■ CROSS ROAD ディール急襲 第3部2章80
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黒く広がる夜空の下、そこだけ燃え立つようなランタンのきらめき。
ぶらぶら行きかう黒い人影。夜道を駆け戻った彼女の姿が、屋台群を駆けぬける。
脇目もふらずに飛び出して、ザルトの街門に掻き消えた。別の場所への移動は無理でも、暗示の方は効くようだ。
眉をひそめてユージンは見とどけ、荷車の前へと引きかえす。
「──君にはこんな真似、できれば、したくなかったんだけどね」
夜にそびえる街門を背にして、冷ややかに街道に目を向けた。彼女は無事に逃げおおせたが、堪忍袋の緒が切れた。
闇によどむ街道の先から、先の一団が接近していた。
道幅いっぱいに広がって。手に手に武器を携えて。
軽く腰かけた荷台の端を、右の靴裏で踏みつけて、ユージンは小競り合いをながめやる。
険しい顔でやりあっているのは、海賊の一味と別の一党、一味の彼女を横取りした──。例の闇医師に雇われた用心棒というところか。
「なっ、なっ、なんだァ!? てめえらはっ!?」
素っ頓狂なわめき声があがった。
威嚇するような怒鳴り声だが、声が裏返ってしまっている。接近する一団に、どうやら、ようやく気づいたらしい。
だが、遅い。
一団の中から数人が駆けだし、小競り合いの加勢に入った。
力任せに棍棒を振り、無傷の新たな戦力が、次々邪魔者をなぎ倒す。
難なく障壁を踏みつぶし、闇の一団は、いよいよ近づく。去った道に残るのは、地面でうめく三人の背。
「詰めが甘いな」
あの賞金稼ぎも、間が抜けている。
たしかに商都は、この街道一本道だ。海賊の動きを嗅ぎつけて、脱出を急いでもいただろう。だが、身柄の確保に気を抜いて、街から出てしまうとは。
そう、よりにもよって、ここへ来るとは。
到着する親玉の、顔色をうかがう手下どもが、総出で居並ぶ街道へ。
注進に及んだ先の店子は、すでに姿を消している。
一団の先頭を歩いていた、眼光鋭い蓬髪が、ぶらぶら歩く足を止めた。
大儀そうに片手をあげて、後続の行進を押し止める。
胡乱に振り向き、すがめ見た。「……お前は、あの時の」
「久しぶり」
軽く腰かけた荷台から、とん、とユージンは地面に降りた。
目をあげ、冷ややかに視線を向ける。
「こんな所に、いたとはね」
蓬髪が、舌打ちで片足を引いた。
塩焼けした痩せぎすの胸。土気色の痩けた頬。蓬髪から覗く双眸だけが、ギラギラ異様な光を放っている。あたかも手負いの獣のような。
「──哀れだね」
向かいから放たれるすさまじい殺気を、ユージンは淡々と突き放す。
「そんなになってまで、生きていたいの?」
因縁の相手が、そこにいた。
手に手に棍棒をもてあそぶ、ならず者の大群を引き連れて。今の呼称は、海賊「ジャイルズ」
血色の悪いその頬を、憎々しげにゆがめて睨み、ジャイルズが視線を走らせた。
隣の肩をつかんで引き出し、荒々しく顎をしゃくる。「──おい! やれ! 蹴散らせ!」
「無駄だよ」
ユージンは一蹴、息づき始めた大気の揺らぎを、手のひらで軽くすくいあげる。
「もう遅い」
そちらに一瞥をくれると同時に、ピシリ──と道沿いに閃光が走った。
暗い街道のかなたまで。
選り抜き、境を隔てるように。
沸々たぎる揺らぎの中で、ユージンは獲物に目を据える。
「俺の連れに手を出して、ただで済むとは思ってないよね」
闇の草葉が、ざわめき出す。
風がやみ、不意に流れる。
《 あわい 》 に落ちた肉体は、通常、瞬時に飛散する。
それを、無限にただよう「不完全な個体」が、各々我が身にとりこんで、新たな「命」として再構成する。
夜風に髪をそよがせて、ユージンは野犬のような一群を見る。
「与する相手を間違えたな。精々自分を恨むことだね」
剣呑な群れが地を蹴って、気勢をあげて殺到した。
ユージンは無表情に向き直った。
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