■ CROSS ROAD ディール急襲 第3部3章14
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「やーよ、あたしぃ」
ぷい、とエレーンはそっぽを向いた。
「やっと部屋に着いたのにぃ。いーじゃないよ、何がダメなのぉー? こんな広いし、きれいだしぃー」
向かい一面、低い腰窓。
い草の敷物の敷きつめられた、家具のない広い部屋。がらんとしたその隅に、畳んで積まれた布団と毛布。ちなみに建物の一階には、鳥師たちが待機している。ぶっちゃけ、至れり尽くせりだ。
ぐい、とファレスが腕をとった。「いいから出るぞ! 来い阿呆!」
「一人で行けばー?」
くい、とその手を奪い返す。
「あたしは皆とこっちにいるから。ねーギイさんっ」
ああん? と舌打ちで振り向いたファレスが、はた、と見返し、顔をゆがめた。
「……てめえ、まさか、もうギイと」
ぎろりとギイを振りかぶった。
「てめえギイぶっ殺す!?」
「──おっと」
軽くのけぞって唾をさけ、ギイがうんざり顔をしかめた。
「いい加減にしてくんねえかな。あんたの邪魔は、しねえと言ったろう。だが、他所へ行くのは勘弁してくれ」
「不良軍師の指図なんざ誰が受けるかっ! 俺は断じて宿をと──っ!」
「必要ねえだろ、そんなもの。なんで、わざわざ外に出たがる。部屋の広さは十分だし、大人数にも対応している」
「うるせえ! 何度も言わせんじゃねえ! 俺は外で宿をと──!」
「面倒なんだよ、連絡が。あんただって、わかるだろう。ここまで同行したっていうのに、なんで、急にごねるんだか」
「俺はっ、外でっ宿をと──っ!」
「いつからそんな 聞き分けのねえ子ちゃん になったんだ!」
「──。きっ?」
あぜんとファレスが絶句した。
カリカリ吠え猛った反抗から一転、まじまじギイの顔を見る。
「……お前、キャラ変わったな」
「あんたほどじゃねえだろうがよ。とにかく宿を探そうにも、もう、どこも満室だ。退避勧告が出ている当節、避難民で埋まってる」
筋道だって畳みかけられ、ぎりぎりファレスが返事に詰まった。
舌打ちして背をかがめ、ふて腐った仕草で靴を脱ぐ。
ずかずか部屋に上がりこみ、どさりと投げたザックの中から、麻紐の束をつかみ出す。
「──あんた、崖から飛んだって?」
ギイが戸枠にもたれて腕を組み、しゃがんだ横顔に声をかけた。
「だが、事この件に関して、あんたは口を出す立場にない。わかるよな?」
ファレスが肩越しにギイを睨んだ。
麻紐をほうって、立ちあがる。
腰から、短剣を抜き払った。抜き身の刃を引っさげて、つかつか無言で戻ってくる。
「ちょ、ちょっとファレス……」
ぎょっとエレーンは息を呑み、おろおろギイをうかがった。
ギイは腕を組んだままだ。ほんのわずか眉をひそめ、だが、何を言うというのでもない。
わたわた交互に見るまにも、二人の間がいよいよ近づく。
よ、よしっ! と密かに気合を入れて、エレーンは顔を振りあげた。
「な、なにやってんのっ、やめなさいっ!」
へっぴり腰で割って入る。
引きつり顔でわしわし突進、ひっしとしがみついてギイを確保、肩越しにあわてて振りかえる。
「だめっ! ファレスっ!」
カッ──と硬い音がした。
さらり、と茶髪がひるがえる。
今の音はなんだろう。分厚い木肌が割れたような──とっさにすくめた首を戻して、おそるおそる目をあける。
しなやかな髪が、視界をよぎった。
ファレスの横顔が通りすぎる。自分のザックに引き返していく?
へなへな虚脱して座りこみ、音が聞こえた頭上を仰ぐ。
天井近くの戸口の縁に、何か黒っぽい物が突き立っていた。なんだか、すんごくめり込んでいるが、あれって、もしや、
……短剣の柄?
何が起きたかわからずに、眉根を寄せて固まっていると、ファレスが麻紐を拾いあげて戻ってきた。
紐端を、その柄にくくりつける。
肩を返して部屋を突っ切り、向かいの窓枠の出っ張りに、もう片方の端を結ぶ。
ぴん、と張り渡した麻紐に、広げたシーツの両端を結び、二枚目のシーツに手を伸ばす。
はた、とエレーンは見咎めた。
「ちょっ!? そんなのぶら下げたら重たくない? 短刀が抜けたら、すんごく危な──」
「抜けやしねえよ。大丈夫」
笑いを含んだ声がした。
ファレスじゃない。別の誰か。つまり、戸口にもたれたギイ?
