【 おまけSS.27 141127 】 『ディール急襲』第3部
 

おっかけ道中ひざくりげ

 〜 副長とゆかいな仲間たち 〜

  その6 の4
 
 
「……つまり、なんだ?」
 すべての元凶副長ファレスは、セレスタンと顔を見合わせた。
「あっちに行ったのが"泣き虫女"ってことか?」
 街角を指さし、二度またたく。
「なら、こっちにいたのがオカチメンコ、ってことだよな?」 
 思案顔で小首をかしげ、なにやら考え込んでいるようだ。
 彼女らが去った街路をながめ、ほりほり指先で頬を掻いた。
「だったら良かったか。別にヤっても
「──良かァねえでしょ」
 ザイはぶらぶら街路を戻り、呆れ顔で突っ返した。セレスタンも渋い顔で腕を組む。「そーいう話じゃないでしょうが。たく。そんなこと考えてたんすか、副長はもぉー!」
「副長、相手は商売女じゃないんスよ」
 溜息まじりに、ザイは諭した。
「遊ぶなら、娼家の女で十分でしょう。気楽に手なんぞ出した日には、家だのガキだの所帯を持つだの面倒なことになりますよ」
 ぎろりと白い目を向けられて、ファレスはそそくさ目をそらす。「お、おう、ハゲ、どうなってんだ、馬の方はよ」
「ああ、副長。それがその──」
 セレスタンは言葉を濁し、眉尻さげて禿頭を掻いた。
「それがどーしても動かなくて。嫌なんですって、トラビアは」
「──なんだァ?」
 ファレスは呆れ顔で、宿の馬小屋へ足を向ける。「んなもん、蹴っ飛ばせば済むことじゃねえかよ」
れんちゅうを甘く見ると、蹴っ飛ばされますよ、副長の方が
 セレスタンはなおざりに声をかけ、ファレスの背へと足を向ける。
「ま、無理だとは思うけど」
 含み笑いで顎をしゃくられ、ザイもぶらぶら、その後に続く。
 木漏れ日がキラキラ輝いていた。
 街路樹の植わった歩道には、色濃い陰が落ちている。肩を並べた横顔に、ちら、とセレスタンは一瞥をくれる。
「そういうことなら、誘っちゃおうかな?」
「誘うって誰を」
 目元の隠れた前髪の下で、ぶっきらぼうにザイは応える。
「だからさ」
 ぶらぶら足を運びつつ、セレスタンは晴れた青空を仰ぎやった。
ラナさんを・・・・・
 あ? とザイは、惰性で運んでいた足を止めた。
 道の先で立ち止まり、肩越しに目を向けたセレスタンの顔を見る。「お前、なにを言ってんだ」
「構わないだろ? 俺があのを誘っても」
 思わせぶりに目配せし、セレスタンはにんまり笑った。
「お前にその気はないんだろ? なら、こっちに譲ってよ。俺、かなり好みなんだよな、ああいう気立ての良さそうな。──ああ、俺なら大丈夫。まず本気にはならないからさ」
「今、副長に言ったことを、お前にも繰り返さなきゃならねえか?」
 ザイは軽く嘆息し、視線を上げざま睨めつけた。
「遊び相手なら、娼家で漁れ!」
 町が一瞬、静まり返った。
 つかのま消えた物音と、真夏の暑気と蝉の音が、じわりじわりと戻ってくる。
 くすり、とセレスタンが頬をゆがめた。
「──なんて顔してんの」
 おかしそうにくすくす笑い、降参したように手をあげる。
「うそうそ冗談。怒んなよ」
 苦虫かみつぶしてザイは舌打ち、苦々しく目をそらした。いつもヘラヘラとぼけているが、不意に人を試すような真似をする。
「じゃ、寝床の延長をしてくるわ」
 ぽん、とセレスタンは肩を叩いて、さばさばと横をすり抜ける。
「副長を頼む。あいつらにしつこく絡んで、蹴っ飛ばされないよう見張ってて」
 晴れた空をながめやり、こきこき禿頭の首をまわして、ぶらぶら投宿先へと歩いていった。
 
