CROSS ROAD ディール急襲 第3部2章84
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「どうだ。いたか」
 ハジに目を向けられて、右の男が首を振った。
「三番街の診療所に、該当はありません」
「"市場通り"も同じです」
 右に続いた左にうなずき、目線で二人を労ったハジは、あごの下に指をおいた。
 眉を曇らせ、難しい顔。「診療所では・・・・・ない・・わけか」
「──そういや、ここへ来る途中、」
 階段付近で、声がした。
 意図せず注目を集めてしまい、男がひるんで一同を見返す。
「あ、いや、ちょっとした騒ぎになってたもんで。なんでも死人が出た・・・・・とかで」
 鋭くエレーンは息を呑んだ。ケネルがおもむろに向き直る。
「収容先はわかるか」
 落ち着いた声で尋ねられ、男は平静を取り戻したようだ。首を、横に一振りした。「──いや、そこまでは。出所でどころも何も、ただの噂で」
「そうか」
 だが、すぐに明らかになるだろう。詰め所へ確認を取りに行った、先の彼らが戻ってくれば。街での事件は、詰め所の管轄。
 カチコチ、時計が耳についた。
 黄金こがねの灯りたゆたうロビーに、嫌な沈黙が立ちこめる。
(──どうしよう、あたしのせいで)
 長椅子に腰かけた膝の上、組んだ両手に力がこもる。なぜ、あんな所で立ち止まったのか──。
 さっさと、ここへ来ていれば、あんなことにはならなかったのに。質の悪い海賊の手下に、襲われるようなこともなかった。ましてや物騒な角材で、頭を強打されることもなかった。彼の言いつけをきちんと守って、あのフードさえ、かぶっていれば! ただ、それだけのことで良かったのに。
 ……どうしよう。
 軽くかんだ唇が震える。
(どうしよう! あたし、どうしよう!)
 無関係だったあの彼が、命を落としてしまったら……!
 パタン──と無造作な音がした。
 音に弾かれ、目をやれば、扉の開いた玄関に、平服姿の数人の人影。
「どうだ、詰め所は」
 見やったハジの呼びかけに、つかつかロビーに踏みこんだ。──戻って来た。詰め所へ出向いた人たちが。
 固唾かたずをのんで、返事を待った。見つかったろうか、今度こそ──
 ぎくり、と胸が大きく跳ねた。
 だって、詰め所にいる・・・・・・、ということは、つまり──
 浮足立って、のぼせた頭に、熱に浮かされたような自覚がよぎった。もしや自分は、厳しい局面にいるのではないか。わずかなりとも踏み出せば、たちまち奈落に転落する、後戻りのできない断崖に。取り返しのつかない岐路を、踏み出してしまったのではあるまいか。これまで続いた平穏が、たちまち一変するような。
 凶報の予感に、心がざわめく。「街での騒ぎ」の裏付けが、これで取れてしまったら──。
 すらりとした禿頭とくとうの、彼の姿が脳裏をよぎった。お洒落で、そつなく、ブレのない──。
 一人ぼっちで戻ってきた、心細かったあの町に、笑って迎えに来てくれた──
 いつでも笑って連れ立って、さりげなくそばにいてくれた──
 自分が大怪我を負って尚、こちらを気遣い、支えてくれた──
 仲間や組織を裏切ってまで、どこかへ逃がそうとしてくれた──
 彼と過ごしたあの日々が、次々胸に涌いてきて、たまらず固く目をつぶる。
(──お願い、行かないで!)
 セレスタン……!
「駄目ですね」
 到着した先頭の男が、汗をぬぐいながら首を振った。
 手分けして当たったらしく、後ろの三人も、同様にうなずく。
「もう、どこも閉まってて」 
 面食らって、眉をひそめた。
 一瞬、意味が呑みこめない。──いや、今、駄目だと言ったのは、調査結果のことではなく、照会が空振りに終わった、という意味か。つまり、生死は未確認……?
