CROSS ROAD ディール急襲 第3部3章26
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 代り映えのしない晴天を、眉をしかめてアスランは仰ぐ。
「おかしいな」
 もう、着いてもいい頃だ。
 とうに現れていいはずなのに。
 場所はここで合っているはず。カレリアの国境トラビアの街。あの彼女の出現地点。
 意識を凝らし、街角に視線をめぐらせる。
 真昼のひっそりとした街路には、やはり、気配さえ見当たらない。街壁の外そとは開戦したというのに。やはり、この暴風で近づくことができずにいるのか。
 確かに、風は操作した。合流地点の蹂躙を防ぎ、敵の軍勢を遠ざけるために。だが、あまりに風が暴れては、肝心の彼女まで近づけないから、街道付近に限定して、風をゆるめた、そのはずだった。
 だが、その実際は、ゆるめようとすれば、完全に止むし、戻せば突風、という具合。強弱も間隔もまるでデタラメ。原因は例の波動だろう。彼女に向けて発振している、波動に煽られ、制御が利かない。
 いや、彼女の到着が遅れているのは、何も風だけが理由でもあるまい。
 進もうと思えば、暴風の晴れ間にいくらでも進める。ならば、別の理由があるのだ。彼女の進路を阻む障壁。それは、
「楼門、か〜」
 あまりに当たり前な結論に、アスランは額をつかんで脱力した。
 そりゃ、確かに敵避けの、分厚い鉄扉に阻まれては、屈強な兵でも到達できまい。まして、非力な女性なら。
 お陰で、ここで落ち合うはおろか、迎えに気づくことさえ覚束ない。おそらく顔を合わせさえすれば、すぐにも"迎え"とわかるのだろうに。
 だが、もう、今となっては、門の開閉は不可能だ。
 少しでも門を開けようものなら、すぐにも軍兵がなだれ込み、刃傷沙汰に移行するのは想像に難くない。住民ともども街がなくなる。東から届く喧騒のあの猛々しさから察するに、街壁一枚隔てた向こうは、白兵戦に突入している。
 とはいえ、門を閉じたままでは、肝心の彼女も辿りつけない。なんとも悩ましいジレンマだが、他に手立てがないでもない。
「……気乗りはしないが、致し方ないか」
 はいはい、わかりましたよ、と頭を掻いて、昼の街路にやれやれと踏み出す。
「いま参りますとも、我が姫君」
 壁向こうの東から届く怒号と喧騒を聞きながら、ぶらぶらアスランは足を運んだ。目指すは街壁の北の隅。
 先日、古城を見回り中、思わぬものを発見していた。
 人手の入った地下通路。だが、カレリアで地下道など聞かないから、公式なものではないのだろう。
 崩落でもあったのか、道の半ばで埋まっていた。土砂の乾き具合から、まだ最近の事故らしい。いや、故意にふさいだ跡だろう。
 いずれにせよ、どれほど土砂が積もろうが、吹き飛ばして・・・・・・しまえば済むことだ。おそらくあの坑道は、水をたたえた堀を越し、東の荒れ野に通じている。トラビア平原の片隅に。
 故意にこしらえた秘密の通路。つまり、アレ・・を見つけてしまったらしい。
 元の空洞が何であるのか、およその見当はついていた。
 あれは、地中に張り巡らされていた地下茎の名残り。
 この地の核に据えられた、界主の台座 "ユグドラシル" そこから三大陸へと伸ばされた"ユグドラシルの根"の残痕あとだ。
 つまり、かつて失われた世界樹の根の、長大な空洞を利用して、密かに行き来する者がいる。もっとも、地下茎で出入りするなど、ろくな輩ではあるまいが。盗賊だの、ならず者だの、脛に傷もつそうした類い。だが、そんな些事はどうでもいい。
 乾いた道の行く手を見据え、アスランは苦く眉をひそめる。
 あの予見と事態とのズレが、わずかな差異が気にかかる。
 
