interval 3 〜 舞台裏 〜
「──あんの阿呆のアホんだら〜っ! すーぐ、どっか行きやがるっ!」
ずんずん地面を踏んづけて、ファレスは街道に向かっていた。
「俺に黙って 家 出 だと〜? いい根性してんじゃねえかよ!」
道を睨んで、苛々舌打ち。一直線に出口へ向かう。
街道西に軍が設けた 「規制線を越えた」 とギイは言った。
──て、「規制線」ってなんだ!? なんで越えられんだ、そんなもん。玄人だって至難の業だぞ。だから 関 門 って言うんじゃねえかよ。
なのに阿呆は出たとこ勝負で、ひょ〜いっと障壁飛び越して、ケロっと間抜け面で手招きしやがる。
『 なにやってんの。早く早くぅ〜 』
── 早く、じゃねえよっ!?
「副長! 待ってください! 副長〜っ!」
妄想中の咆哮のまま、あ゛!? と胡乱に振り向けば、街路の先から駆けてきたのは、参謀配下の地図屋のオヤジ。
ぜえはあ喘いで膝に手をおき、へばった顔を振りあげた。「ま、待ってください。頭が戻れと」
「ギイに言っとけ。阿呆は俺が取り戻す」
へら、と地図屋は、揉み手をしながら愛想笑い。
「そんなこと言わないで、戻りましょうよ、一旦宿に。ねっ?」
「あァ!? ナメてんのか!? 地図屋のジジイ!?」
胸倉、片手で引っつかむ。
絶妙に間の悪い、不出来な懐柔に沸点超過。
「グダグダ抜かすと、ぶっ飛ばすぞコラ!」
おらおらおらァ──! とぶんぶん揺さぶる。うっぷん晴らしに。
どたばた忙しない足音が聞こえ、町角から、もう一人駆けてきた。
「ふ、ふ、副長ーっ!」
吊し上げた腕をパシパシ叩き、足をばたつかせる地図屋をよそに、あん? とファレスは振りかえる。
まん丸体型の丸眼鏡。地図屋と同じく参謀配下の、すご腕手配師クレーメンスだ。太っちょの体を左右に揺すって、今にも転げそうに駆けてくる。つか、珍しく走ってる。
「おう。手配師、いいところに来た。女物の服もってこい」
「──女物の?」
泡ふく寸前で天を仰いだ、だらんとした地図屋に気づいて、(やべ……)とそそくさ地面に降ろす。
汗びっしょりの手配師は額の汗を拭きながら、怪訝そうに首をかしげる。「用意するのは構いませんが、どうするんです、そんなもの」
「決まってんだろ、俺が着るに」
げほげほ屈んで咳きこんでいた地図屋が、ぎょっと二度見でどん引きした。
手配師ともども、呆気にとられた疑惑の視線。
だから、とファレスは顔をしかめる。
「突破の必要があんだろ、関所を」
「……へ?」
あんぐり地図屋と顔を見合わせ、気を取り直したように手配師はうかがう。「つまり、女装で番兵をやり過ごすと……?」
「おうよ。野郎の相手は虫唾が走るが、この際、贅沢は言ってられねえ。俺が関所に乗りこんで、阿呆の首根っこ引っ張ってくら」
ちゃっかり復活していた地図屋が、あわてた顔で振り向いた。「ちょ、待ってくださいよ、頭が戻れと」
「ざけんなっ!? この忙しい時にっ!」
ファレスはがなって、ぶんぶん指ふり、宿をさす。
「そもそも奴のせいじゃねえかよ! 阿呆を野放しにしやがって!」
「すみません。副長。違うんです」
そわそわしていた手配師が、たまりかねたように口を挟んだ。
「実は、俺が、客の足を手配して──」
「あ?」
「……その、補給の御者に話をつけて、客を越境させちまって」
「てめえの仕業かー!?」
がなって、胸倉引っつかんだ。
「なに余計な真似してくれてんだっ!」
