CROSS ROAD ディール急襲 第3部3章15
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「……。ギイさんが、やったんじゃないでしょうね」
 道の先をながめやる黒いピアスの横顔を、エレーンはじとりと横目で見やる。
「これを、俺がやったってのか?」
「違うの?」
 ギイがやれやれと肩をすくめた。「──その手があったな」
 身じろぎ 「だが」 と言葉を続ける。
「あいにく、あの軍服は、正真正銘、国軍だ」
 馬車で町を出、わずか数分、なだらかな田園風景が山裾に隠れたところだった。
 山間やまあいの道に差しかかる手前で、頑丈な柵が道幅をふさぎ、兵士が数人立っている。
 通行止めのようだった。
 街道が封鎖されている。停車した幌馬車を、少し手前でエレーンは降り、ギイと二人、様子見に来ていた。
 ギイがいるならファレスもついて来そうなものだが、あいにく馬車で眠り呆けている。むしろ、気づけば、いつも寝ている。確かに、馬車での移動は退屈だろうが。
「なんだ。いやに物々しいな」
 無言で関所をながめていたギイが、いぶかしげに目をすがめた。
「軍隊がいるな。厳戒態勢ってわけだ」
「……え?」
 番兵の立つ関所の先、裾野の林道に目を凝らせば、なるほど見通しの悪い日陰の道に、兵が無数に行き来している。空気が張りつめているのは、そのせいか。
 だが、なぜ、こんな所に? そうも厳重に警備している? こんな何もない街道を。
「確かに竜巻で退避はしたが、撤退したわけじゃない。そもそもここじゃ、敵陣トラビアから遠すぎる」
 その理由をギイが告げた。
「いるな、向こうに要人が」
 はっとしてエレーンは息を呑んだ。
 軍隊の警備が必要なほど、要職にあるその人物。しかも、戦も差し迫ったこの時期に、危地に自ら赴くような、重要な役割を一身に担った──。それは、もしや当事者の、ラトキエ総領、
 ──アルベールさま!?
「ま、俺たちは、ここまでだがな」
 ギイが身じろいで目を戻し、今来た道へと促した。「さ、引きあげようぜ、お姫さん。次はトラムに行かねえとな」
「──ちょ、ちょっと待って」
「見たろ。あんたは、ここまでだ」
 あわててエレーンは振りかえり、関所の番兵に目を凝らす。「あたし、取次、頼んでみるから。あそこで番をしている人に」
「やるだけ無駄だと思うがな」
 むっとギイを振り仰いだ。
「どうして、そういう意地悪いうかな。通してくれるかもしれないでしょー?」
「頼まれてホイホイ通しちまっちゃ、番をしている意味がない」
 む、と詰まり、顔をゆがめた。
「そっ、そっ、それはそう、なんだろうけどもー。だけど、あのアルベールさまなら、追い返したりしないもん」
 ギイは煙草をくわえて火を点ける。
「なんで、そうまでして総領に会いたい?」
 え? と面食らって顔をあげた。「だって、そりゃダドリーが」
「捕虜になってるんだってな、トラビアで」
「なによ、ちゃんと、わかってるんなら──。ダドのことをお願いしに、あたし、ここまで来たんだし」
「気楽に言うなよ。説得が通じる相手じゃないぜ」
「ぬ。ギイさんは、アルベールさまのこと知らないでしょー」
「あんたほどじゃないと思うが」
 ふう、と一服、紫煙を吐いた。
「助命嘆願するにせよ、そもそも領主夫人あんたの立場なら、然るべき手順を踏んで、面会を申し込むのが筋じゃねえかな。いきなり居場所に押しかけて、直談判ってのは聞かないぜ」
「だ、だから、それには、色々事情が」
「事情、ね」
 ちら、とうかがう探るような視線。──はた、と気づいて目をそらした。
「と、とにかく! あたし行ってくるからっ」
「どうぞ、お好きに」
 案外あっさりと道をあけた。
 その脇をすり抜けて、エレーンは密かに顔をしかめる。
 青い制服の番兵を見据え、腕を振って関所に走る。危ない。危うく喋るところだ。
 けれど、言えない。本当の理由は。とにかく、誤解をとかないと。
 ── アルベールさまの誤解をとかないと!
