■ CROSS ROAD ディール急襲 第3部3章45
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ほんのつかの間、視界がブレた。
手の甲に、滴が落ちた。
手のひらの下には、熱い砂。へたり込んだ膝の下にも。
肌を灼く真夏の日射し。蹴散らされる荒れ野の砂。
あたり一面、薄茶の砂で煙っていた。怒号に悲鳴、金属のかち合う激しい音。組み合い、揉みあう兵と騎馬──。
「……ここは」
まだ、どこか夢うつつで、ぼんやり視線を巡らせる。
青い軍服の兵たちが、地面に転がってうめいていた。みな自分の腕や足を、血まみれの手でつかんでいる。
兵が転がるその間を、騎馬が多数行き来している。黒い布で顔を覆った、革の上着の男たち。手綱を巧みに操りながら、長い槍や刀剣で、軍服の兵とやり合って──。
ふと、エレーンは目を止めた。密集した現場から、少し離れた街壁の手前。
何か奇妙な光景だった。
青い軍服の兵が三人、足元を見おろし、佇んでいる。その内の一人が背を向けてしゃがみ、誰かを地面に横たえている。だが、あの街壁側は、革の上着の騎手の領分。なぜ、軍服があんな所に?
騎手は誰も気に留めない。すでに懐奥深く、入りこまれているというのに。あの三人の存在が目に入らぬはずがないのに。
足元の彼を見おろして、三人はどこか厳粛な面持ち。仲間の戦死を悼んでいるのか、みな鉄兜をとっている。いや、地面に横たわった服の色は、彼らと同じ青ではない。
背を向けて佇む足の向こうに、垣間見えた色は白。
その白いシャツの下、ズボンの先の足元も、軍靴ではなく布の靴。気軽に街に出かけたような、よく見る若者の格好だ。もしや、付近の住民が巻き込まれた?
思いがけぬほど唐突に、胸の奥が疼いたものの、目はかかずらうことなく通りすぎる。戦場の中の一光景を。むしろ、違和感を覚えたのはあの三人だ。彼らのあの背格好、どうも、どこかで見覚えがある。とはいえ、軍は別格で、排他的で特殊な組織。同じラトキエで働いていても、知り合う機会などなかったはず。
怪訝な視線に気づいたか、黒い布で腕をしばった兵士の背中が、ふと身じろぐ。
それをぼんやり眺め続けて、はっとエレーンは息を詰めた。
右手の方から、接近の気配。
切迫した気配をまとい、兵が後ろを振り向きながら、軍刃をつかんで駆けてくる。
どうやら戦闘を抜け出したらしく、しきりに後ろを気にする様は、へたりこんだこちらのことなど、まるで目にも入っていない。まして、手前で転がった傷兵など。
突進してきたその足が、見る間に傷兵に蹴っつまずいた。
もつれた足で倒れ込む。引っつかんだ軍刀を、弾みで高く振りあげて。
ギラリ、と白刃が夏日を弾いた。
「……きゃ、」
とっさにエレーンは顔を背ける。だが、注意を引く悲鳴どころか、出てきたのは弱々しいつぶやき。へたり込んだ体勢では、避けることさえままならない。
ギィン──と頭上で、金属を打ち付けたような音がした。
熱砂とともに滑り込んだ気配が、夏日をさえぎり、目の前に立つ。
おそるおそる目を開けた視界に、映りこんだのは青い色彩。誰かの足だ。軍兵の。
はっと気づいて肩を返した。素性が知れれば、ただでは済まない。
逃げ出す間もなく、腕を強くつかまれた。
「怪我は」
荒い口調で問い質され、エレーンはうなだれ、首を振る。怪我は多分していない。とはいえ、武器を所持した軍兵から、逃げおおせるとも思えない。観念して目をつぶった。どうしよう、
──捕まった。
兵はこの身形から、戦に巻き込まれた「領邸のメイド」だとでも思ったのだろう。だが、そんなまやかしは、すぐにバレる。微妙な立場のクレストの、正夫人とラトキエが知れば──
「まじで悪運強いスね」
え? とエレーンは眉根を寄せた。軍兵らしからぬ明け透けな物言い。いや、そんなことより、今のこの声、この口調──。
はっと相手を振り仰いだ。
夏日を遮り、見おろしていたのは、さらりと薄茶のあの頭髪。あっけにとられて、口をあける。
「……ザイ?」
なんで、軍服着てるのだ。
それに気づいて、ふと見れば、腕を縛った黒い布。ならば、さっきの三人組の、なぜだか騎馬に攻撃もされず街壁付近で佇んでいた、三人の兵の一人がザイ?
