「さあ、これでよし、と」
ロボットの頭をポンポン叩いて、博士はまん丸顔でにっこり笑った。
「君と僕とは友達だよ」
初めて作ったロボットだから、あり合わせの材料で、あちこちデコボコ、頭なんかブリキのバケツ。
けれど、僕らはすてきな仲間。不恰好だけど大事な友達。
「おや、これは?」
ネジが一つ、残っていた。
いったい、どこのネジだろう。全部つけ終えた筈なのに。
目の高さにまで持ち上げて、博士は「……おかしいな?」と首を傾げる。それはコロリンと残った一つのネジ。はっ、と丸眼鏡の目を丸くした。
「おおっと、いけない」
道具でいっぱいの木机の上から、両手で慌てて拾い上げ、丁寧な手付きで埃を払って、ロボットにキコキコ取りつける。
曲がった釘を取り上げて、博士はネジに名前を彫った。下手くそな字でギイギイと。組み立てに必要ではないけれど、とっても大事なものだから。
ロボットのバケツの「 へのへのもへじ 」 の顔を見て、博士は真面目な顔で決意した。
── これは大事なネジだから、絶対に、絶対に、なくさないようにしよう。
ロボットと博士は仲良く暮らした。
緑の丘の小さな家で、毎日一緒に仲良く暮らし、仲良く一緒に年を取った。
やがて、ロボットの体はベコベコになり、博士は老いて天に召された。
博士の息子は、緑の丘の小さな家と、博士のロボットを受け継いだ。
博士と暮らしたロボットは、さすがにあちこちガタがきて、へこんでボロっちくなっていた。
ふむ、とそれを見た博士の息子は、にっこり工具を取り出した。
「僕がちゃあんと直してあげるよ」
父と仲良しだった君だもの。
錆びた鉄板をきれいに外して、ピカピカの鉄板に付け替えた。
デコボコへこんだブリキのバケツも、スベスベの鉄板にお召し替え。
そうして仕上げに、外しておいたネジもキコキコ。
「おや、これは?」
ネジが一つ、残っていた。
いったい、どこのネジだろう。全部つけ終えた筈なのに。
目の高さにまで持ち上げて、博士の息子は「……おかしいな?」と首を傾げる。ふと、博士の言葉を思い出した。
老いて寝付いた窓辺のベッド、博士は皺くちゃになったシミの手で、ネジの頭をすりすり撫でて、いとおしそうに目を細めた。
『 いいかね、これは、とても大事なものなんだ。絶対なくしてはいけないよ 』
ネジには名前が彫ってあった。下手くそな字でギイギイと。
黒くくすんだ油をふき取り、博士の息子は目を細める。組み立てに必要ではないけれど、
ピカピカになった顔を撫で、博士の息子はうなずいた。
── これは大事なネジだから、なくさないよう気をつけよう。
新しくなったロボットを 「 ロボット2号 」 と息子は名付けた。
ロボット2号と博士の息子は穏やかに暮らした。
緑の丘の小さな家で、毎日一緒に穏やかに暮らし、穏やかに一緒に年を取った。
やがて、ロボットはあちこち錆びて、息子は老いて天に召された。
博士の息子のそのまた息子は、緑の丘の小さな家と、博士のロボットを受け継いだ。
博士と暮らしたロボットは、さすがにあちこちガタがきて、錆びてボロっちくなっていた。
ふうむ、とそれを見た博士の息子のそのまた息子──つまるところ博士の孫は、おやおやおや、と工具を出した。
「仕方がないなあ、直してあげるよ 」
一応、父の形見だし。
錆びた鉄板をきれいに外して、丈夫な鉄板に付け替えた。
体に綺麗な色を塗り、見栄え良いボディーにお召し替え。
そうして仕上げに、外しておいたネジもキコキコ。
「おや、これは?」
ネジが一つ、残っていた。
いったい、どこのネジだろう。全部つけ終えた筈なのに。
目の高さにまで持ち上げて、博士の孫は「……おかしいな?」と首を傾げる。ふと、父の言葉を思い出した。
老いて寝付いた窓辺のベッド、父は皺くちゃになったシミの手で、ネジの頭を指さして、ふと思い出したように言ったのだ。
『 たぶん、あれは大事なものだ。なくしてしまってはいけないよ 』
