■番外編 「メガネちゃん狂想曲」 7
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「あの言い方は、ねえんじゃねえの?」
馴染みの声に、ザイは溜息で振りかえる。
「──あんたでしたか。あの気配は」
案の定の相手を街角で見つけ、いささかばつ悪そうに目をそらした。「いつから、そこに?」
「ずっと見てたさ、一部始終な」
壁にもたれて男は微笑い、空にむけて紫煙を吐く。「だめだろ。関係者に手ぇつけちゃよ」
ザイは辟易として腕をくんだ。
「脅しスよ。そんなこた百も承知のくせに」
「かわいそうにな。メガネちゃん」
「あてつけがましく、なに言ってんだか。本当になんにでも、首をつっこんできますね頭(かしら)。他にすることないんスか」
彼らを取りまとめる首長のバパが、人けない街角にもたれていた。頭に、手足に、まだ包帯を巻いている。
バパは苦笑いで紫煙を吐いた。「……ツケツケ言うねえ、お前はまったく。年寄りってのは労わるもんだろ」
「年寄りなら年寄りらしく、部屋で大人しく寝ていちゃどうです」
「お前はどうも、言葉がキツくていけねえな。あんまりそうやって苛めると、俺の弟子に言いつけるからな」
「どうぞ。返り討ちスよハゲなんか。で、なんでいるんです、こんな所に。"まだ無理。動けない"とかって駄々こねたのは誰でしたっけね」
「あのな。俺だってなにも、好きで出歩いてるわけじゃねえんだぞ。ひとが静かに寝ていると、入れ替わり立ち代りやってきて、問題をもちこんでくるのは、お前らじゃねえかよ」
へえ、とザイは気のない返事。ちらとバパに目を向けた。「どうせ、好きで首つっこんでんでしょ?」
まあな、と肩をすくめるバパに、ザイはげんなり向き直った。
「頼みますから、ちったァ大人しくしていちゃくれませんかね。あんたがどこぞでぶっ倒れてるかと思うと、おちおち気ぃ抜いてられねえんスよ」
バパは満更でもなさげに顎をひとなで。「おやおや。愛されてるねえ、お前らの頭(かしら)は」
言ってろよ、とザイは嘆息。「そうしてしょっちゅう出歩くから、ふさがらないんスよ傷口が」
バパは心外そうに手をひろげた。
「昨日はちゃあんと、部屋でいい子にしてたろう?」
「なにすっとぼけたこと言ってんだか。西の森まで出張ったんでしょ」
ハゲと結託して小芝居打ったくせに、と白けた顔で横を向く。バパはやれやれと肩をすくめ、不機嫌なザイを微笑って眺めた。
「いたたげねえな、ああいう態度は」
とっさにザイはたじろいで、忌々しげに目をそらした。「あの女、ぶっ殺しそうになるのを我慢するのに、どれだけ苦労したと思ってんスか」
「おーこわ。物騒だねえ。冗談でも、そんなこと言うなよ」
「冗談なんかじゃありませんよ」
「頼むから」
バパは指先で灰を落とした。「これ以上問題起こしてくれるなよ。やっと客を引き渡したってのに。なにをそんなに苛ついてんだか。相手は堅気の女の子じゃねえかよ」
「当然でしょう。ウォードを逃がしたんスよ。あの馬鹿な女のせいで!」
「そうじゃねえよ」
バパは一服、肩をすくめる。
「命拾いしたのは、お前の方だ」
紫煙を指でくゆらせて、ザイの不服げな顔を眺めやる。
「あの子にはむしろ、感謝したっていいくらいだ。見たろ、昨日の惨劇を。ウォードはもう手負いじゃない。子供の殻を脱ぎ捨てて、きれいに脱皮しちまった。今や、一人で二十仕留める野郎だぜ。枷でもつけなきゃ勝ち目はねえよ。だからお前も、二の足踏んでいたんだろうが」
大きく息を吐き出して、ザイは忌々しげに目をそらした。「そんなんじゃねえスよ、さっきのあれは」
「へえ。そうかい。俺は感謝してるがな。かわいい部下を潰されずに済んでよ」
バパは壁から背を起こし、くわえ煙草で歩きだす。「──ザイ」
「なんスか!」
「荒れてるな」
ザイは歩道に立ったまま、振り向けた目を剣呑にすがめる。バパは背中で、のんびりと続けた。
「らしくねえじゃねえかよ、ここんとこ。お前はもっと、要領のいい奴だと思っていたがな」
「なんスか、まただしぬけに」
「懲りないねえ、この石頭は。客いじめて大火傷したのに、もう忘れちまったのかよ」
夏空に向けて紫煙を吐き、思わせぶりな一瞥をくれる。
「思いつめて、車道に飛び出したり、しなけりゃいいがな」
ザイは反論しかけて口をつぐみ、立ち去る背から目をそむけた。
「──うるせえんだよ! くそジジイ」
小さくののしり、舌打ちで苦虫かみつぶす。「たく! 邪魔っけなんだよ、あのメガネ」
街路の先から、ジョエルがいぶかしげに駆けてきた。
「なんで、頭(かしら)がくるんすか」
ザイと長の背を交互に見やり、ジョエルは不思議そうに首をかしげる。ためらいがちに足を踏みかえ、ザイの仏頂面を振り向いた。
「班長。頭(かしら)なんですって?」
「──なんでもねえよ」
ザイは腕をくんで壁にもたれ、忌々しげに吐き捨てた。
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