CROSS ROAD ディール急襲 第2部5章 11話4
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「てんめえ、クロウ! どこへ行ってた!」
 バタン、とあいた扉の向こうに、待ちかねた顔を見咎めて、ファレスはまなじり吊りあげた。
 クロウは肩で息を弾ませ、腕で口元をぬぐっている。こめかみから滴った汗が、顎の先から、ぽとりと落ちる。
「いつまで待たせんだコラ! 朝飯がこねえぞ──」
 烈火のごとく怒り狂い、きょとん、とファレスはその口をつぐんだ。
「お前、なに泣いてんだ?」
 クロウは、はっと気がついて、あわてて目をそらし、頬をぬぐう。「──いえ」
 はた、とファレスは己を指した。
「あなたじゃありませんよ」
 むっとクロウが振りかえる。
「……だよな?」とファレスは首をかしげた。今、顔を合わせたばかりだ。
 気勢を削がれて、いささか気まずく頬を掻く。「──ああ、腹が減って死にそうなんだよ。どうなってんだよ、飯の方はよ」
 ああ、そうでしたっけね、忘れてました、とクロウは戸口の外に手を伸ばした。
 ガタガタ事もなげに木札を外す。そこに黒々と書かれた文字は
 "面会謝絶"
 しれっと札を回収したクロウに、ファレスは、ぎりり、と拳を握る。
「──てんめえ、何してくれてんだっ!」
 朝飯どころか、これでは誰も来るはずがない。
「よう、どうだった、向こうの様子は」
 廊下の向こうから声がした。
 ひょい、とザイが、戸口に顔を覗かせる。
 戸口から室内に踏み込んだクロウが、軽い溜息で目を向けた。「──どうもこうも。相も変わらずの、とぼけっぷりですよ。頑丈な戦神が担ぎこまれたというから何事かと思えば。まったく人騒がせな人ですよ」
 ぽかん、と、ザイはまたたいた。「……客は?」
「──あ、いえ」
 はっとクロウは口をつぐみ、しどもどザイから目をそらした。「部屋の方には入らなかったもので」
「入らなかった?」
 怪訝そうに復唱され、「じゃ、わたしはこれで!」と戸口のザイを押しのける。
 そそくさ出て行ったその背を見送り、ザイは呆気にとられて頭を掻いた。
「──なんスか、ありゃ」
 ファレスも腕組みで首をかしげる。「ああ。なんか変なんだよな。なんか知んねえけど泣いてるしよ」
 くるり、とザイが振り向いた。
「駄目スよ、いじめちゃ」
「いじめてねえよっ!」
「──副長、あんたねえ」
 ザイはやれやれと腕を組む。
「敵にまわす相手は選ばねえと。そのうち一服盛られますよ?」
「……あ?」
 昨日、双子のメイドが帰ったあの後、ぱったり寝ついて気がついたら朝だったファレスは、釈然としない様子で首をかしげる。それはクロウが、チェリートマトで十回ほど、ファレスを足止めしたあげく、睡眠薬入りを手渡した故のことなのだが、ぐっすり寝ていたファレスは知らない。
「で、その後、加減はどうっスか」
 変わりばえのしない部屋を見まわしながら、ザイはぶらぶら足を進める。
「おう。まあまあだな。昨日よりは痛くねえ」
 腹の包帯にうつむいて、ファレスは傷の辺りをツンツンつつく。一杯食わされ丸一日、図らずも安静に寝ていたお陰で、元気もりもり意気揚々。元より回復の早い体質だ。
 そんなことより、と苦々しげに舌打ちした。「ザイ、てめえ、護衛はどうした。こんな所でダベってていいのかよ」
 アレが野放しになってんじゃねえかよ、とやきもき窓の外を見る。
 ザイは片隅の長椅子に足を向ける。「客の引き渡しは済んだんで」
「引き渡し? なんの話だ」
「──ああ、副長は知りませんでしたっけね」
 あ、これ差し入れっス、と窓辺のファレスに雑誌を見せる。
「話せば色々あるんスが、つまるところ医者の手配がついたんで、そっちへ引き渡したって話スよ。で、俺もめでたくお役放免って寸法で。よかったっすねえ、副長も」
「あァ?」
 ファレスは怪訝そうな顔。
「肩の荷がおりたでしょ? あの問題児の面倒を、これでみなくて済むんスから」
「……みなくて、済む?」
 ぽかん、とファレスは復唱し、しばし腕組みで考えた。
 もそもそシーツを引っかぶる。
 そうしてそのまま、しばし就寝。そして数分が経った後、ぱっちり目覚めて、むっくり起きる。
 くるり、とザイを振り向いた。
「おい、アレはどこにいる」
 長椅子の上に身を投げて、差し入れのエロ本を見ていたザイは、「はい?」とあくび交じりに振り向いた。「ああ、ですから診療所スよ、五番街の裏通りにある──。手配してたでしょ? シュウって医者を。もっとも、表向きは斡旋屋で、バッカー商会ってのが屋号スけどね」
「……む?」
 ファレスはもそもそ布団にもぐる。
 そうしてそのまま、しばし就寝。そして数分が経った後、ぱっちり目覚めて、むっくり起きる。
 くるり、とザイを振り向いた。
「おい、アレはどこにいる」
「──ですから、闇医師のとこで(すよ)──」
 みなまで聞かずに、ファレスはもそもそ布団にもぐる。
 そうしてそのまま、しばし就寝。そして数分が経った後、ぱっちり目覚めて、むっくり起きる。
 くるり、とザイを振り向いた。
「おい、アレはどこに──」
「さっきから一人で何やってんです?」
 身を起こして待ち構えていたザイが、ひょい、と顎をつき出した。「夢じゃありませんよ、紛れもない現実スよ」
 ファレスは腑に落ちない顔で首をひねる。