ネジには名前が彫ってあった。下手くそな字でギイギイと。
浅くなった溝を読み取り、博士の孫は目を細める。組み立てに必要ではないらしい。
ピカピカになった顔を見て、博士の孫はなんとなく思った。
── 大事そうなネジだから、なくさないよう気をつけよう。
新しくなったロボットを 「 ロボット3号 」 と孫は名付けた。
ロボット3号と博士の孫は静かに暮らした。
緑の丘の小さな家で、毎日一緒に静かに暮らし、静かに一緒に年を取った。
やがて、ロボットはあちこち錆びて、孫は老いて天に召された。
博士の孫のそのまた息子は、緑の丘の小さな家と、博士のロボットを受け継いだ。
博士と暮らしたロボットは、さすがにあちこちガタがきて、少しボロっちくなっていた。
ふううむ、とそれを見た博士の孫のそのまた息子──つまるところ博士のひ孫は、渋々工具を取り出した。
「使えるように直すとするか」
一応形見のロボットだから。
錆びた鉄板をきれいに外して、ピカピカの鉄板に付け替えた。
ペンキがはげかけた鉄板も、頑丈なボディーにお召し替え。
そうして仕上げに、外しておいたネジもキコキコ。
「おや、これは?」
ネジが一つ、残っていた。
まったく、どこのネジだろう。全部つけ終えた筈なのに。
目の高さにまで持ち上げて、博士のひ孫は「……おかしいな?」と首を傾げる。ふと、父の言葉を思い出した。
老いて寝付いた窓辺のベッド、父は皺くちゃになったシミの手で、ネジの頭を指さして、息も絶え絶え言ったのだ。
『 たぶん、あれは必要だ。なくても動くが、なくすなよ 』
ネジには名前が彫ってあった。けれど、掠れてしまって、よく読めない。
博士のひ孫は目をすがめて見ていたが、やがて、肩をすくめて投げ出した。なくても動くなら、どうでもいい。
ピカピカになった顔を眺めて、博士のひ孫は嘆息した。
── そこらに置くのも邪魔っけだから、一応くっつけておこうかな。
新しくなったロボットを 「 ロボット4号 」 とひ孫は名付けた。
ロボット4号と博士のひ孫は普通に暮らした。
緑の丘の小さな家で、毎日一緒に普通に暮らし、普通に一緒に年を取った。
やがて、ロボットはあちこち錆びて、ひ孫は老いて天に召された。
博士のロボットは人手に渡り、色々な家で働いた。
大きな屋敷、小さな家、子供がいる家、犬がいる家、月日はどんどん流れ去り、不格好だったロボットも、つるんと綺麗にスマートになった。性能も格段に良くなった。
ロボットはどんどん量産されて、何でも人並みに出来るようになった。掃除、洗濯、家事、子守り、時には庭の草むしり、人が入れない危険な場所でも、瓦礫をどけて作業した。
「はい、ご主人さま。お次は何をいたしましょう」
体を作る材料も、強く、頑丈に変わっていった。そして、鉄板に武器も積んだ。
人はロボットを使って殺し合いを始めた。
死なないロボットを量産し、次々立ち上がるロボット達は、都市を襲い、町を破壊し、逃げ惑う人々を容赦なく殺した。都市という都市を、町という町を、村という村を、業火が襲い、呑み込んだ。
やがて、全ての生き物が死滅した。
全てのものが死に絶えた大地に、荒涼とした風が吹き、人けない街のあちこちで、燃料の切れたロボット達が立ったままで止まっている。
高いビルは45度に傾いて、コンクリートは陥没し、自動車はひっくり返っている。川の水はとうに干上がり、魚が銀の腹を見せている。
照りつける太陽の下、ひっそり人けない、ひび割れた大地に、ネジが一つ、転がっていた。
赤く錆びた小さなネジだ。古びて溝が浅くなり、掠れてよくは見えないが、何か文字が彫ってある。
そこには博士の下手くそな字で、簡単に数文字、綴られていた。
" Y O U ・ I " と。
〜 ひ と つ の ネ ジ 〜
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