番外編 「メガネちゃん狂想曲」 9
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「……今度はお前かよ、発破小僧」
 口をへの字にひん曲げた、その顔をちらと見るなり、バパはげんなり背を向けた。
「かしらぁー。もー、聞いてくださいよー」
 戸口の相手は案の定、ずかずか部屋に踏み込んできた。
 背を向けた腕に乗りかかり、ゆさゆさ揺さぶりをかけてくる。バパは引っかぶった毛布にしがみついた。「もう勘弁してくれよ〜。俺は今、眠たいの!」
「だって頭(かしら)班長がー!」
「──だあい丈夫だって。ほっとけよ」
 バパはうるさげに顔をしかめて、ぴらぴら肩越しに片手を振る。「奴には俺が、がつんと言ってきたからよ」
「頭(かしら)ががつんと? 班長に?」
 へえ、と感心しきりの顔。「それで、班長はなんて?」
「……。それはまあ、あれだ」
 そろり、とバパは目をそらす。
「返事も聞かずに逃げたわけすか」
「そういう言い方はねえだろお前」
 がしがし毛布を引き剥がしにかかっていた相手は、つくづくというように嘆息した。
「そんなに班長が恐いんすか?」
「そんな事は言ってないだろ?」
 むっくり、バパは起きあがる。
 嘆息まじりにあぐらをかいて、腕組みで相手に向き直った。
 小柄な風体、きかなそうな面構え。明るい色の頭髪が、寝起きのままの形を維持して、ツンツンあらぬ方向に跳ねている。
 発破師ジョエル。身ごなしの軽い、特務班の最年少だ。ちなみに、客に年を訊かれた時には、ちゃっかり「二十五」などと鯖を読んでいたようだが、実は当年とって十九才
 ジョエルは身じろぎ、口の先を尖らせる。「なんか班長、すっげえ機嫌悪いんすよ」
「報告が先だろ。つか、まずはお前、ベッドから降りろよ」
 土足じゃねえかよ、と顎をしゃくると、ジョエルは「……あ、すいません」と気づいた顔で、座り込んでいた尻をもそもそ下ろす。
 ウォードが備品をとりにくると踏み、本部近辺に散っていた特務班は、辛くもウォードを取り逃がしていた。その後しばらく捜索するも、新たなシャツを入手したウォードは、ついに姿を現わさず、結局、連れ戻ることはできなかった。たかだか三区画ほどの狭い区域で、ザイ、ジョエル、セレスタンの三対一で取り囲んでいたにもかかわらず。
 その旨報告し終えると、ジョエルはすぐさま口を不服そうに尖らせた。
「けど、班長、なんか、変なんすよ」
 報告で中断したものの、まだぶちぶち言っている。バパは密かに嘆息し、気のない素振りで促した。「変って、何が、どんなふうに」
「それが、街から本部こっちに引きあげる時、晩飯誘ってみたんすけど、班長、まだいい、とかって言うんすよ。いつもはそんなこと言わねえのに。もう、どっかで一人殺ってきたんじゃねえかってくらい気ぃ立ってて。やっぱ、相手がウォードとなると、あの人でも苛ついたりするんすかね。なんかそういうの、らしくないけど。けど、班長、今度ばかりは本気っぽいし」
「……。どうして言うかねえ、自分らの頭(かしら)に」
 処置なし、とパパはうなだれる。「そういうことは大っぴらに言うなよ……」
 ジョエルはまだ荒削りゆえ、日頃から何かとポカが多いが、世話焼きのセレスタンが常にさりげなくフォローしてやっていることは、班の皆が知るところだ。この生意気でやんちゃな発破師は、クールで無口な毒薬使いと意外にもよくつるんでいるが、それは年の近さというよりは、二人の商売道具「薬」繋がりゆえだろう。ちなみに同じ特務の班員であっても、大人しいレオンのことは見くびっているような節がある。そして、最年長のロジェともなると、もうあまりにも「おじさん」すぎて、もはや関心外といったところ。
 ちら、とバパは目を向ける。「で、なんでお前、そう思った?」
「だって班長、例のラトキエのメガネから、効果的な調合、聞き出せって俺に」
 ちなみに二人は、会話に隠語を使っていたので、そばで聞いていた彼女には、ちんぷんかんぷんだったろうが。
 バパは合点した顔で顎をなでた。「ふうん。爆弾で吹っ飛ばそうって魂胆か。ま、悪くはねえんじゃねえの、方向としては。ウォードと接近戦じゃ、分がねえからな。で、収穫は?」
「そいつはばっちり。さすが持ってるネタが違いますよ。けど、兄ぃから連絡受けて、班長とウォードを囲んだ時に、そのメガネが邪魔しちまって。それで班長すっげえキレて──つか、ヤバくないすか。班長、女子供でも容赦しねえし」
「気にすんな。奴さんは今、気ィ散ってる、、、、、、だけだからよ」
 え? とジョエルが面食らった顔で振りかえる。
「そんなことより大丈夫なのかよ、そのメガネのお姉ちゃんの方は。例の件で目ぇつけられて、、、、、、、んだろ、衛兵に、、、
 ああ、とジョエルは拍子抜けした顔で身じろいだ。彼女とのやりとりを思い出すように眉をしかめる。
「なんだかどうも、ぽやあっとしちまってて。警戒のかけらもないっすよ。ま、気ィつけとくよう言っときましたけどね一応は。つか、そんなことより班長が──」
「たく。班長班長うるせえな」
 ついにげんなり遮って、バパは向かいに顔をしかめた。
「お前は本当にザイの話しかしねえよな。まあ、奴を崇拝するのは勝手だけどよ」
「おっ、俺は別に、そんなことはっ!」
 たちまちジョエルはうろたえて、憮然とした顔で目をそらす。「別に崇拝なんか、してないっしょ。つか、なんで、そんなこと、頭(かしら)にわかるんすか」
「……。そりゃ、わかるさ。お前を見ていりゃ」
 バパは軽く肩をすくめた。そう、ザイの色素の薄い髪色に似せ、髪を脱色したりしていれば。
 もっとも、何事につけどんぶり勘定のジョエルのこと、常に大雑把な上やりすぎるので、頭はいつも、ぱっさぱさに干乾びているが。
 ちなみに森でかばってもらったのが嬉しかったらしく、ゆうべ本部に戻ってからというもの、いつにも増してザイにくっついてまわっているが、この分だと、うるさがられるのは時間の問題……とバパは密かに踏んでいる。
「けど、班長、一緒に帰っても、ろくに喋ってくんないし。頭(かしら)への報告まで、俺の方でやっとけって始末で。あの客むこうに引き渡して、やっと、こっちに戻ってきたのに」
 つまりは「構ってくれない」との愚痴らしい。
 寝台にあぐらをかいたまま、バパはかったるそうに首をまわした。「もう、いいじゃねえかよ、奴の話は」
「けど! 班長、やっぱ変で──」
「あいつの病は、お医者さまでも治せやしねえよ」
 ぎょっ、とジョエルが引きつり顔で振り向いた。
「班長、病気だったんすか!?」
 膝で乗りあげ、わたわた乗り出す。「つか、治せないほど重症すか!」
「ああ、あれは、もう手遅れだな」
「一体なんの病気すかっ!」
「なんだと思う?」
 いたずらっぽい横目で、バパは見る。
 ジョエルはやきもき拳を握った。「知るわけないっしょ! 俺なんかが! 焦らさないで教えてくださいよ!」
「わかった。奴の病名はな」
 バパは笑ってウインクした。
「恋わずらい、ってんだ」
 
 

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