■番外編 「メガネちゃん狂想曲」 14
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「もぉー。かーまーかーぜえー」
むに、と口を尖らせて、相手は仁王立ちでぶんむくれている。
「なによー。あたしに話ってえー」
「あんたに話なんぞありませんよ」
「はあ? なによそれ。来いって言うから来てあげたのにぃ!」
戸口にすがり、ぜえぜえ息を切らしたオフィーリアを、ザイは溜息まじりに振りかえる。
「なんスか、コレは」
くい、と親指でさされたリナが、はあぁ!? とまなじり吊りあげた。
「コレってなによ! コレってえ!」
両手を腰に押し当てて、ザイの全身をじろじろ見やる。「あんたこそ、なにその格好。痴漢?」
「あんたもたいがい失敬スね」
「痴漢で悪けりゃ泥棒ってとこ? なにその真っ黒けっけの格好は」
「目立たないでしょ、この方が」
ザイはシャツの襟ぐりを指で引っ張る。ふふん、とリナは顎を出した。
「へー。やましい自覚はあるわけだ」
「そりゃ、気は使うでしょ? 一応は」
俺だって捕まって袋叩きはごめんスよ、とザイは肩をすくめている。
オフィーリアはわたわた二人を見た。月明かりの部屋の中、壁で腕をくむ黒ずくめのザイと、寝巻き姿のふくれっつらリナが、しらっと視線を向けている。
「え? え? でも、だって……」
二人を口パクで交互に見、上目使いでザイを仰いだ。「あ、あのぉ〜……?」
ザイはつくづく嘆息する。「まったく、あんたは──。利口なようでいて、やっぱりどこか抜けてますねえ。だが、まあ──」
ふっと笑って見返した。
「案外いいとこ、ついてますよ」
ずだだだだ──と板床を蹴る振動が、夜更けの寮を震わせた。
大勢が一斉に走る音──。
ザザッ──と急停止の音がして、廊下にあいた戸口の向こうに、いくつもの顔が、にゅっと出た。
「「「──か、かまかぜっ!?」」」
「はい。こんばんはー」
驚愕の面々に指さされ、ひょい、とザイは振りかえる。
「「「 なんでいんの!? 」」」
轟音とともに殺到したのは、目をまん丸くした女子一同。向かい合ったザイとリナとを、あんぐり交互に見比べている。
興味津々の人だかりの中、ずい、とリナが腕を組んだ。
「そーよ、そもそも、なんでいんのよ。ここがどこだか、わかってんの?」
「ラトキエ領邸、従業員宿舎。メイドさん達の女子寮でしょ?」
そう、男子禁制、禁断の女子寮。夜もどっぷり更けたので、集合した女子一同、頭にカーラー、寝巻き姿。
きいっ、とリナはいきり立つ。
「男がいても、いいと思ってるわけっ!?」
「いいわけないでしょ。女子寮でしょうが」
「だったらなんで、あんたがいんのよっ!」
「用があるからに決まってんでしょ?」
つけつけ応酬、しれっとザイは顎を出す。
それに、と続けて、ぼそりとごちた。「──とっとと片をつけとかねえと、いつまた危ねえ真似を仕出かさねえとも限らねえし」
「なにを騒いでいるんだ。床が抜けるぞ」
男の咎める声がして、ひらいた戸口に別顔が覗いた。
白髪頭の部屋着の男。
「──す、すみません、お騒がせして」
あわててオフィーリアは頭を下げる。
先ほど詰め所で目覚めた時に、飲み物をくれた門衛だった。皆がこの部屋に殺到し、ばたばた廊下を駆けたから、寮内最年長のこの彼が、様子を見にきたのだろう。
年配の門衛は視線をめぐらせ、目を見開いて、ザイをさした。「──あっ! あんた! なんで!?」
「ああ、先だってはどうも」
そつなくザイも会釈する。
オフィーリアは呆気にとられ、年配の門衛をおずおず見た。「あの、ザイさんをご存知なんですか?」
「ご存知もなにも」
門衛はぶっきらぼうに目を向けた。
「この人だよ、あんたを馬車から助けたのは」
え? とオフィーリアはぱちくり固まる。
だが、と門衛は言葉を続け、室内のザイを不審そうに見た。
「あんた、なんで、ここにいんの。女子寮だよ、わかってる? こんな夜分に──というか、どうやって中に入ったんだ?」
今更そこに気づいたらしく、あわてて辺りをきょろきょろ見まわす。
ザイは軽く肩をすくめた。「ご心配なく。もう、お暇するところスよ。用を片付けにきただけなんで」
「用? この部屋に、かい?」
ぽかん、と門衛はオフィーリアを見た。
((( ……夜這い? )))
の意訳が一同の脳裏を瞬時に飛び交う。
「うっきゃあー!?」と黄色い歓声があがった。
同僚女子が瞠目し、一斉にオフィーリアを振りかえる。
「「「 ちょっと! なになに? どーゆーこと? 」」」
詰め寄られ、たちまち埋まるオフィーリア。
門衛はやれやれと横目で見、ザイを見やって腕を組んだ。
「そうは言っても、あんたねえ」
「かたいことは言いっこなしで」
ちょい、とザイは片手を振る。
年配の門衛は渋い顔。「それで済んだの? あんたの用は」
「まあ、九割方は。物を返しにきただけなんで」
ザイは喧騒に指をさす。そこでは、オフィーリアがあたふた揉まれている。
門衛は、やれやれと頭を掻いた。
「まあ、今回は特別に、大目に見るとしようかね。うちの者が世話になったことだし。でも、なるべく早く帰りなさいよ?」
軽い溜息で釘をさし「ほれ、あんたらも引きあげた!」と女子団を廊下へ追い立てる。
よれよれになって渦中から抜け出し、ふと、オフィーリアは顔をあげた。「──あ、あのぉ〜」
「はい。なんでしょう」
「わたしに返す物というのは?」
ぬっ、とザイは顎を出す。
「ハゲになんか やらしいこと されませんでした?」
「……はっ?」
ザイが無造作に右肩を引いた。
腰の辺りを探っている。 肩を起こしたその二指に、ぴら、と白っぽい紙のようなもの。
「わっ、わたしの手紙!?」
ぎょっ、とオフィーリアは引きつった。
ザイはぴらぴら軽く振る。「あのハゲ手癖が悪いんで、気ィつけた方がいいっスよ?」
「あああのっ! その手紙はそのっ!」
あわててオフィーリアは手を出した。ひょい、とザイはひっこめる。
「お節介なハゲってのは、どこにでもいるもんですよ」
──いや、絶対、それはない、と突っ込む余裕は微塵もなく、ぽかんとオフィーリアはザイを見た。「……今、わたしに返すって」
「気が変わりました」
はっ? と固まったオフィーリアをしり目に、ザイはもそもそ隠しにしまう。
「白い馬は生憎ねえが、茶色い馬なら、ありますよ」
ゆっくりと顎をなで、思案顔で天井をながめる。「まあ、そういう取り決めでしたしねえ」
「……とりきめ?」
「あんたには背後、とられちまったし」
苦笑いして、オフィーリアを見た。
「初めてですよ、足で俺を負かした奴は」
あっ、とオフィーリアは目をみはった。そう。昨日の鬼ごっこ。捕まった者には、こんな罰があったはず。
──鬼の言うことを、なんでもきく。
ザイがおもむろに目を向ける。
「お友だちに、なりますか」
オフィーリアは目をみはった。
彼が隠しにしまいこんだ、薄桃の便箋の文面は、考えあぐねて綴った想い。
『 お友だちになってくださいませんか? 』
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