【 おまけSS.27 141125 】 『ディール急襲』第3部
おっかけ道中ひざくりげ
〜 副長とゆかいな仲間たち 〜
その6 の3
「──悪りィんだがよ」
ファレスが困惑気味に目をそらした。
率直不遜なこの男にして、なにやら珍しく歯切れが悪い。
「色々考えてはみたんだが、やっぱり俺は、お前とは──」
苦々しく顔をしかめ、だが、きっぱりと言い切った。
「 ヤルわけにはいかねえ 」
街角で様子を窺っていた二人が、ぎょっと身を乗り出した。
ファレスはどこかそわそわと、名残惜しげに彼女を見ている。
「いや、俺の方は構わねえんだけどよ、けどお前、阿呆のダチだろ。んなもんに手ぇ出してみろ、まじで阿呆がブチ切れて、どんだけやかましく吠えやがるか。そうなんだよな、意外と小うるせえんだよな、そういうことには──」
「ばか!」
顔をゆがめてファレスを罵り、彼女が通りを駆け出した。
「──たく」
ザイは煙草を足元に落とし、それを靴裏で踏み消した。
軽い舌打ちで街角を出る。「しょうがねえな、あの人も」
セレスタンも顔をしかめて、やっぱりな……とその後に続く。「たく、もう!──なにやってんすか副長〜!」
「──なんだよ、つまりは、そういうこったろ」
ファレスは非難のまなざしに、憮然と腕組み、眉をしかめた。
「変なことでも言ったかよ。ありえねえだろ、女とソッチ抜きなんざ。それじゃなんの為に──」
「ええ。ええ。わかってますよ」
皆まで言わせず、ザイはげんなり嘆息した。「その手に関しちゃ副長は、ウトいを通り越して鈍いってこたァね」
「……あ゛?(怒)」 ←自覚はない
「ちなみに副長、わかってますよね」
通りすぎざま一瞥をくれる。「今のは妹の方っスよ?」
「……あ?」とファレスが停止した。
へ!? とセレスタンも、ファレスの横で急停止。
「い、いもーと? あれが?」
駆け去る彼女の後ろ姿と、「……あ?」と機能停止中のファレスを、ぽかんと口をあけて交互に見る。「いや、けど、感じがなんか、いつもとは──」
「今のが双子の上の方なら」
彼女を追う足は止めずに、ザイは肩越しに言葉をほうる。「副長、とうに引っ叩かれてますよ」
まだ釈然としない面持ちで、ファレスが怪訝そうに身じろいだ。
「それで、てめえは、どこまで行く気だコラ」
「あんた、アレをほっとく気スか」
彼女の背中を顎でさす。「まずいでしょうが。あんたのせいで、車道なんぞに飛び出しでもしたら」
うつむいた目元を手の甲でぬぐい、彼女はでたらめに駆けていく。
夏日の影濃い真昼の通りに、通行人の姿はなかった。ろくに前など見てないだろうが、人にぶつかる気遣いだけはない。
二区画ほど行ったところで、ザイは難なくその背に追いつく。流行りの鮮やかな飾り紐が、ゆるく巻かれた手首をとった。「──はい。そこまでってことで」
「放してよっ!」
振り向きざま、リナが力任せに手を払った。
むろんザイとて、おいそれと放しはしない。
リナはぶんぶん、つかまれた手を上下に振る。「放しなさいよっ! 大声出すわよっ! この色魔―っ!」 ←もう出してる。
「まーまー、ちょっと落ち着きましょうよ」
「はーなーせーっ!──ってば放せっ! 聞こえないのっ!」
「もー。ほら。恐い顔しないで。はい、とにかく深呼(吸──)」
「黙っててよっ! つか、あんたなに!?」
リナがまなじり吊りあげ、詰め寄った。
「なんで、あんたが入ってくんのよ! 関係ないでしょ、あんたにはっ! えっと──ええっと(=なんて名前だっけ?)──な、なによ、あんたなんか七番のくせにっ!」
「は? 七番ってのは? なんでしたっけ?」
「だからファンクラブの七番よ! 会員番号! あんた、自分で言ったんじゃない!」
「やだなー。あれはお遊びでしょうに」
「は、はあ? お、あそ──びっ?」
「わかってるくせに〜。お人の悪い」
絶句の口をつぐんだリナが、こめかみ不穏にひくつかせ、ふるふる拳を震わせた。
「あんたの話は一体どこまでが本当なのよっ!」
「おや。けっこう失敬スねえ」
罵声の癇癪受け流し、ひょいとザイは顎を出す。
「半分くらいは本当スよ」
「──だったら半分は 嘘 ってことじゃんっ!」
「はい、深呼吸〜?」
──う゛と顔を強ばらせ、リナは、ぎりぎり睨めつける。のれんに腕押し。ああ言えばこう言う……
しれっとザイは、リナの泣きべそ顔を見おろした。
「すみませんねえ、副長が。あの人ほんと神経なくて。けど、だから言ったでしょう、よした方がいいっスよって」
上目使いで顎をさすり、あてつけがましく小首をかしげる。「おや。まだ言ってませんでしたっけ?」
リナは「へ」の字に口をゆがめて、もそもそザイから目をそらした。「……い、言ったわよ。言ったけど、でも」