「力持ちだからな、副長は」
ファレスは手際よく部屋を二分し、右手の区画に顎を振る。
「来い、阿呆。お前はこっちだ。ギイ、てめえは左を使え」
「──おいおい。ずい分厳重だな」
ギイは呆れたように苦笑いする。
「なんで、そんなに隔離したい。確かに客はお姫さんだが、野営で南下したってんなら、雑魚寝なんざ今更だろ」
「──冗談じゃねえ」
けっ、とファレスが、顔をゆがめて吐き捨てた。
「雑魚寝なんざした日には、いつまた誘惑しやがるか」
ぱこん、と頭を後ろから、エレーンはポシェットで張り倒す。
「──なにしやがるっ」と息巻くファレスに、エレーンは 「コラ」 と不穏に詰め寄る。
「誰が、いつ、 誘惑したって?」
はたかれた頭を片手で押さえ、ファレスは、ぐぬぬ、と顔をゆがめて詰まっている。
「へえ。人は見かけによらねえな……」
毒気を抜かれたような、ギイの声?
一転"崖っぷち"に、はたと気づいて、ぼすぼすファレスをポシェットで殴った。
「ち、違う違うっ! 違うからねギイさんっ! 今のはファレスが勝手に嘘を──ちょっと! 変なこと言わないでよっ!」
愛想笑いの釈明の後の言葉でファレスを叱り、「ばっかじゃないの!?」とねめつける。
足音荒くずんずんと 「もー信じらんないっ!」 と陣地に入る。右だ。
沈没していた床の上から、むくり、とファレスも起きあがり、頭をさすりつつ、ブチブチ続く。不満たらたらの形相で。
「ちょっと待った」
すかさずギイが、その首根っこを引っつかんだ。
「なんで、あんたまで右に行くんだ」
ぎろりとファレスが振りかえる。
「てめえは一々うっせえなっ! 野放しってわけにはいかね(えだろうが──)」
「ほら、追い出される前に、こっちに来な。お姫さんはお召し替えだぜ」
さがったシーツを片手で払い、ギイがずるずる、左の区画へ引きずっていく。
「たく。世話をかけるなよ。あんたが決めた陣地だろうが。明日も移動があるんだからよ。もう、さっさと休もうぜ」
力任せに突き放したファレスがたたらを踏むも一顧だにせず、ぽかんとやり取りを見ていたヨハンの、華奢な肩にギイは手をおく。
「お前さんはお姫さんの組だ」
ヨハンは見あげ、きょとんとしている。(でも、ぼく、男の子だよ?)と言いたそうな困惑顔。
長身の肩を軽くかがめて、ギイはヨハンの肩を抱く。
「ヨハン、指令だ。お姫さんを守れ」
ヨハンが息を呑み、目をみはった。
両手の拳で、ぶんぶんうなずき、天敵ファレスをキッと見る。害虫を見るような眼差しで。
気迫に押されてファレスはたじろぎ、ギイを胡乱に振り向いた。
「てめえギイこら! なんでそういう余計な真似を! ガキなんぞ側にくっ付けたら、出てこねえかも知れねえじゃねえかよっ」
「出てこないって何がー?」
思わず口を突っ込むと、ファレスが苛々と振り向いた。「だからツク──」
「つく?」
「……つっ……くぅ……」
勢いこんだ口を閉じ、顔をゆがめてファレスが黙る。
「ねえ、ファレス?」
ずい、とエレーンは腕を組む。
「あんた、なんか隠してなあい?」
呼ばれて、ふと振り向いたファレスの、しかめた眉が、いびつにヒクつく。
「──隠してねえよ」
ぶすりとふて腐ったファレスを後目に、ヨハンがずんずんやってきた。
細いながらも腕を振り、害虫排除の使命感に燃えて。目の前でかばい立ち、ファレスを睨んで仁王立ち。
ぎりぎりファレスは睨めっこ。
「──たく! なんで、こんなガキ連れて来やがるっ!」
まんまと防壁を送り込み、策士ギイ、駄々っ子を封殺。
やがて、夜もどっぷり更けて、ガスパルたちも戻ってきた。
仕切りの左右に陣取った、姫とその従者の騎士、その他男どもに分かれて就寝。
そして、寝静まったその深夜、
むくりと、ファレスが起きあがった。
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