番外編 「メガネちゃん狂想曲」 15
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 机に置いた便箋の端が、窓からの風にそよいでいた。
 オフィーリアは頬杖で貴石をながめ、指の先で軽く転がす。
「……。もしかして、あなたが連れてきてくれたの?」
 少しひねくれた、あの彼を。
 髪のきれいなあの人を。
 貴石は豊かな緑光を放ち、きらきら夏日にきらめくばかりだ。
 ふう、とオフィーリアは椅子の背もたれに寄りかかった。
 窓からの明るい日ざしに、くすりと微笑う。
「……面白い人だったな」
 この石をくれた昨夜の紳士の、大仰な素振りを思い出す。
 宵闇にマントをひるがえす黒いマスクの優雅な所作は、物語に出てくる怪盗のそれのようだった。一体あれは誰だったのか。
 礼も言っていないことに後になって気づいたが、今となっては後の祭り。こっそり記録を当たったが、修復師が来館したという記載は、とうとう、どこにも見つからなかった。
 机に両手で頬杖をつき、緑の輝きをオフィーリアは眺める。
 ──幸せを運ぶ "フェアリー・ブライト" 
 館内のざわめきが、遠くかすかに聞こえていた。
 開け放ったかたわらの窓から、夏日が静かに射している。この部屋で暮らす同僚は、まだ寮に戻らない。
「……ふられちゃった」
 口に出してそう言うと、ずくん、と胸が鈍くうずいた。
 オフィーリアは唇を噛み、ぶん、と大きく首を振る。悩んで、泣いて、辛いばかりの恋だったけれど、後悔なんか、していない。そう、けれど、それでも、いい。
 ──手が、届いた。
 絶対に無理だと諦めていた、届かないと思っていたあの人に。
 気乗りのしない立ち入った事情を、彼は渋々明かしてくれた。親切心から連れ戻った一人の女性が原因で、彼の友だちが怪我をしたこと。それを未だに悔いていること。以来、心を閉じていること。それでも、友だちになろう、と折れてくれた。硬い殻を少し開いて、無理な希望を受け入れてくれた。
 机に置いた、白い便箋に目を向ける。
 書きあぐねていた母への返事だ。薄灰の罫の紙面には、青いインクの綴り文字。
 ──近日、家に戻ります。
 手を伸ばし、オフィーリアは便箋を取りあげた。
 数日放置し、ようやく書きあげた文面をながめる。意向に従う承諾の返事。
 便箋の端を二指でつまんで、びり、と一気に破り捨てた。
 今までにない強い筆致で、一心にペンを走らせる。
 ──もう少し、猶予をください。
 書きあげたペンを便箋に転がし、オフィーリアは放心した。
「か、書いちゃった……」
 母の猛り狂った顔が目に浮かんだ。
 家運を賭けた一人娘の反抗に、どう報いてくるだろう。次の帰宅が今から憂鬱。いや、その前に乗り込んでくるかも──
「……。で、でもっ、もう書いちゃったからっ」
 わたわた一人で言い訳し、ぶんぶんオフィーリアは首を振る。
 ふと、顔をあげ、机の隅に置いてある卓上鏡に手を伸ばした。
 顔をくっつけ、もそもそ鏡面を覗きこむ。
「……。ザイさん、赤が似合うって」
 鏡の中には見慣れた顔。うむ、とうなずき、気合いを入れる。
「よおし! もっと、がんばるぞっ!」
 もっと、もっと、がんばって、とびきりのいい女になる。
 あの優しい禿頭の彼に、無理をさせずとも済むように。
 だって、まだ、彼が好き。
 やっぱり、恋がしたいから。
 ひらいた窓から空をながめて、ふふっとオフィーリアは頬杖で微笑う。
 真っ青な空と、白い雲。
 庭の豊かな梢をさらって、真夏の風が吹きこんだ。
 
 了
 
 

「メガネちゃん狂想曲」
お付き合いいただき、ありがとうございました (*^o^*)
 
☆ オマケ ☆
 ちなみに、その頃、調達班の倉庫では……
 
 
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