CROSS ROAD ディール急襲 第3部3章36
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 ── これで、出られる。
 この闇の宙空から。
 ほっとエレーンは安堵して、遠い二人の人影に駆け寄る。
「ケネル──ケネルっ!」
 なぜだろう。子供を見おろすケネルの腕が、萌黄もえぎの光を放っている。怪我をしたらしいその腕が。
「ケネル、こっち! こっちだってばっ!」
 夜空のような宙空で、ケネルは子供を見たままだ。
 脱出の相談でもしているのか、神官のような白装束の子供と、向かい合って佇んでいる。とはいえ、なぜ、平然と、呼びかけを無視できるのか。声を嗄らして訴えているのに。ここにも、もう一人いるというのに。何も聞こえてないような顔で──
 はたと気づいて顔をゆがめた。
「やだ、ちょっと!? もしかして、またっ?」
 そもそも、彼に、声が届いていない・・・・・・・・のではないか?
 こんなに懸命に走っているのに、近づいた気配もまるでない。そういえば、そちらに進もうとする度、漠とした見えない圧に、押し戻されるような感覚が──。
 じわり、と嫌な焦燥が広がる。
 すぐそこに見えているのに。
 駆けても、駆けても辿りつかない。ケネルは相変わらず立ち話をしていて、あれから一歩も動いていない。それを目指して走ってもいる。なのに、どうしても行き着かない。もしや、これって──
 不穏な予覚が、腹の底に冷たく落ちた。もしや、自分は、
 ──決定的な誤りを、犯しているのではあるまいか。
 それではケネルに辿りつけない。いくら頑張っても辿りつけない。けれど、このまま、ケネルと合流できなければ──
 鼓動が跳ね、胸が騒ぐ。
(……や、やだ。どうしよう。そしたらあたし、どうやって帰れば……)
 あたりは一面、夜空にも似た遠い闇。
 両手で耳をふさいだ時の 「ゴー……」 というさざめきが、壮大な無音に溶け込んでいる。
 自分一人での脱出は無理でも、ケネルと合流できたなら、どうにかなると思っていた。けれど、このままケネルが気づかず、あの子と行ってしまったら? こんな近くにいるというのに、気づかず立ち去ってしまったら──
 ぶるる、としゃにむに首を振り、忍び寄った怖気を振り払った。
 キッと前方のケネルを見据える。悠長に怯えてなんかいられない。このままむざむざ、取り残されるわけにはいかない。今はこんなにひらけているけど──
 思いがけない予感がひらめき、血の気が引いて戦慄が走った。そう、今はひらけているけど、
 ──すぐに・・・閉じてしまうのに・・・・・・・・
 見渡すかぎり、ひと気はない。
 この闇の宙空には、あの二人しかいないのだ。ケネルと、白装束のあの子供──神官のようなあの身形なら、あの子が出口を知っている気がする。彼らはおそらく脱出の方法を検討している。そして、二人が脱してしまえば、この無辺の闇の中、永遠に一人で取り残される。そうしたら、無限の未知空間に、一人ぼっちで閉じ込められて……
「大変! 大変!」
 ……えっ? と拍子抜けして瞬いた。なんだと。甲高い、
 女の子の声? 
(……なんだー。他にもいるんじゃないよー。あっ、りょーかい、りょーかい。今のなしっ)と悲愴の沼からそそくさ上がり、声の方を振りかえる。
 たったった、と人影が、腕を振って駆けてくる。
 背までの髪をふわふわなびかせ、闇にも白いワンピース。その長く白い裾を、ふわり、ふわりと打ち広げ──。
 ほのかに輝きを放った少女が、脇目もふらずに駆けてくる。背中に羽でも生えているかのような、至極軽やか足取りで。
 みるみるこちらに近づいて、駆けこんだ顔を振りあげた。
「もう。屈しちゃだめって言ったのにぃ」
 口を尖らせたその顔に、ぎょっとエレーンは後ずさった。
「……は?……え? なんで?……だって、もう……」
 あわあわ混乱、絶句する。
 まつ毛の長い大きな瞳が、喜色満面見あげていた。薄い茶色の長い髪が、ふわふわ闇になびいている。柔らかそうな広い額に、ふっくらとした頬の線。
 この彼女を知っていた。
 確かに彼女を知っている。でも、これはあり得ない。彼女と再会するなんて。だって、あのは、もう、とうに──
 混乱と興奮と狼狽の渦中で、あんぐりエレーンは指さした。
「アディー!?」
 なんで、ここに。
 
 
 

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