■ CROSS ROAD ディール急襲 第3部2章67
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町角から姿を見せたのは、客に付いていたはずの若手二人。
怪訝そうに顔を見あわせ、確かな足どりで近づいてくる。落ち着いた風情の毒薬使いダナンと、利かない顔つきの発破師ジョエル。
黒髪の横顔で通りを見やり、ダナンがいぶかしげに目を返した。「なんです? 今の"指示"というのは」
「聞いた通り、上の意向だ」
色の抜けた頭髪を、昼の強い夏日に透かして、たまりかねた顔でジョエルが割りこむ。「──けど、班長! あの客は!」
「がたがた騒ぐな」
ザイは背もたれに腕をおき、晴れた空を仰ぎやる。
ゆるく紫煙を吐きながら、もたれた背中に頭を倒した。
「ま、悪いようにはしねえだろ」
承服しがたい顔つきで、二人はまだ突っ立っている。それも無理からぬところだろう。こんな形で指示を聞くなど──部外者の頭越しに知らされるなど、一度たりともなかったはずだ。しかも、三人に漏らす必要は、どこにもなかったにもかかわらず。
後ろのフードが、腰をあげた。
新聞をたたみ、何事もなかったように歩いていく。
それと入れ違いになるように、砂塵を巻きあげる風に吹かれて、馴染みの二人が現れた。太鼓腹の怪力ロジェと、大男の弓使いレオン。
肩に垂れた銀のピアスの、目深にかぶったフードの中に、すれ違いざま一瞥をくれる。
だが、足を止めるでもなくそのまま通過し、向かいのベンチに腰をおろした。
やはり、ロジェも通りをながめ、釈然としない顔で腕をくむ。「商会の代表ってのは暇なんすね。わざわざザルトくんだりまで、あの連中を引きとりに来るとか」
「商談だろ、用向きは」
「──。そ、それにしても、」
相手の思わぬそっけなさに、ロジェは顔をゆがめて、たじろぎ笑い。「アドルファス隊も忙しないことで。この立てこんだ時期に異動ですか」
「へえ。そいつは初耳だ」
ぽかんと一同、あっけにとられた。異動の話は口からでまかせ、ラディックス商会の代表についても、姿を見かけただけらしい。ということは──
その意図をようやく察して、ロジェは往生した顔で頭を掻いた。
「──つまり、どけたって話ですか」
ザイは煙草を地面に落とし、紫煙を吐きながら踏みつぶす。「抜き差しならねえ局面で、うろちょろされても邪魔になる。ガンタイの動きも不自然だしな」
「──ああ、そうすね」
付言の意味を図りかね、皆が思考をめぐらせた中、ひとり弓使いレオンのみが、事もなげにうなずいた。
三人が消えた通りを見やって、のんびりレオンは顎をなでる。
「今さら参戦しろと言われたところで、連中だって難儀でしょうしね。一日ともたずに討ち死にするのが関の山ってもんですよ」
意図を正確に汲みとった、いかにも呑気なその顔に、ザイは無言で一瞥をくれる。この弓使い、さすがに目がいい。
三人の内ジェスキーが分かりやすく障害者だったため、これまであの三人は戦闘参加を免れてもきたが、その方便が消えてしまえば、たちまち立場は危うくなる。そうした特別扱いに、不満をいだく輩は多い。
「ま、それはそれとして」
ザイは怪訝に、若手二人に目を向ける。
「お前ら、客は」
ジョエルが白けたように顔をしかめて、枯れ草色の頭髪を掻いた。「青鳥てなずけられりゃ、無敵っしょ」
「青鳥?──どういうこった」
それが、とダナンが身じろいで、一部始終を報告する。
目をすがめてザイは聞き、興醒めしたように身じろいだ。「ああ。鳥を寄せるからな、あの客は」
「──なんだ。班長、知ってたんすか」
拍子抜けして、ジョエルが見返す。
まあな、とザイはやりすごし、二人の部下をすがめ見た。
「だが、相手が鳥と与太者風情じゃ、だいぶ勝手が違うんじゃねえのか」
「──あ、いえ、それがその、」
持ち場を離れたことを指摘され、ダナンが珍しく口ごもる。「……ちょっと、今、揉めてまして」
「揉めるって誰と」
「俺が思うに──」
ジョエルがしたり顔で腕をくんだ。「ありゃ、男絡みっしょ。相手の女、なんか、めっちゃ怒ってたし」
「──。つまり、」
顔をしかめて、ザイはげんなり嘆息する。「この切羽つまった状況で、男とりあって、やり合ってるってのか」
「客とこっちの関係を、詮索されても面倒なので、飛び火する前に離れましたが。異国人というのが、少し意外で」
「異国人?」
ダナンが落ち着いた目を向ける。
「中肉中背の体格で、浅黒い肌に黒い髪、隣国でよく見る若い女で、見たところ客と同年代ですが、隣国の女と考えると、多少は下かもしれません。客とは私的な知り合いのようですが」
「──ぽやんとしたあの客に、そんな知り合いがいたとはな。ま、前職が領邸勤めなら、いろんな輩と馴染みにもなるか」
「あー、そう! 丁度あんな感じっすよ」
顔をしかめて聞いていたジョエルが、言葉を拾って膝をたたく。
「ほら。いたっしょ。捕り物のあった北門通りに。強気で、堅くて、やかましい──。商都の小ぎれいな衛兵に食ってかかった小うるせえ双子と、客の同僚のメイド軍団!」
建物から張り出した日除けの外の、くっきり分かれた明るい地面に、じりじり夏日がさしていた。
