CROSS ROAD ディール急襲 第3部3章12
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 顔を仰いだその頬が、ぽろん、と汗のしずくを弾いた。
 駆け込んできた足を止め、目を丸くして見あげている。
 汗で額に張りついた髪。大人の腹にようやく届く、低い背丈の華奢な肩。まだ幼い少年が。

 午後の鄙びた街道に、その音は、いやに大きく響いた。
 頭にとまった黒い鳥が、鉤爪の足を踏みかえる。
 バサバサ盛大に羽ばたいて、滑り降りた肩から腕へ、飛び跳ねるように降りてくる。(やあ、やあ、あんた、よく来たねえ〜)と、言わんばかりの浮かれた足取り。
 青鳥だった。
 ザルトの街の店先のパラソル席に降りてきた、クロウのジゼルとは別の鳥だが。
 緑の田にも、あぜ道にも、見渡すかぎり人けはない。
 あぜんと固まった一同に、引きつり笑いで何気に会釈、エレーンはそそくさ鳥を見る。
「あ、あはっ、元気ぃ? ど、どこの子かな〜……?」
 微妙な氷結を取りつくろうべく、鳥の胸を指でコチョコチョ。
 鳥はグルグル喉を鳴らし、目を細めてご満悦。
「あっ、あたしに挨拶に来てくれたりぃ? な、なんちゃって……」
 その場しのぎが上滑りするも、一同、凝視で身じろぎもしない。右手に、連れのギイとファレス。目の前に、四、五歳と思しき男の子。その少し後ろには、付き添いらしき平服の青年。
 道端に停めた馬車の前には、目つきの鋭いガスパルと、丸眼鏡で小太りの、優しく穏やかなクレーメンスさん。
 そして、場が凍りついている。
 何故にこんな事態に陥っているかといえば、町から街道に出た途端、旋回していた青鳥が、たちまち頭に急降下、友好を温めに来たからだ。こっちとしては毎度のことだが、そんなことは皆知らない。
 その例に漏れない少年が、長いまつ毛で停止していた。
 腕の鳥とこちらの顔を、びっくりしたように見比べている。
 この鳥の行方を追って、走ってきたらしいことを思い出し、エレーンはすかさず少年の手をとる。「あっとぉ。ボクも、この子と遊ぶ〜?」
「──おい、目でも突つかれたら」
 すかさず制止したのは、右手のギイ。
「へーきへーき、大丈夫よぉ〜。この子、この子のこと好きだもん」
 ちなみに、前の「この子」は鳥のことで、後の「この子」は少年のことだ。
(あ、今のややこしかったかな〜?)とチラと後からよぎりはしたが、胡乱な注目を逸らしたい早く。煙に巻きたい。一刻も早く。
「はい、そっちに行きましょうね〜。でも、この子突っついたら絶交だからねっ!」と脅しを交えて鳥に念押し、わしわし男児へ追い立てる。
 お伺いでも立てるように小首をかしげて見あげた鳥が、鉤爪の足をぎくしゃく動かし、左右一歩ずつ、男児へ移動。
「はい、どうぞ」
 ぽかんと少年は顔を見あげ、がっちり鉤爪でつかまれた、自分の腕に目を戻す。
 もう一方の手をそうっと伸ばして、黒光りする羽毛の胸を、おそるおそるなでてみる。
 鳥はそわそわ落ち着かない様子で、居心地悪そうにキョロキョロし、だが、それでもじぃっと踏みとどまっている。すぐにも逃げたそうな顔つきだが、健気に我慢しているらしい。よし。
 少年が今の仕草を真似て、鳥を指でコチョコチョした。それでも鳥が逃げないと知るや、瞳を輝かせて振り仰いだ。おそらく (わあ!) との無言の歓声。
「驚いたな。噂通りだ」
 聞いたことのない声がした。
 この場で初めて会ったのは──少年の後ろの青年らしい。彼は視線を手前に戻し、少年にとまった鳥を見る。
「こっちだ、ペール」  
 くい、と鳥が顔をあげた。
 ばさりと羽ばたき、速やかに飛び立つ。
 黒く光る翼を広げ、すい、と空を滑った鳥が、青年の腕で翼を畳む。青鳥を、呼び戻した?