「忘れた方がいいスよ、もう」
リナの未練をきっぱり遮り、ザイは改めて目を向けた。
「わかっていねえようですから、もう一度言っときます。あんた、いい加減にしねえと、泣きをみますよ。副長はあんたを見てねえし、女あしらいの才もねえ。あんたがどれだけ追いかけても、追いつける相手じゃありませんしね」
リナが虚をつかれたように顔をゆがめた。
唇を噛んで口をつぐみ、ぷい、とふてくさったように目をそむける。「──わかってるわよ、そんなこと」
口を尖らせ、呟いた。軽くうつむいた横顔は、足元の地面を睨みつけている。
旅用ブーツのその足が、束の間ためらい、踏み出した。
おずおずザイの腕をつかみ、こつん、と肩に額をぶつける。
上着の肩に、湿った顔をすりつけて、だしぬけに顔を振りあげた。
「わかってるわよ! わかってるわよっ! 脈がないってことくらい! だけど、しょうがないじゃない! 副長のことが好きなんだからあっ!」
ひっしと両手でしがみついた。
「なのに、なによ! あんなこと言わなくたっていいじゃない! あんなひどい、言い方しなくたってぇ!」
「もー。まったく、ほんとスよね〜」
びーびー泣きだしたリナの頭を、ザイはなおざりになでてやる。「まったく、何を考えてんだか。あのとんちんかんな無神経男は」
「──ちゃっかり同調してんじゃないわよっ!」
リナが涙目で咬みついた。
「なに言ってんのよ他人事みたいにっ! あんただって仲間でしょうが! 友だちなんでしょ副長はっ!」
「いえ、あれはダチってよりは」
ザイは上目使いで頬を掻く。「たちの悪い上役って感じで──」
無為にめぐらせた目を止めた。
視線の先は、一つ先の右手の街角。建物の陰に、小柄な人影が佇んでいる。だが、ただ立っているだけではなさそうだ。そう、こちらを注視しているような──?
なんの用だと怪訝にすがめ見、ぎくり、とザイは硬直した。
「……来て、たんスか」
とっさに地面に目をそらし、困惑して口元をつかむ。
ひた、と冷たい目を当てて、女は無言で睨んでいる。ザイはうろたえ、たじろいだ。リナの片割れの、あの彼女だ。
軽口で茶化そうと口をあけ、だが、ためらい、舌打ちで口を閉じた。
とっさに先が続かない。この町にいる理由は、薄々わかる。双子の姉妹は日頃から、行動を共にするのが常だから。だが、なぜ、ああも怒っているのか、その理由がわからない。そう、彼女は明らかに怒っているが──
はたと、ザイは顔をあげた。
「──ああ、いえ、違うんスよ」
肩を抱いていたリナに気づいて、ぱっとあわてて脇に押しやる。「これは別に。俺たちは何も──」
「隠さなくてもいいでしょう」
低い声でラナがさえぎり、鋭い視線で目を向けた。
隣にいるリナを一瞥、その目を返して睨めつける。「よく、わかりました」
「──わかったって何が」
「やっぱり、あなたリナのことを」
「ちょ、ちょっと待ってくれませんかね。これにはちょっと込み入った事情が──」
「え? なに? やっぱりって? あたしが何?」
ぽかんと口をあけて見ていたリナが、はた、と膝を打って顔をあげた。
「(あ、そうそう思い出した! "ザイ"って名前だ! "かまかぜのザイ"!) なに? どういうことよ、ねえ、かまかぜっ!」
ザイはたしなめようと、リナを見る。
ふい、とラナが目をそらした。泣き出しそうに、横顔がゆがむ。「……嘘つき。"違う"って、言ったくせに」
「だから、これは違うんですって。妹さんと俺とは別に。まったくひどい誤解スよ」
リナは二人を交互に見、興味津々首をかしげる。「え? なになに? なにが誤解? なによこれ、どーなってんの? ねえ、かまかぜぇ」
「……。ちょっと黙っててもらえませんかね」
ザイは額をつかんで、うなだれた。「あんたが混じると、話が余計にややこしく──」
「はああっ? なによ、その言い草っ!」
リナが心外そうにぶんむくれた。
「あんたが追っかけてきたんじゃないよっ! 放せって言っても聞かないから、だから今こんなことに──」
「……。いや、だから、そういう言い方をすると、まるで俺があんたのことを──」
「見損なったわ!」
ぎょっとザイは顔をあげた。ラナが鋭く睨めつけている。
「なによ嘘つき! こそこそして見苦しいったら! はっきり言えばいいじゃない!」
つん、と刺々しく髪を払って、ラナは街路に踵を返す。
「あっ。やだ。ちょっと、ラナ〜」
リナがあたふた後に続いた。
「ちょっと、どこ行くのよ、ラナってばあ」
不機嫌な足どりを追いかけて、ばたばた街角へ駆けていく。
じりじり夏日の照りつける、人けない真昼の歩道に、ぽつねん、とザイが残された。
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