見覚えがあるとは思ったが、けれど、軍服着てるとは、まさか誰も思わない。
狐につままれたような腑に落ちなさで、先の街壁をながめやる。こちらを見ていた二人の顔は、なるほど、あのジョエルとダナン。──て、いや待てよ?
遅まきながら、それに気づいて、ぅげっとエレーンは舌を巻いた。ザイとはかつて「追いかけっこ」の誼があるから、ソレは骨身に染みてたが、まさか、ちらと見やってからの一瞬で……?
まじまじ絶句でザイを見る。ザイと二人の間には、五歩や六歩では辿りつけない、大きな騎馬を縦に並べて十頭近い距離がある。
「たく。こんな所にいたんスか」
呆けた驚嘆などには委細構わず、ザイが騎馬隊を振り向いた。
戦場の喧騒を貫いて、指笛の抑揚が響き渡る。
一瞥をくれた一団が、ほっと気を緩めたのがわかった。ひしめく人馬を掻き分けて、近寄る気配に、ザイが振り向く。
「確保。無事だ」
お疲れ、と笑ってやって来たのは、黒いめがねの髭のない軍服。ザイの腕にある黒い布で、彼は頭を縛っている。あれは──
「ひーめさん」
その声に、目をみはった。黒いめがねと、あの笑顔。あれは──
わたわた涙目、ただちに駆け寄る。
「せっ、セレスタンっ?」
びょん、と飛びつき、しがみついた。
ぐりぐり顔をこすりつける。「怖かった怖かった、セレスタ〜ンっ!」
「もう、どこへ行ったかと思いましたよ」
頭を軽くなでながら、セレスタンが眉尻を下げた。「ちょっと目を離した隙に、いなくなってるんですもん」
「……えぐっ、あぐっ……あ゛、あ゛の゛ね゛っ、ぜれ゛ずだん゛っ……黄色のがいい、そのメガネ」
「そこっすか」
引きつり笑いで、セレスタンは固まる。「……あー。今はお仕事中なんで」
「いつまでチンタラやってんだ」
たまりかねたような舌打ちで、ザイがやれやれと腕を組んだ。
「締まりのねえツラ引っ込めて、さっさと離脱しねえか、客連れて」
感動の再会に水を差されて、だが、セレスタンはごねるでもなく「了解」と直ちに手綱をとる。
えへら、と緩みきった笑みで肩を抱いた。
「じゃ、ぼちぼち参りましょうかね。最寄りの宿まで、姫さんとサシでっ」
着いたら何食いましょうかねー、とでれでれ赤面を傾げつつ、最寄りの町があるらしい、街道に向けて手綱を引く。殺伐とした現場とは対照的なスキップで。
──ぎゃ!? と彼方で悲鳴があがった。
見れば、もうもうと土煙。
逃げまどうような、あわただしい気配。
揉みあう人馬を跳ね飛ばし、騎馬が一騎、突出した。
ドドド──と轟音を振りまきながら、一直線に突っ込んでくる。
「いたかっ!」
ワシワシ忙しなく手綱をさばいて、前のめりの鬼気迫る形相。人足たちがするように頭の後ろで黒布を縛り、向かい風に長髪を踊らせ。
急停止で滑りこむなり、セレスタンから直ちにもぎ取り、己の馬に引っ張りあげる。
「よこせっ! 触るな! ハゲが感染るっ!」
ああっ!? と追いすがったセレスタンに、シッシと蹴りを喰らわせて、牽制のまなじり吊り上げる。ザイが溜息で天を仰いだ。
