【 番外編1-130428 】 『ディール急襲』第U部 第5章 11話 「岐路 」4 から分岐
 

メガネちゃん狂想曲 

 
 
 商都から見て南西の方角の山陰に、部隊を避難誘導し、部隊の首長が静養している商都の本部に取って返し、深夜に到着、報告を済ませた。
 その翌日の昼、ようやく街に出てきたザイは、あの姿を捜していた。
 昼さがりの、のどかな街角を見てまわる。祭の片付けをしている店主。昼飯を済ましてきたのだろう、扉を開けて店から出てくる観光客。領邸もそろそろ昼休みだろう。
 祭が終わり、街はのんびりとして、人もまばらだ。山車から投げられたミモザの花が、道の端に寄せられている。
 ザイはせかせか視線をめぐらせ、ふと足を止め、嘆息した。
「──いるだろうと思ったぜ」
 探しているだろうとは思ったが案の定だ。しかも、
「手探りかよ……」
 人目を引く紺の制服。
 額で分けた肩までの髪、背の低い小柄な肩──曲がり角で壁にぶつかり、涙目で鼻を押さえている。
「──俺のせい、か」
 ザイはげんなり額をつかんだ。
 紺の制服のオフィーリアは、ぱたぱた両手を振りまわし、もたもた、おろおろ進んでいる。
「──仕方がねえな」
 舌打ちして、街角を出る。
 ザイはつかつか近づいた。彼女はおどおどしながらも、辺りに目を凝らしている。
 覚束ないその足が、舗道の煉瓦でつまずいた。
 おわっ──!? と悲鳴をあげながら、じたばた両手を振りまわし、街角の壁に、顔から突進。
「──おっと」
 転げそうになる腕を、ザイは危うく引きあげた。
 はっ、とオフィーリアは顔を上げ、小首をかしげて目をすがめる。あんた誰、という顔で。
 本気で全く見えないらしい。
 とっさにすがりついた彼女の腕を引っぱりあげてやりながら、ザイは呆れて嘆息した。「なにやってんです、こんな所で。外なんか出ちゃ、危ねえでしょ。そんなに物が見えねえのに」
「……ザ、ザイさん?」
 わたわたオフィーリアが顔をあげた。声でようやく気づいたらしい。顔を赤らめ、もじもじ言う。
「あ、あら、偶然ですわね!」
 運命的なものを感じますわっ! と強引に話をまとめにかかるオフィーリアに、ザイは (──偶然も何も) とぐったりうなだれ、首を振る。
「今、ザイさんの所へ行こうと思っておりましたの!」
「──俺の所へ?」
 そういえば、向かっていたのは異民街のある方角だ。
 ザイは怪訝に顎をなでつつ、指さす方向を振りかえる。「なんで知ってんです、俺の居場所なんか──」
 言いかけ、はたと気がついた。副長の見舞いにきたリナが、まんまと本部に入り込んだことを。そうだ。あのお喋りがぺらぺら喋ったに違いない。居場所を教えてやらなかった腹いせに。
 そして、オフィーリアは案の定、その情報を拠り所にして、もたもた歩いてきたらしい。ろくに前も見えないくせに。
 こんなに危なっかしい足どりで、よく馬車道を渡ってきたな、と今更ながら背筋が凍る。
 密かに苛立って振り向いた。「それじゃあ歩くのにも不自由でしょう。とりあえず眼鏡をこしらえに行きますかね」
「はいっ!」
「よう! そこのふられ男
「……はい?」
 ふられおとこォ? とオフィーリアは固まった笑顔でまたたいた。
 通りを横切っていた禿頭が、ザイに気づいて足を向けた。
「ちょっと待っててくださいねえ?」と彼女をぐりぐり街角に据えつけ、なに? と歩いてきたセレスタンの肩を、ザイは素早く引きずり込む。「頭(かしら)から、話は聞いたぜ。駆け落ち失敗ご苦労さん」
「……だから反省してるってー。その証拠に──」
 セレスタンは引きつり笑って、自分の頭に指をさす。
「頭まるめて坊主にしました〜」
「てめえは元から坊主じゃねえかよ」
 しらっとザイは言い返し、ちら、と溜息で目を向けた。「本当に反省してんのかね、このハゲは」
「し、してるってえ。もちろん」
「そういう誠意は態度で示せよ」
「……へ?」
 くるり、とオフィーリアを振り向いた。
「こいつをお供に付けますんで。眼鏡に関しちゃ、ダントツの目利きスよ?」
 言うなり、セレスタンを押しやった。
 たたらを踏んだセレスタンに、オフィーリアはどっぷり頭から埋もれ、だが、ふんぬ、と脇に押しやった。
「え? え? て、ザイさんはっ?」
 だが、あわてて声を張りあげた時には、ザイは街角を曲がっていた。これ幸いというように。
「……う゛。ザイ、さん」
 つき伸ばした手をのろのろ引っこめ、オフィーリアは涙目でハンカチを噛む。
 えぐえぐし始めた下方の肩に、セレスタンは困って禿頭を掻いた。