 ダドリーは決して、アディーの敵ではなかったと。
 アルベールさまが愛した彼女を、虐げてなどいなかったと。まして、死に追いやるなど──。
 きちんと伝えたら、この旅も終わる。
 とても長かったこの旅も。その相手が、まさにいるのだ。ラトキエの総領
 ──アルベールさまが。
 脳裏をよぎった面影に、どきん、と胸が射抜かれて、少し手前で足が止まった。柵の間に、番兵が二人、向こうの道に、更に三人。
 こちらの姿を見咎めて、一人がつかつか歩いてくる。エラの張った太い眉毛。
「なんだ、お前は」
「……は?」
 エレーンは絶句で突っ立った。開口一番、けんもほろろな横柄な誰何すいか……
「──あ、はい、身分証がっ」
 はた、とそれを思い出し、ポシェットの中をあわてて探る。確か商都の正門でも、似たような目に遭ったはず。
 差し出したそれを手に取って、番兵は胡散臭げにあらためる。
「あの、領邸が発行した──」
「とうに期限が切れているようだが?」
 ぴら、と二指で紙片をつまみ、顔をしかめて眉根を寄せた。
 組んだ両手を頬に当て、エレーンは精一杯お愛想笑い。
「あっ、でも、持っているっていうことはー、勤めていたって確かな証しで──」
有、効、期、限、が、切れている」
 殊更に区切って言い放ち、ぴん、と番兵が紙片をはじく。
「あ、あの、でも、あたしちょっと、この先に用が──」
「立ち入り禁止だ。引き返せ」
「あ、いや、話だけですぐに済むんでー。あの、実はお話の相手は、ラトキエ領家のアルベールさ──」
「駄目だ駄目だ! 引き返せ!」
「あっ、なら! レノさまでもいいんでっ」
「レノさま?」
 ゲジゲジ眉毛の眉間にしわ
「あ、レノさまもアルベールさまを訪ねてて、たぶん、もう着いてるんじゃないかと。えっと、領家の直系のー、真っ赤な頭髪あたま態度の大きい、」
「──ああ」 というように番兵が、拍子抜けしたように眉をひそめた。
 胡散臭げにジロジロ見やり 「ちょっと待て」 と振りかえる。
 怪訝そうにやって来た後ろの番兵と二人して、何やら顔をしかめて話している。なんと、あれだけの情報で、すぐに特定されたらしい。さすがレノさま。なんて便利
「で、あんたはどこの誰?」
「えっと、あたしは、なんていうかその、──あ、レノさまの知り合いっていうか?」
 再び問われて、思わずまごつく。素性というなら 「クレスト夫人」 が正解なのだが、まさか、この場面では名乗れない。だが、手のひら返した好感触だ。
「あの、ちょっとお話するだけでいいんで」
「帰れ」
 近寄りかけた足を止めた。「……え゛?」
「この先は、関係者以外立ち入り禁止だ」
 無下に、番兵は片手を振る。
「あ、だけどっ」
「どこの馬の骨とも知れない輩を、この先へ通すわけにはいかない」
「ちょ!? あたし、怪しい者じゃ!?」
 しまった。"レノさま" が 心証悪まずかったかー!?
「さ、帰った帰った! 今は誰も通せない。領邸で使用人をしてたなら、あんただって知ってるだろう。おいそれとは総領とは会えない」
 シッシといかにも邪魔そうに、片手を振って追い立てる。
「うっ。──け、けどっ──本当にアルベールさまとは知り合いで──」
 しばし、じぃっと番兵に、恨めしい視線を送ってみるが、ぷい、と横を向いた番兵は、もうこっちを見もしない。
 嘘泣きしても無駄そうなので、せめて、ギッと番兵を睨んで、石ころ蹴って引きかえす。
「んもーっ! なによ、ゲジゲジ眉毛っ! なんであんな通せんぼするかなー。用があるって言ってんのにっ」
 突っ返された身分証に、むに、と口を尖らせて、はあ、と嘆息、空を仰ぐ。ああ、まったく使えない。期限切れの身分証って。当たり前だが。
 無念の思いで、ごそごそポシェットに身分証それをしまう。それにしたって、あの態度はない。
「あたしだって関係者なのにぃ。あたし嘘なんかついてないのにぃ。アルベールさまのこと知ってるしー、レノさまだって知ってるしー、けど、番兵はあたしのこと知らないしぃ! あーっもー! そしたらどうやって会えっていうのよぉ〜……」
 てか、今の眉毛の番兵。急に意地悪になったみたいな。
 レノさまなんか、変な意地悪したんじゃないのか?
「どうだい、首尾は」
 声をかけられ、目をやれば、馬車にもたれてギイが見ていた。
 薄く笑うその顔に、むう、と口を尖らせる。「……なんか別の手、考えるもん」
「何度やっても同じじゃねえかな」
「──なんか考えるってば! 別の手をぉ」
約束 したよな、バスラの次はトラムに行くと」
 言われて、う゛っと反論に詰まった。
「あんたの望みは聞き入れたはずだ」
「けどっ──すぐそこにアルベールさまがっ!」
「ま、ひとまず戻って飯でも食おうや。それからしばらくは自由時間だ」
「──じゆう、時間?」
 馬車の荷台によじ登りながら 「え?」 とエレーンは面食らう。今のギイの言い方が、どこか唐突に思えたのだ。
間違えるなよ・・・・・・、お姫さん。食後しばらくは・・・・・自由時間だ・・・・・。いいな」
 念を押すように繰りかえし、ギイも身軽に乗りこんだ。
「準備ができ次第、町を出る」
 
 

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