 
 宿の厩舎の支柱にもたれて、ザイは無言で眺めている。
 ぶらりと踏みこみ、馬を見るなり、鼻先でニンジンを振ってはいたが、それでも馬が動かないとみるや、「あー。こりゃー無理っスね」の一言と共にあっさりと、なおざりにそれを投げ捨てた。そして「はい、交代」と場所を代わって、それっきり。
 馬は四肢を折って座りこみ、ぷい、とそっぽを向いたまま。
「てっ、てめえ、生意気だぞ馬のくせにっ!」
 ぐぬぬ、と踏ん張り、ファレスは馬の首にかじりつく。
「おい! とっとと行くぞ馬公ども! てめえら、舐めてかかってんじゃねえぞ!」
 だが、いかな豪腕ファレスといえども、己が重さの十倍もの馬に、目方で勝てるものではない。
「い、いい加減にしとけよ馬公っ! いつまでそうしてぶっ座ってるつもりだコラ!──にしても、お前よく区別がつくな」
「……はい?」
 ザイが一拍遅れて目をあげた。
「あ、……ええっと、なんでしたっけ?」
 ようやく気づいたという顔だ。
 ファレスは拍子抜けして口をつぐみ、しげしげザイを見返した。「何をぼさっとしてやがる。だから、阿呆のダチの話だろ」
「──ああ、あの双子スか」
 唇を舐めて目をそらし、ザイは煙草を口へ持っていく。問われた内容を思い出す、時間を稼いでいるように。
 肩をかがめて、ズボンの隠しを舌打ちで探った。マッチを取り出し、顔をしかめて点火する。
 ふん、とファレスは怪訝に見やった。指で挟んだ煙草の先に、火が点いていなかったことに、今やっと気づいたらしい。見学にまわって、ずい分経つが。
 ザイの反応が珍しく鈍い。さっきもいいように怒鳴られていたし。そもそも女の一喝で、怯んだところなど初めて見た。しかも、相手は非力な堅気。むしろ相手を怯ませるのが常の、切れ味鋭いこのザイが。
 どうにも奇妙な光景だった。とはいえ理由を尋ねたところで、素直に答える相手でもない。そもそも、そこまで立ち入るのも面倒くさい。
 それにしても、と顔をしかめて、ファレスは先の街路を見やる。
「たく、からかいやがって、オカチメンコの野郎。なんだってフリ・・なんぞしやがるんだか。てっきり "泣き虫女"だと思ったじゃねえかよ」
「ありゃあ、素でしょう」
 晴れた町の空を仰いで、ザイはようやく一服する。「あの妹、威勢はよくても意気地の方はからきしスよ。肝ならうえの方が据わってる」
「けど、あいつら見た目は一緒だろ。見分けるコツでもあるのかよ」
「コツ、と言われましてもね」
 紫煙の行方をザイは目で追い、ふっと苦笑いを頬にこぼした。
「……まったくの別人スよ」
 
 
 わななく唇を引き結び、ラナは通りを歩いていた。
 戸惑ったように呼びかけながらリナがついてきていたが、今は顔を見たくなかった。
 妹を無下に振り切って、通りを渡り、昼の人けない街路を歩く。ひとり当て所なく町を歩いて、見知らぬ路地への街角を曲がる。
 湿っぽい煉瓦の壁の、日陰の歩道で足を止めた。
 浅く息を吐いて壁にもたれ、うつむき、指先で目元をぬぐう。
「どこへ行くの? お嬢さん」
 はっ、とラナは顔をあげた。
 青蔦の這う煉瓦の壁に、男が腕組みでもたれていた。夏だというのに革の上着。あの彼と同じような身なりの──。
 身を引き、ラナは見まわした。
 日陰の路地には、誰もいない。そう、人の気配などしなかった。誰もいないと思ったからこそ、ここで足を留めたのだ。
 怪訝に相手をうかがえば、その目は楽しげに笑っている。一体いつから、そこにいたのか──。
 はっと面食らって目をみはった。
「あなた確か、ザイさんのところの──」
「ちょっと、俺に付き合わない?」 
 男が笑って片目をつぶった。
 
 
 

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