「どこから飛んできたんスか」
戦場の隅っこをつくづく眺め、頭を掻いて振りかえる。
「ほんと目聡いスよねえ、客のこととなると。つか、よしてもらえませんかね。誰彼かまわず轢いてくるのは」
ぱっかり空いた進路の左右に、人馬がなぎ倒されている。ちなみに味方も混じってる。
「あんた、まだ覚えてますか。この現場の雇い主の意向を。"被害は必要最小限" まして、殺戮は駄目っスよ」
くどくどザイに釘をさされて「──わかってる!」とファレスはがなる。
喧嘩腰で続けた口を、ふと、つぐんで、眉根を寄せた。
「こいつは一体どういうことだ」
真顔で振り向き、ずい、と詰め寄る。
「背中に大穴あいてんじゃねえかよっ! 誰だ! 言ってみろ! どいつに斬られた!」
たちまちガクガク肩をゆすられ、エレーンはまごまご、我が身を見まわす。
「……え? え? え?」
さっきもザイに訊かれたが、どこも痛くはなかったはずだ。
だが、ただいま動揺マックスのファレスは、口角泡を飛ばして喚き散らす。
「こんな所でくたばってみろ! できなくなるじゃねえかよっ変態なことがっ!」
「変態ってなに!?」
バコ、と後ろから、はたき倒した。言うに事欠き「ヘンタイ」ってなんだ。
「どっかで引っかけて破いたんでしょ」
ザイが白けたように嘆息した。「さっき確認しましたが、怪我はしてねえようなんで」
けっとファレスが顔をゆがめて振り向いた。「てめえ、なんて紛らわしい真似を」
「勝手に大騒ぎしたのはそっちでしょー!」
エレーンも負けじと口を尖らす。
ぐぬぬ、とファレスが口をつぐんだ。現状に対する判断力は、まだ残っているらしい。
ぷい、とファレスは顎を振り、苦々しげに辺りを見まわす。「たく。どこ行やがった、ケネルの野郎は」
「……え?」
ギクリ、とエレーンは居竦んだ。
とっさにまごつき、唇を噛む。胸の奥が鋭く痛んだ。ファレスが不利を煙に巻くべく、片手間に出したこの名前。もちろん、あの"ケネル"のことだ。確かに彼を知っている。頼りになるぬくもりも。なのに──
不吉な気配に、胸が騒いだ。
嫌な慄きがこみ上げる。息を詰めて意識を凝らした。
記憶の輪郭があいまいになる。急速に遠ざかり、霧散する。くっきり見えていた顔立ちも。引き締まったあの頬も。あの筋張った手の甲も。
あわててつかみ取ろうとした。わずかに残ったぬくもりを。だが、たちまち、それさえ虚空に消え入る。必死にたぐり寄せているのに、誰のことだか、
──わからない。
血の気が引いて、凍りついた。なぜ、こんなことが起こるのか。よく知る彼のことなのに。とても大事なことなのに。
絶望を伴う焦燥が、頭の中をぐるぐる回り、胸が早鐘を打ち始める。わからない。わからない。"ケネル"が一体、誰なのか──
「落馬でも、したんスかね」
頓着のない誰かの声が、張りつめた糸を、ぷつん、と切った。
切迫した気分が立ち消え、ふと、周囲に意識が戻る。
少し離れた砂の地面を、ザイが顎でさしていた。踏みしだかれた革の上着を。