丸眼鏡の顔をしかめて、手配師は苦しげに言葉を続ける。「すみません、副長。特務が来たと下回りに聞いて、それで早く逃がさないと、と」
「──あァっ!?」
「客が特務に捕まって、ひどい目に遭わせられるのかと思ったら、居ても立ってもいられなくて。そういうのは、どうにも忍び難くて、それでつい──」
「手配師」
顔をしかめて、ファレスは凝視。
「よくやった」
すとん、と地面に手配師をおろす。
ぜえぜえ屈む両肩に、ぽん、とファレスは手を置いた。
「おう。わかるぜ。マジでひでえからな、あいつらは」
感慨深げに、うんうんうなずく。なにせ、宿に特務が置き去りにしたせいで、女将に散々お手伝いをさせられたのだ。
「ああ、特務っていや、」
まじまじ、やりとりを見ていた地図屋が、宿の方角をながめやる。
「連中、妙に殺気立っていやがって。それで頭も機転を利かせて、俺らをこっちに逃がした次第で」
真顔でうなずく副長ファレス。
「まじで危ねえ連中だからな」
冷酷非道で異名をとる己のことは棚にあげ、さもありなんと特務をけなす。
性悪キツネが、ニヤけたハゲが、と一しきり誹謗中傷すると 、さばさば行く手に踏み出した。
「じゃ、先に街道、行ってっからよ」
「──て、駄目ですって副長ーっ!?」
つかつか歩き出したファレスに気づいて、ハッシと二人が胴に取りつく。
「ちょっと待って副長っ! 相手は軍隊なんですよっ!?」
開戦間近で全軍結集してるんである。
「そうすよ副長っ! ここは一旦引きあげて、作戦練って出直しましょうよっ!」
「──うるせえっ! 放せっ! 菓子でも食ってすっこんでろっ!」
まなじり吊り上げ、ファレスはジタバタ。
「そんな悠長なことしてられっか! そんなことしてる間に、なんかあったらどーすんだっ!」
「そこをなんとかっ! 頭の話聞きましょうよ、ねっ?」
「そうですよ、なんとかしますって、きっと頭が!」
「──だから、その腐れ軍師が 阿呆を逃がした元凶じゃねえかよっ!?」
「あ、いえ。客を逃がしたのはこの俺で──」
「あっすいません、実は、俺も窓から客出して──」
「──ぅがーっ!!! そろいもそろって何してんだ、てめえらっ!?」
全体重をかけている大の男二人を引きずり、ずりずりファレスは力づくで歩く。
さして屈強でもない中年二人、振り払うのはわけないが、全力で道にうっちゃって、味方にケガさせるわけにはいかないんである。
「放せっ! こら、放せっってんだっ!」
しっかと胴に取りついた手の指、ちまちまファレスは外しつつ、「ぶっ飛ばすぞ!」と顔のみで威嚇。
「きゃあああ!」
近くで、女の嬌声があがった。
きゃいきゃい頬を染めていたのは、飲食店から出てきたらしい、若い女の二人連れ。
目下ジタバタ羽交い絞めのファレスに、もじもじ駆け寄り、笑いかけた。
「あの、よろしければ、どこかでお茶で(も──)」
「すっこんでろっ! おかちめんこっ!」
女子が硬直、ただちにまなじり吊りあげた。
「「 ──はあああっ!? 」」
地を這うような険悪な激昂。
ひるんだ地図屋と手配師が、ぺこぺこなだめるそのかたわら、ファレスは行く手を睨めつけ、わめく。
「ナメやがってあの阿呆! 戻ったら、ぜってえ、とっちめてやるっ!」
晩飯は当面 「ピーマンざんまい」 決定だ。
「どこ行きやがったっ! あんぽんたーんっ!」
西ののどかな晴天に、ファレスの怒号がこだました。
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