 つまり彼は、この鳥の鳥師──。
 鳥を造作もなく回収すると、鳥師の青年はギイを見た。
「参謀。この客は"白"ですよ」
「理由は?」
よこしまな企みを持つ者に、鳥は心を開かない」
 ギイが苦笑いで片手をあげた。
「なるほどな。──了解、グリフィス。覚えておく」
 つまり、鳥師グリフィスと、青鳥ペールの組み合わせ。ちなみに、物珍しい新顔よりも、ペールは飼い主がいいようだ。
 取り残された少年は、ぽつねんと道に突っ立って、飛び立ってしまった鳥を見ている。まつ毛の長い横顔で──。
 あれ? とエレーンは瞬いた。
 少年の低い目線に合わせて、膝を抱えてしゃがみ込む。
「ねえ、前にあたしと会ったことなあい?」
 ふっくらした男児の頬が、ふと、気づいたように振り向いた。
『 ……あ、ぼく、キャンプで 』
 鈴を振るような声だった。
 透き通ったその声の、あまりの綺麗さに息を呑む。
 無言で見つめ合って三秒後、突っ立った男児にはたと気づいて、我に返って笑いかけた。
「あ、そっか。前にキャンプで会ったよね〜……」
 馬群で大陸を南下中、ケネルと訪れた遊牧民のキャンプ。投宿先のそのゲルに、こっそり覗きにやってきた、三人組の男児の一人だ。
 キャンプの子供は全員が、ひどく可愛らしい顔立ちで、町の子供と比べても飛び抜けていたことを覚えている。もっとも、こっちに呼んではみたが、「ケネルの膝」の争奪戦に敗れた、ケインだけしか来なかったが。
 後の二人はケネルに夢中で、遊んだ記憶が皆無だから、すぐには気づかなかったのか。でも、それにしても印象が薄い・・・・・。しばらく一室で過ごしたというのに。
 この子と同じく遊んではいないが、やたらと元気なボス格の子は、まだ記憶に残っている。ケインもあのプリシラも元気一杯はしゃいでいた。でも、この子はどこにいた?
 おっかしいな、と首をひねり、そこはかとなく後ろめたい思いで、しどもど男児に笑いかける。「えっと、ボクのお名前は確か……?」
 懸命な顔つきで、男児が仰ぐ。
『 ……ヨハン 』
「あ、そうなんだー。よろしくねー、ヨハン」
 一同、弾かれたように振り向いた。
「へ?」
 エレーンは面食らって口をつぐむ。
 またも一同固まって、まじまじ目をみはっている。青鳥の時とはまた違う、心底驚いた顔つきで。
「えっと、なに!? 今度はなに!?」
 訳がわからず、わたわた見まわす。まだ何もした覚えはないのだが、一体何をやらかした──!?
 ゆっくりギイが身じろいで、隣のファレスと目配せした。
 思案げに唇を舐め、言葉を選ぶように顔を見据える。
まるで・・・聞こえたみたいだな」
「……へ? なに? どういう意味? もしかして、みんなして、からかってる?」
「阿呆。そいつは口がきけない」
 エレーンは戸惑い、目を戻した。
 ファレスの声に含まれた、わずかな困惑の色こそが、如実に物語っていた。それが事実であることを。この少年は、
 ── 口がきけない?
 思いがけない断定を、掠れた記憶が後押しした。
 そう、あの時ケネルも言ったはず。キャンプにいる子供たちは、全員、障害を負っている。それが理由で親元を離れ、ひっそり養育されている。周囲のいじめから守るために。
 けれど、現に少年は名乗った。それで・・・初めて知ったのだ。彼の名前が「ヨハン」だと。
 ギイがじっと顔を見ている。うかがうような、いぶかしげな顔で。他の者たちも同様だ。
 エレーンは虚空に視線を投げ、人さし指で唇を叩く。「だけど、あたし聞いたけどー。なら、最近話せるようになったとかー?」
「あいにく、俺たちには聞こえない」
 切り上げるようにギイが言い、一同に視線をめぐらせた。
「それは追々聞くとして、次の町へ、そろそろ向かおう。日没までには、なるべく着きたい」
 沿道の幌馬車へと皆を促し、その道すがら振り向いた。
「ああ、あんたの敬称は省かせてもらう。素性が知れると、厄介だからな」

 馬車の車輪がガラガラ響いた。
 旅芸人が使う幌馬車のような、頑丈な造りの大型馬車だ。二頭立ての荷台の奥には、厚い布団が横向きに敷かれ、その布団の左端に、畳んだ布団が積んである。車内での寝泊まりにも対応できるよう、寝具の準備もしてあるらしい。
 エレーンは靴を脱いで布団にあがり、御者台との仕切りの壁に、いそいそ笑顔で寄りかかる。
「ふぃ〜。靴脱ぐと楽ちん〜!」
 長椅子の座面と化している、奥に敷かれた布団が楽だ。長旅をするにあたって準備万端整えてある。
 もたれて座った右手には、ファレスが頭を片手で支え、横臥の体勢で寝そべっている。ちなみに靴は履いたまま、布団の外に出している。
 左手の壁にはヨハンがもたれ、靴下の足を投げている。
 そして、色々な話をしてくれた。町の鳥は何が好きか、野原の鳥は何を食べるか、青鳥が刷り込みで懐く話、青鳥がどれほどお利口か──てあれ? 鳥の話ばっかりじゃ?
