【ディール急襲】 第3部3章

CROSS ROAD ディール急襲 第3部3章17
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「──そうこなくっちゃな」
 読み通り・・・・、というように頬をゆがめて苦笑いすると、ギイは道に踏み出した。
 宿へと戻る道すがら「買い物がある」と一人別れて、町角に消えたファレスを追って。「──しかし、懲りねえなあ、副長も」と呆れたように苦笑わらいながら。だから、宿舎の大部屋に、四人で戻ってきたのだが──。
 ぐっしょり汗をかいていたヨハンを、クレーメンスさんが着替えさせ、だが、戻ってまだ間もないというのに、ヨハンを小脇に引っ抱え、青くなって出て行った。
 連れて行った先は診療所。はしゃいで発熱したらしい。にしても、よく不調に気づいたものだ。発熱した当人でさえ、気づいてなかったようなのに。──いや、先に気づいたのはギイかもしれない。店を出る時、ふとヨハンにかがみこみ、クレーメンスさんに言い付けてたから。
『 戻ったら、服を替えてやんな 』

 そして、事ここに至る。

 絶対、目を合わせようとしない。
 窓辺で組んだズボンの膝を、ずっと、そわそわ揺すっている。
 ひらいた引き戸の窓辺に腰かけ、半袖シャツの腕を組み、不本意そうに顔をしかめて。
(まじかー……)
 "貧乏揺すり"から距離をとり、腰窓の下にへばりつき、手すりにしがみついてエレーンはうかがう。適正に保ったこの距離を、テキが詰めてこぬように。
 昼下がりの、宿舎の二階。
 一面い草の敷物に、うららかな陽が射している。庭木のせみ。ゆるい砂風。そして、大部屋の窓辺には、黒い髪の中年男。
 ファレス言うところのあの"地図屋"──いや、地図屋というより、むしろアレだ。にわかに浮上したあの疑惑、必殺変態ウサギおやじ
 外を見ている地図屋の顔は、もうあからさまに不本意そうだが、いや、こっちだって負けないくらいに不本意だ。おそらく共通の想いは一つ。ああ、何故にみんなして、バタバタいなくなったのか。広い部屋の中央には、脱ぎ捨てたままのヨハンのズボン──。
 がらんと広い大部屋に、地図屋と取り残されていた。
 ファレスについて行ったあのギイに「後は頼む」と任された、ガスパルっておっちゃんと。ぶっちゃけ、
 ……気づまり
 晴れた外を眺めやる苦り切った横顔を、エレーンはそわそわ盗み見る。社交的な奴ならまだしも、なぜにこんな不愛想な中年親父と──。
 座ったももに腕をおき、煙草をくわえて外を見ている。
 部隊の連中の例にもれず、沈黙が苦ではないらしい。だが、こんな穏やかな正午というのに、相手の存在を意識しすぎで灰色がかった重たい空気。そう、あんたは良くても、こっちがもたない。気力を奮い起こして笑顔を向けた。
「ね、ねえねえ、おじさんっ? いいこと教えてあげよっかー」
 苦り切った横顔が、紫煙を吐きつつ顔をしかめる。「──いいこと?」
「あのねー。ラディックス商会のロビーにねー」
 見向きもしないが構わず行く。「すんごい地図があるわよお?」
「……地図?」
「だって、おじさん地図屋なんでしょ? 商会で会った時、ファレスが──」
「言ったな」
「なら、興味あるでしょお? 地図」
 窓辺の地図屋は相変わらず、顔をしかめて喫煙している。
 反応ないので、笑顔でごり押し。「一回見せてもらうといいわよお?」
 外壁で煙草を擦り消して、地図屋が外に吸い殻を捨てた。「そいつは、そんなにいい出来か?」
「はあ? いい出来なんてもんじゃないわよぉ。もう、すんごいんだから商会の地図は! 細かいし正確だし綺麗だしっ! よそで買うより全然あっちのがいいってば! あ、あんな上物になっちゃうと、ちょっとお高いかもしんないけども、そこはギイさんにおねだりしてさ。絶対すんごく役に立つって!」
 鼻の下を指でこすって、地図屋は満更でもなさげな顔つき。「……参ったね、どうも」
 はあ? とエレーンは眉根を寄せた。なぜに、あんたが照れるのだ?
