■ CROSS ROAD ディール急襲 第3部3章11
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「その節はどうも、お姫さん」
そつなくギイが言葉を拾い、横を向いて紫煙を吐いた。
あの三人連れの一人だった。ラディックス商会ザルト支所、館内のバーに現れた──。
そして、ご飯を一緒に食べた、ファレス言うところの「部隊の参謀」 なら、ファレスが今見てたのは──
「や、やだっ、ギイさん、元気だったあー?」
あわあわ間に割って入り、笑ってパタパタ片手を振る。確かファレスが喧嘩してたはず。
「すっごい奇遇ぅ〜! こんな所で会うなんてぇ〜──ねっ、ねっ、ファレス、嬉しいよねっ?」
てか、こんな所で喧嘩はやめて。
「俺も嬉しいぜ、あんたに会えてよ」
「なんで、てめえがそこにいる!」
構わずトゲトゲ、ファレスが睨む。ああ、平和な社交辞令が、木っ端みじん。
「諦めた覚えはねえけどな」
「なんで、いると訊いている!」
「なんでも何も」
眉をひそめてファレスは一考、忌々しげに舌打ちした。「──青鳥か」
「──おいおい、副長。やっとかよ」
ギイがうかがうように目を細める。
「どうしちまったんだ、抜け目のない"ウェルギリウス"が。カレリアのぬるま湯にどっぷりつかって、勘が鈍っちまったか? 街道に出れば、西か東だ。徒歩での移動は、動ける範囲が限られる」
「だったら、こいつもてめえの仕業か!」
顎で示した扉には 「本日休業」の馬屋の木札。
ギイは煙たげに紫煙を吐き、煙草を靴裏で踏みにじる。「補給を断てば、手詰まりになる。あんたも承知のはずだがな」
「手下に店を閉めさせたってか。──応えろ! なぜ、西だとわかった!」
「知るわけねえさ、行く先なんざ」
意味ありげな苦笑いに、ファレスはいぶかしげに眉をひそめる。
はっと瞠目、顔をあげた。
「全部潰していやがったのか。街道の東西。路銀を工面する鑑定屋と、近隣の馬商をことごとく!」
「らしくねえな。あんた、本当に副長かい? まったく、しっかりしてくれよ」
当たり前だろうと顔をしかめて、ギイはぶらぶら近づいてくる。
「言ったはずだ。客に構うな」
「そういう訳にはいかねえな」
「客は俺の管轄だ」
「そう言われてもね。事が事だ」
言い合いを始めた二人の顔を、エレーンはひょいひょい交互に見やる。毎度のことではあるけれど、又もぽつねんと蚊帳の外。
ちなみに話をまとめると、こういうことであるらしい。
あの後ギイが近隣に指示し、立ち寄り先を休業させた。つまりは、一帯の馬商と鑑定屋を。──て、どおりで、どこも休みのはずだ。
そして、こちらを発見したギイの部下か関係者が、ザルトに連絡を入れたのだろう。だから、ギイが、満を持して赴いた──。
忌々しげにファレスは舌打ち、ギイの顔をねめつける。「つまりはてめえの手の平で、踊らされてたって話かよ」
「俺の任務は "お姫さんの確保"だ。すまねえな、副長」
ギイはそつなくあしらって、「さて」とおもむろに振りかえる。
「聞いての通り、先だっての続きだ。一緒に来てくんねえかな」
「でも、そんなこと言われてもぉー」
エレーンは唇に指をあて、口の先を尖らせる。
「あたしにも予定があんのよねー。なんで怒ってんだか知らないけど、急に来いって言われてもさー。大体なによ、ケネルってば。勝手に帰ったくせしてさあ。てか、そっちの方がひどくない?」
そうだ。よくよく考えれば、ひどい話だ。一夜を共にしておきながら、翌日には、ほったらかし、とか。
ギイが面食らったように口をつぐんだ。
返事に窮したように唇を舐め、ふと、気を取り直して笑みを作る。
「ああ、隊長もあんたを待っている」
ファレスが苦々しげに舌打ちした。「──なに言ってやがる。ケネルの野郎は、」
「え? ケネルがどうかした?」
はっとファレスが一瞥をくれた。
逡巡するように眉をひそめる。
鋭くギイの顔を見た。「──汚ねえぞ!」
「手練れのあんたに本気でこられちゃ、こっちの面子じゃ敵わねえからな」