『 おばちゃん知ってる? カラスと青鳥は違うんだよ? 』
 ──青鳥の尾は、カラスより、うんとうんと長いんだ。
 懸命な顔で喋りたて、時折、不安そうに顔を覗く。本当に声が届いているか、おそるおそる確かめるように。
「あ、そうそう、プリシラは元気〜?」
 鳥の話題から脱すべく、共通の知り合いの話題を振る。
 ヨハンが面食らったように口をつぐんだ。
『 あ ──ううん。いいんだ、一緒だから。それより、おばちゃん、青鳥は──』
 エレーンは肩透かしで引きつり笑った。笑うしかない。
 満を持しての投擲とうてきだったが、近況、さらっと流される。鳥以外は不可なのか?
 話題が鳥に逆戻り 「そ、そーなんだ〜……」とたじろぎ笑い。相槌を打つその後ろで、むくりとファレスが起きあがった。
 膝を立てて腰をあげ、無言で前を通過して、布団の左へ回りこむ。
 ぽかんと見あげたヨハンの肩を、片手でぞんざいに押しやった。尻もちついたヨハンを後目しりめに、どかっと真横に腰をおろす。
 あぜんと思わず見届けてしまい、エレーンはまなじり吊り上げた。
「ちょっと! なんで割りこんでくんのよ」
 むすっとファレスが振りかえる。
「ずっとケツ向けてやがってよ」
 て、
「──はあ!? 理由それ!?」
 己はどこのガキんちょだ!?
「ヨハンとお話してたから、背中が向いちゃっただけでしょが」
 てか、左右いっぺんに見ろとか無理。
「ずっとケツ向けて無視しやがってよ」
「だから無視したわけじゃないでしょが!」
 けっ、とファレスが腕を組んだ。「どうだかな」
 なぜ疑う。
 見るからに露骨にふて腐った態度で、ファレスが布団に寝そべった。ヨハンとの仲を阻むように。いや、あからさまな妨害だ。そっぽを向いたその顔は、もう梃子でも動かぬ構え。
 ゆがめた頬をヒクつかせ、エレーンはわなわなゲンコを握る。
「ほんとにもー信じらんないっ! こんなちっちゃい子相手にして、なんで、そういう意地悪するかなっ!」
 寝転んだファレスしょうがいぶつの向こう側へと、ぷりぷり両手を突き伸ばす。
 よいしょ、とヨハンを両手で抱きあげ、手前に引き寄せ、布団に降ろす。後ずさってけたファレスとの間に。
 知らん顔を決め込んでいたファレスが、あっ!? と見咎め、振り向いた。
「てめえ阿呆!? 何していやがる!?」
「いいでしょーこれなら。あんたにお尻向けてないしぃ」
「これじゃあ、なんにもならねえじゃねえかよっ!」
「あーもーうっさいっ! 吠えないでよっ!」
 エレーンも対抗、牙を剥く。
「はいっ、おしまい。これでおしまいぃ〜! もうこれで全部終わりっ! わかったわねっ!」
「──なんで、こんなガキ、連れてきやがるっ!」
「いいわねっ!」
 ぐっとファレスが文句を呑んだ。
 まだ何か言いたげだったが、不満たらたら引き下がる。
 騒ぎを無言で見ていたギイは、外に面した荷台の端で、ガスパルと煙草を喫っている。外の光で雑誌を見ながら。
 馬車が停まり、しばらくすると、クレーメンスさんがやってきた。
 ギイの向かいに座っていた、ガスパルが立って荷台を降り、クレーメンスさんが代わりに乗りこむ。御者を交代するらしい。
 それから又しばらくすると、鳥師のグリフィスがやってきて、クレーメンスさんと交代した。
 途切れがちにはなったものの、ヨハンの話は相変わらず。
 大人しそうな見た目に反して、ヨハンは案外お喋りだ。あくびを始め、目をこすり、膝にうつ伏せて、しがみつき、それでも懸命に話している。スズメの話、鳩の話、カラスの話、青鳥の話。話題はやっぱり鳥の話。そして、大好きな鳥の話──
 車輪の音が、ガラガラ響いた。
 荷台の外には、土ぼこり。夏日に乾いた土道を、凪いだ西日が照らしている。
 そっとヨハンの顔を覗けば、口をあけて目を閉じている。話が途切れがちになっていたが、ついに疲れて眠ったらしい。
 ばさり、と黒が、視界の端で羽ばたいた。
 グリフィスの肩にいる青鳥だ。
 彼は立て膝にうつぶせて、荷台の端でうたた寝している。ずっと御者台に座っていたから、夏日にさらされ、疲れたのだろう。
 そういえば、と思い出し、ふと、隣を振り向いた。
 顔をしかめて転がっていたファレスも、かーかー寝息を立てている。口をあけた無邪気な寝顔は、隣の子供といい勝負。どうりで静かだと思ったら。
 皆が寝静まった荷台の中で、肩にとまった青鳥だけが、時折くちばしで毛づくろいしている。
「驚いたな。副長が寝てるぜ」
 ギクリ、と胸が鷲づかまれた。
 誰の声かに思い当り、エレーンはどぎまぎ目を伏せる。
 荷台の端で、ギイが見ていた。
 思いがけず、取り残されていた。
 気づけば、さりげなく観察している、あのギイと二人きりで。
 
 

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