 日にけた頬をおかしそうにゆがめて、地図屋はくつくつ苦笑いしている。「あんた、俺のこと、どう聞いた」
「地図屋」
 即答で正体を言い当てる。ファレスがそう言ってたし。地図屋というなら、すなわち地図の管理人。もしくは部隊の購入窓口。部隊の担当なんでしょが。
「あのねー、これでも見る目はあるから。ラトキエの領邸で働いてたし。会議室とか資料室とかで立派な地図はたくさん見たけど、あんなすごいの見たことないわよ。あんなの部隊に持っていったら、絶対査定もだだ上がり──」
「了解。検討しておくわ」
 あっさり力説を中断されて、肩透かしで顔をゆがめた。
 地図屋はなんでかにやにやしている。理由がわからず不気味だが、さっきより幾分マシにはなった。
「だけど、わかんないもんよねー」と話をつなぎ、ヨハンを抱えて出て行った、部屋の戸口を振りかえる。「あんな温和なクレーメンスさんが、調達屋の一味とか」
「調達屋?」
 新たな煙草を口にくわえて、地図屋が怪訝そうに振り向いた。「なんだ、そりゃ。あの人はうちの所属だぜ」
「けど"手配師"って、前にファレスが」
「──あのな」と地図屋が頭を掻いた。「手配と調達じゃ、まるで違うぜ。にしたって、なんで知ってんのかね、あの連中のことなんぞ」
「毎日お弁当配ってたし。あ、ノースカレリアからこっちに来た時、部隊の人たちとずっと一緒で」
 ──ああ、それでか、と地図屋がつぶやく。
「アレ、何気にすごくない? だって、いっぺんに何十個よ? しかも毎日。前にあたし実家の稼業で、似たようなことしたけども、あの人たちにはマジびっくり」
弁当配りあれが本業ってわけでもねえがな」
 口をつぐんで見返した。「違うの?」
「補給もむろん大事だが、むしろ、奴らの真骨頂は、戦場の掃除屋・・・・・・ってところだろうぜ」
「……そうじ、や?」
 はあ、とエレーンは眉根を寄せた。清く正しい勤労に、従事する姿が想像できない。
 なら、割れたガラスを片づけて、道のゴミをほうきで掃くとか? もしくは荒らした畑に入って、せっせと苗を植え替える? あの山師みたいな面々が? 金銀ジャラジャラ調達屋がでっかい羽根つき帽子を揺らして、ちょいちょい苗を植え付ける図──
 たじろぎ笑いで辛うじて返す。「へ、へえ? 人は見かけによらないっていうか」
「ああは見えても目利き・・・だからな。一戦するごとに部隊が潤う・・・・・」   
「──え?」
そういう・・・・ことだよ。そんなことより、」
 地図屋が吐き捨てるように舌打ちし、窓辺で鋭く目を据えた。
「あんた、なんで、あんなことを」
 声に混じった非難の意味を察しかね、ぽかんとエレーンは地図屋を見返す。「えっと、その、あんなことって?」
「──だから、」
 地図屋がもどかしげに顔をゆがめ、だが、先をためらい、苦々しげに目をそらした。「なんで、こんな所まで、来ちまったんだよ」
「……や、なんで、って言われても」
 気まずくエレーンは身じろいだ。腰窓の下に寄りかかり、途方に暮れたような相手をうかがう。
「だって、一人でいじけてたって、誰も助けてくれないし」
 自分の言葉に引きずられ、当時の光景がよみがえった。
 そう、あの日、領邸に、ディールの使者がやって来た時、誰もが脇を行きすぎた。膝をかかえて道で泣いても、誰も手など、差し伸べてくれない。あの時、思い知ったのだ。親切な「誰か」など、どこにもいはしないのだと。
「……誰も彼もが他人事で、誰も頼りにならなくて、でも、軍隊はどんどん近づいてくるし、何とかしなくちゃならないし、あたしが全部の対面といめんで、だから、考えて、考えて、考えて──」
 傭兵たちが詰めていた、ほの暗いあの一室が、い草の敷物の日溜まりによぎる。
「だけど、思い切って飛びこんで、追い払われても食い下がって "助けて"って訴えたら、ケネルが"行く"って応えてくれたの。得になることなんて何もないのに」
 指で煙草をくゆらせて、地図屋は黙って聞いている。
「それでよく分かったの。人は誰かに寄りかかっちゃ駄目なの。自分の足で立たないと」
 人任せにしていても、誰も、何もしてくれない。
「だが、平時ってんなら、まだしもよ。何も交戦地へ行かなくたってよ」