 思いがけず、どっちつかずの結果に戸惑う。
 やにわに軽い落胆が広がり、胸に暗雲が立ちこめる。決定的な通告は辛くも回避したものの、最悪の可能性も払拭できない。 「──ですが」 と先の声が続けた。
「通りで夜警を見かけましてね。世間話に紛らせて、探りを入れてみたんですが、今日は特に異状なし、と」
 ……え?
 拍子抜けして瞬いた。
 いつの間にか乗り出していた、肩から力が不意に抜け、のろのろ座面に腰をおろす。今日は・・・特に異状なし・・・・・・? でも、街で、騒ぎがあったと──
「ガセってことか、そっちの噂は」
 事もなげにハジは言い、顔をしかめて頭を掻いた。
「大方、酔っぱらいが喧嘩して、わめき散らしでもしたんだろう。──収穫なしじゃ、打つ手はないな。ご苦労だが、もう一度、明日、詰め所を当たってくれ。何かの事情で足止めを食って、収容が遅れた可能性もある。診療所の方も、引き続き──」
「動きがあれば、こちらに知らせが入ります」
 そつなく担当が言い添える。街に聞き込みに行った際、連絡を頼んできたらしい。個人経営の診療所でも、大商会には恩を売りたい。
 ハジはそれにうなずいて、あごの下に拳を当てた。
「こうなると、連れ去られたか逃げたかして、中心部を離れた可能性もあるな。捜索を全域に広げるか」
 
 黄金こがねがゆらぐ中、それぞれ身じろぎ、人が動く。
 報告を注視していた一同が、元のざわめきに戻っていく。エレーンは呆然と椅子にもたれた。現場付近の診療所には、セレスタンらしき該当はなく、夜警も「異状なし」だと言う。けれど、それなら一体どこへ。
 とはいえ、それでも今夜のところは、最悪の事態はまぬかれた──。
 つまるところ振り出しに戻って、なんだか急に気が抜けた。むろん、まだ気は抜けないし、先の"噂"も引っかかるが……。
 脱力してロビーを見やれば、散会したざわめきの片隅、ケネルは男と話している。いや、何か報告を・・・受けている? 
 でも、とエレーンは、ぼんやりながめる。あの人は外見からして、ケネルの部下って感じじゃないよなあ、ザイたちとも感じが違うし、気が荒そうなふうでもないし……
 ふと、瞬いて顔をあげ、エレーンは椅子から立ちあがった。
 ブラウスの両手を卓につき、彼は地図をながめている。
「あの、ありがとうございました」
 そろそろ近づき、声をかけた。
「なんかずっと立て込んでて、お礼が遅くなっちゃって。でも、三千トラストなんて大金、あたし、どうやって返したらいいのか」
 かがんだ姿勢はそのままに、ちら、とハジが目の端で見た。「なら、俺の妾にでもなる?」
「めっ……?」
 引きつり顔で、己を指す。
 ハジが卓から身を起こし、おかしそうな苦笑いで片手をあげた。
「冗談だよ。ちょっかいなんか出そうものなら、あの隊長に殺されちまう」
 からかい混じりの口振りに、ケネルの剣幕が脳裏をよぎる。昼食をとったあの店に、彼女を・・・捜しに来た時の。
 一緒にここに現れたから、そう見えるのかもしれないが、それは、もう終わった話。ケネルとすれ違った「約束の朝」に。ケネルは新しい恋人を、あの彼女を選んだのだから。
 皮肉な思いで、苦笑いした。「──ケネルはあたしのことなんか、気にしないと思うけど」 
「どうだかな」
 どきん、と胸が不覚にも高鳴る。「──え」
 ハジが溜息まじりに肩を抱いた。
 とっさに息を呑む間にも、他聞をはばかるように背をかがめる。
 急に懐に引っ張り込まれ、エレーンは硬直、目をみはった。すぐ間近に絹の肩。顔に落ちかかるウエーブの髪。眼鏡の向こうの理知的な瞳──。
 ちら、と見やった横顔でささやく。
「──君のためなら、死ねる」
 息を止めて、ハジを見た。「……はいっ?」
 じっと反応を見ていたハジが、くすり、とおかしそうに吹き出した。
「って顔を、していたからさ、森からあんたを連れ出す時に。ま、中々の見物だったが」
「──えっ? えっ? えっ?」
 どぎまぎ、あわあわ、きょろきょろ見まわす。何がどうしてどうなった!? てか、肩を抱いてるこの手はなんだ──!?