《 ディール領家の落城時、彼女はトラビアに現れる 》
 
 時は、すでに満ちている。
 あの地下道の位置から推せば、おそらく出口は海沿いの荒れ野。
 だが、日々明らかになる予見の地点は、まさに「街を」指している。楼門へ続く街道を含む、東の荒れ野のどこかではない。
 すれ違いの愚を犯さぬためにも、街で到着を待つつもりでいた。だが、開戦した今となっては、近くまで来ている彼女が危険だ。
 一体何がどうなっている。予見が狂い、覆るなど、本来ならば、ありえない話だ。まったく、おかしなことが立て続く。そう、予定を裏切る出来事は、何もこれが初めてではない。
 困惑に、アスランは顔をしかめる。
 定刻はとうに過ぎている。だが、領主はピンピンしている。クレスト領主ダドリーは。つまり、分岐は過ぎ去った・・・・・。どこかで又、流れが変わった。それを操作した・・・・者がいる──。
 はっと息を呑んで足を止めた。
「まさか──」
 最初の発現はノースカレリア。
 次いでレーヌ。商都カレリア。そして、直近はカノ山付近。
 あの彼女と街を隔てる、壁の頂きを愕然と仰いだ。
「……まさか、君が・・やっているの?」
 《あわい》の気の発現地点が、彼女の進路の軌跡と重なる。だが、彼女はただの常人だ。そんな力を弄べば──
 ざわりと怖気がこみ上げて、重苦しい焦燥が募る。地下道を目指す足が速まる。もう近くまで来ているはずだ。どこにいる。彼女は、
 ──どこだ!
 早く彼女に会わなければならない。
 早く彼女を止めなければ。
 《あわい》の侵入を跳ね返す力も、禁忌の者や末裔のような強靭な肉体も持っていない。体に気を蓄え続け、大量の気を帯びてしまえば、君も混沌に呑まれてしまうよ。すべてを還元する《あわい》の中に。
 そもそも、なぜ、常人の彼女に、そんな真似ができるのか。だが、現に今しがた、この目でそれを目撃した。
 三人の傭兵が現れて、領主が回廊から降りてきた。
 トラビア平原に押し寄せた軍勢を撤退させるべく、回廊に駆けあがったクレスト領主が。頂きの手前で足を止め、振り向き、何事もない顔で。あの回廊の頂きで、矢で射貫かれて死ぬはずの彼が。
 厳かな定めに狂いが生じた。死ぬはずの者が生き延びた。だが、それが意味するものは「クレスト領主が命を拾った」一事のみに留まらない。
「……君は、」
 脳裏をよぎった彼女の顔に、苦々しくアスランはつぶやく。
「自分が何をしたか・・・・・、わかっているの?」
 確かに、あのクレスト領主は、予定の死を回避した。だが、彼が拾った幸運は同時に、彼とは無関係な別の一人が、押しのけられた・・・・・・・ことを意味する。つまり、それはこういうことだ。押しのけられた一人に続く、
 ──膨大な子孫の、命脈が断たれた。
 死を免れた者の子孫が脈々と時流に生き残り、わりを食った者の子孫が、未来に渡って死に絶えたのだ。あれが起きた瞬間に。
 生まれ来ることもなく消滅した、彼らが成すべき功績は立ち消え、死者の子孫が切りひらく、不確定な未知へと置き換わった。そう、たった今、
 ──本来あるべき「未来」が死んだ。
 彼女は禁忌に手を染めたのだ。
 意図せず成した彼女の操作は、ヒトの「命の選択」は、個人が持つには大きすぎる力だ。だから逸脱が起きぬよう、防人は速やかな回収を命じた。だからこそ取りあげにきたのだ。おびただしい命の生死と、未来に関わるその鍵を。
 だが、今、時の流れは、茫洋とした未知へと逸脱し、広大無辺の薄明の彼方へ進み始めた。先に目撃した光景こそが、後戻りできない分岐の瞬間──ふと、切なさが胸をよぎった。
 ──この分岐の先でも、やはり、竜はセカイを喰らうのだろうか。

 さわり、と冷気が頬を撫でた。
 地面に走ったかげりに気づいて、アスランは怪訝に空を見る。
 ぎくりと強ばり、凍りついた。
 砂塵舞い飛ぶ夏空の、白くかがやく夏雲の表層。そこに見たのは、あるはずのないもの。それは
 ──上空を這う巨大な陰影。
 愕然と古城を振りかえる。「爪」から「影」が這い出した? 
 彼女の接近を察知して、まさか、竜が
「覚醒、したのか……?」
 ついに呼び寄せた彼女を喰らい、我が身を実体化するために。
 "鍵"を用いて復活を遂げ、ふたたびセカイを喰らうために。
「あの"影"を早く、"爪"に封じ込めないと──!」
 服の裾をひるがえし、領邸めざしてひた走った。
 
 
 

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