CROSS ROAD ディール急襲 第3部2章94 【最終話】
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 まだ、誰も気づかない。
 じっと耳を澄ましても、誰もやってくる気配はない。

 さらさら、さらさら、風が往く。
 歩道の細かな砂をさらって。
 古い煉瓦の町角は、濃い影を歩道に落とし、白く乾いた石畳は、強い夏日に凪いでいる。

 ひとつ乾いた溜息をつき、"クリス"は晴れた空を仰いだ。
「……姉さん、義兄にいさん。かたきはとったわ」
 頬に一筋、涙が落ちた。
「気づかなかった? この香水。"クリスティナ"って、この名前」
 かつて一時期ともに暮らした、サランディーの女のものと。

 椅子に座って腕を組み、静かにこうべを垂れている。
 武骨な上着の裾下に、見るからに使いこんだ護身刀──。
 その鋭い切れ味がよぎり、ひるんで、とっさに目をそらした。
 両手を胸で握りしめる。
「……必要、ない」
 止めを刺す必要は。現に、もう眠っている。
 黒い髪のこうべを垂れた、横顔をしばしながめやる。
「知ってた? わたしの名はアシュリーよ」

 昼のほの暗い店内では、茶髪で銀鎖の店員が、暇そうにカウンターでたむろしている。
 一人は茶髪の先をいじり、一人は座席に腰かけて、しなだれかかって雑誌を繰り──。
 パラソルの下の日陰の中で、静かにこうべを垂れていた。かつて戦神と呼ばれた男が。
「知ってた? あなたのこと、好きだった」
 肩を震わせてしゃくりあげ、両手で忙しなく頬をぬぐう。
「……大好き……あなたのことが、大好き……」
 ころころ、風に転がっていく。
 くしゃりと丸めた紙くずが。三包分の・・・・紫の・・

 ここで彼女を待つつもり、だったのだろうか。
 乾杯をしたあの後に、腕を組んで、目を閉じた。
 そして、彼の黒髪が、やがて、かくりと静かに落ちた。 
 
 
 

* 2017.9.12 第3部 2章 完結
 
 
 
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