「深入りするなよ」
 ハジが横目で釘をさした。
「遊びというなら構わない。だが、あの男には深入りするな」
「……あ、……や、でも、あの、」
「奴には奴の、あんたにはあんたの立場がある。そうなれば、身の破滅だぞ。最悪、周りにも累が及ぶ。迷惑をかけるのはやめてくれ。いいな」
 ぽん、と手が肩を叩いて、ハジがさばさばと肩を起こした。
「ま、取り立てはしないから安心しな。貸付先はあちらさんだ」
 伸びをするように背を伸ばし、あごでロビーの片隅をさす。
 エレーンは一瞬呑みこめず、二度またたいて、うかがった。
「えっと──ケネルが? 払うん、ですか?──でも、あの、三千トラストも?」
 家が建つほどの大金だが?
「ねじ込んできたのは、あの男だ」
 事もなげにハジは言い、ちら、と横目で脇を見る。
 ほらな、と苦笑いで耳打ちした。(──ちょっと話しただけで、もう・・これだ・・・
「行くぞ」
 ぎくり、と踊りあがって振り向いた。
 思わず、引きつったお愛想笑い。
「──け、ケネル?」
 今の今まで隅っこにいたのに……?
 目の前にいる仏頂面と、ケネルと今しがたまで話していた男を、あんぐり口あけ、あわあわ見やる。
 ぷい、とケネルが通りすぎた。
 すたすた玄関へ向かっている。肩をすくめたハジの隣で、不機嫌な背中をあぜんと見送り──
 て、いや待てお前、玄関、だと?
「ちょ、ちょっと待ってよ! どこ行く気!?」
 はた、と我に返って後を追った。「セレスタンのこと、後回しにする気!?」
「明日まで、もう動きはない」
「だ、だけど、ケネル、」
「ここにいても埒があかない」
「……ぬ」
 けんもほろろだ。ご機嫌斜めか。っていうか、すねた子供か。
「だけど、行くって、一体どこへ──」
 玄関の扉を片手で押しあけ、ケネルがぶっきらぼうに振り向いた。
「荷物を取りに行くんじゃなかったのか」 
 
 
 てくてく、夜道を、ケネルと歩く。
 ちら、とエレーンは顔を見た。「──あのね」
「なんだ」
「あ、あのね、ケネル」
「だから、なんだ」
 ちら、とエレーンは上目遣い。「……ねー、ケネル。怒ってる?」
「怒ってない」
「ううん。怒ってるよね?」
「怒ってない」
「いやいやいやっ、それ怒ってるっていうから。てか怒ってるでしょー?」
「怒ってない」
「なあによ。男らしくない。怒ってるなら怒ってるって言ったらどうよー」
「怒ってない」
 夜も更け、通りの人も引き、屋台も片づけを始めていた。
 人もまばらな市場の通りを、ケネルはぶらぶら歩いている。いつにもまして、むっつり黙り込んだ横顔で。ちら、とエレーンは盗み見た。
 不思議だった。あんなに二の足踏んだのに。
 会ってしまえば、なんのことはない。やっぱり、ここがしっくりくる。
 ケネルの横が、一番いい。ケネルといると、安心できる。心の底からくつろげる。自分の居場所だと確信できる。ケネルの横が、やっぱり、いい──。
「ねえ、ありがとね、ケネル」
「なにが」
 隊長の返事はぶっきらぼう。寸分たがわず、いつもと同じ。
「あたし、ハジさんから、さっき聞いて。ケネルが運んでくれたって」
 ケネルが苦虫かみつぶした。
「──なんの話だ。まったく、あんたは、いつもそうだな」
 毎度毎度、内容の「手掛かり」がなさすぎる、そう言いたげな渋い顔で、それでもケネルは一考する。
 思い当たったらしく、うなずいた。「──ああ」
