interval 4 〜 時鐘 〜

 
 

 どこかで、鐘が鳴っている。
 町で打ち鳴らす定刻の鐘。正午はとうに過ぎている。ならば、これは、
「三時の鐘か」
 歩くたび、床がざらつく。
 窓辺の床一面に、砕けたガラスが散乱していた。それで暴風を防げずに、砂塵が吹きこみ続けたらしい。砂の積もり具合から、窓が割れたのは大分前。クロイツが急に出て行った、南にあいた三階の窓が。
 部屋の戸口に現れた、男の顔を見るや否や、クロイツが身をひるがえした。置き去りにする朋輩にさえ一言もない素早さで。何か弱みでも握られているのか。あのひなびた宿の亭主に。
 がらんと広く、廃墟のように凪いでいた。
 ディール領邸、三階の一室。窓辺の床にはガラスの破片。一面ざらつく板張りの床には、なぜか干乾びて炭化した、おびただしい数の鳥の死骸。床に転がった主人の顔を、しきりに黒豹が舐めている。
 豹がいるということは、この男はザメール人か。国境線の向こうを行き交うあの浅黒い風貌とは、男の顔立ちは明らかに異なる。
 すらりとした背に、腰まで届く黒い髪。祭祀を行う者なのか、赤黒い房を柄につけた祭具を振りあげ、向かってきたから、それを取りあげ、返り討ちにした。
 手もなく排除した黒髪を、赤髪の男は抑揚なく見おろし、自分の利き手に目を戻す。何もない・・・・手のひらに。
 今まで握っていた"それ"がなかった。黒髪言うところの "奇払いのほこ" が。
 黒髪を倒したその鉾で、岩塊を叩き割ったはずだった。濡れたようにぬらぬらと異様な輝きを放っていた、巨大な黒い岩塊を。
 だが、打撃の手ごたえを感じた直後、跡形もなく岩塊が消えた。接触した鉾とともに。
 砕け散った宙の破片が、一点に収縮、吸い込まれた。水をためた洗い場の底の栓を抜いたがごとくに。ちなみに、同時に消えたのは、いわゆる"物"ばかりではない。
 岩に鉾を振り下ろす直前「よせ」と叫んで飛びこんできた男の姿も消えていた。それらの消滅に巻き込まれて。
 ふわりと長い金茶の巻き毛の男だった。左の耳には黒いピアス。
 倒れた黒髪の姿に驚き、「ギル」とその背に呼びかけていた。あわてて飛びこんできた一瞬の、彫刻のように端正な、どこか無機質な横顔は、かの翅鳥を思わせる。
 もっとも、黒髪の連れというなら、ザメール人ということか。翅鳥の棲み処すみか、凍てついた大地に、あんな豹など生息できない。そういや、岩塊に突っこむ直前、奇妙なことを口走っていたが。
『 よせ! "影"が戻れなくなる! 』
 あれはどういう意味なのか。
 "影"というのは何なのか。そもそも二人は何者なのか。
 岩塊と鉾の消滅に巻き込まれた金髪といい、岩塊の破壊を阻止すべく、鉾で挑んだ黒髪といい──。常人ならば感知しえない、波動の元凶・・・・・、岩塊の存在を嗅ぎつけるとは。
 もっとも、今さらどうでもいい。
 何がどこへ消えようが。どこの誰が消滅しようが。巻き添えを食おうが自業自得だ。禍々しい元凶の、処理は済んだ。依頼は完了。
 夏の午後の日を浴びた、窓の手すりに目を細め、赤髪は出口に足を向けた。ともあれ、これで
「やっと、気分よく昼寝ができるぜ」 
 
 
 

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