「──そんなはずは、ねえんだがな」
 なにやら予定と違うらしい。
「でも、よかったっスよねえ、助かって」
「助かって?」
 ぱっと素早く振り向いたファレスに、しまった……の顔で固まるザイ。
「い、いえ、なんでもないっすよ」
 あわてて、ファレスから目をそらす。
 が、時すでに遅かった。
 案の定、とっとと吐け! とすごまれて、ザイはしぶしぶ口を開いた。「──まあ、もういいっすかね。つまるところ助かったことだし」
 かくかくしかじか、昨日の事件をかいつまんで説明。
 トラビア街道沿いの西の森で、バリーと賊が事を構え、二十体を上まわる敵の死体があがったこと。そのさなか、負傷した客をウォードが連れ出し、それをカノ山坑道に避難させたが、客は出血多量で死にかけていたこと。だが、かねてより手配していた闇医師を、調達屋が探して連れてきたらしいこと。
「生き残りが通報したようで、今、代理が事情聴取されてます──て、あれ? 副長、どこ行くんスか」
 ザイの呼びかけを置き去りに、ファレスは部屋を飛び出した。
 上着に腕を通しつつ、静かな廊下を足早に進む。
 本部の薄暗い玄関から、夏日にさらされた歩道に出、街角で下回りを捕まえて、五番街裏通りにあるというバッカー商会の場所を聞き出す。
 がらり、と店扉を引き開けた。
「邪魔するぜ!」
 つかつか踏みこみ、ぎろり、とすごむ。
「アレはどこだ!」
「──え?──て、あれ? 副長?」
 窓辺の応接で寝そべっていたセレスタンが、わたわた泡食って起きあがった。
 きょろきょろあたふた見まわして、不思議そうに目を戻す。「なんで、いんです? 寝てなくていいんすか? あ、店主なら今、飯食いに行って──」
「店主なんぞに用はねえ! アレがどこにいるか訊いてんだっ!」
 むんず、とセレスタンを吊るし上げ、ぶんぶん左右に振りまわす。
 がなって居場所を聞き出して、ファレスは廊下に突進した。扉の先の寝台で、見覚えのある黒い頭がぐーすかシーツにくるまっていたし、廊下に置かれた待ち合いの椅子ではアドルファスがいびきをかいていたが、どちらも無視して角を曲がり、教えられた個室に突っこむ。
 向かいの寝台まで、つかつか突っ切り、ひょい、と顔を覗きこんだ。
「……どこも、なんともねえじゃねえかよ」
 明るい裏庭に開け放った窓辺で、あの彼女が大の字で寝ていた。
 ファレスは長く息をつき、寝台の端に肘を突く。
 頬杖で寝顔を、じぃっと観察。
 口をあけた熟睡の頬を、つん、と軽くつついてみると、彼女はとたん顔をしかめて、うるさそうに向こうを向いた。
 異状なしだ。何事もなく、くかくか寝ている。
 じぃっとファレスはその顔を見つめ、なにやらむずむずし始めた手を、彼女の耳下のうなじに伸ばした。
 指先に触れる汗をかいて湿った髪、あたたかな肌の確かなぬくもり。なめらかな細いうなじから、襟の合わせ目に沿って指で辿り──
「……ん?」
 つかんでいたのは胸──ではない。
 予期せぬ事態に、ファレスは無言でまたたいた。
 チェーンを握った手の中で、あの翠石がきらめいていた。彼女がお守りにしているあの石だ。なんかむずむずそわついて吸い寄せられるがままに手を伸ばしたが、欲していたのはこれだったらしい。
 なんで、こんなものを? と眉根を寄せて絶句で固まる。
 ためつすがめつ、いぶかしげに石を見て、お? と気づいて首をかしげた。
 そう、なぜだろう。しくしくしていた脇腹の痛みが軽減したように思うのは。
 どうも、わけが分からないながらも、片手で石をにぎにぎする。なにやら、たいそう良い按配。なにやら異様に放しがたい。何もかも放り出し、ずっと、こうしていたいような──
 ふと、彼女に視線をめぐらせた。
「……そういや、アレがねえな」
 あの緑のゆらぎが。
(なんで、いきなり消えやがったんだ?)と遅まきながらきょろきょろ点検、じんわり程よく温まった石を、引き続きしつこくにぎにぎし、ぎょっと凍りついて手を放す。
 彼女のお守りの翠石に、無数のヒビが入っているではないか!?
「──お、俺か?」
 ぶっ壊した犯人は。
 どきどき後ずさって胸を押さえ、冷や汗たらたら寝顔を見る。こんなことが知れたらば、どれだけ罵倒されるかわからない。
 両手両足を投げ出して、彼女はくーかー寝入っている。なんの悩みもなさそうな、あけっぴげな能天気な顔で。まるで、いつもと変わらぬ顔で──。
 寝台の端に両手をついて、じっとファレスは見おろした。
 湿り気を帯びた夏の風が、カーテンをゆらして吹きこんだ。
 卓には白い菓子折りが、開けられることなく置いてある。蝉の音を破って届くのは、路地を駆け抜ける子供の声。
 ゆっくり、ファレスは膝を折った。
 夏日の陰に、あぐらをかく。木板の床はなめらかで、ひんやりとして心地良い。
 開け放った向かいの窓から、蝉の音だけが流れこんだ。
 昼下がりの診療所は、のどかな静けさにつつまれている。任務完了ということは、もうこれ以上、彼女のそばにいる理由がない、、、、、
 夏日が照らす寝台の上、彼女はおおらかに寝入っている。あぐらで見あげるその耳に、静かな夏の音を聞きながら、ファレスは途方に暮れてうなだれた。
「……本当に、終わり、、、なのかよ」
 
 
 

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