「……あー……ええっと……」
 ザイが消えた街角をながめ、嘆息して目を戻す。
 彼女の肩に手を置いた。「──あいつは、やめた方がいいっすよ。あれで結構恐い奴だし、あんたにゃ悪いが、脈がない」
 ぎゅっとハンカチを握りしめ、むっ、とオフィーリアが振り仰いだ。
「これしきのことでは諦めませんんっ! ザイさんは白馬の王子様なんだからっ!」
「……。あ、そうすか」
 殺気立った勢いに押され、セレスタンはたじろぎ笑いで身を屈める。「あ、でもね、結構恐い奴ってのはホントすよ? なにせ隣国となりの仕事場じゃ、泣く子も黙る人斬りすから」
 目が合い、身構えた時には斬られている。ザイが鎌風と恐れられる所以ゆえんだ。
「──あの、」
 薄い眉をきゅっとひそめて、ぱっとオフィーリアは顔をあげる。
「ヒトキリというのは、なんでしたかしら」
「……そこからすか」
 がっくりセレスタンはうなだれた。
 ゆるゆる脱力して首を振る。「……やっぱ無理すよ。あんたみたいな真面目一本のお嬢さんが、奴とわたり合おうなんざ。妖艶な女が色仕掛けでくるならともかく──」
「真面目で何が悪いんですの!? どっこも変わりはないはずだわ!」
 オフィーリアは両手を握って抗議した。
 セレスタンは己を指さし、あ、それ街路樹すから。俺はこっちすから──と、彼女の肩をとんとん叩く。
 む? と彼女が振り向いた。
「とっ、とにかく! 努力は必ず報われます。わたしは身をもって、それを実証してきましたわ。何もしないうちから諦めるなんて、そんなの卑怯な言い訳ですわ!」
「……つまり、挫折したことがないんすね」
 セレスタンはたじろぎ笑う。
 彼女は人一倍がんばって、なんでも手に入れてきたのだろう。官吏も顔負けのおびただしい知識も。栄えある領邸使用人の椅子も。その確固たる信念が覆る日がくるとは思いもしない、迷いのない、ひたむきなまなざし──セレスタンはふっと微笑って、舗道の先に目を向けた。
「こっちもぼちぼち行きますか。見に行くんでしょ、新しいのを。実は俺も、新調したばっかでね。いい工房知ってますから、あんたに似合いそうなの見繕わせてもらいますよ」
 オフィーリアは不服顔ながらも、こくりとセレスタンにうなずいた。「お会計そっちもちだしね」
「へ? そうなんすか?」
「ええ。ザイさんが弁償するって」
「……。あんの野郎〜!」
 財布の中身をあわてて調べるセレスタン。そんな話は聞いてない。
 街角を見ていたオフィーリアが、ふう、と落胆したように嘆息した。
 諦めたように歩き出し、ちら、と隣のセレスタンを見あげる。「……黄色の、丸眼鏡?」
「……ど、どうも」
 セレスタンは引きつり笑って頭を掻いた。「ダントツの目利き」とのザイの言葉が解せないらしい。
「あー、ええっと、昨日までは、びしっと黒できめてたんすけどね」
 だが、今は丸眼鏡。しかも黄色
「なぜ、新調したんですの?」
 オフィーリアはまじまじと訊く。
 セレスタンは、ふっと微笑って、晴れわたった夏空を仰いだ。
「──恐いって、言われちまったもんすから」
 ふと、我に返って、隣の連れを振りかえる。
「あ、それでイメージ代えてみようかと。でも、やっぱ、こういうのは駄目ナシすかね」
 言われて、オフィーリアは、じっと見た。そして、
「いえ。とても良いご趣味だと思うわ!」
 大真面目な顔でうなずいた。
 
 まっすぐ舗道を歩いていく、背筋を伸ばした制服の背に、ばいばい、とセレスタンは手を振って、懐から煙草を取り出した。
「後はあいつが、どれだけきれいに、あのを振ってやるか、だな」
 一本くわえて、その背を見送る。
「……でも、ザイは冷たいからな〜」
 あのそっけない態度を思い出し、軽くげんなりと嘆息する。
「ひたむきで正しいヒヨコちゃん、か」
 人けのない昼下がりの舗道を、セレスタンは一人ぶらぶら歩く。
 努力が大事! と力説する生真面目な顔を思い出し、頬をゆるめて苦笑いする。
「あんたが簡単にそう言うほどには、人生は容易くはないけれど──」
 だが、首長のもとにぶちこめば、ザイを諭してくれるだろう。あの愛の伝道師が。
 そう、これも乗りかかった舟だ。
 強い日ざしが降りそそぐ澄んだ夏空を眺めやり、セレスタンはまぶしげに目を細める。軽い溜息で禿頭を掻いて、本部の方向へ足を向けた。
「──さてと。根回しにでも行きますかね」
 健気でうぶな、挫折を知らない女の子が、傷ついて泣いたりせぬように。
 
 
 

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