自分で蒔いた種・・・・・・・だから、ちゃんと自分で刈り取らないと。それに、あたし、ダドリーと話して、この結婚、解消しないと」
 面食らったように地図屋が見た。「──いいのかよ。玉の輿だろ」
「うん、いいの。お金じゃないなーってわかったし」
 手を組み、軽く伸びをする。
「そりゃ、お金は大事だし、領邸暮らしは贅沢だけど、でも、全然幸せじゃなくて。ダドリーの隣にるだけが仕事で、それがあたしの役割で。跡継ぎだとか妾とか、ダドリーは領家いえのことばっかりで、家族なんかじゃ全然なくて」
 詰めた息を軽く吐き、思い切って口に出す。
「あたしは家族が欲しかったの。ケネルのお嫁さんになりたいの。だから──」
 窓辺に座ったズボンの膝が、昼の夏日を浴びている。
 地図屋が眉をしかめて紫煙を吐いた。外の壁で煙草を揉み消し、膝を叩いて立ちあがる。「たく。柄じゃねえんだがなあ、こういうのは。ヨハンが熱なんぞ出さなけりゃ、こんなことにはならなかったものをよ」
 こんもり床に脱ぎ捨てた、子供のズボンをつくづく眺める。「あんなに元気にはしゃいでたのに、なんだって急に、あの坊主──」
 あっ、と大きく口をあけた。
 へなへなうつむき、後頭部を叩く。「やられた。グルかよ。飯食って店を出た時か。だから、あの時クレーメンスさんに──」
 お見通しかよ、と頭を掻き、盛大に息を吐いて顔をあげた。「なんだよ、かしら自分だって・・・・・よ」
 戸口をすがめ見、近づいて、首だけ出して廊下をうかがう。
 急ぎ窓辺に取って返して、今度は外をきょろきょろ見る。そして、
(……くっしん、うんどう?)
 思わず動きを目で追って、エレーンは(なに急に)と顔をゆがめる。
 くるり、と地図屋が振り向いた。背を向け、床にしゃがみ込む。「ほれ」
「……ほれ?」
「だから来いって。早く背中に負ぶさりな」
 自分の背中を顎でさす。そういや、庭には立派な大木。もしや、まさかの、
(──またアレ・・かー!?)
 しかも、負ぶって飛ぼうってんじゃ──!?
「いっ──いやいやいやぁ〜。そういうのマジで無理だからっ」
 半笑いで、ぶんぶん手を振る。万能選手のセレスタンだって、そんな無茶はしなかったぞ!?
 しびれを切らして、地図屋が急かす。「なにやってんだ。早くしろって」
 つかまれた手を、引っ張り戻し、引きつり笑いでぐいぐい攻防。
「遠慮すんなよ」
「遠慮じゃないからっ!」
 無事で済む気が全くしない。すぐに靴が必要なことさえ、まるで気づいていないのだ。
「い、一応訊くけど、おじさん、やったことあるんだよね?」
「あるわけねえだろう、そんなもん」
 やっぱり、ぶっつけ本番 かー!?
「いいっ! やめとくっ! お構いなくっ! てか、なんでいきなり窓なわけ!?」
階下したは駄目だ、出られねえ」
「……えっ?」
 からり、と部屋の引き戸が開いた。
「あんたに客だ」
 廊下で顔を覗かせたのは、不愛想なあの鳥師。
「今、二人、玄関したに来てる。おそらく例の応援・・だ」
「──もう、かよ!?」
 地図屋が愕然と目をみはり、しゃがんだ床から腰をあげた。「だって、ザルトじゃねえのかよ。最低だって半日以上は──」
 ゆるりと一つ首を振り、大きな溜息で天を仰ぐ。「……かしら遅かった・・・・ようですよ」
「早くしねえと」
 そわそわ廊下の先を見て、鳥師が足を踏みかえる。「すぐに勝手に踏みこんで──」
「ちょっと待てや! 今行くから」
 舌打ち、鳥師に背を向けて、地図屋が肩を引っ抱えた。
「規制線の先へ行け」
 耳元で、声をひそめる。
「大丈夫だ、あんたはついてる。あんたといると、風がやむ・・・・こんなに・・・・砂が舞ってる・・・・・・ってのに。軍の規制線を越しちまえば、もう、誰も手が出せない・・・・・・
「──や、でも、」
「ここにいたら、ヤバイってんだよ!」
 地図屋が左右の肩をつかんで、真正面から目を据えた。
「生き延びろよ」
 歩き出した鳥師に続いて、地図屋もせかせか部屋を出ていく。
 ひとり部屋に取り残されて、エレーンは呆然と突っ立った。
「……"ここにいたら、ヤバイ"?」