まばたいた拍子に、汗がこめかみを伝い落ち、通りに蝉の音が、みんみん染み入る。
……あれ? と一同、ようやく見やった。
「班長?」
いつまでたっても反応のない、前髪の下のその顔を覗く。
話が宙に浮いたダナンも、怯んだように返事につまった「長の珍事」に首をひねり、ひとまず報告を締めくくる。
「向こうのいざこざが収まり次第、早急に店に戻ります。あそこは鳥師の本拠地ですし、万一何か騒ぎがあれば、たちどころに連絡が入ります」
酒場の多いこの界隈は、同じ区画の裏手にあたる。一本隣の通りにあるため、客に見つかるおそれはないが、何事かあれば、急行できる近距離だ。
小首をかしげた一同の ( なんか班長、顔色悪くね……? ) のひそひそ声をやり過ごし、ザイは「──それにしても」と舌打ちする。
「思う以上に賑やかだったか。取り立て屋までいたとはな」
ロジェが真顔で顎をひく。
「商都五番街、斡旋所付属の診療所。治療の腕はすこぶる良いが、取り立てが厳しいことで有名ですね。ま、そこは札付き相手の商売ですから」
「つか、しつこ過ぎっしょ、その連中」
ジョエルが白けたように肩をすくめた。「隣の領土に入ってんのに。もう、ここはザルトだぜ」
「──この忙しい時に」
ザイはげんなり吐き捨てる。「まったく、あの客。どんだけ追っかけまわされてんだか。どけてもどけても湧いて出る海賊の手下の与太者やら、北の宿屋連中やら、闇営業の取り立て屋やら」
苛立ちを溜息で吐き出して、改めて一同に目を向けた。
「連絡員から、報告があった。敵は客を特定済みだ。海賊の手下が結集している。近々、宿舎への突入がある。──ロジェ」
呼びかけ、鋭く目を向ける。
「馬で逃げ切る。宿へまわせ」
「──了解。班長。早急に」
「レオン、お前は、男物の服を用意しろ。あの客なら、ガキ用でいい」
「西部の服なら《サージェ》ですかね。フードかぶせて包んじまえば、余裕であの客、隠せますし」
「いや、それじゃ、かえって目立つ。そうかといって、客に合わせてこっちが着れば、かさばって、ろくに動けねえ」
端的にしりぞけ、若手二人に目を向ける。
「お前ら二人は、客を回収。取っ組み合いの最中だろうが、四の五の言わせずぶん捕ってこい」
うっ、とジョエルが顔をゆがめた。「……了解」
でも、やっぱ自分では行かないんですねー……と恨みがましく引きつり笑い。
「俺は頭に報告して、その女の身元を洗う」
「──客と揉めてる、あの女のことですか?」
ふと、ダナンが言葉をはさんだ。
戸惑い顔で目を返し、いぶかしげに首をかしげる。「ですが、何かあるとは俺にはとても。あきらかに堅気の女ですし、特に問題があるようには──」
「念のためだ。接近した目的くらいは、押さえておくに越したことはない」
押さえた声を一段ひそめて、ザイは「いいか、」と一同に視線をめぐらせる。
「これからしばらく、敵との悶着は厳禁だ。目と鼻の先に軍がいる。トラムの部隊に逃げこめるかどうか、そこが勝負の分かれ目だ」
さわり、とかすかに気が動く。
瞬時に身構え、全員が意識を張りつめた。四方でうごめく、人の気配──。
「全員、動くな」
とっさに上げかけた腰をおろして、ザイは降参の両手をあげた。
(──動くな)と目で合図する。
一人として見逃すことなく、ぴたりと全員が反撃を収める。
バラバラ数人が駆け寄った。
たちまちベンチをとり囲んだのは、五人ほどの男たち。いずれも制帽、制服姿。目を据え、身構えた体勢で、手に手に警棒を構えている。あの濃紺の制服は、ここザルトの官憲のようだが。
「よしよし。そのまま動くなよ?」
制服の肩を警棒でたたいて、小太りの口ひげが歩み出た。
「一緒に来てもらおうか」
ザイは溜息まじりに天を仰ぐ。「──なんスか、いきなり。何かのお間違いじゃ?」
「今しがた、詰め所に通報があった。ここで、お前らがたむろしていると。近ごろ急にゴロツキが増えたが、あれもお前らの仲間じゃないのか」
「はて。何のことやら、俺にはさっぱり」
「とぼけるな」
制止の指示に部下は従い、従順に息をひそめている。ザイは困った顔で口ひげを見た。「ご覧の通り、何もしちゃいませんよ。世間話をしていただけで」
「被害届が出てんだよ」
口ひげが顔をゆがめて吐き捨てた。
「観念したら、どうなんだ。お前ら五人の顔も確認済みだ」
「──五人?」
怪訝に、ザイは聞き咎めた。
だが、愛想のよい顔にすぐに戻って 「で、」と口ひげに目を向ける。「それで俺らは、何したことになってるんでしょ」
「まだシラを切る気か、馬車泥棒が!」
「……。はい?」
ぽかん、と一同、瞬いた。思いがけない罪状だ。
そうする間にも、鋭く笛の音が鳴り響き、応援と思しき一団が、バラバラ町角に現れる。
急行した制服たちが、動きを止めたベンチの周囲を、いくえにも取り巻き、囲んでいく。
「引っ立てろ」
口ひげの上官に顎を振られて、制服たちが機敏に動いた。
突っ立ったままの一同の腕を、数人がかりで手荒くつかむ。
「お前ら全員、逮捕する」
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