「たく。これだから病み上がりはよ」
ファレスが見やって顔をしかめた。
「現場はまだ無理だってのに、聞かずに出てきて、このザマだ」
とにかく、とザイが振り向いた。「隊長には報告するんで、副長は客を頼みます」
「おう。行くぞ、あんぽんたん」
ファレスが馬の手綱をさばいた。
その出発を見届けて、ザイは戦場に目を戻す。ふと、怪訝そうに振り向いた。
「て、あんた、どこ行く気スか」
近場の馬を分捕って、舌打ちでファレスに追いすがる。
「そっちじゃねえでしょ、街道は!」
驚いて進路に割って入った軍兵をファレスは押しのけて、前だけを見据えてひた走る。
進路の行く手で翻っているのは 《 天駆ける馬 》 の黄金旗。
ひときわ大きなその旗の、意味するところは素人でも分かった。その旗が示すのは、ラトキエ領家、当主の居場所。
「何やってんスか! 死ぬ気スか!」
剣戟の音が響き渡った。殺気立って押し寄せた兵に、急に馬を囲まれて、何が起きたかわからない。ファレスの懐にしがみき、エレーンは奥歯を食いしばる。
「無茶だ!──掩護だ! 掩護しろ!」
かたわらで別の声がした。取りすがる兵を排除しながら、馬を駆っているセレスタン。
「あんた、敵陣に突っ込む気スか」
並走して馬を駆り、ザイが凄みをきかせた低い声で諫めた。
「副長、あんた正気スか。いくらなんでも死にますよ。さっさと客を逃がさねえと!」
頭上に軍刀を振りかぶった兵の腹を蹴り飛ばし、ファレスが苛々と言い捨てる。
「逃げてるだけじゃ、こいつは終われねえんだよ!」
大地を揺るがす轟音とともに、爆風が顔に押し寄せた。
大きく炎が上がった火元は、部隊の隅にそびえていた、事故を免れた攻城櫓?
兵の大半が足を止め、反応できずに眺めていた。おそらく犠牲も出たのだろう突発事故に怯んだ様子。だが、呆然と気を取られるも束の間、たちまち我に返って押し寄せた。
分厚い兵の層にぶつかり、ファレスは舌打ちで手綱を引く。
本陣に斬り込まれた国軍と、割って入った騎馬隊が、躍起になって攻防していた。
しゃにむにそれをすり抜けるファレスの厳しい横顔は、本陣中程でひるがえる領家の黄金旗を見据えている。
だが、主への接近を阻止すべく血眼になった兵たちが、行けども行けども行く手をふさぐ。引きも切らない障壁に、ついに苛つき、目を剥いた。
「退け!」
ビリビリと大気が震えた。
剣を交える一同が、一喝に竦み、凍りつく。
「おう! ラトキエ! この雑魚どけろ! そっちの大将に話がある!」
動きを止めた一同が、気を呑まれてファレスを見ていた。何が起きたかわからない顔で。
「早くしねえと、たたっ斬る!」
苛つき、ファレスが顔をしかめる。
「わかってんだろ。ここにいるのはラトキエ夫人だ!」
大地の砂をさらっていく、風の音だけが耳に届いた。
誰も彼もが動きを止め、戦場が静まりかえっている。
はたとエレーンは我に返り、あわあわファレスに取り付いた。
(──ちょ!? 勝手に何してくれてんのっ!)