ギイが苦笑いで抗議をかわし、目を細めてファレスを見た。
「ま、街を出るってのには賛成だ。今、ちょっと物々しいからな。それで、ついでと言っちゃなんだが、あんたがこっちの条件を呑むなら、これまでの妨害は不問に付す。あんたの腕は、俺としても惜しい。あんたがいると、楽ができるからな」
「たく、なにが条件だ。どさくさに紛れてねじ込みやがって。お前は忘れているようだが、今、俺は部隊の代──」
はっと、又しても口をつぐむ。苦虫かみつぶしてギイを見た。
「どうかしたかい? 副長さん」
意味ありげにギイが笑う。
ファレスはねめつけたまま応えない。
ギイが身じろぎ、振り向いた。
「どうやら、話はついたようだな。さてと行こうか、お姫さん」
「──あ、いや、だからぁー」
エレーンはひとまずお愛想笑い。今の奇妙なやり取りが引っかかるが、うかうかすると強引なギイに押し切られてしまう。
「あたしの話、ちゃんと聞いてたあー? 用があるって言ってんでしょうがっ。バスラであたし、アルベール様と、お話しなくちゃなんないしー。だから、お説教なら後で聞くから、ケネルの方にはそう言っとい──」
「了解、お姫さん。話は決まりだ。バスラが済んだらトラムへ向かう。それでいいな」
「……え? え? え? ちょっと待っ──」
「もっとも、バスラへ出向いたところで、無駄足だとは思うがな」
「むう。それ、どういう意味ぃ? あたしじゃ力不足って言いたいわけえ?」
「駐留軍が後退している」
「え?」
「攻めこもうとする度に、突風が吹き、竜巻が起きる」
「……たつまき?」
トラビアで竜巻など、聞いたことがないが。
「一体どういう訳なんだかな。それで攻めあぐねてんだ、ラトキエも」
「でも、サージェの季節は、もう終わって──」
「いずれにせよ、軍の後退に伴って、規制線が手前にきている。立入禁止の区域も拡大、住民に退去を促している」
「……あ! だから、どこの宿もいっぱいで──」
「つまり、西へ進んでも、どこまで行けるか、わからねえってことだな。ラトキエの方の駐留軍は、ずっと砂塵のただ中だ。領主も頑丈な建物に、もう避難してんじゃねえかな」
「あっ!」
「おそらく、バスラか、その先のガレー。その点、部隊のトラムの位置なら、南からガレーに回り込める」
「……え……あっ、……う、うん……そっか……」
すらすら淀みなく畳みかけられ、引きつり笑いで口をパクパク。
エレーンは密かに舌を巻いた。まさか、喋りで敵わないとは!?
「あっと、ごめん。ちょっとタンマねっ」
そそくさ愛想笑いで背を向けた。本当に本当に珍しいことだが、相手のペースにはまってる。この人、本当に部隊の人か?
ともあれ、指で唇を叩いて、虚空を見やって検討する。
(竜巻、かあ……)
確かに、もう避難したろう。終日、竜巻が吹きすさぶ中、領家の総領アルベール様がわざわざ待機する理由がない。この参謀の言うように。
ちら、とギイを盗み見た。
頭の回転が速すぎるのが難だが、悪い人のようには見えなかった。
無理強いしないし、バスラに行った後でいい、とちゃんと譲歩もしてくれる。町への入り方も教えてくれた。
なら、一緒でも構わなくないか? 旅の連れは多い方がいいし。何よりファレスが一度も異議を唱えない。
なぜか急に静かになったファレスの変化は気になるが、何か不都合があるのなら、黙っているような野良猫ではない。
検討事項を確認し、笑ってギイを振り向いた。
「じゃ、こっちの用が済んでからってことで」
「了解、お姫さん。街道で幌馬車が待っている」
「え、馬車っ!?──やったっ!? うっわー。まじ助かるぅ〜」
ギイが快哉に苦笑い、ちらとファレスに一瞥をくれる。
「話はまとまったみたいだな」
軽く顎を振りやって、町の出口へギイは促す。
「おいで、お姫さん。馬車はこっちだ」
ぽん、とファレスの肩に手をおき、その渋い顔に目を細めた。
「さてと、行こうか、副長さん」
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