 何が何やらさっぱりだ。規制線がどうのと言ってたが、あの街道の関所のことか? でも、あんな所まで歩いて行くのに、どんだけかかると思っているのだ。そもそも玄関を介さずに、外に出るとか無理難題。
 風のある窓辺へ引きあげ、腰窓の下に腰をおろした。この宿舎は味方の建物。ここにいれば、安全なはずだ。その内ファレスも戻るだろうし、一緒にギイも戻ってくる。
 手すりの木肌に腕を置き、溜息まじりに突っ伏した。
 気だるく顔を横向けて、さわさわ揺れる庭木をながめる。関所に行くよう地図屋は言ったが、そもそも関所は通れない。通行止めになっていて、兵士が厳重に見張っている。自由に関所を通れるのは、軍服の関係者くらいのもので──
「……あっ、そっか」
 ふとひらめいて、隅を見た。
 日射しさしこむ部屋の片隅、置きっぱなしの赤いリュックを。


 昼とはいえど、暑い盛り。客の入りは、ここもまばらだ。
「あれ。おっかしーなー」
 ガスパルはガリガリ頭を掻いて、閑散とした店内を見まわした。「てっきり、ここだと思ったんだがなあ」
 愛想笑いの目の端で、そろり、と連れの顔色をうかがう。
 心の読めない無表情。さらりとした薄茶の髪、鍛えた痩躯に防護服。処刑班こと特務班を率いる、有能で定評のある鎌風のザイ。
 少し後ろでながめているのは、黒い眼鏡のセレスタン。長身、禿頭とくとう、精強と名高いバパ隊きっての逸材だ。
「あっ、さては便所かな。それとも、そこらに買い物に出たか──」
「当座しのぎは、その辺で」
 ザイが辟易としたように嘆息した。「どこです、客は」
「いや、だから言ってるだろ。飯を食うって、さっき出て──」
「三軒目ですよ。もう、これで」
「あっ、じゃあ、食後の茶かな? 食い終わって、別の店へ──」
「よしましょう、縄張りシマの取り合いは」
 一蹴、ザイが腕を組んだ。
司令塔まとめやくの参謀本部と事を構える気なんざねえが、そんなふざけた態度をとられちゃ」
 じろりと冷ややかに見据えられ、怖気が背筋を駆けあがる。もし、本気でこられたら、どちらか一方でも勝ち目はない。
 震えあがって目をそらし、ガスパルはそわそわ頭を掻いた。「お、俺としても困るんだよな、急に渡せと言われたってよ。かしらの留守中、勝手な真似をするわけには」
「なに分こっちも急ぐんで。お伝え願えませんかね、そっちでよしなに」
「いや、そっちが良くても、こっちが困る。なんの連絡も受けてねえし、うちで身柄を預かったものを、一存でどうこうするわけには──」
「明らかにこっちの領分ですよ。言っちゃなんだが、事務屋の出る幕じゃねえでしょう。さ、身柄を渡してもらいましょうか」
 口調に苛立ちが入り混じる。
 渋る顔を装いつつも、踏みしめた膝が笑い出す。今は穏やかに話しているが、ここにいるのは特務の双璧。部隊きっての精鋭だ。実務部隊の腕前たるや、補佐風情の比ではない。それどころかこの二人は、諜報・拷問の熟練者──
「──せめて、」
 緊張に乾いた唇を舐め、思わず南の方向を──宿舎の方向を盗み見る。「せめて、かしらが戻るまで、もう少しだけ待っ──」
「いい加減にしてくんねえかな」
 たまりかねたザイの肩を、ぐい、と後ろから手がつかんだ。
「行こう」
 今来た道を顎でさし、禿頭が肩をひるがえす。
「さっきの宿舎だ。二階にいる」
 愕然とガスパルは息を呑んだ。とっさに見やった目の動きで、客の居場所を割り出したのか。
 続いて引き返すべく踏み出したザイに、我に返って、すがりついた。
「た、頼む、待ってくれ! この通りだっ!」
 引き戻された肩越しに、ザイが溜息まじりに目を向ける。
「悪いが、これもお役目なんで」
 軽く腕を振り払い、禿頭の連れの背に続く。
 思わず、ガスパルは手のひらを見た。一振りで奪い返された。容易く腕を抜き取った。あれほど力を込めていたのに。
「──ま、待ってくれ」
 なすすべもなく後を追う。まだ戻るには早すぎる。一人で外に出ることができず、あの部屋にまだいたら、まだ客が残っていたら──。
「頼むっ! 後生だ! 待ってくれ!」
 特務班の精鋭二人が、一瞥もくれずに急行していた。
 あの宿舎の方向へ。
 
 
 

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