「お前はここへ何しに来た」
え、とひるんで息を呑んだ。思いがけない淡々とした声。
「こんな所まで何をしに来た。言いたいことがあるんだろうが!」
思わぬ真顔に、たじろぎ、戸惑う。「だ、だけど、アルベールさまと、お話しできれば、あたしはそれで。それにみんな、こっち見てるし」
「ガキか、てめえはっ!」
たまりかねたようにファレスががなり、カリカリまなじり吊りあげた。
「"みんなが見てる"だ? だからこそだろ! 今、軍が集まったこの場で、引っ張り出さなきゃ意味ねんだよっ! そもそも、もう後がねえ。見ろ、敵はすぐそこだ!」
「けど、だからって、そんな急にぃっ! あたしにだって、心の準備がっ!」
「──たく! ちっとも言うこと聞きゃしねえ!」
ついにファレスがブチ切れた。
「ゴチャゴチャうるせえ! よく聞けや! "いつか"なんて日は来ねえんだよっ!」
ぎゃあぎゃあファレスと大いに揉める。
手持ち無沙汰にたたずんだ敵も味方もうっちゃって。
右手の部隊で、動きがあった。
陣から兵へと合図があり、速やかに兵が引いていく。随所ではためく家紋から、ロワイエ家の部隊と知れる。
荒れ野を踏んだ軍兵は、その数こそ減らしたものの、まだまばらに留まっている。
本陣からの伝令が、左側の部隊へ走った。
それに促される形となって、居残った兵も引きあげていく。一歩出遅れた感のある、左の部隊の紋章は、確かゲーラー侯爵家。
人馬の群れが二つに割れて、広い道ができていた。
整列した部隊の間、行き止まりにある部隊には 《 天駆ける馬 》 の黄金旗。つまり、戦を指揮する総大将、ラトキエ領家、総領の居場所。
ややあって、そこで動きがあり、礼服の青年が現れた。白い軍服のような礼服は、ラトキエ総領アルベールさま。
「当主代行のお出ましか。よし。行くぞ」
好奇と不審がない交ぜになった衆人環視の只中で、ファレスは粛々と馬を進める。
道の中程で馬を止め、馬から降りて、こちらを降ろした。
「さっさとケリをつけてこい」
軽く肩を押し出したファレスを、エレーンはおどおど振り仰ぐ。「だ、だけどこんな、兵がいっぱい。もし、急に襲われたら」
「俺が盾になる。殺させやしねえ」
胸が詰まり、口をつぐんだ。
そう、いつだって守られてきた。だから、こんなに遠くまで来られた。それは一体なんのため?
ここへ来た目的は、ダドリーの助命嘆願をするため。その相手が目の前にいる。今、力を尽くさずして、いつ尽くすのだ。逃げるわけには、
──もう、いかない。
「やれるな。行くぞ」
ファレスにうなずき、道の先に目を向けた。
一歩、そちらに足を踏み出す。
そして、一歩、もう一歩。大丈夫、ファレスが横にいる。
平原にひしめく数万の目が、事の成り行きを見守っていた。
指の感覚の覚束ない両手を握った胸の下、どくん、どくん、と鼓動が踊る。
アルベールさまが会って下さる。
これほど多くの証人の前で、名指しで協議を持ちかけられては、逃げることなどできないから。
この一挙手一投足に、戦場の目が集まっている。ラトキエ夫人のやりように。これから何が始まるのか、訝しむような眼差しで。
覚えがある。この眼差し。ディール領家に侵攻されたノースカレリアの街中で、内輪揉めを収めるべく、一人登ったあの櫓で。
緊張と動揺で灼きついた脳裏に、当時の光景がよみがえった。
地面で見あげたローイたち、戦に巻き込まれた領民たちの、訝しげなあの眼差し。
そして、ずっと胸にある。凪いだ戦後の陽を浴びた、道端に積まれた兵の遺体。自分のあの闇雲な短慮で、命を落とした人々の姿も。
ギクリ、と胸の奥が痛んだ。もしかして、自分は今、
……同じ岐路に立っている?
ノースカレリアの、あの時と。ダドリーを助けたい一心で、ここまでやって来たけれど、自分にとってはあやふやな、よく分からないこの地位には、それなりの責が伴うのではないのか。
「おい、ちょっと待った!」
声がかかった。
背後から。はっと地面から目をあげれば、続いて男の声がする。
「交渉事なら、俺も立ち会う」
戦場に響き渡る声の出所を、視線をめぐらせ怪訝に捜せば、回廊の石壁から乗り出して、声を張る男の姿。あれは──
しばらくすると当人が、馬を飛ばして現れた。
ひらけた道の向かいには、肩章をかけた白い礼装。ラトキエ総領アルベールさま。
ギイが彼に会釈を済ませ、顔を見ながら歩み寄る。
耳元で、さりげなく囁いた。
「正念場だ。言葉を尽くせ。クレストの民と、領家の今後は──」
あんたの肩にかかっている。
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