 片や、口を尖らせて (もー、なんで、わかんないかなー) とじりじり待っていたエレーンは、満を持して先を続ける。
「それでー。街からお医者さん呼んでー。一緒に待っててくれたって。カノ山の坑道で・・・・・・・
 ぶらぶら運ぶ足取りを、蹴っつまずいたように、わたわた乱し、ケネルが踊りあがって振り向いた。
 しばし、あぜんと顔を見て、急に貧血でも起こしたように、よろり、と壁に片手をつく。
 うなだれ、ゆるりと首を振った。「……。思い出させるな」  
「へ?」
 ぽかんとエレーンは口をあけた。
 ぱちくりまたたき、ケネルを見る。動揺したケネルも珍しいが、へこたれたケネルも超レアだ。
 もちろん早速 「ちょっと、ちょっと──!」と、バンバン、ケネルの肩を叩く。
「え、なになになにっ? ちょっとなに? あたし、なんか、悪いこと言ったー?」
「別に」
 ひょい、と横から覗きこむ目を、ケネルは即答ではねのける。
「ちょ、白状しなさいよー」
「別にっ」
 そそくさ歩行を再開するも、ケネルがそわそわ落ち着かない。真正面からのガン見には、定評のあるケネルにして、もう、目も合わせない。一体、カノ山で何があった──!? 
 だが、問いつめたところで無駄だろう。守りに入ったタヌキはしぶとい。
「……むぅ。なによぉー。変なケネルー」
 やむなく、ジロジロ見ながらも、腕をくんで、てくてく歩いた。もらった紐で胴を縛って、長い裾丈をあげているから、歩行は安全、楽ちんだ。
 商館を出る前ハジが気づいて、この紐をくれたのだ。近くにいた人に取りにやらせて。さすが商人、気がまわる。あれこれ采配を振りつつも、不備を見逃しはしなかったらしい。町宿でもらったワンピースが、あつらえたようにぴったりだった時にも、彼のとんでもない目利き具合に、そりゃあおののいたものだったが。まさか、この街で会うなんて──
 ふと、思い出して、振り向いた。
「あっ、ねえ、ケネル。そういえば、なんで、あの時、市場にいたの?」
 めがねの借金取りに捕まったところを、すんでのところで助けてくれた。
 ああ、とケネルは頭を掻いて、気負いなく視線をめぐらせた。
「急に、あいつがいなくなって──まったく、どこへ行ったんだか」
 はっ、と胸をつかまれた。
 不意打ちに、ズキン──と胸が痛む。
「……そっか」
 やっとのことで、それだけ言った。
 ふと、見やったケネルは、いぶかしげな面持ち。
 エレーンはあいまいに笑みをつくって、そぞろ歩きの靴先にうつむく。
 忘れてた。
 彼女のこと。
 アシュリーと名乗った、異国の美しい彼女のこと。どこか苦しげに顔をゆがめて、こちらを牽制していった──。
『 それなら、わたしの邪魔はしないで 』
 ざわめき出した胸の前で、きゅっと右の手のひらを握る。……そうよね、
 言わないと。
 ちゃんと、ケネルに言わないと。
 彼女と一緒になるんだから。だから、ケネルに言わないと。今までありがとう、
 ──さよなら、と。
 きちんと笑って、きちんと言うの。何度も内緒で練習したでしょ。
 さあ!
「──あのね、ケネル」
 さすがに顔は見ることはできず、唇を噛みしめ、うつむいた。
「結婚、するんだってね、おめでとう、」

 おめでとう。ケネル── 
 
 
 

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