、音もなく降りつもり、建物の中は、ひっそりしている。
ひろい部屋には、誰もいない。目覚めた時には、もう誰もいなかった。
夜が、ゆっくり、あけていく。
セレスタンのことを尋ねると、皆の様子が変だった、その理由がようやくわかった。
黙りこくって、夜の街を歩いた。
訃報をもたらしたあの彼と。
薄暗い外灯の下、壁から肩を起こしたザイの、その姿を見たとたん、我慢できずに駆け出していた。
無我夢中でしがみつき、子供のように泣きじゃくった。
見栄も節度もかなぐり捨てて、手放しで委ねられるのは、ザイをおいて他になかった。ノアニールで逃げる前、セレスタンの次にハグした時には、あんなに勇気が要ったのに。
ザイは何も言わなかった。宿まで連れ戻ったあの彼を見ても。
そのまま肩をかかえあげ、玄関を入って二階にあがり、暗い廊下を無言で歩いて、星空ひろがるこの部屋に入った。
無言の懐にしがみつき、熱に浮かされたように泣いていた。
怖くて怖くてたまらなかった。たった数日前なのだ。ノアニールで別れたのは。
あの禿頭の優しい彼が、もうどこにもいないなど、到底受け入れられる現実ではなかった。
ザイは腰窓の下の壁にもたれて、一晩中、背中をさすってくれた。
深い緑の丸首シャツが、涙に濡れてぐしょぐしょになっても、つかみ続けて皺になっても。
この街に到着するなり、勝手に街に飛び出したはずだが、それを咎めることもなかった。口が達者で辛辣なザイが。
それを不思議に思ったが、今なら、なんとなく事情もわかる。先に戻ったもう一人から、話を聞いていたのだろう。
だから、帰りを待っていた。あの薄暗い外灯の下で。
音のない狭霧をさまよっていた。
かつて不意に迷いこんだ、あの樹海のただ中のように、見渡すかぎりに立ちこめた、白い──。
突き放されたように荘厳な、はるかに高い空だった。
封じこめられた聖域で、どこを探しても出口がなくて、一筋の光さえ見つけられない。
あれは、誰の声だったのか。
もうろうとしながら聞いた声。
微笑み、頭をなでてくれた。
『 ……姫さん。大丈夫だから、泣かないで 』
── わかってる。
本当は、ちゃんと、わかっている。
夢をあやつり、自分が言わせた。あの彼の幻に。
一番聞きたかったあの声で。
部屋はひろく、閑散としている。
陽がおだやかに射している。あの彼がいなくなっても、日々は、何ひとつ変わらない──
「──起きたのか」
ぼんやりながめた薄青い空から目をやれば、廊下に人が立っていた。
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